第八話『真剣だからこそ』
地方サーバー対戦は無事に終わりを迎えた。
結果は言うまでもなく、アーサーの優勝。
見事にアーサー念願の限定賞品である『竜の波動:イドル古龍式』のアーマーを手にすることができたのだった。
「いやぁ……たまんねぇなぁ……」
ノートPCの画面に映るそのアーマーを、高揚した表情で見ながら、アーサーは昼休憩の際に訪れたファミリーレストランの席に腰を下ろしていた。
彼の隣にはルエル。そして、前にはフュザー――白木亜衣音が居る。
時刻は二〇時をまわったところだろうか。
窓の外に見える景色はそれなりに暗くなっていた。
「限定賞品に目が奪われる気持ちは良く分かるのだけど、先にこっちの話を終わらせた後にしてもらってもいい?」
アーサーの様子に痺れを切らしたのか、亜衣音は肩肘を机の上に載せながらジト目で睨みつけてくる。
それもそのはず。
会場を出て、とりあえずどこかで飯だけでも食べて行こうとなり、再びこのファミリーレストランに訪れたのはいいものの、席に着いて早々アーサーのこれは始まり、はや二〇分は経過しているのだから。
そんな中で痺れを切らすなという方がおかしい。というより、よく耐えたもんだと亜衣音やルエルを褒めたたえてもいいかもしれない。
「……いや、悪い。本気でお前らのこと忘れてた」
さすがの自分の行為に頭を下げるアーサー。
それを見て、亜衣音はジッとアーサーを睨んでいたが、ふと手元にあったジュースをズズッと一口飲んで、「まぁ、いいわよ。気持ちは分からなくもないからね」と案外簡単に許してくれた。
「で、フュザーさんの話って……確か、ディサイズについてでしたっけ?」
丁度区切りのいいところで、ご飯を食べ終えたルエルが口元を布巾で拭いながら亜衣音に問いかける。
亜衣音はそれにコクリと頷いて、
「今日の第四回戦でアーサーと戦ったアドルド。彼がもしかしたらディサイズと同一人物なんじゃないかって疑ってるって話したの覚えてる?」
「ああ、覚えてるぜ。あの相手は当分忘れられそうにないしな」
亜衣音の言葉に、アーサーは思い出す。
帽子を目深く被ったやせ型の男と、彼の持つグレーの色を基調にしたアバター。
そしてなにより、アーサー自身を模倣し、そのほぼ全てを完璧に再現していた彼の”強さ”を。
「だけど、俺は肝心のディサイズっていうアバターがどういうやつなのかを知らないから、そのことにはうんともすんとも何も言えないんだよ」
亜衣音の言う、ルーキーランカーNo5のディサイズは一度も見たことがない。
というより、その名前も亜衣音から聞かされるまでは、聞いたこともなかったのだ。
そのアバターがどういう人物で、どういう強さなのかを知らなければ、アドルドと同一人物であることには理解を示すこともできない。
「まぁ……それは承知の上よ。ルーキーランカーだって最近できたばかりのネット上の造語だしね」
「え? そうなの!?」
亜衣音の口からぽっと出たその話にアーサーは驚く。
てっきり『ルーキーランカー』という言葉は公式側から認定されたものなのかと思っていたのだが、まさかただの造語だったとはアーサーは思いもしなかった。
「でもお前と戦った時の観客のざわめきよう……あれはただの造語とは思えないほどの反応だったぞ」
アーサーは思い出す。
先日、目の前に居る少女――フュザーと戦った時のことを。
その時、彼女は確かに『ルーキーランカー』と呼ばれていた。
そして、観客の皆はそれを知って大いに盛り上がっていた。まるで、アーサーの属する『トップランカー』と同じような程に。
「その理由はわからないわよ。でも、誰かがネットでその言葉を造り出して以来、確かに周りは良く使う様になったわね。あんたと同じで公式の運営が作ったものだと思ってる人も少なくはないみたい」
亜衣音はため息をつきながら、そう言った。
造語でここまでの反響を生んでいるのは珍しいとアーサーは素直に思う。
これまでソーブレインのプレイヤーで似たようなことをして、チーム名やら組織名やらを造っている人たちは何度か見かけたことはあったが、その中でも有名になった造語とは比べられないほどの広まり具合である。
公式だと勘違いをしてもおかしくはない。
「ま、私にとっては嬉しくもない称号みたいなものなんだけどね。……どうして”トップ”じゃなくて”ルーキー”のNo4なのよ、て……」
「それは単純にお前の実力が足りないからだ。なりたかったら、もっと腕を上げるんだな」
「……反論できないのが腹が立つわね」
亜衣音はアーサーの言葉に頬を膨らませながら彼を睨む。
それを見て隣のルエルは、またかというように怯えていた。
だけど、彼が想像しているであろう口喧嘩が行われることはなく、亜衣音は「そんなことよりもっ」とそれかけていた話題を元に戻した。
「私が話をしたいのはアドルドと同一人物かもしれないディサイズについてよ」
そう言って亜衣音はポケットから自分のスマホを取り出し、アーサーとルエルの前にそれを持ってくると、ある動画を見せてきた。
「これって?」
「ディサイズの対戦動画。これを見ればアドルドと同一人物だってことがわかるわ」
彼女の真剣なその声に、アーサーはふざけた感情は抜きにしてその動画を見る。
ルエルも同じで洞察力だけに割いた目で動画を見ていた。
動画の中で、ようやくディサイズというアバターの姿が映される。
それは全身黒色の無難な装備をした、名前の通りに死神を連想させる感じのアバターだった。全体の色合いのせいで禍々しい雰囲気は出ている。
ディサイズのレベルは当然高い。しかし、一方で対戦相手であるアバターは低くはないが高すぎないという具合のレベルだった。
戦いのゴングは鳴り、両者の決闘は始まる。
おそらくディサイズの『ルーキーランカー』の座を狙って対戦相手は挑戦状を送ったのだろう。
その意気込みはアバターの行動に素直に表れている。
躊躇いのない攻めのラッシュ。それがディサイズを襲う。だが――
「なっ……」
「え、」
アーサーとルエルは共に驚愕する。
ディサイズの――あんまりにもな対応の仕方に。
「これが……本当にルーキーランカー、なのか?」
ディサイズが対戦相手のアバターに押され始めたのだ。
武器、防具なんかの性能はディサイズの方が上なのに、まるで素人が動かしているように相手の攻撃をさばき切れていない。
アーサーは思う。あくまでもディサイズはルーキーランカーに属している。しかも、No5に位置する存在。
それなのに、この実力でその位置にいられるとは到底思わなかった。
「お前とは比べ物にならないぞ……」
アーサーは怪訝な顔で亜衣音を見る。
亜衣音はその反応も想定済みだったのか、コクリと頷いて、
「そうなのよ。でも、見てて。ここから変わるわ」
彼女はそのまま動画を再生する。
どうやらこれが伝えたいことではないらしい。
動画は終盤。
盤面はディサイズがあとわずかで負けるというところだ。
対戦相手のアバターが踏み込み、とどめをさそうと手にしていた武器を振り下ろす。
武器はそのままディサイズに当たり、戦いが終わる――その時だった。
「――っ!」
アーサーとルエルは息を飲んだ。
その理由は、その動画に映る結果にあった。
ディサイズが、今までの実力とは思えないような動きで相手の武器をかわしたのだ。
そこからも同じ。
さっきまでの動きとは比べ物にならない動きで相手を追い詰めていく。
そして、最後の一撃が入り相手は負けた。
あっという間の出来事。
動画内の観客席は一瞬その出来事に沈黙を置いたが、すぐに盛り上がりを見せた。
すると、そこで動画は終わる。
「今のは……」
ルエルが驚きの隠せない顔のまま、アーサーに問いかけてくる。
だが、アーサーはそれに答えることはできない。
追い詰められていたディサイズが、急に強くなり相手を負かした。
この結果も十分に驚くことだったが、それよりも驚くべきことは、
「相手と同じ手順で倒した……」
ディサイズは最初にわざと攻撃を受けていた。
そして、その間に相手の動きを読み、覚え……そして、それら全てを真似て相手を降した。
このやり口には、確かに今日戦ったアドルドと同じものを感じる。
「お前がアドルドとディサイズが同一人物だと疑ってるのは、これがあるからなのか?」
「ええ。他の対戦動画もあるけど、それらも全部同じようなものだったわ」
亜衣音はアーサーとルエルの前に出していたスマホをしまいながら、
「ディサイズから挑戦状を送られてからあの動画を見つけたんだけど、そこで今の戦い方を見て気づいたのよ」
「……アドルドの戦い方と似てるってことか。でも、それだとお前、あいつと一回戦ったことが――」
「あるわ。本当に一回だけだけど」
言葉を遮り、悔しそうにうつむくその彼女の顔から、なんとなくではあるが今日の自分と同じ、苦い思いをしたのだろうかとアーサーは思う。
それだけ、あのアドルドという男との戦いは不快なものしか残らないのだと、改めて認識する。
「まぁ、向こうは覚えてもないかもだけどね……」
そう言って亜衣音は悲し気にうつむいた。
彼女の過去になにがあったのかは知らない。
ただ、その表情はアドルドに不快な思いを残し負けたのとは違う、何か別の原因があるように思えた。
「でも――今の話が、どうしてアーサーさんに会うための理由になるんですか?」
「それなんだけど……」
ルエルの確信を突くその言葉に、亜衣音は一段と深くうつむいてしまう。
それだけ切り出しにくい話なのだろうか。
幾度か言うか言わないかで悩む彼女を、静かにルエルとアーサーは待つ。
そして、体感としては長い数秒の間を置いて、
「――その、”大切なもの”を守るために、私の代わりに戦ってくれないかしらアーサー」
アーサーは一瞬なにを言われたかわからなかった……が、理解する。
目の前に居るツインテイル少女はとんでもないことを言ったのだ。
互いに白熱して戦い合った仲であるというのに。
「代わりに戦うって……どういうことだよ?」
「そのままの意味よ。私の代わりにディサイズと戦ってほしいの」
「――なんでだ?」
「……、」
急に真剣になったアーサーの声音に、亜衣音は申し訳なさそうな顔をして黙った。
彼女も本当はわかっているのだろう。こんなことをお願いするのは――決して許されることではないということを。
でも、それでも亜衣音はアーサーに頼んだ。
そこにはきっと理由がある。アーサーはそう信じたい。
「アーサーさん、あまりピリピリすると彼女も話づらいですよ」
「ああ、それはわかってる。だけど理由はきちんと聞かなきゃいけない」
ルエルが気を使って場を和ませようとするが、それはできそうにない。
お互い真剣にこのゲームをやってきている身なのだ。
送られた”挑戦”に対して裏切るその行為を簡単に済ますわけにはいかない。
亜衣音は未だに口を動かせないでいる。
先ほどまでの自信に満ちた態度からは一変していた。
「”フュザー”。お前はあの戦いの時、言ってたよな。……そうやって斜に構えて戦うのかって」
「……、」
「お前の今のその願いは、あの時お前が誇りとして持っていたもの全てを裏切るんじゃないのか?」
「……、」
「それを自覚しているなら、理由をちゃんと言ってくれ」
「……ええ、そうね。言うわ」
震えるような声を絞り出して、亜衣音は答える。
アーサーはそれにしっかりと耳を傾けて聞いた。
「今の私の立場。ルーキーランカーNo4の場所を守るために力を貸してくれないかしら」
アーサーがその願いを受ける理由はどこにもなかった。
■ ■ ■
「よかったんですか、断ってしまって」
「ああ」
「後悔は……してないですね」
「そりゃあな」
夕暮れの帰り道。
待ち合わせた駅までルエルと歩きながらアーサーは帰っていた。
当然、そこにはフュザーの姿はない。
「僕も彼女の言ったことには賛同できません。だけど、もう少し深く聞いてみてもよかったのではとも思います」
「深く聞いても同じだ。あの言葉であいつは壊したんだ」
「……誇りをですか?」
「それもだけど、もっと別の意味でも」
アーサーはフュザーに期待していた。
あの時の彼女との闘いの中には何かがあった。その何かを感じることができた。
だからこそ、あの言葉を聞いてアーサーの中でその何かが壊れてしまった。
彼女が自分自身で言っていた、自分自身を裏切る行為を彼女はしてしまったのだ。
そして、そうなったプレイヤーがたどる道をアーサーは知っている。
しっかりと目で見てきてしまっている。
「じゃあ、気を付けて。最後に気まずくなってしまってごめんなさい」
「謝るなよ、お前のせいじゃない。また、近いうちに会おうぜ」
「ええ、それではっ」
ルエルは笑って手を振りながら改札口へと走っていった。
その姿を見て、やっぱ女の子だよなぁ、などと馬鹿なことを思いながらアーサーも改札口に向かう。
「なんでだよ、フュザー……」
そう口に零しながら、アーサーは憂鬱な気分で家路につくのだった。
一気に今までの話を再編集し、各話ごとにタイトルを入れるようにしました!
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます!