143.裏をかこう
今は朝のホームルームを終えて授業の最中だ。
最近は、事前に学んでいたものでは太刀打ち
できない問題や証明が増えてきたことから
人間観察なんてことを簡単に悠長にできる機会が
減ってきた。
が、今日だけは授業になんて集中できるだけの
余力を持っていない。
結局、ミコにトイレに行くと言った後にあの
チョコレートを食べてしまおうと思ったが
そのチョコレートにラベリングされたブランドを
調べて食べようとした手が止まった。
うっそだろオイ。これちっさい一粒だけで
200円なのかよ……。一粒100メートル
みたいなイントネーションだけど、全部で6個
あるから1200円か。すっげぇ食べるの
もったいねぇし、ガチガチのガチもんの
本命クラスのチョコレートじゃねぇかよ。
そして何もせずに教室に戻り、とりあえず
大人しくホームルームと授業を受ける事にした。
一応、カバンの中身を確認してみたが誰かが
持ち去ったり覗いた形跡はなさそうだ。
よかったよかった。
……なんだこのわだかまりは。
そしてその帰りの道中にあるひとつの決断を
下した。俺に好意を持つ人間がいるとは到底
思えない。それに俺があの朝の学校で生徒が
一人もいない状況下で俺の下駄箱にチョコレートを
仕込むことはまずありえない。そして人違いで
本当は違う人にあげるはずのチョコレートが
俺の元に届いてしまったのも、手紙で個人を
特定していることから違う。
そうして消去法で思い当たる可能性を
つぶしていった結果、たどり着いた答えは
ただひとつ。
俺と同じ考えのヤツがいるということだ。
現にシチュエーションとしては俺の想定
していた状況と相違点は多少あるにしても
かなり酷似している。
下駄箱に無記名での投函。
手紙も送り主をぼかすような記名法。
そして何より、本命と錯覚してしまうほどの
完成度を誇るチョコレート。
相違点としては手紙の書き方だけだ。町田に
送るはずのチョコレートに添えた手紙には
”好きです。返事はいりません”
と書いた。これでこのチョコレートが完全に
本命であると思わせれるのに対して、俺の
下駄箱にあったチョコレートはただ
”神前君へ”
と名前が書かれているだけだ。これでは本命
なのか義理なのか検討がつかない。だからこそ
俺としても判断がつかない要因となっている。
そうだとしても仮に俺のやりたいことと
同じことを俺にしたいと思っている輩がいて、
今こうやってもんもんと悩んでいる姿も
ニヤニヤしながら眺めているということだ。
俺をダシにして、その様子を楽しもうとする
ヤツがいると仮定して、目星はかなり絞られる。
そいつはこのクラスの中にいる。
よくよく考えてみろ。相手として、しかも
無差別にチョコレートをあげるのではなく俺
個人にて宛てる理由なんてひとつしかない。
町田同様、俺もクラスでのポジションが曖昧
だから、これに限る。そしてそんな状況の俺を
見ることができる人間なんてこのクラス以外に
ありえない。ましては俺の困惑の様子を楽しむ
ことが目的であれば、同じ教室で同じ活動を
行うクラス内でなくてはならないだろう。
そうでなきゃ俺ももっとイタズラしがいのある
町田以外の人間をターゲットにしていたさ。
だから今日だけは授業に集中せず、その
犯人を探すことに専念する。必ずこの中に
目の前で同じ教師の言葉を聞き、同じように
前を向き、似たような単語をノートに書く中で、
俺の「困惑」と「ぬか喜び」をクスクスを裏で
ほくそ笑んでいるやろうがいるってことだ。
誰だ。よく見ろ。よく観察しろ。
今まで散々、暇をもてあそばせて見ていた
クラスだぞ。これくらいの変化ぐらい見て
とれるはずだ……!
……ん! 視線を感じる……
……あれは、ミコ? なんだあれ?
こっちを見てずいぶんとそわそわとした
表情をみせているが……
あっ、俺に気がついて目をそらせた。
……怪しい。さっきの俺ほどではないが
かなり先ほどとは違う反応を俺に見せている
のが余計に怪しくみえる。
まさか、このチョコレートの持ち主は
ミコなのか…… いやいやそれはない。
だってミコは俺が登校していたときには
家にいたのだから…… いや、それはツイッタ
上の出来事でありリアルではどうだったかは
わからない。
「……!!」
まさか、あのツイッタはダミーなのか!!?
※違います。
自分がまだ家にいると俺に思わせ、安心して
学校に来るように仕向けたのか。なるほど、
だから学校に来て一番に俺に向かって
「挙動不審だねぇ(ニヤァ)」
と俺に真っ先に言ったに違いない。
※違います。
それに言ってしまえば俺程度の人間の
バレンタインでの反応を見たところで正直、
何の面白みもないのではと疑問に思ってはいた。
だが俺が見つけ出すべき犯人が同じ部員で、
かつ同じクラスで比較的に仲のいいミコであるなら
俺の反応を見て面白いといえるのも確かだ。
それにさっき俺がミコを見たときに目を
そらせたのも何かある証拠だろう。あるいは
とうの最初の段階ですでに送り主が自分であると
気がつかれたと悟られない様に振舞った結果
なのかもしれない。
ここはひとつ昼休みにでもカマをかけて
みるのもいいだろう。
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やっぱり朝から不思議な感じがしたけど
まさか、女っ気のかけらもなかったココの
カバンからまさかチョコレートが出てくるなんて
思いもしなかったわ……
それにしても様子をうかがうに、どうも
授業に集中できていない感じだし、あの手紙
だけじゃ誰から受け取ったものかもわかって
いないと思う。だからああやってう授業中も
あんなにぎょろぎょろ見ているのかな。
あっ、こっちに気が付いた。ずっと見ていた
から視線に勘付いたのかなぁ…… ってハッ!
まさか私がココのカバンの中身を見てしまった
ことに気が付いて私のことを見ているとか!!?
※違います。
もとには戻してあるし盗み見がバレるなんて
ないとは思うけれど、なにか忘れていたことでも
あったのだろうか……
一応もう一度見てみるかn…… あーなんか
すっごい見てるー。よくわからないけれど私に
疑いかけられてるーー。これは一度昼休みに
色々聞いてみた方がいいかも。それにあの
ココがチョコレートをもらうなんてあっち
としても思いもしていなかったし、ここは一つ
曲がりなりにも女の子の私が気になるから
なぁ……。手紙に名前が書かれていなかったし
どうしようか困ってるはずよね。
って言ってるけど、本心はチョコレートを
もらって挙動不審になっている様子をみたい
だけなんだけど。
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ミコの野郎。またなんでこっちを見ているんだ?
そんなに俺が面白いか。やっぱりこのチョコレートの
持ち主はミコで黒だな。そうじゃなかったにしろ
一度昼休みに聞いてみる必要がある。
そして授業が終わり今は昼休み。授業の内容を
必要十分に聞いてないだけあって時間の経過が
早く感じる。
そしてクラスの中でも数人がチョコ談義であったり
あるいは教室を出て”誰かに”逢いに行ったりと
いつも以上に忙しそうに見える。そんな中で
ミコをマンツーマン……ん? この場合はマンツー
ウーマンが正しいのか? いやいやそれはどうでも
いいとして二人っきりで話すのは色々と勘違いが
生まれる可能性がある。俺たちが出会った時だって
二人きりの教室でミコが勝手に勘違いをしていたし、
ここは大事をとっていつもどおり、仲良く部活の
仲間との打ち合わせみたいな流れで、ミコの机に
向かうのが得策か。
「おい、ミコ」
「ふぇっ!? な、なに?」
急になんだその態度は? まさか俺から話し
かけられるなんて思ってもみなかったのか?
ならこちらとしても好都合だ。はやくにカマを
かけてやろう
「チョコレートを渡したヤツの気持ちは一体
どうなんだ?(ニヤッ)」
さて、これでミコが渡したとなれば何かしら
アクションが確実にあるだろう。
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やっぱりチョコレート初めてもらって自分に
正直になれてないじゃん!! チョコを渡した
相手はどう思うかなんてそりゃもちろん好きだって
ことなんでしょ!? なのになんでわざわざ私に
聞いてきたのさ!!?
「え、えー、さっきまでバレンタインなんてとか
言っていたのにどうしたのさーw 何?
チョコでも誰かからもらったの?」
「え!? いや、それは……も、もらってない」
「ふーん」
そりゃ隠したいよね。ココがこういうチョコ
だったりのものをもらうことがないし、その相手が
わからない以上、変にうれしがることもできない
からね……
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このやろう……わかってるんだろ? そうやって
聞いてくるけど俺がチョコレートを握っているのは
とっくにわかってるんだろ!!?
※あってます。
「そ、そうだ! ミコから俺たちにチョコレートって
ないのかよ。一応、部長なんだからあっても
いいんじゃないか?」
「何その言い方! めっちゃ失礼!」
「え、あ、すまん」
いや、話をそらしたかっただけあって今になって
考えたらかなり失礼な言い方だったな。だが無理に
でも隠そうとしているだけあって、ミコらしくない
返答だったな。これはもうちょっと押せばぽろっと
自分が下駄箱に入れたと言ってくれそうだな。
そうだとありがたいんだが。
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本命のチョコをもらっておいて他の子から
もらうのはダメでしょ。でも実際に用意して
いなかったのは事実だしそれは申し訳ない。
「そういえばさ。ココって前にチョコレートを
義理でももらったことってあるの?」
「え、ないよ。今回g」
「今回?」
「いやなんでもない」
一瞬言いかけた。そういうところココってほんと
隠すの下手だよね。
「それじゃあチョコレートをもらいたいって
思ったことすらもないの?」
「いやそれは……まぁ、男だし少しはあるよ」
「ならさ、その……もらいたい人とか状況って
あったりするの」
「男以外からなら」
「逆にどんなシチュエーションよ、それ。ほら
例えば、もらってみたい手紙とか……」
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なんだそのこっちの動向をうかがってくる
ストレートすぎる質問は……!! 完全に俺の
こと仕留めに来てるじゃねーか!!
だが、これは逆に答えやすいいい質問だ。
「俺はそうだな、好きですって書いてあって……
体育館裏に来いとか押し付けがましくない……
返事はいらないとか書いてあるのがいいかな」
っていっても俺が町田宛に書いた手紙の
内容を言っただけなんだけど…… 逆に言えば
ミコからの手紙とは違う訳じゃないし、本人と
してもあまりうれしくない回答だろう。
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どっ、ドンピシャじゃねーーかーー!!
そのまんま手紙に書いてあったヤツじゃない
ですかーーヤダーーー!! けっこうココとしても
ガチ寄りなんだね!! そうなんだね!!
「そっ! そうなんだー。けっこう考えてる
んだねーwwはっはっはー。でもそれだと
名前はわからないんz」
「は? 名前?」
「ううん、なんでもないなんでもない」
あっぶないあっぶない。これ以上深い質問を
したら私があのチョコを覗いたってバレるかも
しれない。ちょっとこういう質問はやめてココ
個人の質問にしようかな。
「あのーさ、例えばだけど……私からチョコを
送られても驚く?」
「いや、何言ってんだよ。その程度で驚くかよ」
「え”ぇええ!!?」
私からのアプローチもものともしないって
ことでいいのかなこれ。だったら非常にマジだ。
マジ寄りのマジだ!!
_______________
なんだそのあからさますぎる誘導尋問は……!
文字通り自分から贈りましたよって言ってる
もんだろ! いや、これは逆に自分以外から
チョコレートが送られていると思わせるための
ものかもしれない。やっぱりここは動かずにミコの
動向をうかがうほうがいい。
とっとと俺から「ミコの考えはバレバレだ」と
言ってやってもいいが、それではつまらない。
あちらから「ごめんなさい」と言うまで俺は
この態度から帰るつもりh
「ごめん、ココ」
「え?」
「まさかココがこんなに考えていたなんて
思っていなくて…… それなのに私がただ
興味本位で……」
おっ、案外すんなり落ちてくれたな。だが
なんだその顔は…… 非常に申し訳ないといった
表情をしているが、いつものミコなら「あーあ」
と言いながらネタばらしに入るところだろうに。
それだけ今回のドッキリが失敗に終わったのが
痛感したってことなのか。確かにあのチョコレート
自体がかなりの価値あるものだっただけあって
俺からそれに見合ったおいしい反応がなかったのは
嬉しくはないよな。
勝手ながらこっちもミコのそのいたずらのせいで
町田に送るはずのものを送れなかったんだ。これで
どっこいどっこいってことで済ますとするか。
だがこんな泣きそうな顔をさせた俺にも多少の
落ち度があるか。ってなんで自業自得でそんな
悲しそうなんだよ!
だがこうでも言っておけばいいだろう。
「あぁ、大丈夫(ミコが仕掛けたことを)
分かっているからさ」
_______________
「あぁ、大丈夫(そういうことをしてくるような
クズな考えの持ち主だと)分かっているからさ」
わかっているからさ……
わかっているからさ…………
わかっているからさ………………
そっ、そんなひどいこと言わなくても……
「そ、そんなにココって……」
「全く、こんなことをしてくるなんて
やっぱりミコは成長しないよなぁ(ニヤァ)
このくらいのことで俺がミコの気持ちを
気が付かないわけがないだろ。あーあ、
気が滅入ったわーww」
……
ココ…… ココの……
「うわああああああああん。私だって女の子
なんだよーーー!! ココのおたんこなすび
----!!!」
「あ”っ!!? どこ行くんだよーー!!!」
今更だけどおたんこなすびってなんだろう?
「おたんこなす」は聞くけど「なすび」とは
言わないよね。
そしてそのあとの部活でこのことをギドー君に
話したら、ギドー君が「何泣かせてるんだ」と
言ってココに脅しかかったときにココが勘違い
していたことを知ったとさ。
めでたしめでたし。
……全くめでたくなーい!




