宝箱と 恋の再出発
「巫女姫殿が 姿を 消した?」
ブルーグラード侯の 本邸の書斎で 執務をとっていた彼のもとに
御子姫不明の 一報が とどいたのは、
月が 新月を迎えようとする 少し前の ことだった。
「どうせ 国に 帰ったんだろ?
旅の途中 戻りたい、戻りたいって 言い続けていたらしいから。
そもそも あんな作り話に やすやすと騙されて のこのこ出向いてくる方が
馬鹿なんじゃね?」
どぐわぁ、バチコーン、ガラガラどっしゃん ずべん、ぐうえ。
カエルの ひしゃげたような 声をだし、床に はいつくばったまま 背中を
ほうきのえのさきで どつかれ 身動きが とれない。
「命の恩人に対して なんて言いぐさ するんですか、ったく…
これだから 大切なひとのことを すっぱり わすれちまったんでしょ、
ヒョロヲアホの助様!」
「…悪かった、俺が 馬鹿でした。
もう 言いません。だから 許してくれ、マーサ」
そう言って 横向きの顔を 最強乳母に向けると、若様は 固まってしまった。
その 怒ってつり上がった瞳から、ポロポロと 絶え間なく こぼれ落ちる 暑い滴。
そう、泣いているのだ、あの 無敵の ばあやが。
知らせを 届けにきたのは、他ならぬ 最強乳母本人だった。
主の あまりのつれなさに 腹を立て、持参した 若様が好きな食べ物が入る
手荷物を 投げつけた。
百発百中!
その衝撃で 椅子から転げ落ちたところを、
手じかにあった ほうきのさきで 床に 縫いとどめる。
くやしさと 歯がゆさで 涙が 止まらない。
心の 底では、二人が 相思相愛だということを ずっと 気がついていたのに
ままならない 現状に 腹が立って 腹が立って どうしようもない マーサであった。