一生懸命、好き
金曜日がやってきた!
華金ですよ、華金。プレミアムフライデーだっけ?
よくわかんないけど、通常通り業務を終えて、後輩ちゃんとふたり、エントランスの出入り口で謎のオブジェを眺めつつ松澤くんを待った。
後輩ちゃんには、かるーく松澤くんの好意について話してある。
彼女は鋭いからきっと気付くと思って、
「あのね、山田ちゃんのこと気になってるっていう男の子がいるんだけど、ご飯一緒にどうかな?」
と、濁しながら直球で伝えておいたのだ。
だけど彼女にはその方が効果的なのか、「マジっすか、奢り?」と目をキラキラさせてノッて来た。
うん、ご飯の方に食いついたよね。
相手が同期の松澤くんだと伝えると、「あぁー」と言って頷いてたから、存在を認識はしてるっぽい。
永田には、事前にちゃんと詳細を連絡しておく。
心配させないように、色々と細かく教えておいた。不安にさせるのは本意ではないし、私もそれは嫌だから。
家に帰ったら連絡を入れるという約束をして、嫌々な雰囲気を醸し出しつつも了承してくれた。
永田にとって、なんとなく面白くない状況なのはわかる。
本当は一緒に行きたいよね。
『ごめんね、仲間はずれにして。今度4人で遊ぼうね』そう送れば、
『えぇ……別にいいです』と返ってくる。素直じゃないなぁ。
可哀想だから、週末の夜は思いっきり甘やかしてあげよう。
明日は仕事終わりに合流して、一緒にお夕飯食べて、永田のお家へ行って。
ふふふ、すっごい楽しみ。わくわくしてきた。
「先輩、先輩っ、おーい、戻ってきてくださいって」
「はっ」
虚空を見つめて妄想する私を、後輩ちゃんが怪訝な顔で見つめている。ごめん、ちょっとまたお花畑だった。
気まずさに苦笑いしたとき、ちょうどエレベーターのドアが開き、帰宅する人々がエントランスに吐き出された。
その中に、緊張で猫目を吊り上げた松澤くんの姿が見える。
「お疲れさま!」
「お疲れ様です、染谷先輩……と、山田華さん。研修以来ですね」
小走りで駆け寄ってきた彼は息を整え、丁寧に挨拶する。
おいおい、しおらしいな!
と、心の中でツッコミながらお見合いオバサンは様子見です。
「お疲れ様です、松澤慎吾さん……ですよね?」
にっこり微笑んで小首を傾げる後輩ちゃん。
おいおい、こっちも猫かぶってる!
こんなんで大丈夫かなぁ。
よそよそしいままご飯が終わっちゃったらどうしよう。
もしまた誘うとして、ある程度盛り上がらないと次に繋ぎづらいし。せめて連絡先だけでも交換してもらわないと。
よーし、ここは私が頑張るぞー!
────という、私の思いは杞憂に終わった。
「おい、山田。お前どんだけ食うんだよ」
「うっさいなー。松澤はおしるこでも飲んでなよ」
「そんなメニューない……って、お前、それ覚えて……!?」
「気付いてないと思った?」
「だって『あんた誰』って!」
「げっ、て言ったのは誰よ? げっ、て」
「それはごめん……」
「フン。明日おしるこの刑ね!」
「ありがとうございます!」
……えーと、今、オシャレなイタリアンに来ているんだけどね。
後輩ちゃんは大量のピザとパスタとなんか色々食べまくってて、松澤くんはお酒が好きみたいでワインをガバガバ飲んでてね。
すっかり打ち解けたふたりはいっぱいしゃべっててね。
楽しそうに笑っててね、連絡先も交換しちゃっててね。
…………正直、もう私の出番ない。
「ねえねえ、帰っていい?」
「地味子、バッグ置け! 座れ!」
「先輩飲みましょ、一緒に飲みましょ!」
帰ろうと立ち上がった私を、全力で止めるふたり。
なんでだよー帰らせろよー。
ふたりきりはまだ気まずいらしい。仕方ないので座ってピザを貪るのでした。
お、お邪魔虫なんかじゃないもん。
そんなわけで、終始和やかに食事会は終わった。
松澤くんは、最初こそ照れっ照れでもじもじしてたけど、お酒で勢いついたのと私が先に好意をバラしちゃったことで、吹っ切れたみたいだった。
「ありがとうございました。すっげー嬉しいです」
帰り際、彼は赤くなりながらにまにま笑って幸せそうにお礼を言った。
大食いにはちょっと引いてたけど、なかなかイイ感じだった様子。
「それじゃ、また誘ってくださいね」
「お……っ、おう!」
ずっと松澤くんをぞんざいに扱っておきながら、最後だけ可愛く微笑んでお願いする後輩ちゃん。真っ赤になる松澤くん。
私が言うのもなんだけど、まっつん、チョロい!
私たちは駅までのんびりと歩き、そこで解散となった。
松澤くんとは線が別だったので手を振ってお別れ。
彼は名残惜しそうにチラチラとこちらを窺いながら帰っていった。
「どう? 松澤くん」
下僕たるもの、さっそくリサーチせねば。
電車を待ちながら尋ねると、後輩ちゃんはちょっと困った顔をした。
「んー、悪くはないっすけど。……今の彼氏とあんまりうまくいってないし」
「えええっ! 彼氏いたの!?」
驚いて大声をあげると、彼女は力無く笑う。
「あたし、長く途切れたことないっすよ。モテる女はツライです」
冗談めかしてそう呟くと、ふう、とため息を吐く。
本当にうまくいってないみたい。
後輩ちゃんは一時期、永田を狙っていた。けれどそれはあわよくばで、好きだったわけじゃない。
どうせ無理だし、と合コンして、彼氏を作ったらしい。
彼のことは気に入っている。でも、なんとなく小さなズレみたいなものがあって、イマイチ本気になれなかった。ただなんとなく付き合っているだけ、という感じが否めないそうで。
それに、と彼女は続ける。
「最近、なんの相談もなく仕事辞めちゃったんですよね、嫌になったからって。宝くじで、わりと大きな額が当たったのも大きいです。
でも、一生暮らせるような額じゃない。
増やせる才覚もないし3年足らずで無くなるのが目に見えてるのに、仕事しろって言うと『金目当てか!』って明後日の方向に怒られる。そこまで大金じゃないのに、お金ってコワイっすわ」
そう呟いて、足元の石をヒールの先で蹴飛ばした。納得がいかないという顔だ。
一時的に舞い上がっているだけなのか、本気なのか。
話し合いをしなければならないけれど、先延ばしにしてしまう。
「やっぱ、自分を一生懸命好きでいてくれる相手がいいなって、先輩見てたら思います。永田さんはアレだけど、先輩のこと、大好きなのが伝わってくるから」
「そ、そうかな。えへへ」
永田がアレ、というのは置いといて、大好きなのが他人にまで伝わっているのは恥ずかしいな。
照れて笑うと、後輩ちゃんに優しく微笑まれた。
「好きになれたらソッコー乗り換えるんですけどね。そうじゃなかったら、松澤に失礼だし」
そう言って困ったようにため息を吐いた。
彼女のいい加減そうに見えてなんだかんだ真面目なところが、私は好きだ。
「泣きたくなったら言えよ、胸くらい貸すぜ」
「うわー、頼もしいっす。先輩抱いて」
ハードボイルドに言ってみせると、後輩ちゃんは全く心を込めずに答えてくれる。
そうやってふざけて笑い合った後、目的の駅に下車して別れた。
****
私の住んでいるマンションは、駅からちょっと遠い。
ほろ酔い気分でゆったり歩きながら、永田にメッセージしなきゃ、と思い出す。
うーん、なんて送ろうかな。とりあえずお風呂入りながら考えよう。
明日、会うの楽しみだなぁ。
ようやく自宅のアパートが見えてくる。
と、私の部屋の前で、弱々しい設備灯に照らされ佇む人影が浮かび上がった。
それは長身でスーツを着た若い男性で────
「え……永田くん!?」
玄関のドアに寄りかかり、俯いて携帯をいじっていた永田が顔をあげる。
会社帰りにそのまま来たであろう格好で、疲れた表情の彼がこちらを見て微笑んでいた。
「なんでいるの!?」
「こんばんは。松澤とのお食事会、どうでした?」
疲れてるのにわざわざ、そんな事を聞きに?
驚きに目を丸くしつつ、彼に駆け寄る。
「えっと、うまくいった……かな? 連絡先も交換できたみたいよ」
「先輩もしたの?」
「私はもうしてたよ」
「そう……」
私が答えると、永田は低い声で呟き、俯く。
元気がない。なにか美味しいものでも作るか、コーヒーでも淹れようか。きっと仕事が忙しくて碌なものを口にしていないに違いない。
永田を退かしてドアの前に立ち、玄関の鍵を探るためバッグに手を伸ばす。
「部屋入るよね? 待ってね、今」
その時────ふいに、永田の影が私を包み込んだ。
疑問に思い顔をあげた、次の瞬間。
「────んぅっ!?」
力強くドアに体を押し付けられ、唇を奪われた。
驚きの声は、無理やり割り入った舌にねじ伏せられる。
なんで、なんで今、キス!?
抗議の呻きをあげても、動きを封じたまま舌を嬲られ続ける。
こんな所で、なんてことを……!
永田らしくない行動に動揺し、胸を押し返すけれどビクともしない。
優しいいつもの永田とは違う。
痛いほど強く肩をつかまれ、息が詰まるほど苦しく激しい口付けをする。
住宅街の夜の静寂に、唾液が絡む水音が響いた。
どうしよう、もし、誰かに見られたら……。
焦りと不安でぎゅっと目を瞑り、拳で彼の胸を無茶苦茶に叩く。
それでも強引な口付けは続き、涙が込み上げてきた頃、やっと少しだけ力を抜いてくれた。
その隙に、慌てて身を離す。唇から透明な唾液の橋が架かり、垂れた。
荒く息づき、涙目で永田を睨みあげる。
すると、彼の方がずっとずっと泣きそうに顔を歪めていた。
彼はドアに両手をつき、私を囲うようにして、じっと瞳を覗き込んでくる。
「いきなり押しかけてこんなことして、ごめんなさい……。今、部屋に入ったら、とても我慢できないから、帰ります」
まだ興奮冷めやらぬ熱い吐息を漏らし、苦しげに呟く。
「本当はね、先輩がちゃんと帰ってくるか、心配で待ってたんです。情けないですよね。松澤とは何もないってわかってるけど、もしかしたら、万が一って、良くない考えばっかり浮かんで」
嫉妬の光を孕んだ瞳で見つめられると、なんだか切なくなった。
余裕のない表情で、それでも自制しようと彼は苦しんでいる。
強引なキスは少しだけ恐かったけれど、そうさせたのは私なのかもしれない。
永田を追い詰めたのは、私なのかも。
「大丈夫だよ、心配しないで。ごめんね、大好きだから」
彼を安心させたい。
そのために精一杯微笑み、精一杯優しい声になるよう努め、ゆっくりと囁く。
手をのばして、柔らかな髪をそっと撫でる。
ようやく、永田が少しだけホッとしたような顔を見せた。力が抜けたのか、私の肩にしなだれかかり、首元に顔を埋める。
その仕草はもう、いつもの永田だ。
私は彼の頭を撫でながら、そっと囁く。
「……仕事、そんなに忙しいの?」
「うん。でも、明日の夜はちゃんと空けておきます。待ってるから」
永田が耳元で熱っぽく囁き返し、頬ずりする。
「わかった、楽しみにしてるね」
「ん……」
そうして、今度こそ、私たちは同意の元で唇を重ねた。
冷たい頬と、熱い唇。夜の空気と永田の匂い。それらの何もかもが、私の胸を締め付ける。
あたたかい気持ちが溢れて、思わず引き寄せるように永田のシャツの胸元をつかむ。
彼はその手に自分の大きな手を重ね、そっと包むように握ってくれた。
*
──永田が帰り、ひとり部屋に入る。
玄関の扉を閉じた瞬間、顔が熱くなって、へなへなと腰が抜けたようにその場にかがみ込んでしまった。
なにがいけなかったんだろう。
忙しくて切羽詰まってるのは知っている。だけど、食事くらいで、あんなに嫉妬深いの?
私、どこかで追い詰めちゃった? 不安にさせているんだろうか。
──許さない。週末、覚悟しててね。
休憩室で交わしたメッセージが脳裏をよぎる。
気軽に『覚悟しとく!』とか返事したけれど、本当に何かしらの覚悟が必要なのかもしれない……。
お互いこの年齢で初めて、きちんと向き合って恋愛している。
永田にはずっと好きな人が居て、ちゃんとした彼女を作ったことがない、と言っていた。
私は私で、かーくんとの、一方的に与えるだけの恋愛しか知らない。
どんなに好きだと伝えていても、不安は募るものだろうか。
相手を信じて、どこまで合わせればいいんだろう。
例えば、私が他の男性と一切関わりを断ったとして、それが永田の望む答えかといったら、たぶん違うと思う。
彼が探しているのは、きっともっと、違う安心なのだ。
それを見つけるために、永田と一緒に頑張りたい。
だって私も彼のこと、一生懸命、好きだから。




