第六話『模倣の強敵』
リングの上には二人のアバターが立つ。
一人は、大剣「ドレイグ」を背中に担ぐ、竜の鎧を身にまとうアバター――アーサー。
そして、もう一人は、同じく漆黒の大剣を背中に担ぐ、グレーを基調にした鎧を身にまとうアバター――アドルド・ブレインド。
これといって特徴的なものがないそのアドルドのアバターは、真っすぐにアーサーを見つめ、微動だにしない。
――なにか不気味だ。
さすがのアーサーでもそう思わずにはいられなかった。
この不気味さが、亜衣音の言っていた注視してほしいことなのか。
確かに普通のプレイヤーとは違う、異様なものがあのアバターの中には込められているように思えた。
「ま、今は考えても仕方がないか」
とりあえず、まだ戦いは始まっていないためどうすることもできない。
スタートする前から思考を働かせてしまうと、後で判断が鈍ってしまう。
最初に色々と考えたそれで、自分の中での戦い方が凝り固まってしまうからだ。
だから、実際の戦いの中で、そのレールから外れてしまうと咄嗟に反応できなくなってしまう。
思うよりも気楽に。それが一番いいとアーサーは考えている。
『さぁ、間もなく地方サーバー対戦、午後の部が始まります! まだ席に座れていない方はお急ぎを!』
会場に設置されたスピーカーから実況者の声が聞こえる。
すると、その声に合わせてぞろぞろと観客席に人が増えて行き、あっという間に満席になる。それでも見ようと、あぶれた人たちは立ち見で遠くから周りを囲っていた。
人々の熱気が会場を包む。
『続いての試合は第四回戦第二ブロック! ”竜王”アーサーVSアドルド・ブラインド!! アーサーはもちろんのこと、アドルドもこれまで勝ち上がってきた強者! 果たして両者は一体どんな戦いを見せてくれるのか!!』
実況者のその言葉の後に、ウオォオオオ!! という怒号のような歓声が会場を満たす。
会場に居るみんなが期待を胸にこの闘いにへと注目する。
『それでは大変お待たせいたしました! 第四回戦!! アーサーVSアドルド・ブラインド!!
――ここにて開幕です!!』
その言葉と共に、戦いのゴングは鳴り響いた。
■ ■ ■
アーサーはまず初めにアドルドの出方を見るための行動に出る。
青白く光るその軌跡は、大剣「ドレイグ」の刀身をなぞるようにして空中に描かれる。そして、気づいたときには、
その大剣から”斬撃は放たれていた”。
空気を切り裂く音を鳴らしながら、その閃光はアドルドに向かって一直線に向かう。
速度は速い。とてもじゃないが、目で追うことはできなかった。
だが――
アドルドが動いたときには、その閃光は搔き消されていた。
青白い光が空中で霧散すると同時に、紫色の光が辺りに散らされる。
その光はアドルドの持つ漆黒の大剣に続くように、上に振り上げられるような軌道を描いていた。
パラパラと青と紫の光が散っていく。
(同じスキルで消された……っ!?)
今の現象が何を意味するのか。
それは――互いの持つ技スキルによる相殺だった。
技スキルとは体力ゲージの下にある技ゲージを消費して使用できる、言わば特殊な強攻撃というようなものだ。
種類は戦い方によって様々だが、装備できるのは三つまでと決まっている。
その内の一つがたまたまアーサーとアドルドで重なっていたのだ。
技スキルで消されるのは承知の上だ。だが、その技スキルが自身の物と同じということにアーサーは驚いていた。
偶然なのか……それとも……
「偶然だと信じたいところだなっ!」
アーサーは踏み込み、アドルドへと距離を詰めるため一直線に猛スピードで駆ける。
しかし、それを易々とさせる相手ではないことぐらい、今の動きを見てアーサーは分かっていた。
「――ッ!」
「――、」
アーサーの振るう大剣を、アドルドは横に飛び退くことで避ける。そして、体勢に隙のできたアーサーに目がけて漆黒の大剣を振り下ろす。
身のこなしの良さに驚愕する間もない。
バガァッ!! と何かを抉る音が響き渡った。
強力すぎる一撃に、リングが悲鳴を上げてクレーターを作りだしていたのだ。
(――威力が高いっ!)
間一髪でそれを躱したアーサーは、アドルドと一旦距離を取る。
(おまけに反応速度も生半可なもんじゃない……)
今までの対戦相手とは違う。
それも、先日戦ったフュザーに匹敵するのではないかと思うほどに。
ぬらりと砂埃の向こうに立ち上がる影を見る。
アーサーが気を引き締め直し、その影の次の行動に注視をした時だった。
突如として砂埃が切り裂かれ、先ほどと同じ紫色の斬撃がアーサー目がけて飛んでくる。
だが、それをいちいち相手にしているわけにはいかない。
アーサーは低姿勢のまま、加算アビリティ『超加速』を使用して、弾丸のような速度で斬撃を躱し、アドルドの元に向かう。
「――っ!」
いまいち反応の示すことのなかったアドルドに、初めて驚嘆の文字が浮かぶのを見たアーサーはそのままの勢いで大剣を振り上げる。
しかし――
「――『超加速』」
そんな言葉が聞こえた時には、アーサーの視界から轟音と共にアドルドの姿が消えていた。
大剣「ドレイグ」が風切り音を鳴らしながら空を切る。
「なっ……」
アーサーの視線は左側へ。
そこには先ほどまで目の前に居たアドルドの姿があった。
(――加算アビリティまで同じなのか!?)
今彼が行ったことを言うならば、それは加算アビリティ『超加速』を使い、横に飛び跳ねてアーサーの攻撃を交わしたのだ。
だけど、今驚くことはそこではない。
最初の技スキルだけでなく、加算アビリティまで同じだということ。
(偶然じゃぁ……ないよな)
妙な不快感だけがアーサーの背中を撫でる。
まるで体の隅々を徹底的に調べ上げられて、その全てを模倣されているような、そんな感じが今視線の先に居るアドルドから感じられるのだ。
「……、」
アドルドが大剣を静かに構える。
アーサーもそれを見て攻撃態勢に入る。
互いに相手との距離を測りながら、どのタイミングで踏み込むかを予測する。
そして、
最初にリングを駆けたのは、アドルドの方だった。
同時に彼の技ゲージが消費される。
それが意味するのは、技スキルの発動。
直線状に駆けてくるアドルドの体が紫色の光で包まれる。
(この技!? ま、さか――)
アーサーがそう思った時だった。
光に包まれたアドルドが弾丸のような速度でそのまま向かってきたのだ。
咄嗟に構えた大剣「ドレイグ」により、そのタックルはなんとか直撃せずに済む。
しかし、そのままの威力でアーサーのアバターは跳ね飛ばされた。
リングから足を浮かされる感覚。
そして、アドルドはこれを狙っていたのだとアーサーはすぐに分かった。
アドルドの技ゲージが今度は大幅に消費される。それも限りなくゼロに近いほどに。
(まずい――!!?)
果てしないほどの焦りが生まれる。
アーサーは次にアドルドが発動しようとしている攻撃がなんなのかを知っているのだ。
いや、正確に言うならば、先ほどのタックルの技スキルも知っていた。
何故なら、
――それらはアーサーの装備している技スキルなのだから。
アドルドの持つ漆黒の大剣が紫紺のオーラを纏う。
それは見る人が見れば、剣が熱を持ち蒸気を上げているように見えたかもしれない。
獲物を刈り取るその瞬間を今か今かと待ちわびて、興奮を抑えられないような――まるで大剣が生きているような。
「……アーサー。君に一つ聞きたいことがあるんだ」
今までしゃべりもしなかったアドルドが唐突に口を開く。
同時にオーラを纏う大剣を、天を突き破るようにして掲げる。
そして、
「――君の必殺技は、確かこんな感じだったかな?」
直後、アドルドの大剣が振り下ろされた瞬間――
リングを覆う様にして紫紺の光の柱が天を貫いた。
■ ■ ■
会場がざわめく。
それもそのはずだ。
無名のアバターがあのトップランカーNo3の座に立つアーサーをこうも追い詰めているのだから。
戦いの勝敗はどう見ても、アドルドの方に傾いていた。
体力ゲージがまだ80%を満たしているアドルドに代わり、アーサーの体力は20%を切っている。
残り数回でもダメージを食らえば、そのまま負けてしまう。
「……アーサーさん」
それを神妙な顔つきで見守るルエル。
丁度座っている観客席の位置からして、出場者用のテントを見ることができないため、アーサーの様子を伺うこともできない。
「これは……大丈夫なんでしょうか」
ルエルはもどかしい気持ちをどうにかしたくて、隣に座る亜衣音に声をかける。
しかし、彼女からの返答はない。
亜衣音も今の自分と同じ顔をしているのではないかと思い、ルエルは隣に視線を移す。
でも、そんな彼の考えは間違っていた。
――亜衣音の顔は少しも不安を感じていない。真っすぐにアーサーの試合にへと向いていた。
アーサーが負けるなんて、これっぽちも思ってなんかいない。
そんな表情だった。
「あんたはアイツが負けると思う?」
だいぶ遅れて亜衣音からそんな問いかけをされる。
「それは――思いたくないです」
ルエルだってアーサーの勝利を確信して、この試合を見届けたかった。
だけど、今の状況を見て確実にアーサーが勝てるとまでは言い切れない。
勝てると、そう言いたいのに、言えないのだ。
「アーサーさん……」
再びその名を呼ぶ。
アーサーの顔を見ることはできない。
この胸の内にある不安は決して消えない。
「……私は、」
ふと、亜衣音からそんな言葉が聞こえた。
なんだと思って、ルエルはそちらを見る。
未だに彼女の表情は変わらない。
さっきと同じで、真っすぐにアーサーの試合を見ている。
「私は、ずっとアイツを見てきた」
亜衣音の言う、その言葉の意味はわからない。だが――
「ずっとアイツを見て戦ってきた。だから――
”アーサー”があの程度で負けるなんて思わない」
ひどく根拠に欠ける言葉だと思った。
でも、
「……そうですよね」
ひどく説得力のある言葉だとも、ルエルは思ったのだった。
■ ■ ■
砂埃の舞うリング。
アドルドの視界は完全に塞がれていた。
だが、それは相手も同じ。
アーサーも視界を奪われて下手に動けないはずだ。
……いや、視界だけではない。彼の体力は20%を切っている。こんな視界の悪い中で、余計な行動を起こせるはずもない。
少しでもダメージをもらえば、致命傷になりかねないからだ。
「……、」
アドルドはぐるりと首を動かす。
辺りに気配がないことを察し、悠長にゆっくりと歩み始める。
敵からの攻撃などなにも考えていない。
そう思わせるほどに、じっくりと獲物を探すようにして歩く。
「……さすがに今の体力じゃ、英雄様も動けないか」
相手を挑発するようにして、アドルドは言う。
「少しばかり、期待外れかな」
その時だった。
アドルドがそう言った瞬間、奥で青白い光が一瞬見えた。
光の斬撃がアドルドに向けて放たれる。
しかし、彼はそれを逃しはしない。
挑発に乗った、哀れな英雄を決して逃しはしない。
(それも……期待はずれかなっ!!)
アドルドは斬撃を避け、一気にその場所まで駆け抜けて漆黒の大剣を振り下ろす。
加算アビリティ『逆境』により、通常より強力となった一撃。それがアーサーを襲う。
バガァッン!! と轟音と共にリングが割れた。
「直撃、かな?」
アドルドは勝利を確信して、その大剣の下にひれ伏す英雄を見る、
――はずだった。
「えっ――」
そこに英雄の姿はなく、
「期待に応えられなくて悪かったな」
どこかから声が聞こえる。
手前? 背後? 真横?
アドルドは必死に探す。しかし、そのどこにもアーサーの姿も気配もない。
ならば今のは一体――そう考えた時には、辺りの砂埃は一瞬にして吹き飛んでいた。
何故か? その答えは明白。
「本場の必殺技。見せてやるよ」
頭上。
それはアドルドの真上から聞こえた。
「――っ!」
アドルドは慌てて上を見上げる。
しかし、それはもう遅い。
「――竜撃!!」
その言葉と共に、大剣に纏わりし竜の咢がリングに叩き込まれた。
――勝敗は、まだ分からない。