宝箱と 恋の再出発
そこへ 深みのある暖かい声がした。いくらかの 苦笑を まじえつつー
「マーサ、そのへんで 勘弁してやってくれないか。
彼女のことを 忘れてしまったのは このバカ息子の 意志ではない。
おそらく 何らかの理由があって 強制的に 行われたのだろう。
契約書まで作って 縛ろうとするくらい あの子に 一途だったのだから」
(契約書?あのこって?)
父親の意味不明の言葉を 反芻しているうちに、頭の片隅に 言の葉が 浮かび上がってきた。
ー心の宝箱を・・・
「心の宝箱?父上、俺の宝箱は もう 一杯ですよ」
思わず口に 言の葉を 紡ぐ。
「一杯?何が?」
一人漫才をする 息子に、憐れみの視線を向け 一言。
「頭の打ち所が 悪かったのか?
巫女長殿の所に 今から行ってこい。
そして、これからどうすべきか アドバイスを 受けるといい」
ばあやの攻撃を 片手で払いのけ、すっと 立ち上がり 父親に 対峙する。
「せっかくですが、その必要は ありません。
長殿からは、すでに 伝言が 届いていましたから」
「伝言?私は 何も 聞いていないぞ。
なんと いわれたのか?」
ブルーグラード侯がたずねると、その息子は とてつもなく 渋い顔で ぽつりと 告げた。
「“出入り禁止!悔しかったら アーちゃんを 連れてきなさい”です。
アーちゃんて、誰ですか?
心当たりが ないのですが・・・」
ずべん、ドッターン、えぐええぇ。
乳母から奪い取った ほうきで バカ息子を転がし、背中を グリグリしながら 言い放つ。
「バカ息子!サッサと エスファルダ国へ 行ってこい!
私は 孫の顔が 早く見たいんだ!
お前の そのヘタレ顔など もう 見飽きたわ!」
記憶を忘れたのは 本人のせいではないのに、とてつもなく かわいそうな 扱い方をされる わかさま(ばかさま)なのでした。