その4
それから本当の結婚式を挙げるまで、半年ちょっと。
永田が実家へご挨拶に来たり、両家の顔合わせやら結納やら。
両親と弟は、結納を済ませるまで「夢なんじゃないか」って毎日ほっぺたをつねってた。
そして、私の左手の薬指には、ついに本物の婚約指輪が!
仕事でキーボードを打つ時、お手洗いで手を洗う時、家事をする時、キラキラと輝くそれを、うっとりと眺めてしまう。
自分がこれだけ相手のことを思い出すってことは、相手も自分のことを思い出してるってことで。
そっか、これが指輪の魔力か。世のカップルが欲しがる訳だ。
式をあげるにあたって、永田は凝り性な性格を存分に発揮した。
念入りに下調べ、比較。
新婚旅行やその後の新婚生活まで、事細かなプレゼン資料を提出してくれる。
それに対して私が提出したのは、妄想小説。
どんな結婚式をして、どんな甘い初夜を過ごして、どんなラブラブな生活をするかという小説です。
「さすが芽衣子。夢見すぎ」
「夢くらい見たっていいじゃん」
「だからって、毎日膝の上に乗せてご飯を『あーん』なんてしませんよ。足がしびれる」
「そ、それはただの妄想だからしなくていいの!」
「お姫様抱っこで部屋を徘徊しながらラブソングを熱唱も?」
「むしろしないで!」
大慌てで拒否すると、妄想小説の印刷された紙を片手に、永田が悪戯っぽく笑った。
「折り合いをつけましょう」
妄想と現実の間を。
そう言って、私たちは膝を突き合わせて色々なことを相談し、決めていく。
永田が現実を、私が妄想を担当して議論を戦わせる。
それはちょっと面倒くさいけれど、楽しくて嬉しい作業だった。
怒濤のように日々が過ぎて
気が付けば初夏────
緑が青々と茂り、あたたかい日差しの中。
気持ち良く晴れ渡った青空の下で、私たちは白い衣装に身を包み
大切な人々に祝福されて、未来を誓い合う。
「これからは、新婚ごっこ(本物)ができるね」
「それ、もはや『ごっこ』じゃない気がするんですけど……」
いつもの苦笑いも、今日はなんだか柔らかい。
まばゆい光の中で、私たちは顔を見合わせてとろけるように微笑む。
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私、永田芽衣子になりました。
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────それから新婚旅行、帰ってきて職場への挨拶。
後輩ちゃんとまっつんには会社とは別に挨拶し、お土産を渡した。
「シンガポールでしたっけ? どうでした?」
「うんとね、木がいっぱいあった」
「地味子の感想、雑だなぁ」
「うるさいな。だって植物がほんとにすごかったんだもん」
シンガポールといえば巨大な国立公園。
植物がいっぱいってだけじゃなく、巨大な人工の木、スーパーツリーグローブなんかがあったり、夜はライトアップされてショーがあったり。
ナイトサファリやユニバなんちゃらスタジオがあったり、見所いっぱいだった。
夜景も綺麗だったし、ご飯もとっても美味しかったし、ハイティーも楽しめてロマンチックな新婚旅行でした。
と、ひと通り思い出を語ったら、後輩ちゃんとまっつんは顔を見合わせて
「いいなぁ、うちらもシンガポールにしよっかなぁ?」
なんて呟いた。
おや? もしかして……。
いやいや、まだわかんないぞ、旅行かもしれないし。
と、聞かなかったフリをしつつ思いっきりニヤニヤしておいた。
そうそう。
私たちが結婚してしばらくしてから、かーくんのその後を共通の友人から聞いた。
どうやらあの時会った新婦さんは、旅館の一人娘でお嬢様らしい。
かーくんは跡取り息子として婿に入って相当苦労しているみたいだけど、持ち前の異常なコミュ力を発揮してなんとかやっているそうだ。
そして、2人目も生まれるらしい。幸せそうでなにより。
子供と言えば、義兄の賢介さんとヒナちゃん。
元気な女の子が生まれて、それがもう天使みたいで可愛いのなんの。
お座りして一生懸命オモチャで遊んでる姿を、私と永田はアホほど携帯の写真に撮りまくっている。
「赤ちゃんのよだれかけやミトンや靴下って、どうしてあんなに可愛いんでしょうね。小さい、可愛い、小さい」
永田のデレッデレの顔を見て、この人、自分の子供が生まれたらどうなっちゃうんだろう、と苦笑する。
赤ちゃんのやわかいほっぺをぷにぷにつんつんする永田、君も可愛いぞ!
だけど赤ちゃんは可愛いだけじゃない。
理由もわからず泣きわめくし、オムツやミルクのお世話もあるし、ヒナちゃんは毎日すごく大変そうだ。
たまに息抜きとして、賢介さんたちに赤ちゃんを任せて、私と梨花ちゃんでヒナちゃんを外へ連れ出す。
近くのショッピングモールへ、梨花ちゃんの車でお買い物へ。
可愛いものをいっぱい見て、カフェで豪遊し、おしゃべりする。
「めいちゃんは、サト兄なんかの何がいいわけ?」
ふと、梨花ちゃんがショートケーキを突つきながら訊いてきた。
「なんか、って。自分の兄を」
「自分の兄だからだよ。賢兄ならまぁ、わかるけどさー。サト兄はなんか、口煩いし、執着心すごいし、めいちゃん大変じゃないかなって」
永田、妹に暴言吐かれてますよ。
「うーん、なんだろ、大変なこともあるけど、それも含めて可愛いっていうか……」
私は首を傾げながら、永田の好きなところを考える。
だけど、思い浮かびすぎて、だけどコレ! というものもなくて悩む。
相性みたいな、フィーリングみたいな、空気みたいな。彼を包む、そういったもの。
「たぶん、全部好き……なのかな?」
「わぁお、ごちそうさま」
「梨花、新婚さんなんだから当たり前でしょ。ヤボなこと言わないの」
戯けた梨花ちゃんをヒナちゃんがたしなめると、「それもそーだね」と笑って立ち上がり、ドリンクバーへ紅茶を追加しに行った。
「……めいちゃん、ありがとね」
「へ? 私、なんかしたっけ?」
ふいに小声で囁きかけてきたヒナちゃんを驚いて見る。
「こんなこと、私が言うのは変なんだけどね。
さっちゃんが拗らせてるのは、ちょっと私のせいかなって思うときもあって……
だから、めいちゃんみたいな子が来てくれて、安心したの。肩の荷が降りちゃった。ありがとうね」
そう言って、にっこりと微笑む。
きっと、永田が拗らせてるのはちょっとどころじゃなくヒナちゃんのせいだ。
だけど、それを感じながらも応えられない彼女も、ずっと辛かったんだろうな。
そうだよね、幼馴染で、ずっと一緒で、義理の、大切な人の弟。幸せになってほしいよね。
私も、幸せにしてあげたいって思うよ。
「安心して。絶対幸せにしてみせるから!」
「あはは。めいちゃん、漢らし〜」
「なになに、ふたりして何にウケてるの?」
紅茶をトレイに乗せて戻ってきた梨花ちゃんが、興味深そうに目をキラキラさせた。
そこからまたおしゃべりが再開し、私たちは束の間の女子会をおおいに楽しんだ。
帰りがてら、ショッピングモール内を歩きながら駐車場へ向かう。
私は永田に似合いそうな服を見つけてフラフラ。
ヒナちゃんは赤ちゃんと賢介さんに良いものを見つけてフラフラ。
梨花ちゃんだけが、「もう、ふたりとも、どうせ見るなら自分のもの見なよ!」と怒って、アクセやら服やらをあてがってきた。
私たちは顔を見合わせて笑った。
「自分より大事なものができちゃったから。ねぇ?」
そう言って笑うヒナちゃんの言葉、すごくわかる気がした。




