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アーサーには敵わない  作者: 空木鉄也
1.英雄だからこそ
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第七話『過ぎ去る不穏』


 巨大な光の柱がそそり立っていた。


 それは辺りに放電のような現象を起こしながら、少しずつではあるが中央に向かって小さくなっていく。

 どれだけの秒数その柱がリング上に存在していただろうか。

 戦いの中では長いと感じさせる時間をかけて、ようやく光の柱は消える。

 リングの上には砂埃だけが舞っていた。


「……、」


 そんな中、アーサーは大剣を振るい、自分の周りだけでも埃を吹き飛ばして視界をクリアにする。

 ついでに対戦相手であるアドルドの体力ゲージを見やれば、そこにはまだ30%ほど残っているのがわかった。

 まだ、30%。……いや、もう30%と考えた方が良いだろう。

 さっきまではアーサーとアドルドの間では果てしないほどの差があったのだ。

 それをこれだけ縮められたならば、良い結果だとポジティブに考えるしかない。


(あいつは、どこに……)


 視線をさまよわせ、アドルドの姿を探す。

 その時だった。

 真正面から紫色の光がアーサー目がけて飛んでくる。

 技スキルによる斬撃。

 アーサーはそれを相手にせず、咄嗟にその場から離れた。その次の瞬間、


 さっきまでアーサーが立っていた場所を、漆黒の大剣が粉砕していた。


「今のを避ける、か」


 禍々しいほどの真っ黒なその大剣を持つ者は、一人しかいない。

 アドルドがリングに突き刺さった大剣を引き抜き、アーサーに目がけて放たれたであろう自身の斬撃を弾き飛ばす。

 その斬撃はリングのふちへと飛ばされ、そこで爆発した。


「さすがはアーサー。かの英雄様の必殺技はかなり痛かったよ。おかげで、もう俺の体力は30%ほどしか残っていない」


 アドルドはゆっくりとした歩調でアーサーの元に向かってくる。

 あまりにも戦う意思の見えないその彼の行動は、アーサーにとってはとても気にくわない行いだった。


「でも、まぁ……今回はそのおかげで助かったかな。俺の商売上、あまり目立つわけにはいかないから――ねっ!」


 アドルドから容赦のない一撃が急に振り下ろされる。

 だが、そんな見え透いた生半可な攻撃はアーサーの大剣によって軽々と防がれた。


「戦うのか、しゃべるのか、どっちかにしろよ」


「おぉ、怖い。あまりそんなに睨まないでくれよ」


 ガギッィ!! と火花が散ると、アドルドとアーサーの大剣は互いに離れた。

 二人の間には五歩で踏み込めるほどの短い距離が空く。


「必要なデータは、もう十分に拾えたかな」


「必要なデータ……?」


「いや、気にすることはないさ。ただの独り言だ」


 アドルドはアーサーに向かって大剣を振り下ろす。

 だが、その動きは今までの彼からは想像もできない程単調で、思わず躱した後にアーサーは反撃の一手を入れてしまう。

 それがアドルドにとって致命傷となった。

 加算アビリティ『逆境』によって大幅に攻撃力の上がったアーサーのその攻撃により、アドルドの体力は一気にゼロにまで持っていかれてしまう。


「お前――っ!?」


「アーサー。ここは君に譲ろう」


 アドルドは崩れ落ちる間際に告げる。



「――近頃、また会えるといいね」



 そして、戦いの幕は下りた。



     ■ ■ ■



 消化不足……というより、不愉快な戦いの終わり方だった。

 戦いの最中で不快に思う場面はいくつもあったが、それでも最後のアレよりは幾分かマシではあった。

 それだけ、あの終わり方は気にくわない。

 アーサーは久しく忘れていた怒りをふつふつと抱いてテントを後にしたのだが、そこでルエルから「よかったです!」と抱き着かれて、そんな怒りはすっ飛んでしまった。

 ――男なのにこの破壊力。恐るべし……

 そんな馬鹿なことを思いながらも、なんとか第四回戦を勝ち上がれたことに内心安堵して、近くにあった休憩スペースに腰を下ろす。

 先の戦いの結果がどうであれ、次を勝てば優勝なのだ。

 念願の限定賞品のアーマーは近い。


「一応……おつかれさま」


 ルエルから渡されたスポーツドリンクを飲みながら休憩していると、後ろから声をかけられる。

 誰かと思いアーサーが振り返れば、そこには橙色のツインテイルが居た。


「驚いた……まさか、お前からそんな言葉をかけてもらえるなんて」


「あんたが私の何を知ってるっていうのよ」


 アーサーの悪態を軽くあしらいながら、亜衣音はルエルの隣に腰を下ろす。

 自然と板挟み状態にされたルエルは怯えた顔をしていたが、気にせずに亜衣音は話し始めた。


「どう、だった?」


「? なにが?」


「もう忘れたわけ? さっき戦ってたやつ。アドルドのことよ」


「ああ……」


 そう言われて、戦いの前に亜衣音に言われていた、注視して戦ってほしいという言葉を思い出す。


「なんていうか、その……腹が立つ相手だった」


「なによそれ……」


 亜衣音はアーサーのその言葉に、不機嫌そうに頬をふくらませる。

 そんな彼女の様子を見ながらアーサーは、


「ていうか、俺が話さなくても試合を見てたならわかるんじゃないか?」


「た、確かにそうだけど……その、実際に戦ってた人からの話の方が外からじゃ見えないことだってあるかもだし――」


「アーサーさん。僕も気になりますね」


 あわあわと焦って理由づけをしながら聞こうとする亜衣音。

 付け足してルエルがフォローするようにそう言ってきた。

 ルエルのお願いとあれば、あまり断る気にもなれない。


「しょ、しょうがないな。話すか。うん」


「なっ、私の時は嫌そうな顔をしておいて……ひょっとしてあんたって――」


「断じて違う。やめろ」


 そう、違う。断じて違うはずだ。絶対にソッチの人ではない……はずだ。

 アーサーは自分に言い聞かせるようにして心の内で確認を終えると、ごほんとわざとらしく咳払いをして話す。


「まず、アイツは――強かった」


 アーサーのその一言に、亜衣音とルエルは驚いた顔をして顔を見合わせる。

 何故そこまで驚愕するのかアーサーには分からなかったが、でも、アドルドが強かったのは確かだった。

 それも、自分の装備をほぼ真似た状態で――だ。

 これが意味をするのは一つ。

 ――相手……アドルドは”本気”ではなかった。

 ただ、それだけに尽きる。


「全部ではないけど、アイツは俺の技スキルと加算アビリティをほぼ一緒にしていた」


「一緒って……それって……」


「ああ、いわゆる、『トレース』ってやつだな」


 トレース。

 それはプレイヤーの誰かの装備を模倣するという意味だ。

 普通は新しい武器やアーマーの練習としてや、そのプレイヤーがどういう考えでそういう装備をしているのかを研究するために行われるものなのだが、


「まさか、本番の戦いで使ってくるとはな」


 ある程度の真似をしてくるプレイヤーは今までに何回と見てきたが、あそこまで正確に合わせてきたのは、アーサーにとってアドルドが初めてだった。

 別にそれが悪いとは思えない。だが、あれは確実に意味合いが違っていたのだ。

 そこにアーサーは怒りを覚える。


「確か最後に、必要なデータは十分にとれたとか言ってたが――」


「それは本当なのっ!?」


「おわっ!? ち、近いっ」


 記憶を探りながら話していると、その途中で亜衣音に詰め寄られて驚くアーサー。

 だが、そんなことよりも彼女の顔がすぐ目の前にあるものだから、健全な男子高校生としてはドギマギしてしまう。


「と、とりあえず落ち着け」


 亜衣音の肩を掴み、離す。

 ついでに押しつぶされそうになっていたルエルも救出する。


「僕、場所移動してもいいですかね?」


「駄目だ」


「なんでですか?」


「お前は俺とこいつの防止剤だ。だからここに居てくれ」


「ちっとも嬉しくない言葉ですね!」


 ルエルの嘆きは届かない。

 アーサーには彼を動かすつもりは毛頭ない。片手でがっちりと肩を抑えてホールドする。

 それを見てルエルはなんとも言えない顔で沈む。


「で、今の俺の発言になにかマズい要素でもあったのか?」


 アーサーはとりあえず落ち着きを取り戻した亜衣音に問いかける。

 それに彼女は神妙な顔つきで何かを考え込んでから、アーサーに向き直って口を開いた。


「お昼に話してたアバター名って覚えてる?」


 その問いかけに、アーサーは再び記憶を探って答える。

 

「ああ……確かディサイズだったけ? そいつがどうしたんだよ?」


「そのディサイズっていうアバターと、さっきアンタが闘ったアドルドっていうアバター。あの二人なんだけど……」


 歯切れが悪い。

 まるで何かを恐れているように、亜衣音のその口は慎重に思案していた。

 ――この先を話してもいいのか。

 なにも聞かなくても、今の彼女を見れば、そんな感じのことを考えているのは分かった。


「なぁ、無理して話さなくても――」


「ううん。ちゃんと話す」


 アーサーの気遣いを亜衣音は蹴って、ようやく話始めた。


「ディサイズとアドルド。あの二人は――



 同一人物なんじゃないかと、私は疑ってるの」



     ■ ■ ■



 アーサーと亜衣音がそんな会話をしているころ。

 同会場にて、アドルド・ブラインドは先ほどの戦いを思い返しながら出入り口に向けて歩いていた。


「いやぁ、それにしてもよかったかな」


 アーサーとの戦い。

 それはアドルドが予想していたよりも”順調”なものだった。

 普段はネットの情報なんかでしか手に入らない彼の情報を、生で盗み取ることができた。

 そのことがなによりもアドルドの感情を満たす。


「しかし、まぁ……強かった」


 アドルドは今までのおどけた表情を抑えて言う。


「決して手を抜いていた訳でもない。本気で俺と戦ってくれていた」


 噂に聞く通り、アーサーは手を抜かない男だというのは事実だという情報は得られた。それに彼の技スキルの扱い方や、加算アビリティの発動タイミングなど。

 全ての情報を得られることができた。

 

 

 「――はずだったんだけどな」

 


 アドルドは気づいている。

 いや、正確には戦いが終わった後に気付いた。

 自分の行った行動。それに対するアーサーの行動。

 その全てを冷静に見て、ようやく気付いたのだ。


「せいぜい俺が引き出せたのは、全体の30%と言ったところか」


 ――アーサーの”本気”はまだ残っているということに。


「”本気”に数値が絡むって……とんだ化け物だよ君は」


 アドルドは不気味に笑い、会場を出る。

 そして日の沈む方を見ながら、


「でも、だからこそ次が楽しみかな。




 ――捕らわれたプリンスを助けに来る、その時が……」




 そんな言葉を残すのだった。

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます!

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