小話1 お食事デート?
ここからは、web拍手のような応援特典にしていた小話を載せていきます。
時系列バラバラです。
今回は*付き合う前*のお話
【お付き合い前のお話】
とある平日の終業間近。
携帯が震えて、一通のメッセージが届いた。
『今日、一緒に食事して帰りませんか。一人だとちょっと行きづらいお店なので』
『え、うん、いーけど……』
珍しく永田の帰りが早いらしい。
私はあまり寄り道はしない主義だけど、擬似彼氏ならしょうがない。
冷蔵庫にロクなものもないし、疲れてるし、まあ永田とならいっか。
戸惑いながらも返事すると、
『では、終業後に出入り口で』
という言葉と共に、バンザイする猫のスタンプが送られてきた。
その猫、気に入ってるよねぇ。
可愛いけどちょっと目つきが悪いダークな感じが、永田にピッタリだ。意外とファンシーな奴なのかもしれない。
そんなわけで、終業後、すぐに向かう。
受付の女の子にお疲れ様の挨拶しつつ、小走りでエントランスを抜け入り口へ。
ガラス扉の向こう、柱の影に、永田の姿を発見する。
私はそのまま走り寄り、ツツッと背中に指を滑らせた。
「おつかれさまっ」
「……お疲れ様です」
しかし永田はくすぐったがらず、わずかに驚きながら振り返るとちょっと嫌な顔をする。
「小学生ですか」
「ううん。29ちゃい大人レディです」
「三十路がなにやってんですか」
「くっ」
なによー、ちょっとした戯れじゃないかー。
軽く睨み返しながら、私は腕組みをして彼を見上げた。
「で、どこに連れてってくれるのかな?」
このワシを満足させることができるのかね? 的な感じで言ってみる。
すると永田はにっこり爽やかに微笑んで、
「先輩の貧乏舌でも満足できる、味の濃い庶民的なお食事に行きましょう」
と大層なディスをかましてからエスコートしてくれたのだった。
くそー。ムカついたのでいっぱい食べてやるっ。
そして連れてこられた場所は、なんとも味のある……
「お好み焼き屋さん?」
「ここ、美味しいんですよ。でも一人だと、ちょっとね」
確かに。ひとりでお好み焼きってあんま見ない。
え、そんなことない?
そういえば、関西に行った時にカウンターで一人でお好み焼き食べてる人、見たことあるなぁ。
まぁそれは、永田くんの勇気がないってことで。
席について、烏龍茶を注文する健康的な私たち。
どうしよっかなーなに食べよっかなー。
モチチーズとか美味しいよね。明太モチチーズとか。
あぁ、でも海鮮も……いや、ここはオーソドックスでいくか!? ミックスでお店のスタンダードを探るか?!
「決まりました?」
メニューを見てうんうん唸る私の顔を覗き込み訊いてくる。
「ううん……ミックスが優勢」
「じゃあ、一個はミックスにして、もう一個は冒険したら?」
「え、それじゃあ永田くんは?」
「僕はミックスが食べたかったから、大丈夫」
なんと、そうだったか。意見の擦り合わせって大事ね。
よっしゃ、そうと決まれば
「明太モチチーズ!」
インスピレーションを大切に。
注文を終えて待つ間、鉄板に油を引きながら雑談する。
永田はスーツの上着を脱いで、ネクタイをゆるめYシャツを腕まくりする。
あのさ…………鼻血出そう。
イケメンのこういう無自覚なエロスいいよね。鎖骨とか首筋とか腕の筋肉とか……ハァハァ。
いただきますの前にごちそうさまだよ!
私がニヤニヤと視姦していると、気付いた永田が呆れた顔でこっちを見てた。
うふふ。なにかしら? なにも変なことは考えておりませんことよ?
涼しい顔で店内を見回して誤摩化す。あら、レバー焼きなんてあるのね。
それにしても、なんかこーゆーお店って懐かしいな。
すっごい昔に友達と来たことあるけど。20代も後半になってくると、あんまり来なくなったな。
「かーくんとは、お好み焼き来れなかったからなぁ」
思わずポソリと呟くと、永田は眉をしかめて嫌な顔をする。
「また偏食ですか」
またってなんだ。かーくん別に偏食じゃないぞ? ちょっと好みにウルサイだけで……。
それに、お好み焼き屋に来ないのには理由がある。それは──
「一度いっしょに来たことあるんだけど、その時もんじゃを頼んだのね」
「はい」
「それで、アレって液体じゃない?」
「まあ、どろっとした液体ですね」
「それで、鉄板って、はじっこにゴミとか落とす用の穴が空いてるでしょ?」
「あぁ……オチが読めました」
永田、鼻でせせら嗤う。
「まぁ聞いて。──それでね、かーくんが意気揚々ともんじゃを焼こうと鉄板に流し込んだら!!」
「ぜんぶ穴に流れて行ったんですね」
「そうなの!!!」
オチを言われても気にしないです。バレてたし。
とにかくアレは、焦ったし、衝撃だった。
「わああーって叫びながら塞き止めるんだけど、半分くらいになっちゃって」
「だいぶ持ってかれましたね」
「もう、かーくん、ぷんむくれて、『二度ともんじゃは食わない、もんじゃの仲間のお好み焼きも焼いてやんない!』て言い放ったの」
「…………あ、そうですか」
当時はキャベツでダムを作るとかのテクニックを知らなかったんだよね。ゆるいけど、お好み焼きと同じ焼き方だろって思ってた。
その油断が命取り!
「はぁ……なんで僕は、お金払ってデートして、かーくんのおもしろエピソードを聞かなきゃならないんだ……」
深いふかーいため息をついて、永田が項垂れる。
「あ……ごめんね、私ばっかりしゃべって。永田くんはお好み焼きデートしたことある?」
「………………」
私の問いに、なぜか永田は顔をあげてジト目で睨んできた。
「そうじゃないでしょ」
「へ? なにが?」
きょとんとすると、彼ははぁーっと再びため息を吐く。
「本当にわかんないの? この、ニブチン」
「にっ!?」
「いいよ、先輩がその気なら受けて立ちます。いつかぜんぶ追い払って、僕で埋め尽くしてあげるから」
なんの話??
よくわかんない闘争心を燃やしている永田を眺めつつ、私は小首を傾げた。
──その後、運ばれてきたお好み焼きの具を、お互い一個ずつ焼いた。
「どっちが上手くできるか勝負ね!」
「僕に敵うと思ってるんですか? ふっ、甘いですね」
ミックスを永田が、明太モチチーズを私が担当する。
「うわっ、永田くん上手! パンケーキみたいなキツネ色!」
「焼き加減もバッチリでしょ……って、先輩それどーなってんの?!」
「ちょ、わ、おモチがコゲ……っチーズがぁ!」
「くっつく、くっつく! もうひっくり返して!」
「えーいっ!」
「うわっ……うわぁ…………明太モチチーズばらばら殺人事件……」
「ひえぇぇ」
言わずもがな、勝者は永田だった。
これは言い訳できない。だって、明太モチチーズは、なんか明太子とモチとチーズの味がするバラバラのヤツになってしまったから……。
「じゃあ、勝者にはお祝いをください」
帰り道、ドヤ顔でご褒美を要求してくる永田。
「えー、ほっぺにチューとか?」
「……っ、それ、自分が出来るならいいですけど」
あは。うそうそ。
さすがに擬似彼氏と言えど、気軽にチューしよう♪とか言えないです。
私は笑って誤摩化すと、「じゃーなにがいいの?」と尋ねた。
彼はちょっと考えるように唸ってから、
「また、こうやってふたりでご飯食べましょう」
にっこりと微笑んで、そう言った。
その笑顔はとっても柔らかくて、他意がない気がして。
「そ、それ、お願いすること? そんなのいつでも食べにくるしっ」
急に照れてしまってぶっきらぼうに言うと、永田は笑みを深めた。
その笑顔が嬉しそうで、私も嬉しくなってしまう。
「約束ですよ。お給料日前でも応じて下さいね」
「えええー! そ、それはちょっと……」
「嘘です。っていうか、奢ります」
「ほんと? ヤッター! 行く行く!」
「……はぁ。さすが、ゲンキンですね」
そう言って、いつもみたいに苦笑する。
今日はなんだか、かーくんとの散々な思い出が、永田にちょこっとだけ浸食された。
そんな夜でした。




