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ホラーよりコワイのは

 その日、私は廊下を歩いていました。

 そう、ただ歩いていただけ……なのに、どこからともなく女たちの囁き声が。


「アレが染谷芽衣子?」

「あー、永田さんの……へぇー」


 クスクス、という笑い声。怖いです、空耳かもしれません。


「ウザいわ」

「なにがいいのアレの……フツー」


 いやだなぁ〜こわいなぁ〜……。

 そう思いながら恐る恐る振り返ると、そこには…………!

 お化粧をバッチリ決めた、女子力高そうなお嬢さんたちが、こちらを見てニヤリと笑っていたのでした。

 ウワァー生霊ダァー!

 肌の血色よくて足もちゃんとあるけどお祓いしなきゃー!


 ……って、ホラー風に茶化してみたけど、ダメージは意外とデカかった。


 後輩ちゃんが「永田さんは観賞用になった」って言ってたから、安心してたんだよね。

 でも、そっかぁ……取り巻きは結構いたもんね。中には本気の子だって居たに違いない。


 ごめんね、こんな年上の平凡女で。

 ごめんね、染谷地味子で。

 ああいう可愛い子の方が、きっと釣り合いはとれるんだろうな。


 すっごい卑屈になってそそくさとその場を立ち去る。

 ちょっと胸がズキズキして、だけど永田が好きなのは私なんだもん! とポジティブになろうとしたりして、でもでも元彼にポイ捨てされるほど魅力のない私……と落ち込んでを繰り返す。


 とりあえず、永田に携帯でメッセージして落ち着こう。


『永田くん、だいすき!』

『そういうの、いきなり送って来ないでください!』


 デスクの下に隠れて送信したら、数秒で返信が来た。


『ごめんね、気持ちの宣言なの』

『……なんかあった?』

『ないけど、言いたくて』

『少しは我慢を覚えましょうね』


 ちぇっ。

 でもまあ仕事中だし、そうだよね。仕方ないと携帯を仕舞おうとすると、携帯が小さく震え、


『大好きだから、安心して』


 ────……クゥっ!


 思わずニヤつきそうになって、顔をベチンと叩いて天を仰ぐ。

 永田、かわいすぎか。なんでいつも一回下げてから上げるんだ。ときめくからやめてよね!



 おかげで気分も急上昇したので、さっきの事は、まあいっか、と開き直ってお昼休み。


 休憩室の机で、ひとりお弁当を食べていると────


「隣、いいっすか?」


 そう言って現れたのは、昨日『秘密の場所』で出会った、あの猫目の青年だった。


「げぇっ」


 思わず心の音が漏れると、彼は嫌そうな顔をする。

 そして私の反応を無視して、椅子ひとつ空けた隣の席に陣取った。

 むっ……座っていいって言ってないのに。ムカついたので、無視してむしゃむしゃお弁当を食べていると。


「あぁー忙しい、うちの部署はほんと忙しいなぁー」

「!?」


 彼はコンビニおむすびを頬張りながら、聞こえよがしに独り言を始めた。


「まあ花形部署だし、忙しいのはしょうがないなぁー。その中で大手と契約してくるとか、ほんと永田先輩はカッコイイなぁー」

「!!?」


 永田の話!?

 私は彼の独り言に耳を傾ける。


「本来ならまだ任されないような仕事を、永田先輩は任されちゃったんだよなぁ。忙しいはずだよなぁ」


 ええ、そうなの? 永田って、若手の中では相当なの!?

 ひゃー、あの大手会社? ほんとに? え、永田が新規開拓した!?

 うわぁ、うわぁ、すごいなぁ。将来有望なんだね。

 でもそのせいで今、ミスできなくて真剣なんだ。ここのところ切羽詰まってるのは、そういう理由なんだ。


 ──と、永田の後輩である彼の独り言をひと通り盗み聞きする。


「……ってわけだから、女にうつつを抜かしてる暇なんてないんですよ、永田先輩は」


 彼は長い長い独り言を言い終わると、チラッ、と私の方を見る。

 私はしっかり彼を見ていたので、バチリと視線が合った。

 すると彼は、ドヤッと得意顔をする。意味がわからない。


 意味はわからないけど、すごくタメになった。

 永田が普段あんまり弱音を吐かないから、そういう部分を知れるのは有り難い。


 彼の目的が私への嫌がらせだったとしても、全然害がないから別にいいや。女の子たちの、あの品定めするみたいな目線よりは怖くないし。


 そっかぁ、永田は今、そんなに大変な時なのか。じゃあ、あんまり負担かけないようにしなくちゃね。


「ありがとう、名も知らぬ青年よ。永田くんに負担をかけないよう、仕事中のラブラブメールは5回に1回は我慢する!」

「ぜんぶ我慢しろよそれは」

「うふふ」

「笑って誤摩化すな」


 鋭いツッコミに私がニヤっとすると、彼は眉をしかめた。


「名も知らぬ青年じゃない。俺は永田先輩と同じ部署の後輩で、松澤慎吾まつざわしんごです」


 わざわざおむすびを置いてからこちらへ向き直り、彼、松澤くんは、ぺこりとお辞儀して名乗ってくれた。これはこれはご丁寧に。


「私は事務員をしております染谷芽衣子と申しま」

「知ってるって。またの名をダメンズ女。永田先輩に近付く不届き者」

「むっ……なんだとぉ」


 カチンときて睨むと、松澤くんは呆れたようにため息を吐く。


「ほんと、何がいいんだろーな、コレの。……俺だったら、もうひとりの方が」

「もうひとりって?」

「────っ!」


 松澤くんはハッと我に返って、慌てて口を噤む。

 ほほう? なんだか意味深な反応。

 彼はなぜか大慌てでガタリと立ち上がり、食べかけのおむすびをビニール袋に詰め込む。そして缶ジュースを手に取って────


「ん? それって缶の『おしるこ』!?」


 この暑いのに、ホットで激甘の『おしるこ』って。

 びっくりして手を伸ばすと、彼はシュバッとその缶を奪って袋の中へ隠してしまった。


「……糖尿病になるぞぉ」

「う、う、うるせーなっ」


 私の茶化しに思いっきり目を吊り上げて、彼はプンスカと怒りながら休憩室を出て行ってしまった。

 なんなんだろ、あれ。もしかして、すっごい甘党なのかな?




 猫目の青年が『松澤』という名だと判明するという、至極どうでもいいイベントを終えて、私は自分のデスクへと戻った。

 チラリと周りを見ると、後輩ちゃんが「はぁ〜お腹いっぱいだぁ」と言いながらチョコを頬張っている。どゆこと。

 くすりと笑って、パソコンを起ちあげた。




***




 その後も、女子のイタイ視線を感じたり、松澤くんの独り言を聞いたりしながら、数日が過ぎた。

 直接的な害はないのでスルーしている。


 松澤くんの方は永田に訴えればどうにかなりそうだけど、耐えられないような嫌がらせじゃないし、目をキラキラさせて話してくれる永田の情報は面白い。


「今日のスーツ、すっごいカッコ良かったんですよ。それにネクタイの色がまた」


「永田先輩の愛用ボールペンは結構しますよ。ネットで調べたら、万単位だって……まぁ、マネして買いましたけどね!」


「朝デスクでベーグル食べてたなぁ。俺、食べた事ないんですよね。ウマいんすかねぇ、アレ」


 ──って、もはや話しかけてるよね!?

 いや、嬉しいけどさ永田情報。ベーグル、今度一緒に食べてみるよ。

 あまりにも有益情報すぎるので、一度「いつも永田くんのこと教えてくれてありがとね」とお礼を言って『おしるこ』を差し入れしたら、ハッとしてから苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


 変な子。だけど、本当に永田を慕ってるんだなぁ。

 いいなあ、私もそんな先輩になりたい。後で後輩ちゃんに、私に憧れるか聞いてみようかな。

 ……いや、やっぱやめとこう。


 後輩ちゃんと言えば。

 彼女に、クスクスしてくるステキ女子たちの事を愚痴ってみたら、


「悔しいからああやって発散してるだけですよ。ほっときゃいいの、妬みなんて」


 と、さらりと言ってくれた。


 悔しい、か。

 好きな人がとられちゃったの、確かにやり場のない気持ちだよね。と、かーくんを見知らぬ誰かにとられちゃった経験から、そう思う。

 だけどそれに申し訳なく思うなんて、やっぱり違う。


 私は私で、ちゃんと永田を大好きでいればいいよね?






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