優柔不断の顛末
その飲み会は人生ではじめて、男性とちゃんと絡むことができた。
「今日、新しい携帯を買いにいって、スマホにしたばっかりなんです」
「あ、その携帯、俺のと同じだ」
そんな会話から、一気に話が広がる。
使い方のレクチャーやら、便利な機能やら。番号を交換して、登録まで教えてもらい、そこから仕事や休みの日の話になって────。
ずっと彼氏がいたので合コンに参加したのは初めてだったが、最初にしてはかなり良いのではないだろうか。
それもこれも、携帯を変えたおかげ。
永田、グッジョブ!
恋愛的にどうかはわからないが、充実していた。
少なくとも、友達は出来た。
「あんたたち、家近いよね? 帰り送って貰えば?」
なんて、友人が気を利かせてくれる。
ずっとふたりで話していたから誤解したんだろう。私が結構酔っていたので心配もあったのかもしれない。家が近いなら駅まででもお世話になろうかな。
「えーと、じゃあ……途中までお願いできますか」
素直にお願いすると、彼は笑って頷いた。
優しくて親切で、良い人だ。
「途中までと言わず、家の前まで送るよ。なんか君、危なっかしいから」
にっこりと柔らかく笑って、ポンポンと私の頭を軽く撫でる。
────うわ、やばい。久々にキュンキュンきた。
包容力。包容力を感じました。謎の力、包容力。酔ってるせいかな。
今夜、永田に電話する必要は無さそうだ。
いや、むしろ聞いて欲しくて電話してしまいそう!
解散の時間になり、店を出た私たちは、それぞれ帰路につく。皆、誰かしらに送ってもらうようで安心だ。
私も先程の彼と一緒に駅に向かった。
電車に揺られると途端に眠気が襲う。幸いにも空いている車内で、座った途端、瞼が重くなった。
「着いたら起こすから、寝てていいよ」
優しく声をかけられて、うとうとと浅く眠る。いつの間にか彼に寄りかかっていた。きっとフラフラしていたからそうしてくれたんだろう。
悪いなぁ、ありがとう。優しい人だ。
夢現つのまま駅に着くと、ややボンヤリしながらも、自分の足できちんと歩くべく意識を奮い立たせた。
人の少ない深夜の住宅街を歩く。初夏の夜風はまだ少し冷たく、酒で熱くなった顔に心地良い。
「こんなに酔ったの、久しぶりです」
「そうなんだ。楽しかった?」
「はい! もっとたくさんお話したかったです」
「……じゃあ、ふたりでもっと話さない?」
「──え?」
驚いて足を止めると、彼も立ち止まって私を見詰めた。
「部屋、行ってもいいかな?」
「…………」
しばし沈黙が続く。
明らかに空気を変えた彼の発言は、どうやら夢ではない。
あれ、私、何やってんだっけ。
こういうとき、私は上手く躱すことが出来ない。受け入れるにしても、覚悟が決められない。
自分がどうしたいのか、わからない。
かーくんという言い訳が無いと、断り方もわからない自分がいた。かーくんがいた時は、考えなくても答えは決まっていたから楽だった。他に目を向ける必要なんてなかったから。
でも、今は違う。
自由に選択できる。
私、この人とどうなりたい?
「えっと……つまり……」
何を期待しての言葉かはわかってる。どうしよう。今すぐ決めなきゃ駄目だろうか。私、この人の事なにも知らない。でも今日は、少なからずそういう可能性を考えて来た。今日じゃなくて、今後。そう、そうだ、今じゃない。どうやって待ってもらおう。
なんとか上手い逃げ道を探していると、
「先輩! 遅かったじゃないですか」
聞きなれた声が、夜道に響いた。
目を遣ると、街灯の下に誰かが立ってこちらを見つめている。
「え、え、永田くん!」
「今夜は徹夜で海外ドラマ観るって言ったでしょ? ねぇ、早く帰ろ」
不貞腐れたような甘えたような声を出して、レンタルDVDの袋を片手に永田が姿を現した。
昼間と違ってラフなジャージ姿に、軽い寝癖。まるで部屋で寝ていたような。こんなだらしない格好もするとは。
私の知ってる永田の顔をしているが、別人みたいだ。
随分と馴れ馴れしい。まるで同棲している彼氏のような────
「……」
彼が押し黙り、私たちを見比べている。
あぁ、目が、「男がいんならこんなことしてんじゃねぇよ!」って言ってる……!
ちがう、ちがうんだ、ちがうけど……。
暫し逡巡し、私は心を決める。
ごめんなさい。私やっぱり。
「永田くん〜、酔っちゃった、バッグ持ってぇ」
どうせ嫌われたし、なにより何故か安心しちゃったから、開き直ってとことん甘えることにする。
こんなやり取りはした事がないのに、いつか見たカップルを真似てチャレンジしてみると、永田はそれに合わせるように柳眉を下げて、だらしない恋人への甘やかした笑顔を浮かべた。
「もー、僕以外の男の前で酔っ払ったらダメだからね。……あの、送ってもらっちゃってすみませんでした」
バッグを受け取り私に肩を貸すように横へ立つと、永田がぺこりと頭を下げる。
「今日はありがとうございました。また飲もうー♪」
へらへらと、ダメ女を演じる。
永田に掴まって寄りかかり、腕を絡ませた。肩口に頭を寄せると、僅かにビクリと反応されるが、力が抜けたので気にせず身体を預ける。
「ああ、うん。また皆でね。気をつけて。おやすみ」
彼は早口で告げると、クルリと踵を返し、駅の方へ歩いていく。
おい、この辺に住んでるんじゃねぇのかよ! と、内心驚愕を隠せない。
展開早すぎやしませんかね。と、見送る永田が呟いた。
彼が何の為にここまで来たのか、わかってしまった私は項垂れる。
「まったく……」
初夏の夜に、ヒヤリとした寒気が背中を伝う。冷気は、横にいる人物から発せられていた。
こ、今夜は冷えるなぁ。
「な、永田さま……こんばんは」
冷や汗をかきながら、私はそっと永田の腕に絡めた手を離した。
「29年守ってきた処女を、あんな誰ともわからない奴にくれてやろうなんて、随分なボランティアですね。バカなんですか」
「な、な、そんな風になるなんて、わかんないじゃん!」
だいたい、処女に対してそんなに守りたい気持ちはない。ただ、捨ててしまいたい気持ちもない。
だからだろうか。私はきっと、ただ流されてしまうだろう。
そして、永田にそれはお見通しなのだ。
わかっていながら反論しても、余計に冷ややかさが返ってくるだけだった。
「はぁ? わからない? バカ? 2人きりで部屋にいて、お酒飲んで寝ちゃったら、朝にはそうなってない方がおかしいんです」
「うぅ……。ごめんなさい」
軽蔑の目に耐えきれず素直に謝ると、永田がしょうがないとため息をついた。
「さぁ、先輩んちに帰りますよ。DVD見ましょう」
………ん!?
「え、あんた、うちくるの?」
「もちろん。夜中にこさせといて、無下に帰すんですか? ひどい」
呼んだ覚えはないのだが……。
「一晩一緒にいたら、朝にはどうにかなっちゃうって、さっき自分が」
「僕は安全人物なので完璧に安全です」
私の疑問を遮って、自信満々にビシッと宣言すると、にっこりと胡散臭い笑みを浮かべる。
なんじゃそりゃ。
でも、確かに永田が強引に何かする必要なんて感じない。彼はその気になればモテるし、私なんて相手にする意味ないだろう。
きっとこれは、こうなる事を見破っての、心配とか親切心とか、もしくは嫌がらせなのだ。
「そもそも良く家がわかったね?」
「ええ。今日買った携帯の契約書に住所が書いてありました」
あぁ、そういえば。考えつかなかった。
しかし、サラリと怖い事を言う。永田がストーカーだったら逃げられる気がしない。
「……それに比べて……あの男は数時間かよ腹立つな」
ブツクサ言いながら先を歩いていってしまうので、仕方なくついて行く。
部屋の掃除って、いつしたっけ?




