131.おいしいところをとろう
”虎の威を借る狐”
これは昔から日本の昔話かなんかで
ある物語でもあり、ことわざとしても有名
だろう。登場人物はその言葉通り、狐と
トラ、あとは……タヌキだったか? いや
ここの部分は実はどうでもいい。別に
タヌキじゃなくともウサギでもキリンでも
誰でもいいが、とりあえずもう一匹いた。
さて、どんな話なのかというと最初は
トラと狐がであうところから始まる。
狐がずいぶんと生意気な態度でいるのを見て
トラが一言、狐に聞く。
「そんなに弱そうなのになぜ、それほど
なまいきな態度でいるのか」と
それに対して狐が、実に狐らしくイカサマ
じみて答える。
「それは当然、弱くないからだ。俺はこう見えて
とんでもなく強い。あんたみたいな虎に
負けないぐらいにね」と
これにはトラも首をかしげる。見た目は
どう見えても狐の中でも、少し生意気な
野郎ではあるが、それはどう見ても狐であり
トラである自分からすればそこらの小石と
じゃれる程度の存在にしか見えない。
疑い掛けるトラに対して、狐は再び
答える。
「なら見せてやる」「俺が強いところを」と
これにはトラは興味をそそられる。こんな
陳腐な小童がこの自分を前にしてここまで
生意気であれるのならば、それ相応の理由が
あるのだ。こいつは今晩の晩酌の一品の一つに
するつもりだったが気が変わった。本当に
強いか見てやろうじゃあないか。嘘なら、
晩酌の一品ではなく、戒めとして自分の
歯ブラシの一つとして永遠にかじられる
だけだがな。
さてさて、どんなものを見せてくれるのだろう。
狐が後ろで見ていろという。そのとおり後ろで
見張っている。
そうすれば丁度良く、目の前にタヌキが
出てきた。再び狐が後ろでよく見とけと言う。
「よう、タヌキどん」
気さくに狐は話しかける。が、それに
気が付いてタヌキが振り向けば、タヌキは
目を丸くして怯えているではないか。
まさかこの狐に怯えているのか。
「どうした? そんな怖いか?」と
再びタヌキに狐が問いただす。
が、その返事は聞けぬままタヌキは
一目散に逃げて行ってしまった。これは
確かにこの狐に怯えているように見えた。
「どうだ?」と狐がトラに話しかける。
「見事だ」とトラは返し、トラから食べられる
はずだった狐は助かることになった。
めでたし、めでたし。
……とまぁこんな話だったはずだ。
実をいうと本当は「狐がトラよりも強い」ではなく
「神様から高貴な獣だと達しがきた」とか何とか
だった気がするが、そこはお約束の”諸説あり”
ってわけで済ませてくれ。
これから言える教訓というのは、狐がトラを
携えて、自分を上の立場にに見せることから、
”権威を持つものに頼って、威張る”なんて
意味がある。マンガで言えば、ドラえもんの
スネオがこれだろう。
「これが虎の威を借る狐って言葉の意味だ」
「そ、それが……」
「要はだな、
義堂が狐で、俺がトラだったってわけだ。
お前らはずっと俺の事を警戒していた。
だから俺と義堂はそこを狙ったと言えば
わかるか?」
「それ、は」
こんなにヒントを出しているのに答えが
出ないのか…… なんだかこいつらの親として
ちょこっとショックだな。
「はぁ、先に結論を言えば、
俺はあの戦いには参加していない。
あの場にいたのはお前と義堂の二人だけだ」
「えっ」
「あのとき、俺が呪文を唱えたのは見ていた
だろうが、そのあとに義堂の見た目が元の
人の形に戻っただろ。本当ならそこで疑い
かけてもおかしくはなかったが、どうやら
よっぽど俺たちに化かされたかったんだな。
ようはお前らは俺という存在に怯えすぎて、
義堂相手でも手を抜いていたってことだ。
とはいっても手を抜かずに戦っていたのは
認める。俺が言いたいのはそういうことじゃ
ない。その戦い方が手を抜いていたってこと。
義堂の体の中に俺がいる。義堂はそれで
とんでもない肉体強化が施されている。
だから真っ向から挑んでも勝てるはずがない。
そう思うのは当然だし、俺だってそう思う。
だからお前らは、防戦を選んだ。
比較的リスクを負わない防戦を選び、
義堂を含む俺が朽ち果てるのを待った。
そりゃそっちの方が苦労しなくとも勝手に
自爆してくれるのだから安心で、かつ色々
手っ取り早い」
「お、おねえ、ちゃん」
「だから俺たちも言ってただろ? 本気で
挑むって。そうでも言わないと、お前らが
本気を出して力を消耗してくれないからな。
そして作戦は驚くほど順当に成功したって
わけだ。まぁ、実をいうとあのままわざわざ
防戦なんか選ばずに、正面から義堂を殺しに
かかってきていたらヤバかったが、それも
込みで俺たちの賭けが通ったといってもいい。
そしてあとは、たかがニンゲン無勢に
本気を出して、戦って力を摩耗した二人を
タイミングよく俺が、こうやって仕留めれば
いいってことだ。
それとこの呪詛は、お前らから魔力を
抜き出すものだ。しゃべること程度の力は
残しておくつもりだが…… 立って俺に
殴りかかるなんてことはできないだろう」
体にさっきの義堂のために使いきった魔力が
元の量に戻るのがわかる。とはいうものの
もとはと言えばこれは俺から生成された
魔力であり、それをこういう形でリカバリー
しているだけか。
「それにしても壮観だったよ”ムム”。まさか
俺が憑いていない相手に本気で挑んで
勝手に自滅している姿は。それも俺たちが
先に自滅するはずが、こうやってひと手間
かけるだけでそっちが自滅するとはね」
「マ、スター。魔力、を」
「返さないよ。この世界もお前らがこの魔力で
作り上げたものなんだろ? だったらその
お前らから魔力を奪っちまえば、全部話が
済むってものだ」
「そ、それは、させ……ない!!」
ググッと”ムム”が起き上がる。起きるだけの
力もなくなったかと思っていたが、その点で
”ムム”は「気骨」があるってわけか。
それでも俺は必死にもがき起き上がる
”ムム”を上から押さえつける。さっきほど
力を入れずとも倒れてはくれたが……
「ここ、はわたし……の、!!
私たちの…… つくったせかい、だから!!
私、た、ちが……守らなきゃいけな……いっ!」
「それは保護者である俺が責任を取らなきゃ
ならない事案だ。お前らは何も背負わなくて
いい」
「ちが、う!! ここは、私がなんとして、も
守るって決めたせかいだから……ガッ!」
「わかっている。だからこそ俺がこうするんだ」
そう義堂と後、ベートーヴェンとで
話し合ったからな。
「ビビのゲートはできている…… それさ、え
壊され、なきゃ…… ……ビビ」
「……」
「ビビ……?」
”ビビ”は魔力の枯渇で気絶している、
わけではない。ただ姉の方向を向かずに
黙っているだけだ。俺も気絶させるまで
消耗させるほど鬼じゃない。
俺は鬼ではなく悪魔だ。同類である
悪魔に優しくするのも当然の義務だろう?
「ねぇ、ビビ、なんで黙ってるの?
この世界が、私たちの世界が死ぬのよ?」
「……」
「ねぇ、ビビったr」
「創造主様」
後ろから声がした。声の主は分かっている。
「ベー、トーヴェンさん」
「いえいえ、そんなさん付けされる程、私は
偉くはありませんよ」
「な、なんd」
「俺が呼んだ。つーかここが”そう”なんだろ?」
俺はベートーヴェンに暴れても安全そうな
場所に人を集めておけと言ってある。確か
あの音楽室にある絵の中で「風景画」と言える
だけの広い空間を映している絵はこのモナリザ
ぐらいしかなかったからな。
ベートーヴェンを先頭に後ろにたくさんの
人だかりがいる。イエス・キリスト、ゴッホ
それにこの絵の主人、モナリザと多分、この
絵の世界の住人全員がここにいる。
「な、なんでここ、に」
「創造主様、実はあなた方が本当は悪魔で
あることは我々全員知っていました」
「!!?」
がはっと”ムム”が咳き込む。
「……あなたはその方、悪魔のコウサキの
配下にいた人物で、あることをきっかけに
この場所に世界を作り、自由を求めて
逃げてきたことも知っていました。
そして我々……いえ、かつて絵だった私たちに
自分が世界を作り上げた神様だと偽って
騙していたということも……
それを教えてくれたのは……
”ビビ”様です」
「!!!??? ビ、ビ……なんで……」
「”ビビ”様は、姉である”ムム”様は責任感が
強く、この世界を作ったことを満足している
半面、後悔しているはずだとおっしゃって
いました。いつか自分たちが悪魔だと知られ、
この世界もただ自分たちの逃げ場所として
あるだけのものだと気づかれたときに、
どう思われるのか、そして仮にこの世界が
崩れることがあるとしたら、ここに
生まれた我々の思いはどこに行くのか。
そう、考えているはずだと……
だから”ビビ”様は我々に先に教えて
くれたのです。
この世界は本当は偽りの世界だということ。
いつかこの世界は終わりを迎えること。
創造主様は神様ではなく悪魔だということ。
そして……”こう”なること。を」
「……ビビ……まさ、か……」
「おねえち……ゃん、ごめんね……」
”ビビ”が笑っているが今にも波がぐみそうな
不思議な顔でそう、”ムム”に謝るに。
「そしてこうも言いました。それでも自分たちは
創造主であり、この絵の中の世界の命運は
自分たちにかかっている。それが紛い物の
神様だったとしても、ここでは神として
必ず我々を守ると、そう誓ってくれたのです。
ええ、それで我々も納得はしませんでした。
我々が崇めていたのが邪神だと分かれば当然
そうでしょう。
ですが、それでもあなたたちについて
行こうと決めたのは我々です。その通り、
”ムム”様”ビビ”様は創造主としてこの
世界を守ろうと躍起になってくれました」
「そんな、私たちは……」
「ではなぜ、この世界を捨てないのですか?
悪魔であるあなたはいくらでもその選択肢を
選べるはずだったのに、この世界から離れて
誰も知らない新たな場所に行こうと考え
なかったのですか。本当は創造主様が悪魔だと
聞いて、そうされたらどうしようかと
思いましたが…… そうはしませんでした」
あぁ、そうか。そういうことだったのか。
勝手に俺が納得しているが、今になって分かった
ことが一つある。それはあの鏡についてだ。
あの鏡がなぜ「壊しても移動できる」かが
ずっとよくわからないままだった。が、今の
話から察するに元からそういう作りのもの
だということではなく”ビビ”が壊しても
移動できるような作りにしたんだ。
あそこにあるゲートのように本当は厳密な
詠唱だったりの手続きが必要なはずだ。
それに”ムム”や”ビビ”だけが移動できる
ようにしておけば十分やっていけるし、
この世界の住人の統率も簡単なはずだ。
”ビビ”はこの世界がいつか終幕を迎える
ことを予知していた。だからこそ、ここの
住人だけで結託することを望んだ。仮に
自分たちがここから消え去ったとしても
住人たちだけでやっていけるように、
絵と絵の移動を何の手続きもいらず、
完全にフリーにしたんだ。
「私たちは、悪魔であるあなた方の
眷属です。それは変わりはありません。
そしてこれからもそれは変わることも
ないでしょう。だって我々はあなた方が
ここに来なければただの絵に過ぎない
存在だったのですから、そこから自分
という存在を生んでくれただけでも
十分、忠義に値しますよ。
ですのでお願いですから誇って下さい。
今からこの世界がこの悪魔コウサキの
手によって終わりを迎えたとしても創造主
であるあなた方を責めたりなどしません。
それに我々も知っていましたから。
この世界が偽りであることを。我々が
現実の世界でどんな人生を送っていたか
など知りませんし、それこそここが贋作
だと認めることに他ありません。でも、
ここは絵の世界で、我々はただの絵です。
そんなしがない我々にひと時の娯楽を
与えてくださっただけでもう満足です。
楽しい時間はいつか終わるもので、それが
今です。
”ムム”様、”ビビ”様。今まで、
この世界を、守って下さり、本当に本当に
ありがとうございました」
「……違、う……まだここは」
「先ほどもおっしゃったでしょう? もう
楽しい時間は終わると。私も、私たちも
夢を見ることをやめようと決心しました。
後は、私たちに任せて下さい。
ここで「絵」としての本望を
成し遂げてきます。そのためには
あなた方がいてはいけません。それに
”ビビ”様にも似たようなことを一度
おっしゃったことがあります。その時は
その発想はおかしいと否定されましたが、
ははっ、今になって思えばそれは当然
否定されるでしょうね。守ろうとしていた
ものが自ら終わりを迎えようとするのを
止めるのも神様の役割ですから。
コウサキさん」
「?」
「申し訳ございませんでした。そして
このような楽しい日々に、感謝を」
そう合図すると、全員で深々と頭を
下げてきた。そこまで礼をされるような
ことはしたつもりはないんだが……
「それは……どうもと返したほうが
いいものなのか……な?」
「いいや、悪魔らしく黙れというのが
セオリーでしょう」
「えぇ……」
「そろそろ、急いだほうがいいでしょう。
どうもここら一体の力が弱まっている
気するから」
それは俺が”ムム”たちから力を吸い取ってる
からだと思うが……
「それってわかるものなのか?」
「いやいや、言ってしまえばそうだね……
”この世の条理の反しすぎた”から、その
影響が出てきそうってところかな。
だって、君たちは元々絵が動くから
その調査に来たんだろ? 今、住人全員が
ここにいるとなれば、それは怪奇現象を
越えるほどまずい状況ってことだ。
となれば、この世界も元の形に戻そうと
魔力……といったかな? それを抜き出そう
としている。だから急いだほうがいい」
さっきもこの絵の中の空間を歪ませたり
色々と、変なことをしすぎたからな。その
代償が今、この場所に来ているってことか。
「み、みん、な
……」
「……創造主様は……?」
「いや、気絶しているわけじゃない。ただ
疲れて眠っているだけだから安心しろ。
それはそうと、そこに倒れてr」
「俺か?」
「義堂、お前ほんっと体どうなってんの」
たたき起こしてやろうと思ったら
もうケロッと元気になってやがる。ここには
肉体の概念はないはずだから、こいつは
精神的にも死ぬほどタフだってことか。
ほんと毎日なに食べてたらこうなるんだろ。
「それで、何がどうなったんだ? なんで
こいつらがここにいんだよ」
「それは……また後で言うとして今は移動だ」
俺は寝ている二人の創造主様を担ぐ。
双子二人分を担ぐのは苦労するだろうなと
思っていたがそうでもないな。ってそうか、
こいつらは二人で一人なんだから、一人で
0.5人分にしかならないのか。
「そいつらはどうすんだよ」
「このまま持って帰るよ。というかそれが
本来の目的だろ」
「あ”? そうだったか?」
「……まぁいいか。それじゃあな
「絵の住人」さんたちよ。達者で」
「あぁ、また私たちを”観に”来いよ」
「……ふっ、わかった」
確か俺たちはベートーベンの絵の中から
来たんだったな。ここからだとどうやって
行くのが早いだろうか。あいつらからそれを
聞いとけばよかったな。でも、この世界は
最後の最後に迷った方があいつらのために
なるのかもな。
俺の大事な大事な眷属が作った楽園を
すぐに終わりにするのはもったいない。
「義堂、行こうか」
「ったく、ミコもどこ行ったんだか……」
「それは……えー……後で説明するわ」
____________
「……いったなぁ。
さてと、元の絵に戻ろうか。じゃないと
おかしな絵になっちゃうからな」
「あ、そうだそうだ。最後にこれ見せてから!」
「?? イエス?」
「はい! モノマネ”モナリザの笑ってるか
微妙な笑み”!!」
「「……」」
「いえいえ、本物はこうするんですよ」
「あ、ほんとだ笑ってそうで笑ってない!」
「「ハハハハハハッ」」




