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めいちゃん、幸せ?

 結局、前日の疲れもあって昼近くまで寝てしまった。

 朝食も摂らずチェックアウトギリギリ。

 慌てて身支度をして、ロビーで手続きを済ませる。


 まずは食事でもしてから、夕方まで観光しようと改めて予定を確認しあう。

 どこを巡ろうか、と話しながらホテルを出て歩いていると、ふいに「わぁ!」という歓声が聞こえてきた。


「あ、チャペルだ!」


 歓声のあがった場所は、ホテルに併設された教会だった。

 木々と鉄の柵に囲まれた隙間から、中の様子が伺える。

 中ではちょうど結婚式が行われていたようで、新郎新婦がフラワーシャワーを浴びながら階段を降りていた。

 うわぁ、素敵。いいなぁ、なんて思いながら見ていると。


 新郎がふとこちらに気付き、バッと手を挙げた。

 そしてブンブンと大きく手を振る。


「へっ?」


 思わず手を振り返すと、彼は横にいた花嫁さんに何事か囁いて、こちらに駆け寄ってくる。

 段々近付いてくるその人物を見て────

 遅まきながら、誰だかやっと気が付いた。


「かーくん!?」


「めーいちゃーん!」


「……ひどい偶然もあったもんですね」


 私の背後で、永田の心底嫌そうな呟きが聞こえる。

 ごめん、ほんと、すごい偶然すぎて咄嗟に知らんぷりもできなかった。

 かーくんは鉄の柵越しに私たちに話しかけてくる。


「やっぱり来てくれたんだね!」

「いや、来てない、偶然だよ。なんで京都にいるの?」


 彼はにこにこしながら、彼女の実家がこっちなんだーと呑気に言った。

 ライトグレーのタキシードを着てはにかむ元彼、キツイ!

 もう未練はないけど、なんとなく永田に寄り添って距離をとる。

 と、そんな私の微妙すぎる心理に気付いたのかはわからないけど、永田の手がそっと腰に回された。


「あ、ソレが彼氏くん?」


 それを目ざとく見ていたかーくんが、ぱあっと顔を輝かせて尋ねてくる。

 ソレ、っていう言葉のチョイスがさすがだぜ。

 永田がイラついたのが伝わってきた。


 だけどかーくんはこちらの反応など意に介さずに、満面の笑みで

「めいちゃん、幸せ?」と訊いてきた。


 彼は私が「うん」と答えるのを知っていて、わざと言ってくる。

 美味しいものを食べた時、笑ってる時、幸せ?って確認してくる。


 ……私は、彼のそういうところが好きだった。特に何でもない日常も、あ、今幸せだなって発見できた。

 そしてそう訊いて来る時、たいがい彼自身も幸せなのだ。

 それがわかっているから、私も安心して頷ける。


「もちろん、幸せだよ」


 笑いかけると、かーくんは安心したように笑みを深める。


「よかったね。本当はさ、お金も欲しかったけど、お礼も言いたかったんだよね。今まで支えてくれてありがとう」


 その言葉を聞いて、永田がボソリと


「いやいや、支えるってレベルじゃないでしょ、10年無駄にさせたんですよ」


 と嫌味を言う。

 それに苦笑しながら、私は首を振った。


「ううん、いいの。立派に生きててくれて嬉しい」


 最早、感謝してくれるだけマシってもんである。

 永田が驚きながら「生き別れの母親か」と小声でツッコミをいれてくるけど、いいんだよ、忘れられてなかっただけで、満足してるんだもの。


「めいちゃん、本当にありがとね。……あ、そうだ──」


 なぁ、とかーくんが少し離れてこちらを窺っていた花嫁を呼んだ。

 新婦さんは妊婦さんだったようで、お腹の辺りがゆったりしたドレスを着ている。

 呼ばれてやってきた彼女は、永田を見て目をまんまるにした。


「うわ、ちょーカッコいい、誰それ!」

「あー、うんと、友達!」

「うそつけ。たった今が初対面だろ」


 ついに永田が我慢できずに毒を吐く。

 それに一瞬ビックリしつつも、かーくんは「わはは」と笑って誤摩化した。


「めんごめんご。俺の劇団時代のファン1号と、その彼氏」

「ファン1号…………だと……」


 永田が絶句する。

 こめかみのあたりがピクピクしてるんだけど、大丈夫かな。


「あはは、元彼女ですらなくなっちゃったねぇ」

「そんな扱いなのに笑ってていいんですか。ちょっとは怒った方が」

「いーんだよ。笑う門には福来る、だよ。今、幸せだもん。悟くんのおがけで、ね?」


 腰にあった手をぎゅーと握りしめると、ちょっと腑に落ちない顔をしつつも、照れながら握り返してくる。


「めいちゃん。これ、あげるよ」


 かーくんは、花嫁さんの持っていたミニブーケをくれた。

 白いバラとかすみ草の可愛らしいブーケだ。嬉しい。


「俺のファン、幸せにしてやってね!」


 喜ぶ私を見て、かーくんが得意げにビシリとポーズを決め、永田へ謎の念押しをする。

 ブーケトス的な。次はお前らの番的な。

 トスされてないけど。


「なんでそんなことお前に……」

「はいはい、どうもありがとう。かーくん、と、奥さん? お幸せに、さようなら!」


 文句を言いかけた永田を押さえてふたりにお礼を言う。


「やーだ、奥さんだって、くすぐったぁい」

「もう奥さんだろー、てか、もうすぐ『ママ』か!」

「あははは!」


 楽しそうに笑い合い、幸せそうに並ぶふたりに手を振って私たちは別れた。

 ドン引きしてる永田の手を繋いで引きずり、その場をそそくさと離れる。


 とりあえず駅の方まで行こうか。何か食べて、タクシー拾って、観光しよう。

 永田の手を引きながら先行してずんずん歩く。荷物とブーケはロッカーに預けておけばいいよね。

 頭の中で計画を練りながら、ふと手元のミニブーケに目をやった。


 ウェディングドレス、綺麗だった。

 花嫁さんは可愛くて明るそうな人で、根明なかーくんとお似合いだった。

 お腹の大きさからいって、たぶん居なくなったあたりで妊娠が発覚したんだろうなぁ。


 今日、ここへ永田と来たのは運命かもしれない。

 ちょっと切ない気もするけど、どうしてるか気にはなっていたから、知れてよかった。

 道は別れてしまっても、お互い幸せでいられるなら、それでいい。


「ブーケ、可愛い」


 鼻に近付けて香りを嗅いでみると、小さくまとめられた可憐な花束からは、甘いバラの香りがした。

 思わず微笑む私を見て、永田が呆れたようにため息を吐く。


「そんなんで許すなんて、ほんと、お人好し」


 永田の顔を見上げると、なぜかちょっと傷ついたような複雑な表情をしていた。

 彼は怒っている。

 たぶん、私にじゃなくて、無神経なかーくんに。


 確かに元彼の奥さんと対面するのって、複雑だ。

 別れ方もあんなんで、引きずっていたのを見ていた永田からすれば、私とかーくん両方に「お前それでいいのか」と問いたくなる気持ちもわかる。


 でもね、いいんだよ。

 好きだった人が幸せになるの、全然悲しくないよ。


「嬉しいの。今のかーくんが幸せそうで、みんな幸せで、嬉しい」

「はぁ……もう、ほんとにもう」


 永田はピタリと立ち止まると、繋いでいた私の手をぐいと引く。

 バランスを崩してよろけた私を、トン、と胸で受け止めると、そのまま力強く抱き締めてくれた。


「芽衣子のそういうとこ、ほんと嫌い」

「そう言いながら抱き締めてくるの、私は好き」

「……たまに素直なの、大嫌い」

「すぐ赤くなるとこ、大好き」


 捻くれたことを言いながら慰めてくれるとこも。

 ぎゅっと抱きついて腕の中から彼の顔を覗き見ると、至近距離で不機嫌に眉をしかめられる。

 そして周囲から見えないように私を隠しながら、軽く口付けた。


「もう一泊したくなっちゃったね」

「今度は新婚旅行で来ましょうか」

「気が早い!」


 なんだかんだ、永田だってかーくんの幸せオーラにあてられているのであった。




.。.:* ☆ *:.。 .。.:* ☆ *:.。 .。.:* ☆ *:.。.




 新幹線の時間まで、市内のいくつかの観光スポットを巡った。

 特に大好きな三十三間堂は外せない。

 人の少ない時期と時間に行けば、シーンとした厳かな空気にお香の香りと、建物の陰影の中に浮かび上がる仏像たちの輪郭が神々しいのだ。

 ただ、修学旅行生とぶつかると変な気分になる。


「仏像がたくさんいて圧巻ですけど、仏像からしたら人がいっぱいいて圧巻でしょうね」


 なんだか鏡合わせみたいな光景に笑う。

 みてみて、あの仏像、うちのお祖父ちゃんに似てるの! みたいな会話をしてる子がいたけど、仏像さんもあの子知り合いに似てる! って思ってたら面白いよね。


 他には清水寺に行こうとしたら、今は改修してて布に覆われていて残念だったり。

 嵐山も行きたかったけど、時間がなくて断念したり。

 あぁ、お豆腐も食べたかったな。

 着物を着て巡っている女の子がいっぱいいて、それもすごくいいなって思った。

 今はそういうのが流行りみたいで、レンタル着物の看板が至る所にある。


「全部、また今度のお楽しみですね」

「うん。リベンジしよう。次はビッチリと秒刻みのスケジュール立ててやる!」

「絶対守れないヤツですよね、それ」


 なんて会話をしながら、新幹線に乗った。

 後輩ちゃんたちにお土産も買ったし、満足だよ!


「楽しかったみたいで、よかった」


 新幹線の座席に横並びに座り、にこにこな私の顔を見て永田が微笑む。


「すごく楽しかった、ありがとう」

「こちらこそ。ついて来てくれて、ありがとう」


 また来よう。何度でも来よう。違うところへも行こう。

 色んなものを一緒に見て、一緒に笑って、同じものを食べて、同じ空気を吸って生きていこう。

 これからも、永田くんと私、ふたりの思い出をたくさん増やしていこうね。






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