121.音楽室にいこう
「……」
「どうしたんだミコ。いつもに比べて
テンションがた落ちだけれど」
「いや、急にココがやる気になってて
怖いから」
「……それって怖いのか」
今日は金曜日、定例事項となった
夜の学校の探索の日だ。俺がミコから
見てやる気になってように見えるのは
そのとおり、やる気があるからだ。
「何でやる気が?」
「前に俺がずっと、お願いしていた
探索許可が降りた場所にいけるからな。
そりゃあやる気も出るよ」
俺は裏で”学校七不思議”に関係した
エリアの探索の許可を取ろうと試みていた。
が、やはり実績のない部活ということで
簡単に太鼓判を押されることがなく
ずいぶんと時間がかかったものだよ。
だが、その成果なのかあのポスターの
効果なのか定かではないにしろ、音楽室の
探索を許可された。これはうれしい。
音楽室は特に学校内でも貴重なものを
取り扱っているだけあって、最悪最後に
行けるかどうかと不安だった場所だった。
どれほど素人でも「楽器」の値打ちを
考えればその通りだよなと納得せざるを
得ないだろう。
そうだからこそ俺は喜ばしいし、
着実に俺の目標につながっていると
実感ができるのだ。
「夜の音楽室なんて来たことないや」
「まぁ、普通は来るような場所じゃないし
鍵もかかっているだろ」
俺は事前に生徒会長から預かった音楽室の
鍵を持っている。やはり音楽室の鍵だと
言われても他の鍵と見た目上大差なく、
本物かどうかもわからない。
ま、それは開けてびっくりってところか。
ビックリはしたくないが……
「そういえば、なんで音楽室の絵画が動く
なんて噂がながれたんだ? そもそも
この部屋には誰も入れないはずだろ」
「多分、っていうか私も聞いた程度しか
わかっていないけど、吹奏楽部が先生に
黙って、ここでだべってた時に見た
らしいよ」
「だべってた?」
「隠れてたんだって。先生が鍵を閉めたのを
確認して、音楽室に滞在していたって話を
先輩方の周りで聞いたよ」
「なんでそんなことしたんだ?」
「だべっていたのは吹奏楽部の男女」
「あっ、ふーん(察し)」
もう何も言うまい。言わずともわかる。
「それでそこで”それ”を見てびっくり
して、音楽室を飛び出し、そのまま
そこに偶然待機していた先生に見つかり、
”音楽室の動く絵画”の噂と、その
吹奏楽部二人の関係が露見したって」
「正直、吹奏楽部員がかわいそうだわ」
多分、というか絶対この動く絵画に
ついては俺の悪魔の仕業だと断言できる。
それだけ俺には確証があるし、逆に
言えば、俺のせいでその二人に多大な
迷惑をかけたと思うと…… あれ?
なんでだ? すっきりしている。
やっぱりリア充は死するべきだと心の
中では思っているのだろうな、
俺ってやつは。
そして俺の眷属であるという確証に
ついてだが、単純にその手の悪魔が
眷属にいたことをなんとなく覚えてるし、
その悪魔がミコンにいないことが決定的
証拠だ。
先に言っておくが、ミコンから出た
悪魔というのは前も言った気がするが
言ってしまえば「野放し」の状態だ。
そのためミコン自体にその悪魔の名は
消えるから名前は分かるはずがない。
だから俺のミコンから片っ端から
悪魔を呼び出し、いない奴を探すなんて
ことは野暮なのだ。
やはり実際に出会う必要がある。
ガチャッ
部屋があいた。偽の鍵を握られていた
わけではなさそうでよかった。
「うわっ、暗っ」
「明かりは付けるなよ。暗くないと多分、
出てこないはずだから」
「うー」
別に明るくても問題ないはず。だが、
暗いほうが悪魔にとっても活動は
しやすいはずだし、明るいよりは暗い
ほうがいい。
ゴッ!
「い”ってぇ!! んだよこれ!!」
隣で義堂がもだえている。見た感じ
床に放置してある楽器ケースに足を
ぶつけたようだ。
吹奏楽部たるもの床に楽器を放置
するんじゃないよ……
「大丈夫か義堂」
「これくれぇ、どうってことねぇよ。
それよりもその絵ッつーのはどこだよ」
実のところ音楽室に入るのは初めてだ。
もちろん、音楽の授業で入ることは
可能ではあるが。うちの学校は音楽は
選択制で美術と書道を入れた中から
一つ選ぶことになっている。
俺は美術を選んだため音楽室には
一切、縁がない。ミコが書道で義堂が
……わからない。けどこの様子じゃ
音楽をとっているわけではないな。
「多分、一番大きな部屋にあると思うが」
「大木の部屋ってどこ?」
「誰だよそれ。ほら、ベートーベンとか
バッハの絵とかはなんとなく、みんな
よく見るところにありそうじゃないか?
だから一番使いそうな部屋にあると
思う」
「じゃあ……こっちかな?」
どうにも部屋の中にも鍵をかける
扉があり、その一回一回に鍵を
使って開けなくてはならない。それは
面倒だからできる限り、開ける扉を
少なくしたい。どこかのレイ〇ン教授の
問題みたいだな。
「ここかなぁ……」
確かにこの部屋は広い。合唱用の
ひな壇がドドンと置いてある。
「あ”? これか?」
「……あ、これっぽい」
そのひな壇がある側とは違う方面の
壁にかけられている人物画。ベートーベン
だったりバッハ、あとはあれはショパンと
言ったか? ……まぁそれはいいとして、
そういう人物画以外にも風景画もなぜか
ある。
「なんで風景画が? 音楽関係ないやん」
「さぁ? でもあったとしても不思議じゃない
でしょ」
「そうかぁ?」
確かにここが「音楽室」だという事実を
抜けば、別に不思議なことはない。ただの
絵画展みたいなものだ。そう考えれば別に
気に留めることでもないか。
それよりも重要なことがあるんだ。
先にそっちを何とかせねばな。
「それでよぉ”? これが動く絵画なんだろ?」
「多分、まとめて飾ってあるだろうから
これで間違いないだろうけれど」
「動いてねぇのはなんでだよ?」
「さぁな。気分が乗らないんじゃないか?」
「はぁ”?」
さっきからベートーベンだったりと
人物が言えるのは、前提としてはやはり
”絵にその人がいる”ということだ。そう、
絵画が動いていない。動くはずのものが
動いてくれてないのだ。
「どうすんだよ。これじゃラチが
あかねぇじゃねぇか。なんだ?
動くまでここで張るってか?」
「そんなことしなくていい。それと
そこまで体張りたくないわ」
室内とはいえここは放課後の誰も
いない学校なのだ。つまり、暖房なんて
付いているはずもなく、特に広い部屋が
ある音楽室は冷え込んでいる。ここで
寝たあかつきには凍死が待っているよ。
「じゃあ今日はこれで終わりか?」
「いやいや、そんな成果無しに引き
下がるには早いぞ、義堂」
「あ”?」
俺はポケットから箱を一つ取り出す。
「ココ、なにそれ?」
「おとといぐらいに重役に会いに行く
って言ってただろ? その相手はマヤだ。
で、これはその時にマヤからもらった」
「……ってことは」
「薬」
実はもらったわけではない。ちゃんと
した契約のもと、手に入れた立派な
商品だ。そのときの契約内容については
また今度話すとしよう。
「それでなんの薬? また変な薬?」
「うーん、変と言われれば変か」
「じゃあ”変になる薬”?」
「御幣を生むからその表現はもうやめろ。
マヤの家が薬関係のモノを扱っている
のは知っているよな? これはその
中でも特に変わった効能のものだ」
「変わった効能? 前のも十分変だけど」
「これはな
”霊と出会える薬”なんだと」
「霊と出会える!!?」
うわ、霊感0の女からの食いつきが
すごい。
「何何何何!!!??? それ飲めば
霊が見えるようになるの!!!???」
「……まぁ、そんなところだ」
「ココ、言い値で買うからとりあえず
1カートンちょうだい!!」
「タバコか!」
体に悪そうだな、その量は。それと
副作用がやはり伴うらしく、乱用は
オススメしないぞ。
「で、そいつを使ってどうする気だよ」
「これは……霊と出会えるって簡単に
まとめているけど、詳しく言うと
”霊に近い存在になる”ものだ。
例えばここに霊がいれば、それを
飲むとその霊がくっきりと見える
ようになるんだとよ。もちろん人に
よるけど、飲まずとも見れる人だって
いるが、飲んだだけでも十分霊と
接触がしやすいだろうな。だから
これを利用して
絵の中に入ろうと思う」
「「はぁ??」」
「絵には今、何かしらの霊がいる。
ってことはこの絵の中には霊によって
構成された”場所”が存在するって
ことだ。だから俺たちはこの薬を
使って霊として、その”場所”に
お邪魔しようってことだ。それなら
仮に絵が動いてなかろうが、あるいは
動いていようが、解決のために
行動ができるってもんだ」
「はぁ」
絵の中の場所。そんなものはあるのかと
まず最初に思うかもしれないが、実際には
あるはずがない。ただの絵にそんな意味ある
空間なんぞ必要がないからな。
人に例えると分かりやすいだろう。
”人”がいたとしてもそれが死体ならば
意味のある存在ではないし、ましては
その死体に意思疎通なんてできるはずない。
だがその”人”が生きているならば話が
別で、心、脳、心臓、頭なんかの臓器
諸々が意味を持って活動している。
そして脳には「性格」だとかの情報から
成る、言うなれば「世界」が作られる。
絵の中の場所というのはその
世界の事だと思ってくれればいい。
もともとは他者の立ち入ることのできない
場所ではあるが、無理やりそこに
行ってしまおうということであり、
その場所というのは、霊を媒介として
作られた「絵の脳内」だということだ。
何を言ってるかようわからんなら
それはそれでいい。別に重要な情報では
ないし、霊や悪魔の構造システムの
一部なんだなと思ってなんとなく理解
してくれるだけでも十分だ。
「つまりはどういうこと?」
「それを飲んだら意識がもうろうとする
はずだから、そのまま絵にいる霊と
接続できるはずだ。そしてそのまま
絵の中で学校七不思議を解決して
しまおうってこと」
「そんなうまくいくの?」
「うまくいかなかったらマヤにクレーム
入れるしかないだろ」
俺もどうなるかはわからない。
飲んでみるしかないよな。
「はいミコ、義堂、1個やる」
「今回はフツーの錠剤みたいだね」
「そういえばそうだな。形になんか
違いがあるんか? まぁそれはまた
後にして、一斉に飲むぞ」
手のひらに錠剤を置く。
「せーの」
ゴクッ
バタッ バタッ バタッ
…………
パッ!
俺は目を開ける。ここが絵の中か……
なんてことはないし、実をいうと
ここまでが俺の中では台本通りだ。
「しっかし本当に効いたな……この薬」
これは”霊と出会える薬”なんてもの
ではない。逆に言うと、そんな薬が
技術的に作れるなんて馬鹿げている。
そりゃ記憶抹消剤であったり、正直に
なる薬だとかも、ぶっとんだものでは
あるが霊と出会える薬なんて、それこそ
頭のおかしくなる薬だと思うしかない。
これはただの睡眠薬だ。
ただし一般的な”ただの睡眠薬”ではない。
「すごい効果だなコレ」
眠くなってきた、とも言わずに一発
KOで寝たからなこいつら。死んだかと
思ったよ俺、最初。でも寝息も聞こえるし
しっかりと寝てくれてはいる。俺は
自分で飲む意味がないから、一つだけ
隠し持っていた30円のラムネを飲んだ
だけで、怪しまれないように薬を飲んで
倒れたフリをしたのだけだ。が、そんな
ことしなくてもよかったっぽいな。
「よーし」
隠し持っていたいつものミコンを取り出し、
いつものように呪文を唱える。
「*************」
「”具現召喚・メア”
……」
ふむ、これはどうしようか……
よしっ。
「*************」
「”具現召喚・トラン”」
「どうないしたんやダンナ? ずいぶんと
久しぶりな気すっけどな」
「あぁ、かれこれ100話以上ぶりだ」
「そいで、呼んだっちゅーこたまた誰かに
悪さをせいっちゅーことか。それに
そこん悪魔はお初にお目にかかるな。
兄ちゃん、なにもんや」
「ども、トランですぅ」
「なーんや兄ちゃん、ようわからへん
しゃべり方すんな」
俺抜きで話が進んでいる。この二人の
悪魔についてはかなり前に話したことが
あるから省くとして、とりあえず事情を
話すとしよう。
「”メア””トラン”ちょっと面倒な仕事を
してもらいたんだ」
「ほぉ、ダンナにしちゃ珍しい」
「そこに寝ている奴がいるだろ? そいつに
憑いてほしいのはかわらないんだが、
”メア”が見せている夢から”トラン”を
使って絵の中に脱出させてほしいんだよ。
そうだな……そこの絵に飛ばしてほしいの
だが……それってお前らに可能か?」
「できるっすよ」
「おう、可能やが……俺たち分裂はできねぇん
で、一人にしかそれはできん」
「それは大丈夫。そっちのイカツイ男だけで
十分だから」
ミコに憑いたところで意味がないだろう。
憑けずに母体がいないと言って消える顛末が
目に見えている。
「マスターはどうしますぅ?」
「俺は自力で何とかするよ」
「できるんすか」
「わからないけれど、同調の呪詛も俺は
持っているし、それを駆使したらでき
そうじゃないか?」
「まぁまぁダンナが言うんだ。大丈夫だろ。
それじゃ”トラン”っつったか? はよ
仕事に入るぞ」
「は、はい」
しかし絵の中に入れるのだろうか……
最悪、義堂一人で解決してもらうしか
ないが……
まず目の前から”メア”が消えた。義堂に
憑いたのだろう。そしてそれに追うように
”トラン”が消える。これで多分、絵の中に
入ることができるはずだ。
まさか薬の効能を無理矢理、俺が実践
してやる羽目になるなんてな。だが、
個人的には自分のスキルを理解するという
意味も込めてやってみたかったのも
事実だ。そうだとしても今回もミコには
黙って寝ててもらうしかないのか……
本田家編のときも大事な場面は寝ていたし。
「えーっと……あ、これだな」
ミコンから一つの呪文を見つける。
確かこれがさっき言った同調の呪詛だ。
左手にミコンを持ち、残った右手で
さっき指さした絵を触れる。
「******************************」
リンクスタート!!
あ、これは違う小説だ。




