133.文句を言おう
「ん、んん」
目が覚めた場所は音楽室ではない。が、
これはなんとなく知っていたし当然か。
無事、”トラン”の力が使える場所まで
戻って来れたようだ。
一応、その過程を話してもよいのだが
あまりそんなところで時間を使いたくないし
もうそんなことをしてこの動く絵画編を
長引かせたくない。
が、ある程度俺たちがやったことを
話しておかないと訳が分からないだろう。
俺たちはあのベートーベンの絵から
別の絵に飛んだ。もちろんそこはその
音楽室にある絵ではなく部室側にある
別の絵だ。確か最初に移った絵は水墨画
だったから書道室にでも飛んだのだろう。
そのあとはよくわからないマンガの
一コマに飛んだり、誰かが忘れた教科書の
挿絵に飛んだり、また絵画の中に飛んだり、
それはまぁ色々とありすぎたものだ。
絵の中を移動するたびに俺が魔力を
供給するものだから、移動にしても大変
だったし俺の魔力的にも大変であった。
が、幾分絵面が地味なので省かせてもらう。
それにマンガの中にはいったのであれば
そのマンガを完全に盗作しなくては
ならないため、著作権法的にもアブナイ。
そして最後には”トラン”に電話を
かけてみてオーケーサインが出たから
そのまま義堂と俺は肉体に戻り、”ムム”と
”ビビ”はその場に残った。
その場に残ったと言うのは別にそこに
置き去りにしたわけではない。俺たちの
最終地点が俺のミコンの中だったからだ。
俺のミコンにもどうやら飛ぶことが
できたらしく、そのまま俺のミコンに
残したままにしただけだ。しかし、
”ムム”と”ビビ”を使えばミコンの中に
入れるということを知れたのは一つの
報酬ともいえるな。まぁ、当分あの世界
にはいきたくないけど。
え? どんな場所だって?
SAN値がガン下がりする場所と言えば
通じるだろう。一応そこで「マスター」と
声をかけられた気がするが、それが
一体誰だったかなんてわからなかったし、
見た目もあの世界だと人型を保って
いない。
もうこれで言うことはない。
それが全てだ。
「ん?」
予想通り、俺は部室のこたつにほうり
込まれて寝ていた。といっても寝ていた
というよりか一波乱あったというのが
正解だけども…… こたつの奥を見れば
俺と同様に義堂が見える。俺が先に
起きたというのに義堂だけ寝ているのは
おかしな気もするが、多分いつも通り
絵の世界云々関係なく寝ているだけか。
今回のMVPは間違いなく義堂だ。
寝かせていいし、起こす意味もない。
俺は携帯に手を伸ばす。かれこれ
ずいぶんと時間がたっているだろうg
「げっ……1時……」
うーわー、さすがに遅くまで活動
できるとはいえこれは… いや俺は
別に問題ないし、義堂も独り暮らし
で問題ないだろうが俺たちを
待っていたミコが可哀想だ。特に
今回に関してはいてもいなくても
どうでもよかっただけあって余計だ。
で、肝心のミコは……
「……」
「クピー」
……寝てる。しかも狭いくせに俺の
となりで…… ただでさえこの狭い
部室にギリギリ入るように買った
こたつなんだからとなりでこうも
押しくらまんじゅうして寝てたら
息苦しくなるわ。
「ぬあ」
「……」
「……起きた?」
「こっちのセリフだ」
寝起きのミコの顔がずいぶん幼く
見える。と、同時にあの絵の中で義堂が
言っていたようにミコと愛ちゃんを
連想させてみる。
うーん、そんなあいつらと似てるか?
俺と義堂の感性があっていないな。
「どうしたのさそんな顔して」
「だからそれはこっちのセリフだって」
とりあえずわざとらしく聞いてみる。
「何で俺たちはここに?」
「そりゃあ、あの部屋で寝てたら風引いちゃう
でしょ」
「お母さんかっ! でも俺たち二人をここに
運びこむなんてどうやったんだよ」
「え? 担いだに決まってんじゃん」
「……」
マジかよ。すげぇ気骨してんな巫女さんよ。
それであの音楽室からこの部室までって
階段もあってなかなかハードル高かった
だろうに。
「はぁ……」
「? どうしたのココ?」
「いや……」
さっきも言ったが、ミコもミコで俺たちの
ことを思ってやった行動なのだろう。それに
俺が無謀勝手に「ミコのせいで一話延びた」
なんて言いがかりをつけるわけにも
いかない。
「いや…… ミコのせいで一話無駄に
延びたなって思ってな」
「思ったこと言ってるよ!? というか
私、結局そのー……えーっと、あ!
絵の世界に入れなかったんだけど!?」
「ソウカ、ソレハシカタナイシカタナイ」
「……なんか怪しい」
怪しくなんてないよー。全然怪しくないよー。
絵の世界での出来事を話してやってもいいが
ここで「いやーwwすごかったわーww」とか
イヤミったらしく言ったところでそれはそのまま
イヤミにしかならないよな。前に俺が霊を見れる
と言った時に、それを羨ましがっているようでは
今回のチャンスを捨てたことをいかに
嘆くことか……
俺は悪魔だとしても半分は人間だ。そこの
適度な人間性と慈悲は持ってるつもりだし、
無駄に希望を持たせるつもりもない。
「それで俺たちが寝ていた時、何かあったか?」
「ううん、ふあぁああっ」
「……いつから寝てた?」
「え、そんなのわかるわけないじゃんwwww」
「大体でいいわ!」
そんな何時何分何コンマ地球が何回廻った時
みたいな聞き方はしないわ。
「ここに連れてきてすぐだから…… って今何時?」
「1時」
「(゜Д゜)」
「顔芸は要らん」
「なら…… 今から2時間前……くらい?」
ようは俺たちが一時間早く解決していたら
こんなにミコにため息をつく必要はなかった
ってことか。これはさすがに俺たちの手際の
悪さを悔やむしかないか。
っていうかこの事件全般が俺の監督不届きで
おこったものじゃねぇか。完全、俺の責任に
なっちまうじゃねーか。
だとしても一時間前にミコが起きたとしても
時間は11時だ。俺たちがどれだけ遅く活動が
出来たとしても限度を超えた時間だよな。
「というか、俺たちをここに運んだ後に
お前だけでも帰りゃよかったじゃん」
「さすがに部員残して去る部長がいて
たまるもんですか」
見せ場に完全に不在だった部長はいるけどな。
「それに、心配だったし」
「心配?」
「このまま起きなかったらどうしようかって」
「??」
「や、やっぱなんでもないや」
? なに? 俺たちがこのまま植物状態で
放置されるかとでも思ったのか? さすがに
それは俺が許せないわ。そうならないために
めっさ頑張ったとでも言ってもいいだろう。
”ムム”と”ビビ”にどんだけ魔力つぎ込んだと
思ってんねん。
「ん”、ん」
「あ、ギドー君」
「ん”あ!?」
あ、そういえば義堂から”メア”と”トラン”が
憑いたままなの忘れていたわ。後で祓うとして
あまり霊の憑きっぱなしも体にはよくはないし
早めに処理するか。
「お”は”よ”ー!!!」
「首絞めハ〇太郎か」
「お”き”て”ー!!」
「ん”? ここぁ……」
「部室だよ。あのままあの音楽室で寝てたら
凍え死んじゃうからね」
「そうそう死なねぇよ」
確かに「義堂」ならそうだな。
「あ”-? なんだ? んな仲良く隣あって
座りやがって」
「仲良くは座ってたつもりはなかったわ。
それでその様子だとなんか夢でも見たのか?」
わざとらしく義堂の様子をうかがう。
「夢? あ”-そうだな……なんか、あ”-
ダメだよくわからねぇが、そうだな……
神前が、バケモンになった、んな感じか」
「元からじゃない?」
「ミコ、それはどういう意味だ」
それはどういうことだオイ。いや、俺はまぁ
悪魔ですから合ってるっちゃ合ってるけど、それは
意味合いが異なるだろうか。
が、義堂のその反応を見るからに俺のあの
奇行はあくまで「夢の中の出来事」だと
解釈されているようだな。よかったよかった。
「じゃあ、ギドー君は絵の中に入れたの!?
なんで私だけ入れてないのさ!!?」
「あ”? んーまぁ、ベートーベンだったか?
あいつが意外と面白ぇやつだったり……
あとは何だ? モナリザがいなかったりと
よくわからねぇ夢だったな」
「……それって本当に入れてたの」
あぁ、もちろん入れてたとも。そして
義堂の久しぶりのガチバトルがそこで
勃発もしていたさ。
「それで、その学校七不思議は解決できたの?」
「それはまだわからないわ。だって俺ですら
その動いているところを見てもいないし」
とは言ったものの解決は完全にできただろう。
あそこで絵を動かしていた張本人は俺のミコンの
中にいるし、何かしらの外部的な干渉がない
限り大丈夫だ。
ということで、今回の長々と続いた
「音楽室の動く絵画」の学校七不思議は
無事解決……
「あっ」
「? ミコ、何かあったか?」
「えーっとね、音楽室の鍵を忘れてきたみたいで」
「……」
ちらっちらっと俺のことを見てくる。なんだ
それは、付いて来いってか。
「日付まわった夜の学校を一人で歩くのは
いやなので、お願いします」
「うむ、正直でよろしい」
恐怖の前ではプライドもないのかあんた。
すっげぇみっともなかったぞ今のセリフ。
そして俺とミコは真夜中の学校を再び
見回ることにした。もちろん他の霊を探す
意味もあったのだが、それらしい成果はなく
元の音楽室に戻ってきた。義堂はあのまま
「また寝る」といって寝たから放置。
「いったぁ!」
「……またぶつけたのか」
「だって暗いんだもん…… って、あっ
ここに鍵あるじゃん」
「え」
床を懐中電灯で照らすときらりと光る鍵が。
あのときに落としていたのか。
特にこれは借り物なのだからなくすわけには
いかないし、ここで鍵をなくすなんて粗相が
あれば俺たちの今後の活動に響くからな。
見つかってよかったわ。
「それで、あの絵だよね?」
「ん? あぁあの絵が動いていたらしいけど」
「……あんな絵だっけ?」
「……」
あれはベートーベンの絵だろうが、よく見る
むすっとした顔はしていない。なにか満足気な
にっこりとした、実にほほえましい人物画に
変わっていた。
あーあ、これじゃあ解決しましたなんて
言えないんじゃないか?




