172.誰だろう
夢を見ているのか俺は。
夢と認識できる夢などそれは夢なのかと疑問に
感じてしまうが、そのとおりなのだから仕方ない。
自分の体にいわゆる「生活」的な苦しさがなく、
極論に例えて「死んだ」ような心地よさを一心に
感じている。医学的にはレム睡眠とかなんとか
名づけられた現象なのだろうが、現象が存在している
以上は俺の領分でもある。
眷属"メア"であったりと精神的な支配をする悪魔が
存在しうるのであれば、俺がその夢の中で好き勝手
夢のままにできるはず。それも一般的な人の思う
以上には。
あーーーーーーーーーーーーーーーー
叫びにもならない雄叫びをあげてみる。
あー、やっぱり声が出ている感じはない。やはり
夢の中で間違いない。
「あいかわらず、かわいいね君は」
? どうした……えーっと。
「え、私の名前忘れちゃった?」
いや忘れてなんかいない。名前、よりも顔すらも
思い出せないなんて口が裂けても言えない。
「もー、せっかく久しぶりに会えたのに」
久しぶりなのか、俺とお前は…… んん??
俺はどうして何も知らない(……はず)人物が
俺の夢の中に出てきているんだ? 普通は仲の良い
人や印象の強い人が出てきたりするはずだろう。
「その通りだからだよ。私と君は印象が強いんだ」
印象が強い、なんてずいぶんと不思議な表現だな。
それに、ちゃっかりとされていたが夢の中だと相手に
話かけずとも気持ちが通じてしまうのか。
どうにも、この心を読む行為は驚くべきポイント
なのだろうがミコに散々されたことだし、何だったら
全くと言っていいほど気にしなくなってしまった
ほどに感覚がバグっているともいえる。
「バグっているのは、元からでしょ」
ずいぶんと失礼だな、初対面ではないとしても。
そういえば話し方や見た目もどこかミコに似ている
気がしないでもない。ミコのほうがよっぽど幼いし、
不躾であるが。
……俺はいつお前と出会ったんだ?
「さぁね」
……お前は悪魔なのか?
「さぁね」
……女?
「さぁね」
なんもわかんねぇ!!
「そりゃそうでしょ。ここは君の言う通り夢の中。
君が私のことを"悪魔"だというのであれば私は
生粋の"悪魔"になるし、男と言われれば男なの
かもしれないし、女だった時もあったかもね」
だが、悪魔……なんだろうなきっと。
「まさか出会って日の浅い学校の人間のトモダチ?
の中に私が混じっているわけないんだから。むしろ
それ以外は考えらえないんじゃないの」
じゃあ、俺の眷属
「じゃないよ」
え
「眷属なんかじゃないよ私は。あとさっきの質問、
どこで出会ったの? は、覚えていないとだけ
伝えておくよ。だって悪魔に時間はないんだから」
……あぁ、全くその通りだ。俺たち悪魔に本来
時の概念は不要なんだ。「時は金なり」なんて言葉を
大事にしているのはニンゲン独特の感覚であり、
間隔の感覚に値する悪魔にはそんな無粋な発想は
持つはずがない。飛べない魚でも進化は求めない。
「どう? 私のことは思い出せそう?」
うううーーーーーーーーーーーーーーん
「いいの。私が勝手に覚えているだけなんだから。
だって君は悪魔なんでしょ? 覚えるなんて人間の
行動の枠組みにすら収まっていないんだから」
じゃあなんでお前は覚えているんだ。
「さぁね、夢なんだからもっと気楽にしてよ。
私は私が覚えていたいから覚えていただけ。
君が覚えていなくても別に世界はなんにも変わらない。
夢の中での不敬すら、外に持ち出すことは
できるとでも?」
夢のくせにうるさいやつだ。そういう点でもどうにも
ミコと重なって見えてしまう。
「うるさいとはずいぶんと失礼だねぇ。ま、いいけどね。
君からも前にも言われたし」
え、俺がお前相手に言ったことがあるのか?
「あ、やっぱり違うかも」
どっちやねん。
「そういえば夢の中はどう? 心地がいいかい?
家の中みたいにくつろいで、って私が言えた言葉
じゃないけれど、どうせ君だけの世界なんだ。
もっとも、それならば僕がいること自体が条理に
反しておかしいんだけどね」
くつろぐ、と言われても。実体を持っている現実世界の
俺の体はしっかり休んでいるのだから、これ以上のんびり
しろと言われてもどうしたものか。だってくつろいでね、
と言われてではではと寝るなんてことをしたことは生涯
やったことはないし、将来やるつもりもない。
「君の考えることは相変わらず、ずいぶんと難しいね。
君は悪魔なんだからもっと欲望に忠実に、ジコチューに
なって……えーっと、なんだっけ? ハカだっけ?」
馬鹿のことか? そんな異国の応援歌みたいに言うな。
「ハーカハーカ」って相手をけなすのは見た目面白いが。
「そう! 馬鹿なぐらいでいいんだって」
考えすぎ、か。そんなに難しいことをしていたつもりは
無かったんだけどな。
「いいや、君は考えることがどれだけ世界を狭めるかを
知らない。"知る"と"わかる"は全く逆の立場なのだよ。
"知る"ことで"わかる"の? それとも"わかる"から"知る"
どっちが正解なのだろうねぇ?」
鶏が先か。卵が先か。
「違うよ。鶏と卵はどちらも同じなんだ。それに先も後も
意味はない。意味づけしたところで、卵焼きもチキン
ナゲットも美味しくならない
おっと、話が逸れそうだいけない。話が脱線してしまう
のはちょっと君に似てしまったな、私も。
知ることで君は分かったつもりになっていないかい?
悪い癖だよ、今も昔もだけれどね」
知ってることが悪い? それはちょっと違うな。知るから
世界が広くなるんじゃないのか?
「それは君の意見かい?」
それはそうだろう。聞いているお前もメタ存在なんだ。どう
考えたとしても、どんな意見ですら俺の心情の一部だろう。
「そうかい? 私と関わったときとはずいぶんと変わった
意見を述べているんだけれどねぇ」
変わった意見。変わったのか俺は。
「あぁ、そうさせたのは何なんだろうね。と言ってもすぐに
わかるよ。私はもうそこにはいないんだろうけれど
マスター…… いや、君は私のマスターではないかな。
君がいる場所はもっと、変化があるべき場所なんだ。
青春。
青にしても淡い。
春にしては遅咲。
それでも、君の立っている場所はずっと美しい。
あくまでも"他人"ながらここで見守っておくよ。
そろそろ時間が来ちゃうね。確か7:30に目覚ましを
かけているんだろう? まったく、どうやら新しい
学期なんだっていうのだから、もっと早くにアラームを
かけてもいいんじゃないか?」
誰だか知らんが、余計なお世話だ。
「いやいや、ここは君の夢なんだ。心底、早起きがしたい
と思う気持ちがある証拠でしょ? 全部が全部、私の
影響だと思っちゃ困っちゃうな。まぁそれはいいかな。
それじゃあまたね」
ちょっと待て。結局お前は一体誰なんだ。
「いつかわかるよ。それがいつでもないかもしれないけれど
私たちはずっと古い仲だったかもしれないね」
じゃあね。愛しのマスター。
ディア・ネ・グレイスタルーク。
もうすぐ朝が来るよ。




