事後報告と、不安(side永田)
染谷芽衣子は本当に無防備だ。
……って、何度思い知らされるんだろう。
休憩室で、松澤に顔を寄せる先輩を見た時、世界が終わったかと思った。
寄り添うふたりに、何かあるんじゃないかと疑った。
すぐに誤解は解けたけれど、釈然としない。
最初は松澤に裏切られた気分だったが、話を聞くとむしろ感謝しなくてはいけなくなって、さらに苛立った。
僕の取り巻き?(そんなの居る?)の女たちに嫌がらせされそうになってたとか。
どうしてそれ、相談しないわけ?
いや、気を遣ってくれていたのはわかってる。
むしろ僕は、どうして気付いてやれなかったんだ?
助けに行くのは、松澤じゃなくて僕の役目だろうに!
誰にやられたのか尋ねれば、染谷芽衣子は困ったように笑う。
「えー、ぶつかっただけだよ。顔とか忘れちゃった」
……お人好しが過ぎる。
今さら睨みを効かせようとしても、もう終わったことだとふたりに言われてしまった。
忙しい僕を気遣ってくれている。
松澤だって、悪気があって先輩に近付いたわけじゃないんだ。
後輩さんのこともあるんだろうけど、やっぱり僕のため。心配するようなことはない。
…………だけどさ、ちょっとだけ不安になるんだ。
僕のいない隙間に、他の誰かが住み着くかもしれない。
一緒にいると嬉しくて、幸せで、でも、いつも少し切ない。
君は本当にお人好しだから。我慢しちゃうから。
僕のことを本気で欲しいと思ってる人が現れたら、かーくんを我慢したみたいに、簡単に譲ってしまうんじゃないかって。
片思い思考から抜け出せない自分が悔しい。
だけど、仕事で手を抜きたくはないから、やっぱり必要以上には構えない。
ふてくされた僕を気遣って、ふたりはあれ以来、マメに出来事を報告してくれる。
松澤からは、彼女に突っかかるヤツはいないか、とか。
今日はやたら眠そうだったとか、お弁当がカレー味づくしだったとか。
……それ、お前から聞きたくないんだけど。
先輩からは、後輩さんと松澤をくっつける算段、という名の妄想メッセージが送られてくるようになった。
どうやら『おしるこ』が切っ掛けで好きになったらしく、そこからの派生なのか『妖怪あずき洗い』について長文で送られてきた時は、人生で一番、返信に困った。
あのね、思ったことを何でも伝えたらいいってもんじゃないんだよ?
そのくせ、小説は書いてくれない。
どうして見せてくれないの?
書いてるのは知ってるんだ。時々ニヤニヤしながらスマホに何か打ち込んで、たまに見かければ大あくびして。
その小説の相手は、ちゃんと僕なんだよね?
かーくんや松澤じゃないよね?
わかってる? 僕にとって小説は、先輩からの大量のラブレターだ。
先輩はわかってないだろうけど、僕にはそうとしか受け取れないんだよ。
僕のこと、どれくらい想ってくれてるの────。
女々しい思考でまた空回りしそうになる。
こんなんじゃダメだと、一旦、先輩のことは忘れようとする。
その直後、彼女からこんなメッセージをもらった。
『金曜日の夜、飲みに行くことになりました!
まっつんと後輩の山田ちゃんをくっ付ける作戦の件です。
楽しみだなぁ♪
帰ったらちゃんと報告するから楽しみに待っててね。
取り急ぎご報告まで!』
松澤と……飲みに……。
いやいや、例の、仲を取りもつってやつなのはわかってる。
でも、先輩、そんなにお酒強くないし……。
かといって心配だから行くな、なんて縛るようなことは言えないし。
……ちゃんと帰って……くるよな?
あぁ……だめだ。最悪なことばかり考える。
報告したらいいってもんじゃない。
掻き乱すだけ乱して、『いってきまーす』なんて呑気に言うな!




