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永田くんと静かな夜

 週末がやって来る。

 片手にケーキを携えて、「先輩、来ちゃった!」とかふざけたことをぬかしながら、インターホンの画面越しに、その無駄に綺麗な顔で笑顔を作る。が、夜なので画像が粗くよくわからない。


「本当に来るとはねぇ……」

「ちゃんと行くってメッセージ送ったでしょ?」


 リビングのテーブルには、永田とお揃いで買った真新しい携帯が放置されている。


「返信くらいしてくださいよ」

「ごめんごめん、ご飯作ってた」


 玄関を開けると、私にケーキの箱を手渡した永田は、文句を言いながら靴を脱ぎ揃え、クンクンと部屋の匂いを嗅いだ。


「あ、カレーだ」

「カレーと、サラダと、ケーキと、酒よ!」

「ひっどい組み合わせですね……」

「文句があるヤツぁ、明日の朝食ふかし芋だから!」

「……どんだけお芋買ったんですか」


 げんなりとして永田がツッコむ。うん、安かったのだ。本当は段ボールで買いたかったけど置く場所がない。

 私は笑いながらケーキを冷蔵庫に仕舞った。


「お土産ありがとう」

「いえ、先輩の喜ぶ顔が見たかっただけですから」


 そう言ってにっこりと笑う。

 さ、さすが偽とはいえ彼氏だな!

 ……うん、完全にからかわれている。わかっているのに少しだけ顔が熱くなった。


「擬態彼氏も大変ね」


 ハンガーを手渡して、スーツの上着を掛けるよう促しながら茶化すと、永田が笑った。


擬態ぎたいじゃなくて、擬似ぎじ、ね。僕はカメレオンか何か?」

「あ、それ面白い。私の彼氏に変身して成りすましてるのね。きっと本当の彼氏は既に死んでいて……」

「事件の謎を解くために彼氏に成りすましてる──とか。だけどこれじゃあSFですね」

「じゃ、こういうのは? 事件の謎を追う中で、私を陰ながら守りつつ一緒に過ごすうちに」

「好きになっちゃうんですね? でも、自分の正体は明かせない」

「苦悩する擬態彼氏」

「そんな彼らに魔の手が迫る!」

「組織の中に裏切り者が!」

「君は絶対に俺が守る!」

「正体を知って驚き悲しむ私──だけど気付いたの、私も……貴方のことが好き!」

「敵を蹴散らして抱き合ってキスしてハッピーエンドですね」

「まるで酷い三文映画ね!」


 わはは! と笑い合って、ふう、とため息をつく。

 いっそう盛り上がった後の、白けた馬鹿馬鹿しい空気に、やおら現実に引き戻される。


「ご飯にしよっかー……」

「手を洗って来ます……」


 すごすごと散会して夕食の準備に取り掛かった。



 カレーの出来は上々だった。

 夕食を終えて、仕事の話なども軽く交えながら、ソファに並んで座り食後のお茶を飲んだ。

 あぁそこは、かーくんがこうして座ってたな、と脳裏をよぎるが、すぐにその思考には気付かない振りをする。


「ねえ、ケーキ食べていい?」

「もう?」


 カレー食べたばっかりでしょう、という呆れ声にえへへと笑って冷蔵庫へ向かうと、くっついて来た永田がお皿とフォークを出した。

 数少ない食器類の位置など、もうすっかり把握している。


「イチゴとチョコ。どっちが良いですか」

「んー、イチゴ!」


 差し出されたケーキは、沢山のイチゴがキラキラと輝きながら敷き詰められたタルトだった。天辺にミントの葉が彩りを添えている。

 永田の方のケーキを見ると、長方形の黒く美しい佇まいをしたオペラというチョコケーキだった。シックな見た目ながら華やかさもあるその姿は、夜会に現れた美女のようである。

 ん〜、どっちも美味しそう!


「いただきまーす」


 早速イチゴにフォークを突き立て口に運ぶ。

 甘いカスタードクリームが爽やかなイチゴの酸味と合わさって


「たまらーん!」


 思わず拳を握り込むと、永田がこちらのケーキをまじまじと見つめてから、自らの口を指差しぱくぱくと動かした。


「ね、先輩、『お願い』」

「え、こんな事で『お願い』を使っちゃうの?」

「だって有限じゃないですし」

「……ちっ、しょうがないな」


 悪態をつきながら、ひとつ、大きくて赤くて甘そうな物を選んで、先端が潰れないよう気をつけながらフォークに突き刺す。

 永田は「いいんですか?」とか言いながら口を開けた。

 遠慮のない奴。あんたがコレを狙ってたのはわかってるんだから。

 玉子焼きやサクランボの件を思い出しながら、私はクスリと笑う。なんだかんだ彼にいつも餌付けしている。見かけによらず甘えん坊なのが悪い。


「ん……甘い」


 もぐもぐと口一杯のイチゴを頬張りながら、満足気に頷く。


「永田くんって、なんだか小さい弟みたい」

「は?……」


 私の呟きに、永田はピシッと固まった。

 そしてあの、いつもの半目で睨みつけながら、「そんなこと言う人には、こっちのケーキはあげません」と文句を言う。


「……先輩なんて嫌いです」

「なんでよ〜、ごめんって」

「しらない」


 そんなやりとりの後、最後に結局、一口くれた。



 夜が更けてくると、自然と口数が減ってくる。

 永田はソファで私のクッションを抱えながらプリントアウトした私の小説を読んでいて、その横で私はソファを背に床に座り込み、テーブルに開いたノートPCで永田が主人公の小説を書いている。

 時々ぽそりと感想めいたことを呟く以外は、褒めも貶しもされない。

 永田曰く、「僕は素人ですからね」とのこと。


「私だって素人だし。あんたその素人に、自分を書けって言ってるんだよ?」


 そう尋ねれば、永田はフフンと馬鹿にしたように笑う。


「面白いからいいんですよ」


 はあ? 面白い?

 面白いって多分もちろん、私の小説が、じゃなくて、私を困らせるのが、でしょ?

 若干いらっとしながら睨みつけると、永田はさらに笑みを深めた。


「先輩の目を通して見た世界って、こうなんだなーとか。先輩の好きな男はこんななんだなーとか。先輩のときめくポイントはここなんだなーとか。すごく面白いですよ」

「ちょ……っぬぁぁ……!」

「さて、僕はどんな風に見えているのかなぁ」


 にやにやと意地悪く笑う永田を、恨みを込めた視線でギンと睨みつけてやる。だが彼はどこ吹く風で、涼しい顔をして紙の束に視線を戻してしまった。

 ちくしょう、覚えてろよ。

 私は小説の中の永田に、とても恥ずかしい思いをさせることを心に誓う。


 ──とはいえ。


 私に永田がどんな風に見えているか?


 わからない。

 ちょっと前までたいして交流のない後輩だった。それが、ここ数週間であり得ないほど距離を詰めてきた。その行動力には、ちょっとした恐怖と、もしかしてというあらぬ期待を抱く。

 きっと彼は興味本位なだけなんだろうけれど。


 チラとソファの上を覗き見ると、寛いだ様子で小説を読む姿が目に入る。

 さらさらした柔らかそうな髪、すっと通った鼻筋に、伏せ目には長い睫毛。男性にしては肌も綺麗だし、紙を捲る手指は長く美しい。すらっとした身体は細身で恰好良いし、ヴィジュアルは申し分ない。

 けれど永田で妄想は捗らなかった。

 先ほどから頑張ってチャレンジしてみるものの、小説は一向に進まない。


 そもそも、永田くん。

 私に小説なんか書かせて、君には一体何の得があるんだろう──。


「必要とあらば脱ぎましょうか?」

「いらないっ」


 じろじろと視姦していたのがバレたのか。

 アホな申し出に慌ててそっぽを向くと、永田はフフンと馬鹿にしたように笑う。


 実は、今までに書いた物語のヒーローは全て、かーくんがモデルになっていた。

 好きな人の好きな所をとりあげて書くという方式。

 それはつまり────。


 擬似と言えど彼氏。彼氏と言えど擬似。


 私に、永田を書ける日は果たして来るのだろうか?



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