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永田くんと恋人ごっこ

 土曜の夜に襲撃してくる永田は、日曜の午前中には帰る。

 3度目の時には、「前回必要だったものを持ってきました」と、パジャマ代わりの部屋着やら歯ブラシやらを用意していた。それらは我が家に僅かばかりの『永田の場所』を作った。


 夜はもちろん、ソファと寝室に別れて別々に眠る。

 最初の夜のように、手を出してくることもない。

 擬似彼氏とか言いながら、その実ただのお友達のような気楽さで、一緒にご飯を食べてしゃべったり映画を見たり。


 付かず離れずの距離感で、私が何かしている時、彼は決して邪魔をしない。その代わり、彼もそんなに気を遣わず、自由に過ごしている。


 正直、心地よかった。

 手がかからない猫を飼っているようだ。


「ねぇ、先輩」

「んー?」


 床に座ってソファに寄りかかり、お菓子をかじりながらマッタリとテレビを観ていた私に、ソファの上の永田猫が声をかけてきた。


「せっかく僕が居るのに、このまま何もしないなんて、勿体無くないですか」


 ん? 何を言い出すんだこの子は。

 私は頭だけを後ろに倒して、永田を見上げる。


「何かしたら、この前の二の舞いになる……」

「いやいや、無自覚なのとそうでないのとでは、雲泥の差ですよ。ただの擬似彼氏の実践的ネタ提供、でしょ?」


 永田は真剣な顔で、真上から私の顔を覗き込んだ。

 何のために僕がいるんです、とため息を吐く。


「ね、ほら。せっかくだし、こっちきて」

「えー……」


 私が渋ると、永田はにっこり笑って「お願い」と言った。

 魔法の言葉を出されては、従うしかない。私は益々渋い顔をするが、永田はどこ吹く風だ。


「おいで」


 足を広げて、ポン、と足の間のソファを叩く。

 え、そこぉ!?


「ちょっとハードル高くない?」

「いちいち文句言わない」


 にこにこ笑いながら怒る。

 仕方ない。私は永田の足の間にちょこんと座った。永田の腕の中にすっぽりと収まり、後ろから抱きしめられる形だ。落ち着かない。


「このまま映画でも観ますか。何がやってるかなぁ」


 背後からリモコンを取り、映画専門チャンネルに切り替える。幾つかザッピングしながら選んでいたが、


「丁度いいのないですね、アクションでいいか」


 やっていた有名な俳優のアクションもので手を止めた。


「これ何回も見たことある。どうせならネットのレンタルで見てない奴に……」

「いい映画は何度観てもいいし、好きな女は何度抱いても飽きないものです」


 格言のような思わせぶりな口調に、私は思わず笑った。


「なにそれかっこいい」

「ぱくっていいですよー」


 ふふ、と永田が笑い返せば、首筋に息がかかる。くすぐったい。


「ほら、寄りかかっていいよ」


 ふいにお腹に手を回され、永田の身体にもたれるように倒される。背中が密着すると、心臓の音が聞こえてきそうでドキリとした。

 この体勢、逃げられない。

 私は身動ぎすることも出来ずに、黙って固まっていた。何度も観た映画は、サッパリ頭に入ってこなかった。自分の顔が変にニヤケていないかだけが気になる。


「ネタ提供になってます?」


 耳元で永田が囁く。

 私はドキドキしながら、コクコクと何回も頷いた。顔が熱い。たぶん首まで熱いから、赤くなってるの、バレてるんだろうなと思う。

 ネタ提供って、どこまで、なにするの?

 どうしよう、確認するの、恥ずかしいんですけど。


 何も言えず、しばらくそのまま映画を見た。

 時折、永田は思い出したように髪を撫でてきた。顔にかかってくすぐったいのかなと思う。思い切り触れては来ない。お腹に回された手も、リラックスした状態で置かれたまま。まるで私1人がドキドキして意識しているかのようだ。


 さ、触るならさっさと触れ!

 かーくんなら触ってきてた。てか、カップルならそうするでしょう?

 でも永田は擬似彼氏だ。それってどこまで擬似でやるの?

 触らないの? このままなの?


 わからない、緊張感を保てばいいのか、警戒したらいいのか、それとも、無視した方がいいのか。

 頭がぐるぐるする。


 映画は終盤になり、いつも通り大爆発して主人公は奇跡の生還を果たし、ハッピーエンドを迎えようとしていた。

 やばい、終わる。抱きしめるだけかぁ。

 私が安堵したその時──

 永田が寄りかかるように私の肩口に顔を乗せてきた。

 首元に唇が触れる。


 やっとかよ! いや、待っていたわけじゃないけど……!


 ソワソワと身動ぎする。

 が、永田は動かずにそのままスタッフロールを眺めていた。特に何かをする様子も、話す様子もない。

 え、なんもなし?

 落ち着かない。ただ疲れたから寄りかかっただけのようだ。

 いっそガッツリとキスされたり舐められたりした方が反応できるってもんだ。なにこの生殺し感!

 私がムズムズしながら画面から顔を背けて下を向くと、永田がクスリと笑った。


「……物足りない?」

「なっ……」


 気付かれてた!

 私は慌てて首を振って否定する。


「うそ。何かして欲しいでしょ?」

「そ、そんなわけないじゃん!」


 唇をつけたまま、永田が私の首元で笑う。


「この先は先生・・が自分で考えてね」


 意地悪に言って、ちゅ、と音を立てて唇を離すと、解放するようにお腹を抑えていた手も離す。

 私の顔は燃え上がるほど熱くなった。



 擬似彼氏として受け入れたからなのか、永田との距離は確実に近くなっていた。

 流れでとは言え、してもいいと宣言してしまったのだ。この程度、嫌がっていない事を永田はわかっている。


 こうして、来るたびにちょっとだけ恋人っぽいことをするのが習慣になった。

 主に私をからかったりドキドキさせたりして、それでお終い。

 「あとは先生が考えてね」を合言葉に、生殺し状態で終わる。


「インプットが済んだら、アウトプットですよ。適度に吐き出さないと、アイディアが腐ってしまいます」


 そんな事を言いながら、永田はお風呂上がりの私の髪に触れた。


「先輩、まだ濡れてる」

「暑いからもうめんどくさい」

「だめだよ、風邪引きますよ」


 すでに家に居るのも慣れて、お風呂に入るのも気兼ねない。最初のうちは遠慮してやめていたけれど、気持ち悪いので気にしない事にした。

 ちなみに永田は家で入浴してから来ているらしい。うちで入ればと言うと、「さすがに」とひと言。

 彼の線引きはよくわからない。


「乾かしてあげる。ここ座ってて」

「ええー! いいのぉ?!」

「!?」


 私が大喜びで座ると、永田は困惑した。

 ごめん、夢だった。楽できるし、気持ち良さそうだし、なんか夢だった。

 ニヤニヤしながら待っていると、ドライヤーとタオルとブラシを持って永田が戻ってくる。


「先輩って、変だよ」


 そう言いながら、ワシワシとタオルで地肌を拭いてくれる。

 えへへぇ、今なら暴言も許しちゃう。

 笑顔の私を見て、永田は変な顔をした。が、ため息を吐いてドライヤーをかけはじめる。


「あー、気持ちいい。幸せ」

「よかったですね」


 そんな幸せなやりとりも束の間────


「いてっ、痛いって引っ張んないで!」

「先輩が暴れるからでしょ! じっとして下さい!」

「やーん! あつい、あきたぁ」

「子供かっ!」


 ……ドウシテコウナッタ。



****



「じゃあ、また来週来ますからね」

「うん、お疲れ様ぁ」


 日曜日の朝。

 朝食を済ませた私達は、お互いの自由時間のために早めに別れる。

 私には特に予定はないけれど、永田にはあるだろう。引き止めたりせずにサッパリと見送る。


「その、お疲れ様って、やめません?」


 玄関で靴を履く永田が、ふいに振り返って言った。


「え、なんで?」

「なんか仕事みたいじゃないですか」

「そーかな。そーかぁ」


 言われてみたら、そうかもしれない。

 じゃあ、どうしようかな。


「恋人っぽくお願いします」

「恋人っぽく……」


 うーん。恋人かぁ。……そうだ!


「永田くん、行かないで」

「え」

「帰っちゃやだ。もう一晩泊まってって」


 背伸びして永田の首に腕を回すと、上目遣いに見つめて言ってみる。恋人なら一回引き止めたいよねー。あはは。


「なーんちゃっ……て……あれ? 永田くん?」

「もうやだ、先輩やだ」


 永田は顔を両手で覆って、泣きそうな声を出した。

 どうした、ビックリしたのか? めんごめんご。

 私は永田から手を離すと、一応、謝った。

 いつも私が君にやられてることだけどね? とは、今は黙っておく。

 永田は顔から手を離すと、不貞腐れながらこっちを睨んだ。


「いってらっしゃいのちゅーは?」

「ありません!」


 調子に乗るな!

 私が怒ると、永田はへへっ、といたずらっ子のように笑う。


「じゃ、またね」


 そう言って、頭をくしゃくしゃと撫でていく。


 ──これで、寂しくないでしょ? また一週間がんばってね。


 そう言われているようで。

 こんなんじゃだめだと、いつも思ってる。

 だけど、それがなんだかあったかくて。

 私は永田に、全力で寄りかかりたくなってしまうのだ。


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