178.診よう
「えーと、九条さんね」
「は、はい!」
こうしていきなり「加賀音とミコの異能部診療所」が
始まったのだった。ちなみに義堂は、ほかの部活の雑用に
出動させている。義堂一人省いてしまっているのは、
しっかりと理由がある。義堂は基本的に体が資本の人間だ。
ならば、変に雑用をさせるよりかはいろんな部活に顔を
出してもらって、そこで「何か霊的なことで困っているヤツ」を
見つけ出してもらったほうがいい。義堂には運動部中心に
動いてもらっているから、俺は文化部を中心に動こうか
とも思ったが、この診療所の中が気になったため、部活を
通じた勧誘は義堂に託すとして部室の外でキャッチまがいの
勧誘をすることにした。
しかしこうやって人を呼び込んでみると意外と
人が来るものだ。と、当方あまり気にもしていなかったが、
「異能部」は明らかに根柢のやることなすことが普通の
部活とは違うのだった。しかも、それは去年度の一年生が
中心になって完成させた全く新しい部活であり、
所属しているのが、うちの町では一番顔が知られている
御前の一族の末裔と、副会長とくれば興味本位だったとしても
寄ってくる人は少なからず、どころかかなりの人数がいた。
あるいは、本当に霊に困っているのかの二択。
ちなみに俺がキャッチをしている中で、部室に入って
いった人の中で霊に憑依されているヤツは一人もいない。
なんなら霊感が高い水準のヤツすらも見ていない。
「何しているんですか?」
声をかけられた。まさかのキャッチをする前に
キャッチされた。キャッチの相手は俺が学校内で
見たことが一度もないし、若干の幼さというか若々しさを
感じられる。多分一年生だろうな。人間観察を趣味に
しておくとこういう時に判断に困らなくなるから
助かるものだ。
俺は今の状況を事細かく後輩ちゃんに説明をする。
まずは加賀音が窓口対応をしている。実際は、
窓口という名の本調査なのだが。加賀音は霊感が
ばかばかしいほどに高い。日常生活に支障が出かねない
ほどに高すぎると言ってもいい。だから、俺が入り口で
取り憑かれた人間を見つけるぐらいには余裕綽綽と
やってのける。だが、それはあくまで「見る」
だけに過ぎない。見れたところで何の解決にも
至らないのが本質。そこで窓口として立って
「何かに憑かれているのか」だけを見られたい人は
加賀音が見てくれているだけなのだ。
その穴を埋める役にミコが入っている。
霊感はないが、作法は知っている。霊には太刀打ちは
できないが、霊への太刀打ちの仕方は知っている。
それをお祓いと予防をかねて、色々と儀式をしているのだ。
部室にそれだけの設備が整っているのかと言われたら、
実のところけっこうきっちり整っていたりする。ミコが
持参した仏具や、文献、さらには仏像まである次第だ。
問題が「シンプルに狭い」の一点だけで、やろうと思えば
一人相手ならいくらでも何でもできるだけのシステムが
整っていた。
事実として、俺には今”ヴィーハ”を憑かせている。
その”ヴィーハ”がいろいろと施しを受けた人相手に若干の
嫌悪感を抱いているのも感じ取っている。やはり、
施術の本人は霊感なくとも、それをカバーするだけの作法を
わきまえている。
「巫女の英才教育」のたまものだな。
思想は鉄血寄りではあるが。
俺はキャッチをしつつも、部室の扉越しにどんなことを
しているのかを聞き耳立てていた。どうやら、滞りなく
進んでいるらしい。さっき入っていった「九条」さんの
友達が不安そうに俺の隣のパイプ椅子で座っていた。
遊び半分で入ったとはいえ、やっていることはオカルト
まがいの儀式、あるいは人体実験のようなものを
させられているに等しい。確かに、受けている
「九条」さん本人は気にも留めていないだろうが、
それを待つ側のドキドキ感は分からなくもない。
入院するわけではないのだから、そんなに気にするなよ。
はたから見たら、たかがオカルト研究部の遊び半分の
行事だろ。中身がガチガチのガチなだけで。
そして、どうやらお祓い以外にもいろいろと
大事な話も聞けているらしい。
当然ながら、霊というのは必ず「ニンゲン」に
取り憑くわけではない。それは場所であったりモノ
であったりと多種多様だ。だから、今日はこうやって
ニンゲン相手にいろいろと手を打っているが、
依頼者の中には自分の持ち物にも同様にやってほしい
という依頼もあった。仕事が増えるのは面倒ながら
いいことである。
イワクツキの品の鑑定も頼まれた。それはいずれ別の機会に。
「おう」
「お、義堂」
「終わりだ終わり。だりぃぜやっぱり」
「昨日よりはいいだろ」
昨日の事務作業のとき、義堂は足早に帰っている。
いや、帰らせたわけではない、野生の勘か何かが働いたのか、
いつの間にか消えていたのだ。まぁ別にいいけどね。
義堂にデスクワークなんてさせたら、ヤンキーイメージ
総崩れするから。
「……けど、メガネはありだな」
「あ”?」
「いや何でもない」
義堂の今日の働きはいいところでかかったかもしれない。
運動部の途中休みに来てくれたヤツらもいたし、何より、
部員総出でやっている雑用業務を一人でこなしてくれたんだ。
いつか、また廃工場に出向いていいものでも買ってやるか。
「そういえば、義堂はまだあそこに住むのか」
「あ”? あーそうだな。どうせ行くところもねぇし」
「なら、どうせ二年目なんだ。この部室に
いればいいんじゃないか?」
「あー…… いや、やめとく」
頭を掻きながら答える。理由は聞かないほうがよさそうな
気がする。こういうものには何かと面倒でややこしい
事情とやらがまとわりついているものだと経験が語っている。
「あ”? なんだ?」
「いや、何かとあそこは面倒ごとが多いだろうなって」
「けっ、もううるせぇ奴らはこねぇよ。あの場所は」
「あ、そういうことじゃなくて、衣食住的な意味で」
俺たちはあの廃工場でひと悶着起こして、結果的に
義堂の住まいの安全を守ったのだった。かれこれ
半年近くの前の話と思うとずいぶんと感慨深い。
「んで、六郷とミコはまだやってんのかよ」
「そろそろ締めに入ると思うが、当分はやらんつもり
だからなコレ」
意外と盛況に終わったこの臨時診療所は継続的には
できない。理由はミコのマナ切れみたいなイメージだ。
除霊に関するアイテムがたくさん用意してあるとはいえ、
使いまわせるほどの持続的な力を蓄えているアイテムでは
決してない。それこそ国宝とやらで奉ったほうがまだ
建設的である。所詮はいち部活動の範囲内に収まる程度に
しかできないのだから、そこまで大々的やりだすと、
申し訳ないが金銭が関わりかねない。それは名目上は
「布施」という「お礼金」のような存在に近い。それを
こちら側からせびるなんて真似はしたくない。言っておくが、
これは部活でお金を扱いたくないとか、金に物を言って
活動をしたくないとか、俗にいう経済面による意見ではない。
古来伝わり、つながり続けている仏教における根本的な
考え方なのだ。
もっとも、ミコがそれを嫌うだろう。
「んじゃ、俺ぁ行くぜ」
「え、帰るのか?」
「ちげぇよ、まだ仕事があんだよ」
「ご苦労様です」
仕事熱心なことだ。こっちは立っているだけだというのに。
「だったら、部室に何か忘れたのか?」
「おっと、わりぃな忘れていただけだ。ここにちっせぇ
背丈の女が来たか?」
いや、義堂目線からいったらだいたいが背丈が
小さくなるだろ。比較的俺と身長が近いであろう加賀音も
”ちっさい”カテゴリになるだろ。
多分、言っていることは一年生が来たか?
という意味で正解なのだろうが、一年生なんて男女
隔たり無くかなりの数を診ている。その当人ではないと
しても来ていたとでも言っておくか。
「あぁ、来ていたがそれがどうしたんだ?」
「さっき、園芸んとこでモノ運んでた時にその女に
声をかけられよ。「異能部」か?ってよ」
「声をかけられたのか」
この見た目ファンキーな男に話しかけるなんて強行、
初見なら俺でも嫌だぞ。というか、義堂が「異能部」に
いるって知っているってことは後輩ではなく
同級生の可能性も考えられる。
「で、そいつがどうしたんだ?」
「だから、そいつがここに来たかって聞いてんだよ」
「……いや、わからん。いかんせんいろいろと人が
来たから一概にその人かはわからん。ほら、特徴とか
あっただろ、背が小さかった以外にも」
「あー…… 声もちいせぇ」
「全部小さいのか」
アリでも相手してたのか?
「名前とかもわからんのか?」
「あぁ、聞こうかと思ったが場所を聞くなり
消えちまった。だからよ、そいつに伝言しといてくれ」
「え」
「てめぇは何が目的だ、ってよ」
てめぇは何が目的だ、って?
どういうことだ?
よくわからないまま言葉の意味を聞かぬまま義堂もまた、
その「女」とやらと同様に消えていった。何気なく、
伝言を頼まれてしまったがもしかしたらすでに診てもらって
帰っている可能性のほうが高いし、
まぁ忘れたら忘れたでいいか。
とはならず、部活動の締めの最後の最後で
やってきた客がその「女」だった。




