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めくるめく我慢のお話

 はてさて、ラブラブです。

 私たちはここ一ヶ月の間、今までの人生の鬱憤を晴らすかのように、デートしまくった。


 共通の趣味である映画も、たくさん観た。

 映画館にも行ったし、仕事帰りにレイトショーも行った。

 水族館、美術館、博物館。遊園地、ショッピングに、広めの公園でピクニック。カップルシートのあるダイニングバーとかにも。


 ものすごいハードスケジュールだ。

 それはもう平日休日問わず、できるだけ一緒にいた。


 もちろん、キスもして、抱き合って。

 いつものように、私の部屋で一緒に眠って。


 これだけラブラブだったら、もう、最後までいって当然でしょ?

 私は29歳、永田は26歳。大人の男女。

 アダルティでめくるめく夜が存在しているはず!


 ──と、思うでしょう?



「痛い、だめ、痛いよう」


 自分の家の寝室で、痛みを叫ぶ私。困り顔の永田。

 ……そう。私たち、まだできてない。

 第一関門くらいは突破できたけど、未だ第二、三くらいでつまずいている。


 もちろん、何度もチャレンジした。

 私だって、まったく経験がないわけじゃない。それに一応、永田の名誉のために言っとくと、彼は上手い方だと思う。たぶん。

 だけど、めちゃくちゃ痛い!

 ……そして、こわい。


 こんなところでヘタレ属性が大爆発で、ガチガチに身を硬くしてしまう。


「……なんでこんなに痛いの?」


 漫画とかだと易々と済ませてるのに!

 私が涙目で訊くと、永田は痛ましい顔で首を傾げる。


「そんなに痛いわけないんですけど……」


と言うけれど、彼も処女を相手にしたことはないようで。


「……僕のこと、信じてないからじゃないですか?」

「いやいや、こんなのに信じるとか信じないとか、ないって」

「じゃあ、耳年増だから恐怖心が勝っちゃうんでしょ」

「微妙に失礼だけど当たってるかも……」


 くそー、私の中のエロに対する貪欲な好奇心め!

 処女は痛いとか、血が出るとか、そういう知識のせいで! せいでっ!

 恐怖心よ、お前が百戦錬磨なのはわかったから、ちょっと休憩しててくれ!


 そんな懇願むなしく、何度も失敗した。

 体がガッチガチになって、全然受け入れられない。

 永田は優しく丁寧に触れてくれるのに、応えられない自分が悔しくて、もどかしくて。


「もう無理やりでいい。ひと思いにやっちゃって!」


 自暴自棄になって、泣きながら訴える。

 ぎゅっと目を瞑り全身を投げ出すと、永田は呆れたようなため息を吐いた。


「……馬鹿いわないで」


 諭すように囁かれ、彼は私の頭を優しく撫でた。

 頬に流れる涙を、そっと唇で掬ってくれる。


「あのね……別にそれだけじゃないから。恋人としてすることは、こういうことだけじゃないから。それに、僕は先輩の信頼が欲しいから、無理やりなんて絶対にしないよ」


 低く落ち着いた声で、言い聞かせるように言う。

 その声を聞いていたら、強張っていた気持ちが少しずつ解れていく。


「……ごめんね」

「いいよ、時間かけていこう。少しずつ教えてあげます」


 目を開けて永田を見ると、彼はこれ以上ないくらいの優しい笑顔で私を見つめていた。

 胸がぎゅっとして、ぽわっとあたたかくなる。

 大事にしてくれている、それが純粋に嬉しかった。


「ねえ、永田くん」

「ん?」


 起き上がろうとした永田の首をつかまえて、私は彼をぐいと引き寄せる。

 少し屈んだ彼の影に入るようにして、そっと唇を寄せた。


「先輩……」


 一瞬驚いた永田も、すぐに受け入れてくれる。

 長い指を頬にかけて、くすぐるように髪をいじりながら、柔らかく浅いキスを繰り返す。


 恋人として、永田には何を返していったら喜んでくれるのかな。

 単純に体の繋がりだけじゃない、もっと深いものを彼が求めているのは、なんとなくわかる。

 だけどまだ、どうやってそれをあげたらいいのか、私は知らない。

 かーくんとの関係では、そういう恋人としての役割が皆無だったことを思い知らされる。


 でも、知らないからって、何もしないのはダメだよね。


 せめて、精一杯、彼に好きだと伝えたい。


 甘い口付けにとろけながら、そんなことを考える。

 永田とのキスが気持ちいいのは、きっと彼が心を込めてくれているからだ。

 胸の奥に火が灯って、じわじわとあたためられる。触れているだけで溶けてしまいそうな、そんなキス。

 あまりに気持ち良くて、私はつい、逃がすまいと首に腕を絡ませて引き寄せる。


「もっとしよ?」

「……我慢してるのに、煽らないでよ」


 切なく揺れる呟きに瞼を開けば、怒ったような拗ねたような永田の顔。

 この表情が、私はたまらなく好きだ。私のためにこの顔をしてくれる時が、すごく幸せ。


 えへへ、と笑って、コツンと額をくっつける。

 すると永田も表情をゆるませ、とろりと微笑んだ。


「まずは、恋人らしいことを沢山しませんか。お互い、何もかも初めてみたいなもんでしょう?」

「そうだね。デートしよ! デート!」

「いいですよ。どこ行きます?」

「んー、大型遊園地リゾートとか、海とか、山とか、街とか!」

「大雑把すぎません? じゃあ、定番デートコース片っ端からいきますか!」

「おー!」


 というわけで、私たちはデートしまくっているのだ。

 それはもう取り憑かれたように。親の仇のように。


 もちろん、男女のアレコレだって忘れない。

 イチャイチャして、ちょっとずつ続きをして。

 だけど単純に、一緒にいるのが楽しくて、嬉しくて、幸せで。

 私は、私だけは、素肌で抱き合って眠るだけで、かなり満足してしまっていたんだ。


 だけど永田は、やっぱりどこかで焦っていたんだと思う。






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