174.今までを語ろう
「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏」
「ミコ、小声でそれは怖いぞ」
部活の始まりは唐突である。大掃除をしたとはいえ
相変わらずのぬぐえない若干の小汚さを感じ取れる
部室に時季外れのこたつが陣取っている。傍らには
それを見つめる井上(仏像)。
そこにこだまする経の一説。
「どんな状況だよ」
「なーーーーむーーーー」
だいたいの理由は察しが付くからこそ
触れないでおこう。かと思っていたが、ここまで
あからさまに醸し出してきやがったら聞くしか
ないだろうが。
「そんなに俺と別のクラスは嫌なのかよ」
「違う!」
違うのか……そんな勢いよく言い放たれたら、
わかってても傷つくわ。
「だーーーーーーーってさーーーーーーー。
なんで部活で私だけ別のクラスなのさ!」
「それは当然、ミコが進級の前に”文系”に
マルをつけたからd」
「そうだけどさぁ!」
「ていうか、義堂はお前のクラスにいるだろ。
ちゃっかり部外者扱いするなよ!」
「ろくに学校来てないから同じクラスでも
違ってもあんまり変わらないでしょ!」
「理由が思ったよりひでぇ!!」
どうせ部活で会えるんだから気にするなよ。
と言いたいところだが、当の本人それはよーーく
わかっている。からこそ、何か言うことすらもできない。
「そういえばさ、ロッカちゃんは?」
「加賀音はしばらくは部活に顔を出せないんじゃないか?
だって新年度で生徒会の移動とか忙しそうな
雰囲気だったから」
「しゃべったの?」
「あぁ、同じクラスだからそりゃ話すだろ」
「で、ギドー君はあいかわらずサボリ?」
「わからん、そこんところは会長がよくわかってるだろ。
あとでその生徒会の関係で加賀音がこっちに顔
出すだろうからその時にでも聞いてみるとして」
ということは、今日の部活は二人でやるのか。
……なんだろう、なぜかいつもと違う部屋の雰囲気……
実際、普段の雰囲気とは異なる。加賀音を歓迎する
ための装飾もつけたままだし、それ以前に部活の開始が
いつもよりも早いため、日の入り方が西日寄りの目に痛い。
普段通りの部活をするとはいえ、今は新年度。あらゆる
準備や用意か何かで、授業をするにはあまりに環境が
整っていない時期ではある。それゆえに早めに
授業自体を終わらせて、部活に参加するなりとっとと
帰るなりさせているらしい。
……あぁ、わかった。ミコが制服なんだ。
いつも部屋に入るときはすでに巫女服でスタンバイ済み
だから部室=巫女服のミコのイメージが付いていた。
が、今日は経を唱えるただのデクノボウと化していた。
着替えていないミコが目の前でぶつくさとクラス替えに
対して一生ぶぅたれている、この様子が珍しいだけだった。
「? なにじろじろ見て」
「いや」
「?」
巫女服じゃないミコを見てふと思う。
この半年を通じた半生を。
「ミコ、俺って変わったか?」
「へ?」
「あぁ、そんな変なことを聞かない。ただ俺が……こう……」
表現しがたい、むずがゆい言い回ししか思いつかない。
「こう…… ミコにふさわしいニンゲンに慣れたかってこと」
「え、
へぇっ」
「?」
「いいいいいいいいややややややそそそそそんんんんんん」
「……あ” 違う違う!!!!!!
そういうことじゃない!!!!!」
「そういうことでしょ!!!!」
「ちげーーーーって!!!!! だから、その、俺はちゃんと
「副部長」として頑張れているかってこと!!!!!」
「……?????????」
きょとんとされた。この表現が抜群に効果的なほどに
きょとんとしている。そして思いついたかのように
再び話し出す。
「頑張ってる、頑張ってないってそんなに大事なの?」
「俺にとってはな」
「頑張ってるよ」
「……」
「……」
「……え?」
「ほら、そうなるでしょ。「頑張る」なんて言葉はただの
「言葉」。それで何かすごいことができるわけじゃないし、
ココがほんとうに言いたいことがもっと難しいことなのは
知ってる。それでも答えるなら……えーと、ココは
ちょっと荷を重く感じすぎている気がするけど、そんなに
大変な思いをしてまで、「副部長」にはさせてないつもり、
です。ギドー君やロッカちゃんがいるから大丈夫」
「そんなつもりで聞いたわけじゃないが」
「それよりも、私のクラスについてどう思う!!」
「妥当」
「つかえねーーーー」
『頑張ってという言葉はあまりに自己完結で自分勝手』
こんな記事を見たことがある。
病気で死に目に会っている人に対して頑張って。全力で
マラソンを転びそうになりながら、腱を引きちぎりながら、
泣きながら走る選手に対して頑張って。頑張ってという
言葉で救われることはきっとあるが、それはきっと手のひらに
乗るかどうかも危うい数だと思っている。頑張ってという
言葉を聞いた人たちはどう思うのだろうかとひとつ
考えてみると、どう解釈を曲げても
「まだまだ頑張っていないから頑張れる」
ととらえることができてしまう。日本語、というよりも
応援の文化的側面の悪い言葉なのかもしれない。なら
「これ以上頑張れない人には何と言おうか」と問われても、
応援はどうしても「頑張れ」の4文字に集約されてしまう。
つまり応援をしたいという感情の裏側には「頑張れ」と
言うだけしかない薄っぺらな感情と、それに糊付けされた
他者を思いやる自分への陶酔が混濁して存在している。
だからこそ俺はこの言葉が嫌いだった。
文字通り”頑”なに逆”張”りをしていた。
「ココはずいぶんと難しいことを聞くんだね」
「難しくはないだろ」
「そんなに頑張らなくてもいいのに、なんでそんなに
頑張りたがるの?」
「苦労は報われる、と思っているから。こんなでいいか?」
「報われるねぇ、だったら私は苦労してないってーの」
「俺よりもお前のほうが苦労していないように見えるが」
「女の子には女の子の苦労があるの。人には人の
苦労があるの!!」
「それは、まぁ、確かに」
「……ココってさぁ、幽霊見たことある?」
唐突にそう聞き出した。前にもこの質問はされた。
といっても俺たちが出会いたての頃、話で行くとおおよそ
200話ほど前にもなるが。
「あるよ」
「それ”だけ”でどれだけ私の苦労が減るのか……」
「だが、見える見えないが本質じゃないだろ。
ミコ、お前自身でそう言っていただろ」
「でも、わかるとわからないじゃ雲泥の差でしょ。
それを補うための努力はもうしたくないぐらいやったよ」
「いや、それはわかっている。だからこそこうやって
義堂や加賀音が付いてきてくれているんだ。
自信持てよ部長さんよ」
「じゃあさぁ、ココ」
ミコがふてくされた様相を変えて、こちらを向いた。
「私はどうなの?」
「私?」
「私は変われたのかなってこと」
「そりゃ……」
あー、確かに俺が持ち出した話だとは言え、
返答に困るなこれは。
「私はずっと、これからも今までもきっと変わってない。
変わる努力をしているなんて自分にとっては、そこまでの
たいそうなものだとは思っていないし、実際にやっている
なんて思っていないもん。それなのに私は流れ流れて
部長になっちゃったわけだけど、
私は「部長」にふさわしいのかなって。
私が巫女の末裔だからってだけで、一番偉い立場に
いるのかな。だとしたら私からその称号を剥奪したら、
私は部長じゃなかったのかもしれないし、この場所も
なかったのかも」
「それは、違うんじゃないか?」
「じゃあ、ココが部長になる?」
俺はいいやと首を振る。
「俺もそんなにすごい人じゃない。部長なんて飾りだと
思っているし、俺自身もなんで副部長なんて立場に
落ち着いているのかすらもわからん。そういうものだろ、
部活っていうのは」
「ならロッカちゃんが来てくれたんだから、全部
ロッカちゃんにぶん投げてm」
「それありだな」
「そこは”違う!”っていうところじゃないの!!?」
「だが、加賀音は断るぞ。部長も副部長も。立場がまだ
副会長のままって前提抜きにしても、俺でも、断る。
俺たちはずっと今まで、一から部活を作って一から
仲間を集めて、何もかも何もないままに突き進んでいた。
その中に、きっとどこかで変われたと言える場所が
あったはずだ。俺もミコもそれを見逃したまま、自分の
役割に取り憑かれたままに部活を切り盛りしていたんだ。
そう言うときってのは、大事な何かを見逃しやすい
ってのはお決まりなわけで。
俺もミコも、よく似ている。
同じニンゲンってわけでもなく。
魔に慣れず、魔に成れずの二人だ。
だから、自信を持てミコ。完璧な「部長」「巫女」になる
必要なんてないから、もっと自分のために何ができるかを
考えて生きろ。もし間違っていたり、助けられることが
あれば、俺たちがいる。俺たちの出会いもそうだっただろ?」
「……」
「あ、でも俺も同じだからな。ミコが困っているように
俺も困ることや滅入ることはある。そういうときには
助けてくれよ」
「……じゃあ、私からもお願い。もし、何も頑張って
いなかったら叱ってほしい。祟るなり呪うなり、
なんでもいい。部長としての私を叱咤してね」
「頑張っていても褒めてやるよ。その代わり俺のことも
褒めろよ」
「それは嫌」
「この野郎」




