第五話『束の間の休憩に……』
「最悪よ……」
そう言って、ツインテイルの少女――フェアリー・フュザーは頭を抱えていた。
場所は先ほどの会場の近くにあったファミリーレストラン。
とりあえず、そこでアーサー、ルエル、フュザーはドリンクバーとランチセットを頼んで席についていた。
「最悪なのはこっちのセリフなんだけどな……」
「何か言った?」
「いや、なにも……」
小声で言った言葉にギロリと鋭い視線を向けられる。
その視線から逃げるようにアーサーは目をそらし、一口ジュースを飲んだ。
驚いたのはお互い様だった。
アーサーはまさかフェアリーフュザーがこのツインテイル少女だとは思わず、その逆で彼女もアーサーがこの人物だと思ってもいなかったのだから。
更に、二人の仲は最初の交差点から互いに悪い印象しかないのである。そうなれば険悪になるのも仕方がなかった。
そんな中、板挟み状態になりつつあるルエルが内心肝を冷やしながらおずおずと申し出た。
「と、とりあえず、一応自己紹介はしておきませんか?」
「まぁ、そうだよな。一応会う約束ではあったわけだし――」
「嫌よ。なんで私がこんなやつに自己紹介なんて」
「ぐっ、この女……人が好意的に接してやろうと思った矢先に」
「またこの展開ですか……」
さっきから同じようなことを繰り返している二人に呆れ、ルエルは大きくため息をこぼす。
その様子を見てアーサーとフュザーは少なからず悪いと思ったのだろう。互いに頬をかきながら「わかった」「わかったわよ……」としぶしぶといった形で納得しあうのだった。
「じゃあ、先にフュザーさんからお願いします」
「え、ええ……こほん。わ、私は白木亜衣音よ。よ、よろしく……」
「俺の名前は知っての通りアーサーだ。よろしく頼む」
「僕の名前はルエルです。よろしくお願いします」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
しらっと自己紹介を済ます二人にフュザー――白木亜衣音は彼らを止める。
「な、なんでソーブレインのアバター名を名乗ってるのよっ!」
「なんでってそりゃぁ……ネットで知り合った初対面の人に本名を名乗るのってちょっと怖いだろ」
「はぁっ!? なにそれ! 本名名乗った私はどうなるのよ!」
「それは単純にお前が馬鹿なだけだろ? 今自分から本名だってこともばらしちゃってるし……」
そんな亜衣音を見て、アーサーは素直すぎる彼女を少し心配の目で見る。
「まぁ、僕たちは悪用したりしないんで気にしないでください」
「気にするわよ!」
「とりあえず、今まで通りフュザーさんと呼びますね」
「さらっと流すなっ!」
亜衣音はそんな二人の反応に納得いかない様子でぶつぶつと文句を言っていたが、なにを言ってもしょうがないと諦めて腰を下ろしたようだった。
それを見て、アーサーはさっきから気になっていたことを尋ねる。
「……そういえばお前、なんで今日のサーバー対戦に参加しなかったんだよ?」
「え? ああ……今日は戦いに来たわけじゃなかったのよ。別件よ、別件」
「別件? なんだそれ」
「……そ、そんなの別にどうでもいいでしょっ。はぁ……もう最悪。よりによってあの人が……」
「な、なんでこっち睨むんだよ」
「別になんでもないわよ。はぁ……」
大きく肩を落とし、うつぶせになって沈んでしまう亜衣音。
アーサーは彼女のそんな姿に戸惑ってしまい、ルエルに助けを求める視線を送るも、肝心のルエルは知らんぷりでジュースを飲んでいた。
そこで「そんなことより……」と、沈んでいたツインテイルの頭が起き上がる。
「今回はあなたに頼みたいことがあって、私は会いに来たのよ」
「お、おう。そうなのか……」
今さっきまで沈んでいた彼女が急に用件を切り出してきたものだから、少しばかりアーサーは動揺してしまう。
その様子を見て、亜衣音は小首を傾げるも、すぐにその様子に合点がいったのかわざとらしく笑みを浮かべて、
「ああ、今のは気にしないで。変に気遣われたら余計気持ち悪いわ。もう”あんた”には何も期待していないから安心して」
「くぅぅ……お、俺がなにしたってんだよ!」
「最悪なことをされたのよ。楽しみにしていた今日の大会を観に来れば、アンタが舞台の上に立ってたんだから!」
「なにを訳の分からんことを! どうして俺が舞台の上に立ってちゃいけないんだよ! 出場するために来たんだ! なにも文句ないだろ!?」
「そうじゃないわよ!!」
テーブルを挟み、身を乗り出して睨み合うアーサーと亜衣音。
二人のあんまりにもなマナーの悪さに、さすがのルエルも少し怒り気味の顔で「いい加減にしてください」と止めに入る。
ルエルが止めに入ったのが二度目とあってか、アーサーと亜衣音は再び申し訳なさそうな顔をしながらとりあえず席についた。
「ったく、いちいち癇に障る女だぜ」
そう言って睨んでくるアーサーを三度目のガン飛ばしで黙らせて亜衣音は続ける。
「とりあえず、頼みたいことは一つ。――”アーサー”。私に手を貸してくれないかしら」
「……どういうことだよ」
突然のシリアスな雰囲気に、アーサーは怪訝な顔をしながらフュザーを見る。
今まで砕けに砕けていた亜衣音の表情も初めて見た時と同じ凛々しい表情になっていた。
「そうね……」などと髪先をいじりながら、彼女はどこから話そうかと思案して……。
「――ディサイズ。この名前に聞き覚えはあるかしら?」
そう切り出した。
■ ■ ■
「ルーキーランカーNo5、ディサイズのことですね」
名前を聞いても心当たりがなかったアーサに代わってルエルが答える。
ルーキーランカー。その言葉はアーサーにとってつい最近聞いたばかりの言葉だった。
まだ、その言葉の定義はどこにあるのかはわからない。だけど、その言葉が出てくるというのはそれなりの大きな話になるのだろうとアーサーは勝手に予想する。
ルエルの言葉に対し亜衣音は静かにうなずいて話始めた。
「つい最近……といってもほんの二週間前なんだけど。そのディサイズに挑戦状を送りつけられたのよ」
挑戦状……、と不意にぽつりとアーサーは口にしてしまう。
アーサーも最近、このツインテイル少女に挑戦状を送り付けられたばかりであったためだろうか。
「それってあれか? お前の立っているNo4の座を狙って送られてきたって感じなのか?」
ソーブレイン内の「挑戦状」というシステムは、詳しく言えば直接ソーブレイン自体のゲーム性にかかわってくるシステムである。
コンセプトである「上を目指して闘い抜いていく」という方針から生まれたらしいこのシステムは、言わばトップランカーたちに挑むためのシステムと言ってもおかしくはない。
だから、ランカー同士の間でも、自分の上に立っているランカーに挑戦状を送ることも珍しくはないのだ。
トップランカーもそうならば、ルーキーランカーも同じなのではないだろうかとアーサーは考える。
「そうだったらまだよかったんだけどね……」
「違うのか?」
しかし、アーサーの予想はどうやら外れたようだった。
なんとも言えない顔をしながら、亜衣音は言う。
「具体的なことまでは話せないんだけど、ある条件をつけられて送られてきたの」
「条件……ですか? 挑戦状にそんな機能はなかったと思うんですが……」
「そっちの条件じゃないわ。文面に書かれてたのよ」
亜衣音の顔は少しばかり怒りに染まる。
それだけでどういう類の条件だったのかは、彼女の顔を見て息詰まる二人には十分に分かった。
「もし、その挑戦状を断ったら……私の”大切なもの”を失うことになるって」
「た、大切なものっ!? そ、それって処――」
「アーサーさん、そっちの話じゃないと思いますよ」
ルエルに腹をつねられ、苦痛に表情を歪めるアーサー。
亜衣音は顔を真っ赤にして「違うわよっ!」と彼のすねを蹴り上げた。
更に苦痛に表情を歪める。
「この馬鹿はほっといて……とりあえず断ったら私にとっては駄目なことなの」
「お、おーけー。わかった。だから、すねを蹴り続けるのやめてくれ」
「でも、それがどうしてアーサーさんに会うための理由になるんですか?」
「え? そ、それは……その……」
ルエルのその問いかけに、亜衣音は少しもじもじとした仕草をして何故か急に口ごもってしまう。
そんな彼女の様子にアーサーとルエルは顔を見合わせて不思議そうにする。
「うーん……あぅ(チラッ)」
しばらくそんな感じで何度かアーサーをチラ見しながら何かを悩んでいる様子の亜衣音だったが、「そ、そっか……先に……」と一人で勝手に理解した顔で、
「ア、アーサー!」
「は、ひゃい!?」
「その……今日――私の家に来なさい!」
「……へ?」
話もなにも、全てが急にすっとんだのだった。
■ ■ ■
お昼休憩での一件は、とりあえずなんとか終わりを迎えた。
それも結局亜衣音が最後まで何も具体的に話さなかったこともあるが、地方サーバー対戦の午後の部に間に合わなくなるため、時間切れというのが正しかった。
「あ、後で……もう一度ちゃんと話すから。さっきのやつは変に誤解しないでよね!」
そう顔を赤くしながら言う亜衣音の表情をアーサーは今でも鮮明に覚えている。
(言動さえどうにかなれば、可愛いのにな)
内心そんな軽い悪態をつきならが、思わず少しだけニヤけてしまうアーサー。
今まで女子との交流が少なかったこともあって、実はと言えば今日亜衣音と会話をすることができたことも男子的には嬉しかったりしたわけだった。
「よしっ」
少しだけ気分が上がり、気を引き締め直して出場者用のテントに行き、指定されたPCの前へと座る。
いよいよ地方サーバー対戦の午後の部が始まるのだ。
アーサーにとっては第四回戦目。これを勝ち上がれば決勝戦となる。
セッティングしたコントローラーを握る手に思わず力が入るが、それよりも今は今度の対戦相手に意識を向けていた。
――あ、あと、ちょっといい? 次のあんたの対戦相手についてなんだけど……
頭の中で、出場者用テントに入る前に亜衣音が言っていたことを思い返す。
――アドルド・ブラインド。彼には色々と注視しながら戦ってほしいの。
アーサーは自分の隣を見る。
そこには目深く帽子を被った痩せ型の男がスッと座っていた。
耳にはイヤホンがついており、アーサーには気づいていないのだろう、小刻みに足でリズムを刻みながら、ひたすらに瞑想をしている。
(聞いたことのあるアバター名でもなければ、これまでの地方サーバー対戦で見かけたこともない……)
一体、彼のどこを注視すべきなのか。
そう思いながらも、あの時の亜衣音の真剣な表情を思い出して油断しかける自分をアーサーはとりあえず抑え込むのだった。
■ ■ ■
第四回戦目が始まるまで、あとわずか数分。
アーサーは気づかない。
隣の男が、微かに口を開き、何かを言っていることに――
「……トレース開始。標的は我らが英雄様の”竜王”か」