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恋人になりました!

 永田いわく、『2回目のキス』をした────。


 お互いの気持ちを確かめ合った私たちは、『擬似』ではなく、正式に彼氏彼女になりました!




「染谷先輩、なにニヤけてるんすかー?」


 週明け、出社してデスクでお茶を飲んでいると、後輩ちゃんが声をかけてくる。

 うへへ。あのねあのね、聞いて!

 と、顔がグヘヘと崩れた段階で、後輩ちゃんがニヤリと笑う。


「あ、ついに永田さんと付き合ったんですね。おめでとうございます」


 バレバレかい!

 っていうか、バレバレなのだ。

 永田くんは、私のことをずっと後輩ちゃんに相談していたらしい。

 何を聞いてたのかとか詳しくは教えてくれなかったけど、彼女の尽力もあって私たちが付き合えたのは間違いない。

 だって、私もアドバイスもらったもんね。


 そんなわけで、永田くんと一緒に後輩ちゃんにご飯を奢ろうという話をした。

 それを伝えると、後輩ちゃんは「タダ飯ゴチっす!」とかふざけて返してきた。

 でもその顔が嬉しそうで、照れくさくてさらにニマニマが加速してしまうのだった。



 始業時間になり、デスクに向かって仕事をはじめる。だけど顔のゆるみは戻らない。

 パソコンに向かいつつ、私はついつい週末の出来事を何度も反芻してしまう……。


 永田とは、キスをして、抱き合って、いっぱいキスをして、いっぱい抱き合った。

 うん、つまり、キスをして抱き合ったのだ。

 ……えへ。しつこい?

 でも、言い表せないくらい嬉しかった。

 私たちは足りなかった何かを埋めるように、そうやっていつまでも飽きずに触れ合った。

 そしてご飯を一緒に作って食べたり、お話したり、一日中イチャついていた。


 永田は私に微笑みながら、「今日は色々教えてあげるね」と囁く。

 さらに、「今夜はお風呂借りるね」と、意味深に言われる。


 あっ、これ、大人の階段登る!? 登りきっちゃう!?


 あわわわ。すごいドキドキしてきた。

 いや、だけど、もっと前にそうなっててもおかしくなかったわけで。

 だけどちゃんと私を待っていてくれたわけで。


 …………よし。

 永田、バッチコーーーーイ!

 と、覚悟したけれど────。


「……今日は何も準備してないから、そんなに身を硬くしなくていいですよ」


 夜、ソファの上で正座していた私に、お風呂上がりの永田が苦笑しながら言った。

 えっ、そうなの? しないの?

 でもお風呂入るって、先にシャワー浴びてこいよ的なアレじゃないの?!


 と、ひとしきり動揺していると、目が泳ぎまくっていたらしい。永田が堪えきれずに、ぶふっと噴き出して首を振った。


「暑いからお風呂借りただけです。今までは自制のために借りなかったけど、これからは多少乱れても大丈夫だし、ね?」

「み、乱れるとか言うな!」


 ハレンチワードを堂々と口にする永田に、私は真っ赤になって叫ぶ。

 もう、絶対わざと思わせぶりにしたでしょう?

 ニヤニヤしてるイタズラっ子な顔を見たらムカついた。


 むっとしていると、永田は「ごめんなさい」と楽しそうな顔で謝りながらソファに近付き、私の隣に座る。

 それが反省している奴の顔かね、チミィ!


「期待した?」

「ううううるさい!」


 くそう、急にこういうの困る!

 ドキドキしながら、私は隣の永田を睨み上げた。

 彼は反応を楽しむように、じっと私を見つめ返してくる。

 お風呂上がりの上気した肌から香る、永田の匂い。濡れた髪、湿った長いまつ毛。しっとりとした色気にあてられて、かぁっと顔が熱くなった。


「かわいい。先輩のそういう顔、ずっと見たかった」


 甘い顔でにっこりと微笑まれて、私は照れながら唇を尖らせる。


「……そういう顔って?」

「僕にドキドキしてる顔」


 永田は心底嬉しそうに言う。

 あぁ、そんな表情されたらもう、許すしかないじゃん。

 私は仕方なく態度を和らげて尋ねた。


「ずっと想っててくれたんだよね。ねぇ、聞かせて、永田くんの話」

「しょうがないですね」


 甘えるように肩に寄りかかっておねだりしてみれば、彼はふんにゃりと笑う。

 わぁ……なにそれ。力の抜けたデレデレ笑顔なんて初めて見た。

 ほんと、表情がくるくる変わって楽しいなぁ。


 私は苦笑しながら、彼の腕に自分の腕を絡めて、大人しく話を聞く体勢に入った。

 告白の時の様子から、永田は私に言いたいことがいっぱいあったんだろうな。

 彼の苦労、悲しみ、想い。──それを聞こうではないか。


 ポツリポツリと、永田が語り出す。


 長い長い初恋から、いよいよ本格的に失恋したこと。

 その時、私が意図せず彼を励ましていたこと。

 ハンカチやコロッケの歌のことなんて、すっかり忘れていた。

 それから、いくら誘っても応じなかったこと──いや、誘われてると思ってなかったよ!

 元彼がヒドイ奴でムカついてること──ってそれは知らんがな!

 ええ? さらに私が鈍感で無防備で……?


 かなりはしょって話してくれてるけど、だんだんと恨み節になっていく。

 最初は切なげだった永田の顔も、今やしかめ面だ。


「あ……永田さま、今夜はもうお休みになられては……」

「ダメです。まだ言いたいことはいっぱいあるんですよ。っていうかなんであの時僕のこと」

「ね、眠いよう」

「ダメです。今夜は寝かせませんから」

「ひぃぃ」


 そんな素敵なセリフ、今聞きたくなかったです!

 泣きべその私を抱き込んで、永田はぶちぶちと文句を言い続ける。主に鈍感な私とかーくんのありえなさに対して。

 だけど、怒られ、時に泣かれながら、結局はどれだけ私を想っているかってことを一晩中聞かされた。

 それはとっても嬉しくもあり、恥ずかしくもあり……。


 そうかぁ、永田、そんなに私のこと好きなんだ。

 そんなにずっと、想ってくれてたんだ────。




「えへへへへ」

「先輩、顔、とけてますよ。アイスみたいに」


 おおっといけない、仕事中だった!

 すっかり飛んでいた私に、後輩ちゃんが呆れ顔でツッコミをいれ、現実へと引き戻してくれる。


「せめてお昼までは頑張りましょ。残業したくないですもんね」

「はい!」


 後輩に指導される情けない私。

 元気にお返事して、パソコン画面へと意識を戻す。

 永田もきっと、私のことなんて考える暇ないくらい働いてるよね。私も頑張んなきゃ!



 一方その頃────


「おい、永田。お前今日、顔とけてるぞ」

「えっ……すみません」

「永田先輩、ニヤニヤしてますね」

「してねーよ」

「シャキっとしろよ、永田」

「してるって!」


 その日、上司、後輩、同僚にからかわれ無表情を頑張った永田の頬は、筋肉痛になったのでした。






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