123.悪魔を探そう
まず俺はさっきのベートーベンとの
あの一件である確証を手に入れた。
今、俺たちが挑んでいる学校七不思議
”動く音楽室の絵画”の要因となった
原因はやはり俺であり、絵の中にいる
悪魔は俺の眷属の一人だ。
ベートーベンにかけた呪詛は無論、
ベートーベン相手じゃなくとも
かけることができる。が、あれは
少しばかり仕様が違う。
実をいうと本来はもう少し苦労する
はずの呪詛をかけるはずだった。前に
相澤に取り憑かせた悪魔”メア”の時の
面倒な手続きを覚えているだろう。
それに似た手続きを本来はしなければ
ならないのが普通だ。だが、それを
必要としない方法があり、俺は
ベートーベンにそれをかけたのだ。
どうってことはない。
俺の眷属かどうかで決まるだけだ。
俺の眷属ならば、俺の呪詛が効くのは
至極当然。だが、それには当然ながら
呪詛のかけ方にも違いがでるし、俺は
ある仮定の下、ベートーベンにその
眷属専用の呪詛をかけたのだ。そして
見事にかかってくれた。そして俺の
眷属の中には、もちろんながら
ベートーベンはいない。
なら考えられるのはひとつ。
俺の眷属の眷属だからだ。
ここは俺の眷属が生み出した世界であり、
その眷属が統括する、いわば悪魔によって
支配された想像上の世界だ。そして
そんな世界で編み出された人物は、
当然その悪魔の眷属であるといえる。
人は神によって生まれたのなら、
人は神と同等にはなれないし、
ましては高位に立つなんてことはない。
「支配者の眷属」だということだ。
そしてその神……まぁ、この場合は
俺の眷属である悪魔なのだが、そいつは
どうあがいても俺の眷属であり、俺の
下につく存在でしかない。長々と
いってしまったが、要は俺の眷属の
作った眷属は
やはり俺の眷属であり、そうじゃなきゃ
呪詛なんて効いていないのだ。
ほかにも「この世界の条理が俺の
悪魔の力の行使を許した」なんて
考えもあるが、そうだとしてもやはり
俺の眷属で、俺のことを「知っている」
というだけでも俺の眷属だと示せる。
「んで、ここはどこだよ」
「また同じ様な部屋だが……」
いや、厳密には違う。さっきの部屋
とは装飾が違う。部屋が違うから
なんて言い訳もできるが、雰囲気から
しておかしいんだ。やはりここは
別の絵だということなのか……
「ったく、ミコの野郎どこに
行っちまったんだぁ?」
「探していれば見つかるだろ。
ひとまず今は探索だ、探索」
ミコは今、音楽室でおねんねしてるよ。
まぁ、俺も義堂も同じ状態だといえば
そのとおりなんだが。
「つーことはまた誰かいるっつーことか」
「そうとは限らないだろ。確かあの
音楽室には人物画以外にも単なる
風景画だってあったし」
「じゃあここは何だ? ただの部屋の絵を
描いただけってことか?」
「あ、それは変だよな」
風景画と言われれば、やはりモネの
「睡蓮」であったり、フランソワ・ミレーの
「落穂拾い」とかを想像するだろう。
わかってるだろうが、風景画と言えば
たいていが外の風景を描いたものだ。
もちろんファン・ゴッホの「ひまわり」
みたいな静物画となれば室内を描いた
作品だってある。そうだとしても
この部屋には目立ったモノがない。
つまり、ここには何か目立った
人であったりモノがあったのだ。
が、ここにはない。いや、
いないといった方が正しいか。
「なんかおかしいよなこの部屋」
「ま、なんか目立たねぇよな」
「やっぱりわかるのか」
「なんつーか、そりゃさっき見てぇな
インパクトがねぇんだよ」
義堂も気が付ているようだな……
「じゃあここには何かがないっつー
ことでいいのかよ?」
「そういうことでいいんじゃないか?
というかそういう学校七不思議だって
言ってただろ」
さっきの流れからして、ベートーベンの
部屋にあった鏡のようにここにも別の
絵にアクセスできるゲートがある
のだろう。そしてそこを通して移動した
”何か”がいる。それにしても昔の
西洋の装飾の部屋というのはどこも
かしこも似ているせいで、どんな
絵で誰がいたなんてわからないな。
「ここにも鏡があんのか?」
「さっき俺たちがきた鏡とは違う
鏡があるとしたら……」
……!!!
なんだこの視線は……
「……義堂」
「黙れ神前、振り向いたら気づかれる」
「お、おう」
義堂の方がこの手の思考は上だ。
ここは義堂の考えに乗っておこう。
それにしても相手は多分、悪魔か
あるいはその手の何かだろうが、
義堂はその微細な気配に気が付いた
のか。察しがいい野郎だ。
……
気配が消えた。どこかに行ったのか。
「いなくなったけど……」
「あの部屋に行ったな。神前行くぞ」
「え、分かるのか?」
「んな、足音と気配の方向で分かんだろ。
なんだてめぇ? わからねぇのか?」
「その考えがわからんわ」
悪魔の力に頼りっぱなしの俺には
分かりっこない考えだ…… 人間、本気を
出したらこんなこともできるのか。
それにしてもなぜこの部屋……いや
この場合は「絵」の中と言った方が
正しいだろう。問題はなぜこの絵に
悪魔がいるかということだ。さっき
のように一つ一つの絵に存在しなくては
ならないわけではなさそうだし……
単にこの絵に忘れ物があったからなのか。
ここは一先ずそういうことにしておこう。
ことは先を急ぐし、こんなことに時間を
割いている暇はない。
「それで義堂、聞きたいことがあるが」
「あ”? んだよ?」
「その気配っていうのはどんなんだった?」
「気配は気配だ。んなもんどうだなんて
いわれてもなんもねーよ」
「そうか……ならさ、
その気配って”二人”だった?」
「あ”? まぁそうだが」
やはりか。
やはり俺の予想は当たっていた。
そして大方、この七不思議を起こした
悪魔の正体もわかった。これはまぁ
今話すのはやめておこう。
「なんだぁ? 二人じゃなんか
おかしいのかよ」
「おかしくはないけれど、ちょっと
ばかし面倒なことになった……かな」
「はぁ?」
さっきも言ったが「絵の中の世界」で
ある以前に「悪魔が作った幻想の世界」で、
その総括はその悪魔が握っている。
前にも似たような学校七不思議である
”秘密の部屋”があったのを覚えている
だろうか。結局、あれは”クリエト”
という別の悪魔を偽った”デリトー”の
自作自演だっただけなのだが、今回は
完全にその悪魔の手のひらの上に
俺たちはいるのだ。
それでも多少の力の行使はできる。
さっきのベートーベンがいい例だろう。
”デリトー”を相手にしたときは
あの部屋のすべてが自分で作った完全な
「自分の」空間であるのに対し、
今回のコレはそれに近いものはあるが、
基盤として「絵の中」であることが
その悪魔に好き勝手させていない要因に
なっているのだろう。
それでもやはりここは”あいつら”の
テリトリーで俺たちはそこに来た
招かれざる客ということに変わりはない。
さらにはそのテリトリーの主を元の
巣穴に戻そうとしているのだ。
虎穴に入らずんば虎子を得ず。
この言葉が現状でしっくりくる。
「こっちだな」
義堂が見失った……じゃない、
索敵損ねた場所についたようだ。
予想はしていたが、ここにも
大きな鏡がある。
「またここから出ていくのか?」
「わからん、だから義堂先生お願いします」
オ”ラァ!!!
パリーン
「うし、これで行けるだろ」
「しっかし、なんでこんな物理的に
通過できちゃうシステムにしたかなぁ」
「あ”? なんだよ、あん野郎と知り合い
みてえな言い方しやがって」
「あ、いや、なんでもない」
次からはもっときれいな移動手段を
使うことにするように言っておく。
そうじゃないと俺の”悪魔”というか
”非現実的な部分”が、どうにも
曖昧になってくるからな。
「にしてもさっきのあの部屋は
なんだったんだ?」
「それはまぁ、次の部屋に行けば
わかることだろ」
それに義堂が感じたという気配が
正しいのであれば、次の部屋にその
正解があるだろう。
「にしてもミコの野郎は一体全体
どこに行きやがったんだよ。また
どっかでビービー泣かれちゃこっちも
かなわねぇ」
「いや、もう小学生じゃあるまいし
そんなことはないだろうが……」
と言ったけど実際はどうなんだろう。
ガチでその通りになりそうな気もしない
でもないし…… だってその光景の脳内再生
超余裕だったもん。
「ったく、んなところでも俺たちゃミコを
探さないかねぇとはな。っつっても
こりゃ夢の中だし、別にどーでもいい
かもしれねぇが」
「え? ……あ、そうか、そうだよな」
一瞬よくわからなかったが、そうだったな。
義堂は”メア”を通して無理やりこっちの世界に
連れてこられたのだから、義堂にとって
この場所は”まだ”夢の中ってことか。すっかり
俺が仕組んだことを忘れていた。
「あ”、ここが次の絵k」
最後まで言わずに義堂が止めた。なんて
歯切れの悪いしゃべり方をするんだと
言いたいが、そんなのは目の前を見れば
すぐに察しが付く。
さっきとは裏腹に人がここだけに
大量にいるのだ。
「なんでこんなところn」
「馬鹿! 隠れろ!!」
義堂が機転を利かして部屋の隅に
身を寄せた。しかしあの集団は
いったい何の集団で、ここはいったい
何の絵なんだ……
「このなかにひとーり
うらぎりものがおる
おまえやろ」
「私じゃありません」
「なら自己紹介してみろ」
「我はイスカリオテ、イスカリオテの
ユダなり」
「おまえやぁーーーっ!!!」
……なんかクッソ懐かしい
フラッシュ動画のネタみたいなこと
してるー。それとこの絵はアレだ、
裏切り者のくだりからして
「最後の晩餐」だ。っていうか
なんで音楽室に最後の晩餐があるんだよ。
「というかユダ! そのセリフ何!?
最近急に覚えたように言ってるけど」
「これはあれですよ主、平野○太牧師の
聖典である「ヘルシ○グ」に書かれていた
一節で」
「キリスト教の目下の君がそんなバンパイア
関係の書物なんて読むんじゃないよ!」
「主、意外と知ってるんですね」
いや、お前ら謀反ものとその主だろ。
そんなノホホンとおしゃべりしている
暇ないだろ。
「ほら、もう何回このネタしてると
思ってるんだよ」
「ですから私がこうやって機転を
利かせて」
「そんな機転の利かせ方はいらない!
ほらもっとあるだろ、こう……」
「わかりました。では次回は聖母中○光の
「聖☆お○いさん」からでも」
「それ一番だめなやつ!」
なんだあの漫才は。
(義堂、あんなだしもう出て行って
いいんじゃないか。それにここに
目的のヤツはいなそうだし)
(いや、あの気配がする)
(えぇ)
(あの中にいるだろうがな)
あの中というのはもちろん
イエス、ユダを含む最後の晩餐の
メンバーのことだ。
ってよくみたら確かにあの場には
13人の弟子がいるな。確かイエス
含めて「最後の晩餐」には12人が
描かれていたはずだ。ならばあの
中に”余計な”弟子がいるってことだ。
だが、顔を見ても誰が誰で
弟子の名前も全員が全員覚えている
はずもない。ただ見ただけでアイツが
違うと言い張れない。
「それで君は何者だ?」
「わ、私ですか?」
「そうだ、君は私の弟子じゃないだろう」
お、ちょうどわかりそうだな。
「私たちは別のところから来た
だけです」
「はぁ……名前は?」
「ファンです」
「あ、いやそんな芸能人に会った
みたいな反応しなくていいから」
「違いますよ。名前がファンなんです。
私の名はファン・ゴッホです。
フィンセント・ファン・ゴッホ。
私は主に命じられここに来ました」




