一生かけて、君を幸せに
帰宅してから引っ越しの日までは、あっという間だった。
仕事の早い永田がすぐに2人入居可の物件をいくつか見繕って、一緒に内見に行ったり契約を済ませたり。
家具をどうするかで一番頭を悩ませたけど、思い切って使える家電以外は一新する事にした。
だってね、かーくんの選んでくれたマイナーな海外アニメのコースターを見た永田が、「ヤツの息のかかったものは根絶やしにしたいんですけど」と、言葉はともかく態度だけは遠慮がちに言ってきたのだ。
お金を払ったのは私だし、なんだか愛着が湧いていたから捨てなかっただけなんだけどね。
もう君も役目を果たしたというわけだ……と、リサイクルショップ行きの箱に詰め込む。
──後にそのコースターが、呪いのコースターとして数々の不幸な恋愛中の女性を渡り歩くのは、また別の話なのであった……。
なんちゃって。
そういえば、永田が同棲するにあたって「ご両親にご挨拶しないと」と盛んに言うので、実家に電話した。
うちの実家は都心から少し離れた地方都市で、帰省はすぐできるけれどやっぱり一日かがりになる。
両親と弟のテツ、あちらの予定を合わせるのも時間がかかるので、ちゃんとした挨拶はいずれ、ということで今回は電話で軽く話すだけになった。
永田が自己紹介して電話を代わり、開口一番、
「芽衣子、あんたやっと彼氏できたのね!」
と母に驚かれ、こちらが驚愕する。
かーくんの存在と、一緒に暮らしていたことはちゃんと伝えていたし、その上、甘え上手のかーくんは両親と弟とメル友になっていて、私より頻繁に連絡を取っていたからだ。
あげく弟には、
「え、かーくんは彼氏じゃなくてヒモでしょ? 合コンの話とかよくされてたし」
と、トンチンカンなことを言われる。
うちの家族はユルい。
そしてそれを聞いていた永田、ポソリと「バックボーンが知れた」と言って笑いを堪えていた。
彼もだいぶユルくなっている気がするんだけど、大丈夫かなぁ。
ベッドは結局、セミダブルになった。
毎日抱っこして寝る、は宣言通りになってしまった。
今のところ、不都合はない。
とりあえず体がゴリゴリにならないように、ストレッチを頑張ろうと思う。
引っ越しは大変だったけれど、心機一転、清々しい気持ちの方が強い。
なにより、毎朝目覚めると大好きな人が傍にいることが嬉しくて。
毎日幸せを噛みしめている。
後輩ちゃんに、幸せだーって惚気たら、「あたしもです」って惚気返された。
お尻に敷かれまくってペシャンコな松澤くんも、困ったように笑いながらデレデレしているので、上手くいっているみたい。
よかったよかった。
ただ、すごく幸せだけど、距離が近くなった分だけ喧嘩も増えた。
見せたくない部分も見せなくてはならなくなって、お互い戸惑ったり悩んだりしている。
見たことのない部分も、嫌なところも、これからたくさん知ってしまう。
だけどそれって、本当は嬉しいことだよね。
ひとつひとつ知って、もっともっと深く好きになっていくんだ。
一緒に試行錯誤して、色んなこと話し合っていけたらいいな。
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──荷物も片付き生活も落ち着いた頃。
窓から見える青々とした木々は、赤や黄色に色付きはじめた。
気温も少しずつ下がってきて、Tシャツ一枚ではもう肌寒い。
「秋ですねぇ」
「秋ですなぁ」
無意味に呟き合って、窓辺で寄り添う私たち。
私を背後から囲うように抱く永田の胸に、そっと寄りかかる。
彼は毛布を被るように纏って、私をあたためるためにぎゅっと抱き締めた。
彼の胸の中で温まりながら、秋といえば、と思考を巡らす。
「お芋、栗、梨、サンマ、松茸……あ、新米に秋蕎麦も」
「食べることばっかりですね。読書の秋ですよ、小説は?」
「芸術は爆発した!」
「消滅してる!」
笑いあって、またぎゅっと抱き締められる。
冬になったら、コタツを買おう。
そんでもってお揃いの半纏を着てみかんを箱買いして、むくむくだらだら過ごすんだ。
「……芽衣子」
「んー?」
突然、毛布が視界を覆い、目の前が真っ暗になる。
驚いて永田を振り返れば、唇に柔らかい感触がした。
毛布の中で隠れるように、そっと食むような口付けを交わす。
唇を離すと、永田は覆っていた毛布を取ろうとした。
まだ、物足りない……。
私はその手を押さえて、再び暗闇へ潜り込み、彼の唇を奪う。
深く、深く、もっと奥まで。
「……カーテン、閉めなきゃ」
いつの間にか組み敷かれた状態で、辛うじて自由になった片手を毛布の中から窓へと伸ばす。
窓辺のひんやりとした空気に、籠った熱気との差で素肌が泡立った。
「寒いから戻って」
腕に指を這わせた永田が、鳥肌に気付いてそっと毛布の中へ引き戻す。
中は暑いくらいで、ふわふわの毛足が汗でじっとりと湿っていた。洞窟みたいな闇の中、私の体に口付ける永田のリップ音が響く。
「…………てる」
ふいに、鎖骨に口付けていた永田が何か囁いた。
熱気でぼうっとなりながら、なに? と聞き返すと、彼は上体を起こして私と額をくっつけ、瞳を覗き込んできた。
体を起こしたことによって出来た毛布の隙間から、光が射して柔らかな瞳を輝かせる。
「芽衣子、あいしてるよ」
────!!
「あ、わ、わ、わた、私もっ、あ、あ、あ、あい、あい」
「……無理しなくていいですよ」
壊れたレコードみたいになってDJも驚きのスクラッチをみせる私に、永田がくすくす笑いながら言う。
そんな特別な言葉を急に言われるとは思わなくてビックリした。
顔がユデタコみたいになってしまう。
「で、でも、言ってくれたのに、私も言いたいし……!」
「その気持ちだけで充分。かわりに僕がたくさん言ってあげるね」
「えっ?」
愛おしげに見つめられ、片手で髪を撫でながら永田は再び囁く。
「芽衣子、愛してる」
「う、うん!」
「愛してるよ」
「うんっ」
何度も囁きながらキスをしてくる。その度に、私は精一杯大きく頷いてみせた。
今までだったら、同じだけ返さないと不安がった。だけど、彼はもう大丈夫なんだ。
私の気持ちを疑うことも、振り回されることもない。ひたすら一途に愛をそそいでくれる。
揺るぎない安心感に包まれながら、ありったけの気持ちで応えようと決めた。
視線で、仕草で、私の全部で。
そんな決意のもと、彼の言葉に赤べこ並みにコクコクと一生懸命頷いていると、
「……ぶふっ」
「な、なに!?」
唐突に永田が噴き出した。なに!?
「いや、必死に頷きすぎて。嬉しいけど、ムードなさすぎて、面白すぎる」
面白いってなんだよ。結構真剣だったんだぞ。
くすくす笑いながら満足そうに頬にキスする永田に、複雑な気持ちになる。
ムード台無しで喜ぶ男なんて永田くらいだよ、まったく。
「ほんと、そういう変なところが、わけわかんないくらい好きです。喧嘩したって、たぶん芽衣子が口を開けば、僕はいつだって笑ってしまう。そしたら芽衣子もきっと笑う。たぶんずっとそうなんだろうなって」
永田は幸せそうに笑うと、私の頬を優しく撫でた。
「好きとか愛してるのその先に、きっと連れて行ってあげる。一生かけて、芽衣子を幸せに埋もれさせてあげる」
それって、まるでプロポーズだ。
遠回しでも茶化しでもない、ストレートな求愛に、頬が熱くなり破顔するのがわかる。
変顔になりそうで手で口元を隠すと、永田は少しだけ不安そうに私の瞳を覗き込んだ。
「ついてきてくれる?」
「はい。もちろん!」
それ以外に答えなんてない。
私の言葉に、永田が心の底から嬉しそうに目を細める。
私たちは見つめあって、頰をくすぐりあい、頬ずりをして、キスをする。
大事な宝物みたいに触れて、胸に仕舞い込む。
今の気持ちを、ずっと忘れないようにしよう。
今よりもっと好きになっても、嫌いになっちゃう日があっても。
愛してるのその先は、たぶんすごく長くて、険しい時だってあるはずだ。
そんな時、闇を照らすランタンみたいに、この気持ちはずっと私の胸の奥で光って、私をあたため続けてくれる。
そういう光を、もっとたくさん、作っていこうね。
もっともっとたくさん。
溢れるほどの幸せを、ずっとふたりで。
おわり
「────そうだっ!」
ガバッ、と毛布を剥いで私は起き上がった。
「わっ、ちょ、丸見え!」
永田が大慌てでカーテンを引く。
秋の午後の柔らかな光が遮断され、一気に薄暗くなった部屋の中を、私は半裸でうろついた。
「なんなんですか急に……僕、露出狂の趣味はないんですけど」
毛布にくるまって文句をたれる永田を無視して、机をガサガサ。
紙とペンを持って、彼のところへ戻る。
「え、なに」
「あのね、今のこの気持ちを、書き留めておこうと思って」
「ええぇ……こんなこと言うのはなんですけど……しないの?」
「するする! ちょっと待ってね」
げんなりしつつも苦笑いの永田が、
「するする! て言われると、なんか萎えますね」なんて感想を述べつつ、
私の肩に毛布をわけてくれながら手元を覗き込んだ。
私は今思ったこと、考えたこと、嬉しかった気持ちをメモしまくる。
「へえ、そんな風に受け取ってくれたんだ」
「あっ……! そうか、これって私の思考ダダ漏れ……!?」
「え、今更気付いたんですか?」
永田が驚く私を見て目を丸くした。
そういえば、そんなこと前に言われた気がする。
うわ、急に恥ずかしくなってきた。
けど、忘れないうちに思いついたこと書き留めておきたいし、永田はいずれどうせ読むんだし。
まあいいか、ままよ!
カーペットの上からずれて、フローリングの上でごりごりと書きなぐるのを、永田が背後で「わぁ、意外とロマンチストですね」なんて冷やかしながら見てくる。
くそう、集中できない、うるさいなあ。
「ちょっと黙って。覗かないでよ、ヤラシイなあ!」
「やらっ……!?」
ニヤニヤしていた永田が絶句する。
う、しまった。肩の辺りから、怒っている気配がする。
「知りませんでした。ヤラシイって、割と傷つく」
「ご、ご、ごめんって悟くん」
「ゆるさない」
刹那、背後から腕ごと抱き締められ、身動きがとれなくなる。
ううっ、書けない! なんて卑怯な!
「くくく……妄想を現実にしてやる」
芝居かかったセリフと笑い方で、永田が意地悪く耳元で囁く。
「魔王と、騎士と、王子と……あとなんだっけ? まあいいや、どれがいいです? さぁ、芽衣子の考えた恥ずかしい妄想を叶えてしんぜよう」
「ひいい!」
嬉しいけど、まるで拷問!
永田はうなじを甘噛みしながら抱き締めていた手を不穏に動かしはじめる。
「これからも、僕のためになんでも書いてね。
やられたい事も、どんな妄想も、ぜんぶ倍にして返してあげるから」
甘く囁きながらくすりと笑う。
体を弄ぶ手と吐息に身をよじると、さらに強い力で抱き締められた。
「だからこれからも、僕を題材に小説を書き続けてください。
変で可愛い芽衣子と、君のことが好きで好きでどうしょうもない僕の、恋愛小説を」
それは、永田と奇妙な関係が始まった頃に言われた言葉。
あの時と関係はだいぶ変わったけれど、今も変わらないのは、彼が私に未来を想像することを求めている、ということだ。
私は永田といる限り、きっと想像し続ける。
楽しくて幸せな、永田と私の恋愛小説。
私がコクリと頷くと、手で顔を強引に振り向かされキスされる。
そっと目を開くと、彼の瞳が悪戯っぽく私を見据えていた。
「常に僕を負かす気でかかってきて下さいね」
「言ったわね……覚悟しときなさいよ」
手強いぜ……。
きっと一生、永田は私のラスボスだ。




