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お出かけしましょう


 あの日から、永田はやたら絡んでくる。

 主にお昼休憩、テーブルに自作のお弁当を広げた私が、たまたま一人の時を狙って。

 ……まぁ、誰かがいる時に『小説』の話をされては困るからそれはいいんだけど。



「先輩。僕は先輩とメッセージのやりとりがしたいです」


 プライベートな携帯アドレスの交換を持ち掛けられたので、仕方なく教えあっていると、休憩室の窓際でテーブルに向かい合って座った永田が言った。

 私はお弁当を突きつつ、缶コーヒーを飲む彼を見つめて首を傾げる。


「先輩、ガラケーじゃできませんよ。スマホないんですか?」

「面倒くさい。スマホなんて難しいしいらないよ」

「すぐそーやって尻込みする〜。使ったら便利だと思いますよ、文明の利器」

「うるさい、文明なんていらん! この爆弾で石器時代に戻してやる」

「この原始人ナパーム持ってる!」

「しかし つかいかたが わからなかった!」

「さすが原始人」


 アホなやりとりに、永田は目だけで笑う。

 喋る様になって解ったが、毒舌クールぶっていて本当は、他人を弄って遊びたい小学生みたいな奴なのだ。私は格好の餌であったと自負しよう。


「まぁ、いいよ。ガラケー終わるし……」

「形あるものはいつか終わるのです」

「仕方ないよね、否が応でも時代は移り変わるし、いい機会だわ。頑張って買ってやる!」

「ちょっと高いですけどねぇ」

「……あんたは買わせたいの、買わせたくないの?」

「ははは。じゃあ、気が変わらない内に。今週末とか空いてます?」


 さらっと週末の予定を聞いてきた。


 最近、彼の周りの風通しは良い様で、小声とはいえこんな話をしていてもあまり気にされない。それに今日は良い陽気で、外食に出る者が多いのか人も少なかった。

 永田は頬杖をつきながら、顔を僅かに寄せてくる。

 近付くと、影を作るほど長い睫毛が認識できた。スッと通った鼻筋や薄く形の良い唇は、なるほどイケメンである。

 私は不意に落ち着かない気持ちになって、体を逸らした。


「昼まで寝ている予定。あと、夜は飲みに行く予定!」


 素っ気なく答えると、永田が苦笑する。


「まぁ休みの日はそんなもんですよね。夜はお一人で?」

「あんた、さすがに私だって他人と飲むことくらいあるわ」

「合コンですか?」

「……違うけど、おしい! 友達が男の人紹介してくれるって」

「それを合コンと言うんです」


 呆れたように言う。

 最近、同情からかやたらお誘いがあることを彼は知っている。


「じゃあ、お昼から夜までは僕に下さい。で、スマホ買いに行きましょう」

「ええええー! 海外ドラマ観るつもりなのに」

「……合コンの後に見たらいいじゃないですか。一人寂しく」

「一人寂しいかどうかわかんないでしょー!」


 思わずムッとして言い返せば、冷たい視線をいただく。


「そうですね。どうでもいいです」

「自分が言ったくせに……」


 理不尽! という叫びを飲み込んで、お弁当の中身を口に詰め込む。

 ほうれん草とベーコンのソテー、玉子焼き、キンピラゴボウ…定番メニューは味にブレがなく手軽だ。あ、今度炊き込みご飯にしよう。そうなるとオカズは……


「あ、それ。一口ください」

「どれ?」

「その、玉子焼き。真ん中のやつがいいです」


 三つ並んだ小さめの玉子焼きの、一番大きくて綺麗に焼けたものを指差した。


「あんたって、ずーずーしい」


 文句を言いながら玉子焼きを箸でつまんで、あーんと間抜けに開いた永田の口に放り込む。


「……へぇ、甘いタイプか」

「永田様のお口に合いませんでしたか」

「いえ、好きです。僕甘党なんで」


 にこにこと笑顔で答える。

 意外と素直なとこもあるものだ。


「それはようございました」

「うん、苦しゅうない。じゃ、週末にまた連絡しますね」


 缶コーヒーを持ってグイと一気に煽ると、颯爽と永田台風は去っていった。


 週末……かあ。

 一体、携帯を買い換えることと、永田くん主役の恋愛小説を書くことと、何の関係があるのかはサッパリわからなかったが、会社以外でふたりきりで会うことが決定してしまった。

 面倒くさいと思う反面、乙女心がソワソワと騒ぎ出す。

 見ようによってはこれ、年下イケメンとデートなんじゃないか!?

 脅されてるけど!

 携帯買わされるだけだけど!


「なに着て行こう……」


 埃を被った脳内クローゼットを全開にして、私の昼休みは終わっていった。



***



「で、その格好ですか」


 季節は初夏。昼間は暑くもあり、でも夜になると肌寒くもあり。

 つまり、オシャレ音痴にとって一番難しい季節なのだ。


「だからってそれ。しかも黒」

「Tシャツにパーカーよりマシでしょ?」

「……どっこいどっこいじゃないですか」

「そんな!」


 悲鳴に似た叫びをあげる。

 ファッションの難しさに混乱した私は、オフィスで通用するような飾り気のないスーツを着て来てしまった。しかも黒。一応スカートだけども……。

 対して永田は年相応のなんだかこじゃれた格好をしていた。

 へー、そのジャケットかわいいね、え?テーラード?なにそれ? みたいな。

 釣り合いから考えると、年下の永田が浮きまくる。

 保険の勧誘かな?


「先輩、この後合コンですよね? それもこのままの格好で行くんですか?」

「え、だめ? やっぱだめ?」

「だめでしょ……」


 はぁーぁ。でかいため息をついて、永田がこれでもかと悲しい顔をした。

 確かに友達の紹介という雰囲気ではなくなってしまうかも。


「いくら持ってます?」

「えっ……と。あまり持ち合わせは」

「カードは?」

「お酒飲むときは失くしたら困るから持ってきてないの」

「……そうですか。このバカ」


 永田くんはいっそ爽やかに笑いながらディスってくる。


「まずは服、買いに行きましょう。買ってあげます」

「ひぇえ?! い、いいい、いいよ!」

「ダメ、買います。なぜなら、一緒に歩くのが恥ずかしいから!」


 がーん。


「これはプレゼントですが、先輩の好みは聞きません。人形になって下さい」

「はい……」


 申し訳なさと居たたまれなさで私は小さく縮こまったまま、永田に手をひかれて店を何軒かハシゴし、着せ替え人形の任務を全うした。

 正直、中のシャツを可愛いのに替えたら問題ないのではとか思いつつ、黙ってお任せした私もどうかとは思う。

 でも、男の人に服を選んでもらうなど、生まれて初めての経験だったのだ。

 私はちょっとした好奇心から、永田に身を任せた。



***



 か、かわいい…。

 花柄のハイウェストなスカートと、抑えめの色合いのトップス。軽い素材のロング丈ジャケット。

 自分ではこんなの買うことはない。マネキン一式これ下さいしてる私は情けなくなる。

 永田は私を上から下まで眺めると、満足そうにうんうんと頷いた。


「先輩は地味だから、花柄が似合うと思ってたんですよね」

「それって花柄に失礼じゃない?」

「そうですね。先輩ごときに似合うなんて、花柄様に失礼でした」

「そうじゃなーい!」


 地味な人に似合うって方だよ!

 ぷーとむくれてみせると、永田はまじまじとこちらを見つめて


「あれ、先輩。先輩があんまり可愛いから、本物の花と間違えて……」


 ふっと、視線を動かす。

 あら? 蝶々でもとまった?


「蛾がとまってます」

「ぎゃー!!!」


 バッと体を払って、永田に泣きつく。

 バタバタと腕を動かして、振り払おうともがいた。


「やだやだ、とって、永田くん!!」

「おっと。落ち着いて下さい、先輩」


 パニックになる私を正面から優しく抱きとめると、手を回して髪に触れ、なにやらごそごそやっている。


「とれた? とれた?」

「まだまだ」


 何かを払うような気配がする。


「あ、髪の毛が。ちょっと解きますねー」


 一つにひっつめていた髪を手早く解くと、またなにやらやっている。

 わー、もしかして、髪にからまった? 最悪、最低、いやー!

 鱗粉まみれで髪に絡みつくヤツを想像して涙目になる。


「大丈夫ですよー、心配したようなことはないですよー」


 強張りが伝わったのか、頭をポンポンと優しく叩かれた。


「よし、できた!」

「できた? なにが?」


 身体を離して見上げると、永田はにっこりと微笑む。


「可愛いですよ、先輩」


 ビルのガラスに映った姿を指差す。

 ひとつにひっつめた髪型は、結び目をずらしサイドが緩く解されて、やわらかく落ち着いた印象になっていた。


「すごい!」


 素直に賞賛を送る。いや、まじで。器用すぎるでしょう。

 姉か妹か、手のかかる彼女がいた経験アリだなこれは。


「デキる男は何だって出来るんです」


 えへん、と鼻高々に威張ると、


「小説のヒーローとして、これ以上ないと思いませんか?」


 ニヤリと意地悪く笑った。

 不意打ちの辱めに、かっと顔が赤くなる。

 すっかり忘れてた。こいつ、小説の主人公にしてくれって言ってたっけ。


「こうやって僕の凄さカッコよさを知って、それを作品に活かしてくださいね」

「はいはい……」


 永田で一本も書ける気がしないけど、適当に頷く。


「ねぇ、これ本当にいいの? お金、週明け持って行くよ?」

「会社でお金渡してくれるんですか? 闇取引の噂がたちそうで怖いですね」

「そんなわけないでしょ!」

「はは。でも、女の子の服って安いですよね」


 しかもセール品でしたし、と付け足す。

 確かに安かった。ブランド品でもないので金額はそれほどでは無い。

 とは言え、このまま黙って受け取るのもアレだし、固辞するのもプレゼントなので却って申し訳ない。後日何かお礼を考えておくとしよう。


「なんか、悪いな。でもすごく嬉しい。永田くん、ありがとう」

「…いえいえ」


 笑って素直にお礼を言えば、永田は戸惑ったような曖昧な顔をした。


「じゃー、スマホ買いに行きましょう! スマホ!」


 が、すぐにカチッとスイッチを切り替え、意気揚々と携帯ショップを目指し歩き出した。

 数分歩くとショップへはすぐに辿り着く。

 中へ入ると、クーラーが効いていて涼しかった。初夏とはいえ今日はお天気が良く、歩き回った私たちには嬉しい。


「やばい、全然、訳わかんない」

「うん、でしょうね。こういうのはね、わかんないように作ってあるんですよ」


 特に先輩みたいなおバカさんにはね、と毒付かれつつ、携帯の契約カウンターでプラン表を見比べながら、長い待ち時間をすごす。

 結局、永田が選んだ永田とお揃いの携帯になった。

 なんだか不本意にも永田色に染まっていく……。


「わかんなかったら聞いて下さい。機種同じなんで、とりあえずわかるし」


 プランなども予算から適当に選んでくれて、自称デキる男、永田任せで事は運ぶ。

 しかし、携帯の契約って長い。

 大病院の待合室のような。いつまで経っても呼ばれない順番待ちは、診察券出し忘れたんじゃないかという、あの不安に似ている。おうちに帰りたくなる。

 痺れを切らしかけた頃にやっと呼ばれ、繋がるか確認したりと一通りのやりとりを言われるがまま行う。

 あかん、頭がボーッとしてきた。


「先輩。先輩」

「あ、うん? なに?」

「終わりましたよ。行きましょう、どっかでなんか飲みましょう」


 喉乾いたー、と文句を言いながら、肩に手をかけて私を誘導する。

 反対の手には、着替える前の服が入った袋や分厚い説明書の入った携帯の袋を持ってくれている。

 手慣れてるなぁ……。

 元彼が出来なかった、もといしなかったことを平然とやってのける。

 そこにシビレたり憧れたりするかは人それぞれとして────


 世の中の男の人って、皆こうなの?

 私が知らないだけなのかな?



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