173.登校しよう
「あー……今日か」
まったくと言っていいほど、俺にとって今日という
日に何か特別な感情は持たない、というか持てない。
ゴールデンウイークぐらいの少し長めの休みを明けて、
かったるい日常に戻ることをどれだけ、面倒に感じる
のかと自分でも、多少なり考えたはいいものの、
その当日になったところで、そんな不安らしくもない
不安もただの杞憂だったと考えるようになった。
なんでこんなにのらりくらりとしているのだろう。
と、ほんの少しだけ考えたが結論としてはやはり
部活の関係が大きい。何といっても、この春休みに、
もっと言うなれば、ゴールデンウイーク程度しかない
二週間弱の休みとは思えないほどの濃密な出来事が
部活を通じて起きていたからであり、春の休みと名を
冠している反面、俺自身に休みらしい休みはなかったと
言っても過言ではない。
今日は四月を一週間ほど過ぎた月曜日。
新しい学期の初日であり、俺の高校二年生の始まりの
日だった。もっとガっとテンションを挙げていきたいのは
やまやまだが、生憎にも俺は悪魔であってその特性上、
夜行性である。それどころか体質抜きにして休みの間は
生活習慣もくそったれもない生活を送りがちだったため
朝がつらいのは、やむなしと咎められても仕方がない。
いや、朝が楽しい人なんていないな現代人。
あー、校舎が見えてきた。いつもの光景だ。
ひとつ学年が上がったからと言ってどこか大人びて
見えるなんてものもない。ただの校舎。シンプル校舎だ。
(マースターーーー)
「どうした"ヴィーハ"」
(なーーーーんで学校なんて行くのさーーー)
「いつも行ってるだろ、そんな今更行くなと言われても」
(だって、4月はのんびりしたいって言ってたでしょ
そんな朝からまた行くのは、つらいと思わないの?)
「そりゃやだよ」
嫌なものは嫌だ。悪魔だもん。
「でも、それ以上に充実している気持ちもあるからな……」
(ってことは私たちと遊んでくれなくなるの)
「それは……しないよ」
(信じてるからね!!! ね!)
リア充。
リアルが充実しているなんて言葉の略称として立派な
現代用語の一つで定着してしまったこの言葉が現れてから
かれこれ数十年とたつ。だがその実態は変わらず、その
中身はリアルを生きれない人たちが、天上人への悪態で
しかない。
天に飛ばしたつばはどこに飛ぶかはことわざが証明を
しているように、その行為は生産性のかけらとしてない。
だからこそ、リアルを充実したのならばどうなるの
だろうか? その充実した世界を共につばを飛ばした、
友と分かち合うのだろうか? いいや、そんなことは
しないし、できっこない。
今、高校2年となる今、その境目に立とうとしている。
俺の人生は実に空虚でしかない。自分で開いた空箱を
まかないの空気で埋めていた人生だ。その箱に今となっては
あらゆるものが詰まっている、と感じる。
ミコ、義堂、会長、マヤ、そして加賀音。
「異能部」としての活動はあまりに心地が良い。だが
俺にはあまりにも心地が良すぎる。そんな生ぬるい湯船に
浸っていい身分などではないから。捨ててきて拾ってきた
モノが俺の背中に抱えたままだから。それを下ろすことも
俺が許せるはずもないから。
何より、「俺が人間」と大嘘をついているから。
「俺はもっとお前たちを」
(ううん、私たちのことはいいよ)
「でも……」
(だってそれがマスターだもん。マスターは私たちを
救ってきてくれたんだから、自分が救われてもいいって
思っていいよ。あ! でもウワキはダメ!! 私の、
じゃなくて! 私・た・ちのマスターだから!!)
「……ありがとうな、"ヴィーハ"」
(また夜ね)
「あぁ、また夜」
今日はたまたま、"ヴィーハ"を召喚していた。理由は
なんとなく呼ばれた気がするからだ。"リア"も"ゲイジー"も
きっと同じように俺のことを呼んでくれていただろうが、
それは今夜済ますとして、いや俺のことはミコンの中で
"ヴィーハ"がいろいろと伝えてくれていると信じて、
今日は「今日」を過ごすことに尽力しよう。
「遅いじゃない」
おはようの一声で始まるかと思いきや、さっそくそんな
下世話なセリフが学校の玄関先で出迎えた。
「お仕事お疲れ様です。副会長」
「お世辞はいいわ」
学校のナンバーツーこと副会長のお出迎えとはずいぶんと
俺はVIP待遇なんだ! とは思わない。だいたいなんで
ここにいるのかも学校に入った瞬間に察しがついたからだ。
人ごみでごった返している。
なんだ、玄関でラーメン屋でも開店したのか。
「こんなにうちの生徒っているのか」
「こんなものよ。一同がこんな狭いところに密集していれば
多く見えるものよ」
「っていうか急がないと、事実俺は遅刻間近だから!」
「神前君」
急いで人ごみをさけて階段に急いだ俺を止める。
「あなた、そのまま4階に行くつもり?」
「……」
「……」
「……そんなわけないだろ」
セーーーーーーーーーーーーーーーーーーーフ
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
あーーーぶねーーー。俺は今日から2年生だった。
学年が変われば当然、教室も変わる。わざわざ遠い
4階に走る必要もないわけで、これから俺は3階に
お世話になるのだった。
「……あー、だからこんな人混みが」
「そういうことよ」
日ごろから学校のものになんて興味がない自分から
してみれば、この行列のような光景も何か滑稽な見世物か
何かだろうと興味を持たなかったが、その行列の先を
見れば、そういうことだとすぐにわかる。
俺はどうやら、自分のクラスを知るためにこの行列に
揉まれなくてはならないらしい。
大きく掲げてある掲示物だとはいえ、書かれているのは
ごく小さな出席番号だけだ。遠目でそんな4文字程度の
数列を見抜けるほど俺の目はよくはない。
今が朝ではなく、夜ならもっと見えたんだろうがな。
そんな真夜中にクラス決めをするわけがないんだが。
「……」
「どうしたの? 見に行かないの?」
「……めんどくさいんだよなぁ」
「はぁ、そんなことだろうと思ったわよ」
ん? もしかしたら。
「あのーー、加賀n、いや副会長殿。俺のクラスとかを
知っていたりしますかねぇ????????????」
「……はぁ、2組よ」
「サンキューーー!!!!!」
さすがだぜ! やっぱり新入部員である彼女は信用の
し甲斐がある! 加賀音は副会長、俺は副部長、それぞれ
サブポジション同士仲良くしていきたいものだ。
「もしかして、部員全員のクラスを調べたのか?」
「いえ、部員じゃなくて私が調べたのは生徒会メンバー
だけよ。そのときにちょうど偶然、神前君がいただけで」
「って、ことは2組……だっけ? 同じクラスに知り合いが
いるってことか?」
「ええ、マヤいるわ」
「え、マヤかよ」
「嫌なの?」
嫌ではないが、加賀音よりも同じクラスにはなりたくは
なかった人間だったのかもしれない。なんか持論
振りかざしてメンドクサそうだから。噂によっても
クラスでいいところ高いポジションであれこれと
舵取り役を買っていたようだし。
それが気に食わないというわけではない。むしろ
リーダー役がはっきりとしているのはいいことではある。
ただ、そういうやつがいるとだいたいこき使う役に
立ちそうなのが俺ってことがネックなだけで。
「どうせ、変な仕事押し付けられるとでも思ってるん
でしょ?」
「……よくわかったな」
「そんなことだろうと思ったわよ。あなた、そういうこと
ぐらいでしか嫌味は言わないでしょう」
よくご存じで。別にいいんだけどね。元よりモブ役な
立場なのだから花持たせだけは得意なんですから。
「うちの部活の連中は?」
「ミコちゃんはさっきあの渦の中に飲まれていったわ」
「で、所在は不明と」
「……小さいからね」
見るからに濁流に揉まれていったそうだ。想像に
容易い。
「ちなみに義堂君はまだ来てないわ」
「それはまぁ、わかる」
そういえば、クラス替えにあたってだいたいの想定は
できてもよかったのかもしれないと今になって思いだした。
確か年明けあたりに自分の将来について書くように
指示された書類を提出したのだが、その欄の一部に
「次年度クラスでの文理の区別」みたいなものが
あったような、なかったような。その時に確か俺は
どちらも得意でもあり不得意だからなぁと、回答を
がめていたのも記憶している。だからあの時の俺は
何を答えたのかをすっかり忘れてしまっていた。そして
どうやらマヤと同じクラスということは「理系」を
選んだらしい。
自分の将来を決める大事な決定だというのにこんな
さっくりでいいのかと思うが、30年近く棒に振った
人生、そんな気持ち的にも重大さに気が付いていない
反面もある。
「って加賀音お前、理系だったのか」
「ええそうよ。文系は逆に不得意よ私」
とは言いつつテストで国語英語両方で上位陣に
食い込んでいるのだから、一体どんな勉強をしているの
だろう。
もしかしたら、ミコの勉強会の先生にふさわしい
人間が手元に来てくれたのかもしれない。
「……あ、そういえばミコはどっちを選んだんだ?」
「え、それはもちろ……ん」
加賀音がそっと人混みの中を指さす。先には何も
見えない。いや、ポツンと空間を開けてミコが
立っている。
いや、あれは「立ち尽くしている」?
「ミコちゃんは、あなたなら知ってるでしょう。国語も
英語もまぁまぁだとしても、数学や理科が
あれだと……」
だいたいこれからの展開に想定が付いてきた。こういう
ときは当事者の声というのは聞きやすくなるもので、
ミコの些細な一言すらも聞こえるものだ。がやがやと
にぎやかな喜嬉あふれる空間で小動物のように
ひそやかにミコの声が俺の耳にこだました。
「……5組????????????」




