表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/52

優柔不断の顛末

 その飲み会は人生ではじめて、男性とちゃんと絡むことができた。


「今日、新しい携帯を買いにいって、スマホにしたばっかりなんです」

「あ、その携帯、俺のと同じだ」


 そんな会話から、一気に話が広がる。

 使い方のレクチャーやら、便利な機能やら。番号を交換して、登録まで教えてもらい、そこから仕事や休みの日の話になって────。

 ずっと彼氏がいたので合コンに参加したのは初めてだったが、最初にしてはかなり良いのではないだろうか。

 それもこれも、携帯を変えたおかげ。

 永田、グッジョブ!


 恋愛的にどうかはわからないが、充実していた。

 少なくとも、友達は出来た。


「あんたたち、家近いよね? 帰り送って貰えば?」


 なんて、友人が気を利かせてくれる。

 ずっとふたりで話していたから誤解したんだろう。私が結構酔っていたので心配もあったのかもしれない。家が近いなら駅まででもお世話になろうかな。


「えーと、じゃあ……途中までお願いできますか」


 素直にお願いすると、彼は笑って頷いた。

 優しくて親切で、良い人だ。


「途中までと言わず、家の前まで送るよ。なんか君、危なっかしいから」


 にっこりと柔らかく笑って、ポンポンと私の頭を軽く撫でる。


 ────うわ、やばい。久々にキュンキュンきた。


 包容力。包容力を感じました。謎の力、包容力。酔ってるせいかな。

 今夜、永田に電話する必要は無さそうだ。

 いや、むしろ聞いて欲しくて電話してしまいそう!


 解散の時間になり、店を出た私たちは、それぞれ帰路につく。皆、誰かしらに送ってもらうようで安心だ。

 私も先程の彼と一緒に駅に向かった。

 電車に揺られると途端に眠気が襲う。幸いにも空いている車内で、座った途端、瞼が重くなった。


「着いたら起こすから、寝てていいよ」


 優しく声をかけられて、うとうとと浅く眠る。いつの間にか彼に寄りかかっていた。きっとフラフラしていたからそうしてくれたんだろう。

 悪いなぁ、ありがとう。優しい人だ。


 夢現つのまま駅に着くと、ややボンヤリしながらも、自分の足できちんと歩くべく意識を奮い立たせた。

 人の少ない深夜の住宅街を歩く。初夏の夜風はまだ少し冷たく、酒で熱くなった顔に心地良い。


「こんなに酔ったの、久しぶりです」

「そうなんだ。楽しかった?」

「はい! もっとたくさんお話したかったです」

「……じゃあ、ふたりでもっと話さない?」


「──え?」


 驚いて足を止めると、彼も立ち止まって私を見詰めた。


「部屋、行ってもいいかな?」

「…………」


 しばし沈黙が続く。

 明らかに空気を変えた彼の発言は、どうやら夢ではない。

 あれ、私、何やってんだっけ。

 こういうとき、私は上手く躱すことが出来ない。受け入れるにしても、覚悟が決められない。

 自分がどうしたいのか、わからない。


 かーくんという言い訳が無いと、断り方もわからない自分がいた。かーくんがいた時は、考えなくても答えは決まっていたから楽だった。他に目を向ける必要なんてなかったから。

 でも、今は違う。

 自由に選択できる。

 私、この人とどうなりたい?


「えっと……つまり……」


 何を期待しての言葉かはわかってる。どうしよう。今すぐ決めなきゃ駄目だろうか。私、この人の事なにも知らない。でも今日は、少なからずそういう可能性を考えて来た。今日じゃなくて、今後。そう、そうだ、今じゃない。どうやって待ってもらおう。

 なんとか上手い逃げ道を探していると、


「先輩! 遅かったじゃないですか」


 聞きなれた声が、夜道に響いた。

 目を遣ると、街灯の下に誰かが立ってこちらを見つめている。


「え、え、永田くん!」

「今夜は徹夜で海外ドラマ観るって言ったでしょ? ねぇ、早く帰ろ」


 不貞腐れたような甘えたような声を出して、レンタルDVDの袋を片手に永田が姿を現した。

 昼間と違ってラフなジャージ姿に、軽い寝癖。まるで部屋で寝ていたような。こんなだらしない格好もするとは。

 私の知ってる永田の顔をしているが、別人みたいだ。

 随分と馴れ馴れしい。まるで同棲している彼氏のような────


「……」


 彼が押し黙り、私たちを見比べている。

 あぁ、目が、「男がいんならこんなことしてんじゃねぇよ!」って言ってる……!

 ちがう、ちがうんだ、ちがうけど……。


 暫し逡巡し、私は心を決める。

 ごめんなさい。私やっぱり。


「永田くん〜、酔っちゃった、バッグ持ってぇ」


 どうせ嫌われたし、なにより何故か安心しちゃったから、開き直ってとことん甘えることにする。

 こんなやり取りはした事がないのに、いつか見たカップルを真似てチャレンジしてみると、永田はそれに合わせるように柳眉を下げて、だらしない恋人への甘やかした笑顔を浮かべた。


「もー、僕以外の男の前で酔っ払ったらダメだからね。……あの、送ってもらっちゃってすみませんでした」


 バッグを受け取り私に肩を貸すように横へ立つと、永田がぺこりと頭を下げる。


「今日はありがとうございました。また飲もうー♪」


 へらへらと、ダメ女を演じる。

 永田に掴まって寄りかかり、腕を絡ませた。肩口に頭を寄せると、僅かにビクリと反応されるが、力が抜けたので気にせず身体を預ける。


「ああ、うん。また皆でね。気をつけて。おやすみ」


 彼は早口で告げると、クルリと踵を返し、駅の方へ歩いていく。

 おい、この辺に住んでるんじゃねぇのかよ! と、内心驚愕を隠せない。

 展開早すぎやしませんかね。と、見送る永田が呟いた。

 彼が何の為にここまで来たのか、わかってしまった私は項垂れる。


「まったく……」


 初夏の夜に、ヒヤリとした寒気が背中を伝う。冷気は、横にいる人物から発せられていた。

 こ、今夜は冷えるなぁ。


「な、永田さま……こんばんは」


 冷や汗をかきながら、私はそっと永田の腕に絡めた手を離した。


「29年守ってきた処女を、あんな誰ともわからない奴にくれてやろうなんて、随分なボランティアですね。バカなんですか」

「な、な、そんな風になるなんて、わかんないじゃん!」


 だいたい、処女に対してそんなに守りたい気持ちはない。ただ、捨ててしまいたい気持ちもない。

 だからだろうか。私はきっと、ただ流されてしまうだろう。

 そして、永田にそれはお見通しなのだ。

 わかっていながら反論しても、余計に冷ややかさが返ってくるだけだった。


「はぁ? わからない? バカ? 2人きりで部屋にいて、お酒飲んで寝ちゃったら、朝にはそうなってない方がおかしいんです」

「うぅ……。ごめんなさい」


 軽蔑の目に耐えきれず素直に謝ると、永田がしょうがないとため息をついた。


「さぁ、先輩んちに帰りますよ。DVD見ましょう」


 ………ん!?


「え、あんた、うちくるの?」

「もちろん。夜中にこさせといて、無下に帰すんですか? ひどい」


 呼んだ覚えはないのだが……。


「一晩一緒にいたら、朝にはどうにかなっちゃうって、さっき自分が」

「僕は安全人物なので完璧に安全です」


 私の疑問を遮って、自信満々にビシッと宣言すると、にっこりと胡散臭い笑みを浮かべる。

 なんじゃそりゃ。

 でも、確かに永田が強引に何かする必要なんて感じない。彼はその気になればモテるし、私なんて相手にする意味ないだろう。

 きっとこれは、こうなる事を見破っての、心配とか親切心とか、もしくは嫌がらせなのだ。


「そもそも良く家がわかったね?」

「ええ。今日買った携帯の契約書に住所が書いてありました」


 あぁ、そういえば。考えつかなかった。

 しかし、サラリと怖い事を言う。永田がストーカーだったら逃げられる気がしない。


「……それに比べて……あの男は数時間かよ腹立つな」


 ブツクサ言いながら先を歩いていってしまうので、仕方なくついて行く。

 

 部屋の掃除って、いつしたっけ?



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ