めくるめく我慢のお話
はてさて、ラブラブです。
私たちはここ一ヶ月の間、今までの人生の鬱憤を晴らすかのように、デートしまくった。
共通の趣味である映画も、たくさん観た。
映画館にも行ったし、仕事帰りにレイトショーも行った。
水族館、美術館、博物館。遊園地、ショッピングに、広めの公園でピクニック。カップルシートのあるダイニングバーとかにも。
ものすごいハードスケジュールだ。
それはもう平日休日問わず、できるだけ一緒にいた。
もちろん、キスもして、抱き合って。
いつものように、私の部屋で一緒に眠って。
これだけラブラブだったら、もう、最後までいって当然でしょ?
私は29歳、永田は26歳。大人の男女。
アダルティでめくるめく夜が存在しているはず!
──と、思うでしょう?
*
「痛い、だめ、痛いよう」
自分の家の寝室で、痛みを叫ぶ私。困り顔の永田。
……そう。私たち、まだできてない。
第一関門くらいは突破できたけど、未だ第二、三くらいでつまずいている。
もちろん、何度もチャレンジした。
私だって、まったく経験がないわけじゃない。それに一応、永田の名誉のために言っとくと、彼は上手い方だと思う。たぶん。
だけど、めちゃくちゃ痛い!
……そして、こわい。
こんなところでヘタレ属性が大爆発で、ガチガチに身を硬くしてしまう。
「……なんでこんなに痛いの?」
漫画とかだと易々と済ませてるのに!
私が涙目で訊くと、永田は痛ましい顔で首を傾げる。
「そんなに痛いわけないんですけど……」
と言うけれど、彼も処女を相手にしたことはないようで。
「……僕のこと、信じてないからじゃないですか?」
「いやいや、こんなのに信じるとか信じないとか、ないって」
「じゃあ、耳年増だから恐怖心が勝っちゃうんでしょ」
「微妙に失礼だけど当たってるかも……」
くそー、私の中のエロに対する貪欲な好奇心め!
処女は痛いとか、血が出るとか、そういう知識のせいで! せいでっ!
恐怖心よ、お前が百戦錬磨なのはわかったから、ちょっと休憩しててくれ!
そんな懇願むなしく、何度も失敗した。
体がガッチガチになって、全然受け入れられない。
永田は優しく丁寧に触れてくれるのに、応えられない自分が悔しくて、もどかしくて。
「もう無理やりでいい。ひと思いにやっちゃって!」
自暴自棄になって、泣きながら訴える。
ぎゅっと目を瞑り全身を投げ出すと、永田は呆れたようなため息を吐いた。
「……馬鹿いわないで」
諭すように囁かれ、彼は私の頭を優しく撫でた。
頬に流れる涙を、そっと唇で掬ってくれる。
「あのね……別にそれだけじゃないから。恋人としてすることは、こういうことだけじゃないから。それに、僕は先輩の信頼が欲しいから、無理やりなんて絶対にしないよ」
低く落ち着いた声で、言い聞かせるように言う。
その声を聞いていたら、強張っていた気持ちが少しずつ解れていく。
「……ごめんね」
「いいよ、時間かけていこう。少しずつ教えてあげます」
目を開けて永田を見ると、彼はこれ以上ないくらいの優しい笑顔で私を見つめていた。
胸がぎゅっとして、ぽわっとあたたかくなる。
大事にしてくれている、それが純粋に嬉しかった。
「ねえ、永田くん」
「ん?」
起き上がろうとした永田の首をつかまえて、私は彼をぐいと引き寄せる。
少し屈んだ彼の影に入るようにして、そっと唇を寄せた。
「先輩……」
一瞬驚いた永田も、すぐに受け入れてくれる。
長い指を頬にかけて、くすぐるように髪をいじりながら、柔らかく浅いキスを繰り返す。
恋人として、永田には何を返していったら喜んでくれるのかな。
単純に体の繋がりだけじゃない、もっと深いものを彼が求めているのは、なんとなくわかる。
だけどまだ、どうやってそれをあげたらいいのか、私は知らない。
かーくんとの関係では、そういう恋人としての役割が皆無だったことを思い知らされる。
でも、知らないからって、何もしないのはダメだよね。
せめて、精一杯、彼に好きだと伝えたい。
甘い口付けにとろけながら、そんなことを考える。
永田とのキスが気持ちいいのは、きっと彼が心を込めてくれているからだ。
胸の奥に火が灯って、じわじわとあたためられる。触れているだけで溶けてしまいそうな、そんなキス。
あまりに気持ち良くて、私はつい、逃がすまいと首に腕を絡ませて引き寄せる。
「もっとしよ?」
「……我慢してるのに、煽らないでよ」
切なく揺れる呟きに瞼を開けば、怒ったような拗ねたような永田の顔。
この表情が、私はたまらなく好きだ。私のためにこの顔をしてくれる時が、すごく幸せ。
えへへ、と笑って、コツンと額をくっつける。
すると永田も表情をゆるませ、とろりと微笑んだ。
「まずは、恋人らしいことを沢山しませんか。お互い、何もかも初めてみたいなもんでしょう?」
「そうだね。デートしよ! デート!」
「いいですよ。どこ行きます?」
「んー、大型遊園地リゾートとか、海とか、山とか、街とか!」
「大雑把すぎません? じゃあ、定番デートコース片っ端からいきますか!」
「おー!」
というわけで、私たちはデートしまくっているのだ。
それはもう取り憑かれたように。親の仇のように。
もちろん、男女のアレコレだって忘れない。
イチャイチャして、ちょっとずつ続きをして。
だけど単純に、一緒にいるのが楽しくて、嬉しくて、幸せで。
私は、私だけは、素肌で抱き合って眠るだけで、かなり満足してしまっていたんだ。
だけど永田は、やっぱりどこかで焦っていたんだと思う。




