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勇気の価値

 その日から、永田は私のことを本当に『嫌い』な人に認定したようだった。

 休憩室に現れる事もなく、接点はまるで無くなった。

 もちろん週末に部屋へ来る事もなく、携帯メッセージにも返信はない。


 永田の部署に用事もなく顔を出すのははばかられた。

 私と違って、彼らは本当に忙しい。たまに運良く顔を出せても、永田は振り向きもしない。


 私は思ったより取り乱していた。

 アワアワと涙目で声をかけようとして、何を言えばいいのかわからずに口籠る。

 そんな私を一瞥して立ち止まりもしない永田に、さらに泣きそうになった。


 思いかえせば、私はかーくんと怒りをぶつけたり無視するようなケンカをしたことがなかった。

 どうやって仲直りするのかも、きっかけもわからない。謝り方すら、間違っているのかもしれない。


 永田のつれない対応に、怒りが湧いてくる時もある。

 こんなに頑張って声をかけているのに、どうして仲直りしてくれないの?

 話を聞いてくれるくらい、いいじゃない。

 かと言って、帰りを待って声をかけるのも、他人の目が恥ずかしくて出来ない。


 そう言えば、永田は昔、よく私の帰りを待ち伏せしていたな……。


「先輩、良かったらこの後飲みに──」

「ごめんパス!」


 そんな会話、何度しただろう。

 まだかーくんと付き合っていて、永田とは親しくなかった頃だ。

 かーくんが帰ってくるから、かーくんが嫌がるから、そんな理由で、永田との交流を断っていた。


 あれ、いつから……?


 思い起こせば随分と前から、声はかけてもらっていた気がする。

 いつの間にかそれが当たり前になって、休憩室でたまに会うようになって、喋るようになって──。


 私はハッとした。

 永田は、いつから私のことが好きなんだろう。いつから接点を繋いでいたんだろう。

 そんなこと考えもせず、私はまるで当たり前に、永田からの言葉を何度も何度も切り捨て続けていた。

 今の私と永田はちょうど正反対だった。

 なのに彼は、切り捨てられても笑顔で声をかけ続けてくれた。だから細くてもずっと糸は繋がっていたのだ。


 どちらかが止めたら、それは途端に破綻してしまう。

 これだけ近付けた後でも、それは変わらない。

 努力し続けなければ、永田との接点なんて消えてしまうのだ。

 そしてある日、突然いなくなる。


「あれ、染谷先輩、玉子焼きブーム終了?」


 休憩室で思い悩んでいると、ふいに声がかかる。

 後輩ちゃんが束ねた髪をふわふわ揺らしながらやって来た。お弁当箱を不思議そうに眺めながら、隣に座る。今日のお弁当には、卵が入っていない。


「ブームなんて、来てなかったって」


 私がポツリと呟くと、後輩ちゃんは目を見開いて私の顔を覗き込んだ。


「え、先輩まさか失恋?」

「な、な、な、なんでそう、お、思うの!?」

「わっかりやすっ」


 適当に言ったのに、と言いながら爆笑する後輩ちゃん。


「ねぇ……会いたいのに避けられてる時って、どうしたらいいかな?」

「えぇ、永田さんってば避けてるんですか? 女々しいなぁ」

「永田くんとは言ってないでしょ!」

「ハイハイ。よかったら、私が首根っこ引っ捕まえて先輩の前に差し出してあげましょーか?」

「そーゆーのはいい……」


 一体どうやってソレを実行するのかは知りたい気もするけれど、とりあえず、今回怒らせたのは私の方だ。なるべく穏便に誘い出したい。


「あとはまぁ、無理やりでも誘い出す口実作るとか?」

「……口実」

「誘う時は、来てくれなきゃどうしても困るの、ってウルウルして同情でも誘っておびき出して」

「……おびき出し」

「そんで部屋に呼んでガッと押し倒してヤッちゃえ!」

「ヤッちゃ……ええぇ!それはナシ、ナシ」


 私は慌てて頭を振る。

 でも、そうか。口実と、おびき出しね……。

 永田が会いたくなるようなもの。


 ──ひとつだけ、思い浮かぶ。


「うん、ありがとう。なんか見えてきた!」

「え、今ので? なら良かったけどー」


 後輩ちゃんはヘラヘラと笑うと、いつもと同じ銘柄の紅茶のペットボトルをグイと飲み干した。




 ──永田をおびき出す口実。


 それは、小説を書くことだ。


 今更みっともないのはわかってる。

 迫られていた時は余裕でいたくせに、ついに相手がそっぽを向いたら途端に焦って、縋って、ずっとお願いされていたことをやってみるなんて、ばかみたいだと思う。

 だけどやってみたい────。


 やるべきことが見えたら、途端に前向きになってきた。


 このまま接点が消えてしまうのは嫌だ。嫌われて終わるのは嫌だ。

 もうダメだったとしても、頑張らずに終わるのは嫌だ。


 永田がもう追いかけてくれないなら、今度は私が追いかける。

 接点が消えそうなら、私が作る。


 だって永田は、私が辛かった時、ずっと傍にいてくれた。

 最初は一人で大丈夫と思っていたけど、本当はすごくほっとして、うれしかったんだ。なんでもない話をして、一緒に笑ったり、人の温もりがあるだけで、随分助けられた。

 誰でもいいなんて嘘だ。もう誰でも良くなんてない。


 好かれてるから、たまたま傍にいたから、なんて理由じゃない。

 私が、永田を好きかどうか、ちゃんと考えて、形にしよう。

 そうして出来たものを、永田に読んでもらおう。


 全部の準備が出来たら、頑張って声をかけるよ。

 帰りの待ち伏せが恥ずかしいなんて、言っていられない。

 約束をとりつけたら、ちゃんと片付けた部屋に呼ぼう。

 いつもより可愛い服を着て、髪もきちんとセットして。


 永田くん、私、あなたの小説を書く。


 想像したい。

 私と永田の、恋愛小説。


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