165.作戦を立てよう
気がついたら、俺はここにいた。
なんの比喩もない。よくある目が覚めたら
とか、そういう意味での気がついたらではない。
あのとき、バヒュッという効果音とともに
俺の体が目の前の著作権ギリギリセーフ、
どころかぶっちぎりのアウトな巨漢な男に
叩かれた。そこまではわかる。
ただ気がついたら、俺はその場所とは
明らかに異なる場所である"ここ"にいた。
「あ、おかえり」
「……ミコ?」
「イエス」
俺は正直、あの場で何があったかはいまだに
理解はできていない。ひとまずは、一呼吸おいて
会長と義堂がいきなり消えた理由については
理解できた。それは俺がここにいる理由と等しい。
「で、くまは退治できた?」
ひょうひょうと何があったかを理解している
ようにミコが俺にそう聞いてきた。答えは
ノーだ。俺はここで落ち着いて情報を共有して
作戦なりの対策会議を行わなければならない。
ならばここで俺は、ミコに何があったかを伝える
事から始める。
ちょっと大げさに。
「いたいたいたいたいたいたいたいたいたいた
いたいたいたいたいたいたいたいたいたいた
いたいたいたいたいたいたいた!!!!!!
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
くまいた!くまいた!!くまいた!!まじで
くまいたいたいたいたいたいたいたいたいた
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「言ったじゃん」
字面だけだとト〇ロを見つけたメイをいいとこ
うるさくしたみたいだ。
「やべええええええええええええええええええ
ええええええええええええええええええええ
ええええええええええええええええええええ
すげええええええええええええええええええ
ええええええええええええええええええええ
ええええええええええええええええええええ」
「うるさっ!」
状況としては明らかに倒せない相手がいきなり
目の前に登場して、絶望的な状況なのだろう。しかし
如何せん、ながらく学校にも行かず、アニメなりの
サブカルチャーにいろいろとお世話になった身だ。
オタクは本家を目の当たりにすると語彙力が
なくなるものだ。「やべぇ」とか「すげぇ」しか
言えなくなるぐらいには。
「ええええええええええええええええええええ
ええええええええええええええええええええ
なんでいるの!!????????????」
「そうなるよねーー」
ここはいつ新世界になったんだよ。あ、いや
まだスリラーバーグかもしれん…… いや、
飛ばされる能力使われたからシャボンディには
到達してるのか……
「話長ーい」
「すまん」
これは謝る。話が長くなりがちなオタクの
悪いところです。すいません。
「なんで説明してくれないんだよ。くまのこと
2話前にクマとも熊とも言ってなかったのは
そういうことか」
「聞いてこなかったから」
「ふつう一般高校生に七武海討伐頼まれると
思いますか?」
熊討伐も頼まれるものでもないけどね。
「あれ、義堂と会長はいずこへ」
「たぶん待ってれば来てくれるんじゃないかな?」
「え、そうなの?」
「迷ったらここに来るようにいろんなところに
看板立ててるからきっとなんとかなるはず」
義堂が不安要素ではあるが、それこそ勘が働いて
くれれば会長との合流もできそうだから大丈夫か。
「それでミコ、あのくまを退治してほしいのか
ほんとに?」
「うん」
「できるかぁ!!」
覇気くれ。
「熊じゃなきゃ会長のもろもろの資格だったり
まっっったく意味ないだろうが!」
「いや、熊もいるよ」
「……? あ、あぁ熊ね。え、熊」
「うん」
「えーっと、つまりくまも熊もいるってこと?」
「そうそう」
「あーなるほど…… いや熊はまぁ山だから
わかるとして、なんでくまがいるんだよ」
ややこしいな。バーソロミューと言いたいけど
言いすぎたら、いろんな方向の人から怒られそう
だからあまり言いたくない。
「あのくまってご本人?」
「ご本人なわけないでしょ」
自分で言っておいてなんだが、アニメキャラの
「ご本人」は一体何を指すんだろうな。声優と
言うと何か趣旨が違うし、コスプレは極めたと
してもモノマネのカテゴライズだし。
「あれは、ただの人形だよ」
「え、人形?」
「正確には全自動で動く人形」
ニーアだよニーアと付け加えられた。いや
どんだけいろんな作品またかけるんだ今回。
「なんでそんなのがこの山、どころかこの町に?」
「そりゃあ、作ったのがうちだからね」
「うち……」
「おじいちゃんの日曜大工」
「大工どころの出来じゃねーだろ!!!」
do it yourself
最近流行ってる言葉ではあるが、自分自身でできる
限度ってものもあるし、それよりもヒトの成せる技
超えてるだろ。きっちりセリフも言ってたぞアレ。
「もともと、おじいちゃんがこの時期になったら
クマの退治をしてたんだよね」
「ん? そのくまはどっちだ?」
「あ、この熊は熊。木彫りが似合いそうなほう。
でも一応、自分で「長くはない」と言いだしてから
どうにかしてこの仕事を頼めないかと考えてたん
だけど、うちの家族が男もいるけど若かったり
年長となると女の人が多くなったりで、熊の退治
となると頼みにくいんだよね。
それで、アレを作ったんだって」
「"それで"で作れるものじゃないでしょアレ。なんで
よりにもよってくまなんだ」
「それは作ったのが日曜だったから」
「あ、文字通り"日曜大工"だということなのね」
「テレビでシャボンディ編やってたときにひらめいた
らしくてね、「クマにはクマだ!」とか言って
その日のうちに作ってた」
「ほんとに「長くはない」って言ってるのかそれ?」
実際、10年近く前から口癖となったらしいのだが、
バリバリに現役で活躍してるやん。なんだったら
人知を超えてきたよ、ついに。
「それで、ちゃんと動いたのか?」
「それがちゃんと動いたんだよね! だから安心して
熊退治ができるようになりましたー」
「めでたしめでたし、ではなさそうだな」
「そ、くまはいなくなったけど、おじいちゃんが、
「ようわからんから、動くもん全部しばけ」
って指示しちゃって誰も手が出せなくなった」
「ほんとにめでたくないな」
AIの反乱ってきっとこうやって始まるんだろうなぁ。
まさかアニメキャラがその対象とは夢にも思ってすら
なかったが。
「それで俺も義堂も会長もしばかれたと」
「けど、ダメージはないでしょ」
「あ、確かに…… じゃあ何されたんだ俺?」
「シャボンディからアイデアを盗んだから……」
「あ、やっぱり飛ばされてたのか」
「けどさすがに熊をいきなり山から街中に飛ばしたら
まずいから、うまーくコントロールして安全な
場所に飛ばすようにしてるんだって」
「器用だな」
本家よりすげぇなそれはもう。
「それで俺はここに?」
「うん」
確かに山の中で木々がひしめき合っている光景である
ことに変わりはないのだが、俺たちのいる場所だけ木が
少ない気がしないでもない。まるで、飛ばされてくる
ことを想定してあえて切っているようにも見える。
「でもやっぱり山ってこともあってコントロールが
ちょっとずれて少し離れた場所に飛ばされることも
あるんだけどね」
「それは大丈夫なのか?」
「まぁ、大丈夫でしょ。もう熊いないし」
それに該当するのが、いまこの場に不在の2名。
「って、熊もういないの?」
「くまが全部ぶっ飛ばしてくれたからね」
「もう環境破壊とかの領域じゃね?」
流石に熊に同情する。愛護団体が黙ってないわ。
「なら別に捕まえなくても大丈夫なんじゃないのか?
だって、あくまでここに飛ばされるだけで猛獣
よろしく人を襲うことはあっても殺すなんてことは
ないんだし」
「それは違うぜ」
「え?」
俺の質問に対して回答したのはミコではない。
いつの間にか、背後にいた義堂だった。隣には当然の
ように会長もいる。どうやら今日の義堂は俺の背中に
よく出没するらしい。
「捕まえねぇのはさすがにねぇわ」
「それは義堂君と同じ意見だね」
「えぇ、だって考えてみてくださいよ。ミコから色々
話聞いてみたら、あのレプリカ七武海は御前一家の
置き土産であって、俺たちが大変な目にあってでも
始末しなきゃいけないわけじゃないでしょ。現に
飛ばされるだけで殺されていないんですし」
「馬鹿野郎、神前。そいつとこいつは話がちげぇよ」
「僕も、それはさすがに見過ごせないかな」
「えっ」
義堂がかなりやる気になってる。会長もこれとなく
ずいぶんとやる気に満ち溢れている。
「ギドー君、会長、もしかして私のためを思っt」
「あのロボットみてぇなヤツ。かっけぇじゃねぇか
オ”イ!! ぜってぇもっかい会ってやる!!!」
「捕まえて、あのくまとツーショット写真撮る!!」
「おい、男子! それどころじゃねぇよ!!」
そうだったー。義堂も会長もうちの生徒であり
「異能部」とその手伝いの人という立場である手前
「男の子」だったーー。比較的温厚な俺ですら
テンション爆上げで、女子相手に興奮を伝える
ぐらいにはあの七武海のクオリティはすごかった。
そりゃあ、例の海賊マンガを知らないであろう
義堂すらもウヒョーでしょうね。会長は余計に。
「早くいくぞ神前! 夜になっちまうm」
「待て待て待て待て待て!! ストーーップ!!」
「待てるか!」
「待てや!!」
このままくまと会ったとしてもここに飛ばされる
だけだ。捕まえるにしてもあまりに無計画すぎる。
「あ、そうだ。わざわざ免許持ちの会長を呼ぶん
だからミコ、何か会長にはアレを捕まえるだけの
力があると思ってるんじゃないのか!?」
「いや、ワンチャンあるかな、と」
「ねぇわ」
いっこもチャンはなかった。
「あ、でもあのくま充電式だからいつか充電切れで
動かなくなるかも! だから罠とかで止めれば
うまくいくかも……」
「充電式なのかよ! え、どうやって充電してるの?」
「そりゃ、太陽光」
「エコやな」
自然を愛してるという意味では原作準拠なのか。
「じゃあ頑張って飛ばされたり、追われたりしたらいつか
充電切れで止まってくれるってこと?」
「そう。3日かかるけど」
「馬鹿野郎」
夜超えてどうする。こちとら夜なる前に
仕留めたいんじゃ。3日は待てんし、それ以前に3日間
アレと鬼ごっこは気が狂いそうになるわ。
「あーどうすんだよーーー。マジで夜なるぞオイーー」
「何か思いつかないの、神前君」
「何回も挑戦するぐらいしか思いつかないっす。
仕様の関係で、ここに飛ばされるだけらしいので
何回もここに飛ばされて、ツッコんでを続けたら
いつか充電でも切れるんじゃないかと……」
「……え、じゃあこれをやったらどうなるんだろう」
「これとは?」
それはヒソヒソ……
……ってヒソヒソ話じゃなくて普通に話してよくね?




