中華とお礼と、ドキドキと
ある日の仕事終わり。
今日は永田と会社で待ち合わせだ。
るんるんとエントランスへ向かうと、彼が先に待っていた。
スラリとしたシルエット。何気なく携帯を弄る仕草。スーツのジャケットを脱いで腕に掛けているラフさ。
そんな姿もよく似合う。我が彼氏様ながら、格好良い……!
「永田くん、お待たせ!」
「先輩、お疲れ様です」
パッと顔をあげた永田が嬉しそうに微笑む。……が、
「うわー、デレッデレじゃないすか」
私の背後からヒョコリと出てきた後輩ちゃんを見て、途端に渋面になった。
そうだった、コイツがいたんだった、とか呟きながら不満そうに口をへの字に引き結ぶ。
「それがお礼する人の態度っすか?」
「……すみませんでした。じゃ、行きましょうか」
後輩ちゃんの言葉をさらっと流して、永田が先導して歩き出す。
「どこ行くの?」
「中華です。美味しいお店知ってるんで」
「あたしのリクエストっす!」
──というわけで、後輩ちゃんのリクエストらしい中華料理店へやってきた。
赤い看板、植物っぽい謎の装飾。金色の雲っぽい絵。The・中華。
くるくる回る天板テーブルを前に、私たちは遠慮なく注文しまくる。
「ほんとにそんなに食べれる……?」
永田が不安そうに呟くが、後輩ちゃんは無視している。
彼女とは普段、あまりお昼を一緒に食べない。
いわく、「あたしって大食いなんすよー。だから昼は男性客ばっかの大盛り店にいつも行ってるんで、単独行動なんです」だ、そうだ。
永田、お財布だいじょうぶかな?
なんて、いらない心配をしているうちに、料理が運ばれてくる。
それぞれが取り分けているけど、後輩ちゃんの取り皿、山盛り。永田が口をあんぐりあけている。
細い体に、スイスイと吸い込まれるように料理が消えていく。
「すごいねぇ」
「美味しいです。中華ひさびさー!」
「……よかったな」
25個目の餃子を頬張りながら、後輩ちゃんが笑う。
もはやつられて笑うしかない私たち。
次々と運ばれる料理を平らげる彼女を見ながら、私たちはお礼と共に付き合った経緯についてかなりザックリお話した。
もちろん、私の趣味のこととかは内緒。じゃないと社会的に死んでしまう!
後輩ちゃんは笑ったりツッコんだりしながら、嬉しそうに祝福してくれた。
なんか、祝福してもらえるカップルっていいな……。
かーくんとは────って、おっと。これはもうやめるんだった。
いつまでも引きずってるみたいな回想はいけないよね。先に進まなきゃ。
「じゃー、永田さんは実質、先輩が初彼女なんですね」
「えっ……あー、でもそうなるかな?」
後輩ちゃんが突然、意外なことを言った。
私たちは一瞬きょとんと顔を見合わせたけれど、すぐになるほどと頷く。
確かに永田の話からすると、彼は経験はそれなりにあるけれど、私が初めてのちゃんとした彼女、ってことになる。
反対に、私は彼氏2人目にして処女という有様。
「なんだかチグハグっすね」
「うるさいな。いいんだよ、そんなこと」
ニヤニヤされるのが気に食わないのか、永田がフンと鼻を鳴らして大皿から最後の春巻きをとった。
するとそれを狙っていたらしい後輩ちゃんが「あっ!」と声を上げる。
「それ、とっておいたのに!」
「さっさと食べないのが悪いんでしょう」
「ぐぬぬ……確かにそうですけど」
「欲しければ次から名前でも書いておけば」
勝ち誇って春巻きをパクリ。なんて大人げないんだ。
そんなガキ大将永田を横目に、後輩ちゃんは私にスススと寄ってくる。
「ねえ、先輩知ってる? 永田さんったらね、先輩のこと好きすぎて屋上で泣きながら──イタッ! ちょっと、蹴らないで下さいよ暴力反対!」
「泣いてない、話を盛るな」
「ほぼ泣いてたじゃないっすか!」
「泣いてない!」
永田がジロリと私たちを睨む。その顔がちょっと焦ってるのが面白い。
ほほう、一体どんな話をしたのかな?
「それ、あとで詳細メールね!」
「了解っす!」
私の言葉に、後輩ちゃんはグッと親指を突き立てる。
「っ……先輩の裏切り者!」
永田といえど、タッグを組んだ女子には勝てないらしい。
不満げに叫んだ後、はぁ、とため息を吐いて大人しく烏龍茶を啜るのだった。
──お会計は、3人分なのに結構な金額になった。
お店を出ると、私たちは改めて「お世話になりました」と後輩ちゃんにお礼をする。
彼女はとってもご機嫌に頷くと、
「ごちそうさま! 2つの意味で!」
と、元気いっぱいに大きく手を振って、先に帰って行った。
「あいつ、マジで大食いだった……」
駅へ向かう帰り道。お散歩と称して、人通りの少ない川沿いの遊歩道を歩きながら、悲しい声を出す永田。
しかも結局、春巻きはもう一皿追加されていた。恐ろしい食欲。
「私も奢ってもらっちゃってごめんね。ありがとう」
「どういたしまして。美味しかった?」
「うん!」
「楽しかった?」
「とっても!」
「それなら、いっか」
素直に頷けば、嬉しそうに笑ってポンポンと頭を撫でてくれる。
えへへ、とニヤつきながら並んで歩く。
静かな夜。昼間の暑さが嘘みたいで、風が冷たくて気持ちいい。このまま駅までは、10分くらい。
……帰るのがもったいないなー。
永田もそう思っているのか、少しだけ歩くペースが落ちる。
そうやって黙って歩いていると、ふいに、私の手にツン、と彼の指がぶつかった。
「手、繋ぎません?」
その指は恥ずかしそうに、私の手をツンツンと突つく。
「も、もももちろん!!」
思わず大音量で返事をすると、くすりと笑われる。
私は外で男性と手を繋ぐのに慣れていない。触れ合うことには慣れてきたけど、場所が違うとものすごく恥ずかしい。
おっかなびっくり、そろーっと手を寄せる。
すると、永田の大きくてあったかい手が、包むように握ってきた。
うわ、うわ、わ!
ぞわわわ、と指先から頭のてっぺんに向かって、なにかが奔る。
鳥肌が立って、肌が燃えるように熱くなった。
ただ、手を繋いだだけなのに。中学生かってくらい緊張している。
「……」
「……」
お互いのドキドキが、手を通して伝わってくる。
私たちは、火照った頬を冷たい夜風で冷やしながら、ゆっくり、ゆっくり、川沿いの道を歩いた。
幸せすぎて、とろけそうだ。
「他に、したいことは?」
「し、したいこと?」
「そう。彼氏としてみたいこと、いっぱいあったでしょう?」
……そうだ。私は、かーくんとしてみたいこと、そういう妄想を長々と小説に綴ってきた。
こんな風に愛されたら素敵だな、こういうデートしてみたいな、と。
うーん、永田にして欲しいこと、か。
……正直、浮かばない。だって、永田にそういった不満は、まだないからなぁ。
だけど永田は、期待するようにこちらを見下ろして催促してくる。
「ほら、言って。なんでもしてあげる。先輩のためならなんだって」
「えーっと……」
なんでも、って言われると逆に困る。
じゃあ3回回ってワン! って言って、とかは主旨が違うと思うし。
眼鏡執事コスプレで一日中尽くされたい! とかも、ズレてるよね。
私が唸っていると、永田が痺れを切らした。
「ほら、ほら、さっさと言って。じゃないと今日は帰しませんよ!」
「ぎゃー! たすけて、おかあさーん!」
さっさと願いを言え! みたいな。このランプの精、めっちゃせっかちね! みたいな。
詰め寄られた私は、ちょっと後退る。
手をぎゅーっとつかまれているので逃げられない。
しまった、作戦か。永田孔明の罠か!
手をブンブンしても離してくれない。ムカつくので反撃することにする。
「……じゃあ、永田くんは?」
「僕?」
「そう、永田くんのして欲しいこと!」
そう言って、きょとんとする永田にズズイと踏み込んだ。
「だって、永田くんが喜んでくれることが、私の一番したいことだもん。だから言って? なんでもしてあげる」
「ぐっ……」
「さぁ、さぁさぁ遠慮なく!」
私の逆転の発想に、永田が息を詰まらせとても嫌そうな顔をした。今度は永田が後退る番だ。
「そんなの屁理屈です。僕がしてあげたいのに……」
「えー、私、永田くんに可愛くおねだりされたいなぁ。それを叶えてあげたいなぁ。あれー? 私のして欲しいこと、なんでもしてくれるんだよね?」
顔を引きつらせ逃げようとする彼の手を、力いっぱい握りしめた。
逃がすもんか! 必殺、逆、孔明の罠!
「ほら、言ってごらん? 遠慮しないで」
さあ言え、すぐ言え、思う存分言ってみそ。
永田は「卑怯者……」と呻いて、そっぽを向いてちょっとだけ考える。
そして、意を決したようにこちらへ向き直ると、
「僕が『好きだ』って言ったら、先輩も同じだけ『好き』って返してほしい……」
真っ赤になって、繋いでいない方の手で顔を隠しながらポソリと呟いた。
「なにそれかわいい」
「かわいいとか全然嬉しくないんですけど」
いつものジト目で睨まれ、思わず笑う。
永田は拗ねたように口を尖らせ、怒った声でぶっきらぼうに、
「先輩、好きだよ」
と囁いた。
早速おねだりかよ、しょうがないなぁ。だから私もそっけなく、
「永田くん、大好き」
と答えてみると、永田が眉をしかめる。
「上回ってこないで下さい。同じだけって言ってるでしょ」
「負けず嫌いか」
「違います。……嬉しすぎて死んじゃうから」
なにそれかわいい(2回目)
こんなぞんざいな「大好き」でもいいのか。苦笑していると、ふいに永田が私をじっと見つめてきた。
「……上回ったぶんのお釣りをあげる」
熱っぽい視線で瞳を覗き込まれ、その直後。
彼の片腕が私の頭を抱えるように引き寄せると、甘く優しく、唇を奪われた。




