恋人になりました!
永田いわく、『2回目のキス』をした────。
お互いの気持ちを確かめ合った私たちは、『擬似』ではなく、正式に彼氏彼女になりました!
「染谷先輩、なにニヤけてるんすかー?」
週明け、出社してデスクでお茶を飲んでいると、後輩ちゃんが声をかけてくる。
うへへ。あのねあのね、聞いて!
と、顔がグヘヘと崩れた段階で、後輩ちゃんがニヤリと笑う。
「あ、ついに永田さんと付き合ったんですね。おめでとうございます」
バレバレかい!
っていうか、バレバレなのだ。
永田くんは、私のことをずっと後輩ちゃんに相談していたらしい。
何を聞いてたのかとか詳しくは教えてくれなかったけど、彼女の尽力もあって私たちが付き合えたのは間違いない。
だって、私もアドバイスもらったもんね。
そんなわけで、永田くんと一緒に後輩ちゃんにご飯を奢ろうという話をした。
それを伝えると、後輩ちゃんは「タダ飯ゴチっす!」とかふざけて返してきた。
でもその顔が嬉しそうで、照れくさくてさらにニマニマが加速してしまうのだった。
*
始業時間になり、デスクに向かって仕事をはじめる。だけど顔のゆるみは戻らない。
パソコンに向かいつつ、私はついつい週末の出来事を何度も反芻してしまう……。
永田とは、キスをして、抱き合って、いっぱいキスをして、いっぱい抱き合った。
うん、つまり、キスをして抱き合ったのだ。
……えへ。しつこい?
でも、言い表せないくらい嬉しかった。
私たちは足りなかった何かを埋めるように、そうやっていつまでも飽きずに触れ合った。
そしてご飯を一緒に作って食べたり、お話したり、一日中イチャついていた。
永田は私に微笑みながら、「今日は色々教えてあげるね」と囁く。
さらに、「今夜はお風呂借りるね」と、意味深に言われる。
あっ、これ、大人の階段登る!? 登りきっちゃう!?
あわわわ。すごいドキドキしてきた。
いや、だけど、もっと前にそうなっててもおかしくなかったわけで。
だけどちゃんと私を待っていてくれたわけで。
…………よし。
永田、バッチコーーーーイ!
と、覚悟したけれど────。
「……今日は何も準備してないから、そんなに身を硬くしなくていいですよ」
夜、ソファの上で正座していた私に、お風呂上がりの永田が苦笑しながら言った。
えっ、そうなの? しないの?
でもお風呂入るって、先にシャワー浴びてこいよ的なアレじゃないの?!
と、ひとしきり動揺していると、目が泳ぎまくっていたらしい。永田が堪えきれずに、ぶふっと噴き出して首を振った。
「暑いからお風呂借りただけです。今までは自制のために借りなかったけど、これからは多少乱れても大丈夫だし、ね?」
「み、乱れるとか言うな!」
ハレンチワードを堂々と口にする永田に、私は真っ赤になって叫ぶ。
もう、絶対わざと思わせぶりにしたでしょう?
ニヤニヤしてるイタズラっ子な顔を見たらムカついた。
むっとしていると、永田は「ごめんなさい」と楽しそうな顔で謝りながらソファに近付き、私の隣に座る。
それが反省している奴の顔かね、チミィ!
「期待した?」
「ううううるさい!」
くそう、急にこういうの困る!
ドキドキしながら、私は隣の永田を睨み上げた。
彼は反応を楽しむように、じっと私を見つめ返してくる。
お風呂上がりの上気した肌から香る、永田の匂い。濡れた髪、湿った長いまつ毛。しっとりとした色気にあてられて、かぁっと顔が熱くなった。
「かわいい。先輩のそういう顔、ずっと見たかった」
甘い顔でにっこりと微笑まれて、私は照れながら唇を尖らせる。
「……そういう顔って?」
「僕にドキドキしてる顔」
永田は心底嬉しそうに言う。
あぁ、そんな表情されたらもう、許すしかないじゃん。
私は仕方なく態度を和らげて尋ねた。
「ずっと想っててくれたんだよね。ねぇ、聞かせて、永田くんの話」
「しょうがないですね」
甘えるように肩に寄りかかっておねだりしてみれば、彼はふんにゃりと笑う。
わぁ……なにそれ。力の抜けたデレデレ笑顔なんて初めて見た。
ほんと、表情がくるくる変わって楽しいなぁ。
私は苦笑しながら、彼の腕に自分の腕を絡めて、大人しく話を聞く体勢に入った。
告白の時の様子から、永田は私に言いたいことがいっぱいあったんだろうな。
彼の苦労、悲しみ、想い。──それを聞こうではないか。
ポツリポツリと、永田が語り出す。
長い長い初恋から、いよいよ本格的に失恋したこと。
その時、私が意図せず彼を励ましていたこと。
ハンカチやコロッケの歌のことなんて、すっかり忘れていた。
それから、いくら誘っても応じなかったこと──いや、誘われてると思ってなかったよ!
元彼がヒドイ奴でムカついてること──ってそれは知らんがな!
ええ? さらに私が鈍感で無防備で……?
かなりはしょって話してくれてるけど、だんだんと恨み節になっていく。
最初は切なげだった永田の顔も、今やしかめ面だ。
「あ……永田さま、今夜はもうお休みになられては……」
「ダメです。まだ言いたいことはいっぱいあるんですよ。っていうかなんであの時僕のこと」
「ね、眠いよう」
「ダメです。今夜は寝かせませんから」
「ひぃぃ」
そんな素敵なセリフ、今聞きたくなかったです!
泣きべその私を抱き込んで、永田はぶちぶちと文句を言い続ける。主に鈍感な私とかーくんのありえなさに対して。
だけど、怒られ、時に泣かれながら、結局はどれだけ私を想っているかってことを一晩中聞かされた。
それはとっても嬉しくもあり、恥ずかしくもあり……。
そうかぁ、永田、そんなに私のこと好きなんだ。
そんなにずっと、想ってくれてたんだ────。
「えへへへへ」
「先輩、顔、とけてますよ。アイスみたいに」
おおっといけない、仕事中だった!
すっかり飛んでいた私に、後輩ちゃんが呆れ顔でツッコミをいれ、現実へと引き戻してくれる。
「せめてお昼までは頑張りましょ。残業したくないですもんね」
「はい!」
後輩に指導される情けない私。
元気にお返事して、パソコン画面へと意識を戻す。
永田もきっと、私のことなんて考える暇ないくらい働いてるよね。私も頑張んなきゃ!
*
一方その頃────
「おい、永田。お前今日、顔とけてるぞ」
「えっ……すみません」
「永田先輩、ニヤニヤしてますね」
「してねーよ」
「シャキっとしろよ、永田」
「してるって!」
その日、上司、後輩、同僚にからかわれ無表情を頑張った永田の頬は、筋肉痛になったのでした。




