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アーサーには敵わない  作者: 空木鉄也
1.英雄だからこそ
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第四話『ライバル』


「フッ……久しぶりだな。”竜王”アーサーよ!!」


「ああ、さっきぶりだな、万太郎。また握手するとは思わなかったぜ」


 そんな行き違いありありの開幕のセリフを告げる二人に、試合を見守る観客も、レフリーも、実況者も、その誰もが沈黙した。

 片方は言うまでもなく、ジーパンにTシャツ姿のアーサー。

 しかし、もう片方の人物――万太郎は少しばかり癖が強かった。

 まず初めに、彼は学ランを着ていた。

 下から上まで全てのボタンを閉めて、更に黒ブチ眼鏡をしていた。

 なんでこんな会場に学ラン? と思わなくもないが、まだそこまではいい。問題は次だった。


「この時を……俺はずっと待っていた!」


 万太郎はそう言うと同時に、首元に”巻いていたもの”をわざと翻す。

 バサァ……という微かな音が聞こえてそれは一瞬なびくも、すぐに垂れ下がる。

 まぁ、簡単に言えばアーサーの前に立つ彼は首に白いマフラーを巻いていたのだった。こんな暖かな桜満開の季節に。

 

「……」


 また、会場に沈黙が訪れる。

 そして数秒後、「と、とりあえず始めましょう」というレフリーの言葉で、ようやく戦いの前準備が始まった。

 実況者も気を取り直して会場を盛り上げていた。





 という先程の舞台の上でのやり取りは、いわば、戦う前にプレイヤー同士が簡単な意気込みを言い合うというものだ。本来はあんな変な感じにはならない。

 たまたま、アーサーの対戦相手が万太郎だったからこそ、ああなってしまった訳である。


(条件反射で俺も返しちゃったけども……)


 とりあえず、アーサーは全ての罪を万太郎に被せて、あらかじめ指定されていたPCの前へと座る。

 画面にはすでにソーブレインへのログイン画面が用意されていて、近くに居たスタッフの人から「ログインをしていただいて……」と、地方サーバー対戦への参加の仕方を聞きながら、それに従って進めていく。

 すると、今大会だけのために用意された特装ページに移り、専用の対戦ルームへと移動させられた。


「最近、意外と凝り始めたよなぁ……」


 その特装ページなんかを見て、感嘆の声を漏らすアーサーに隣から対戦相手の声が聞こえる。


「そうか……貴様もとうとう気づき始めたか」


「お? おう、まぁな」


 声が聞こえた方を見れば、案の定、万太郎が同じ型のPCを前に座っていた。

 メガネはブルーライトカットなのか、先ほどまでつけていた眼鏡とは少しだけ形が変わっている。

 アーサーがその眼鏡に視線を向けていると、それに気づいたのか、万太郎は中指でキザったらしく眼鏡を持ち上げる。

 そしてニヤリと不敵に笑うと、


「これか? これはだな――」


「知ってるぜ。ブルーライトカットだろ?」


「ちっ、がう!!」


「う、うるせぇな……耳元で叫ぶなよ」


「フッ……これは俺の新兵器! この俺が! 本気を出す時にだけつけぇる! 特殊な眼鏡なぁのだぁっ!!」


「あ、そう。とりあえずブルーライトカットだな」


「更にっ! この眼鏡には直接俺の目にかかる負担を軽減する力があぁる!」


「だから、それがブルーライトカットだろ。変わんねぇじゃねぇか……」


 この頭のおかしい男――金本万太郎とは、アーサーにとって何度か面識のある人物だった。

 さほど仲が良いわけでもなければ、連絡先を交換して、稀に連絡を取り合っているわけでもない。

 アーサーが限定賞品を手にしようと地方サーバー対戦に出るたびに現れる、というだけだ。

 だけど、何故か友人のような距離感を感じるのだから、アーサーは不思議でならない。


「フッ……貴様は俺の永遠のライバルだからな。貴様が出場するというならば、俺が出ないわけにはいかないだろう」


 という訳の分からない持論が、彼を毎回突き動かしているようだった。

 ちなみに、このセリフは初めて万太郎と会った時に言われたのをアーサーは未だに忘れられないでいる。

 何故最初からライバルなのか……


「アーサーよ。闘いの準備はできているか?」


「……ああ、もちろんだ」


 万太郎からの問いかけに、アーサーは手元にあるセッティングしたマイコントローラーをかかげる。

 地元のジャンク屋で、アーサー自身が扱いやすいように改良されたコントローラーだ。


「フッ……ならばよし!」


 アーサーのコントローラーを見て、万太郎も自分のマイコントローラーをかかげてくる。

 共に戦闘準備OKの合図だ。

 程良い緊張感が身体を包み、闘いに対する高揚感がうずうずと体の奥底から湧き上がってくる。

 自然とアーサーの顔に笑みが零れる。

 それは隣の万太郎も同じようで、先ほどまでの悪ふざけのような茶番はなく、研ぎ澄まされた集中力だけが表立っていた。


『それではっ! いよいよ始まります、地方サーバー対戦!!』


 ドームの各部に取り付けられたスピーカーから聞こえる実況者の声。

 会場がその声に合わせて盛り上がる。

 観客の声援が聞こえる。

 今まで以上の熱気がアーサーの体を包む。

 同時にアバターがリングの上に立つ。

 

『我らが英雄”竜王”アーサーVSゴールデン・カイザー! 果たしてどちらが勝利を掴むのか!』


 熱い――。

 そう魂が震えるのを感じて、


『第一回戦――開幕ですっ!!』


 観客の歓声と共に、闘いの火蓋が切られた。



     ■ ■ ■



 まず初めに、万太郎のアバターはゴールデン・カイザーという、いかにも近距離特化型に見せかけた遠距離特化型だ。

 そのため、全身ゴールドアーマーという見た目の派手さで判断し、始まってすぐの踏み込みを注視しがちだが、最初に考えるべきことはそうではない。

 遠距離型のアバターには、当たり前だがそもそも距離を詰める必要性がないのだ。

 ならば、最初に注視すべきは――


「相手との間合いを掌握するための初撃っ!!」


 アーサーは大剣「ドレイグ」を引き抜き、第一発目の攻撃を弾く。

 剣越しに見れば、カイザーの持つ巨大な火縄銃の銃口から煙が上がっていた。


「フッ! さすがはアーサー! わかっているではないか!!」


 だが、カイザーもそのアーサーの行動を予測していたのかすぐにリロードを終え、第二発目を放ってくる。

 リロードの速度が早い。

 恐らく加算アビリティで補強してるのだろうとアーサーは予測する。

 向かってくる弾を大剣で弾き、カイザーの元へと一気に距離を詰める。

 そのあまりもな速度に、カイザーは「なぬっ!?」という声をあげるが、


「そう簡単には食らわんぞ!」


「――っ!」


 アーサーが大剣を横なぎに振るも、それはカイザーを斬ることなく止まった。

 原因はカイザーの持つ火縄銃。

 惜しむことなく自身の武器となるそれを防御にまわしていたのだ。

 しかし――


「ぐっ!」


 そんなことをすれば、攻撃手段を無くすようなもの。

 アーサーはその隙を見逃さず、遠慮のない蹴りをカイザーの腹部に放つ。

 何度かリングをバウンドしカイザーは転がる。


「まだだぜ」


 カイザーはなんとか起き上がろうとするが、その前にアーサーは再び距離を詰めていた。

 立ち上がった時には――遅い。

 バギィッ!! という音と共にカイザーのアバターは打ち上げられる。


「こ、しゃくな!」


 カイザーも負けじと反撃のために火縄銃を構え弾丸を放つも、それはアーサーに届かない。

 何故ならば、


「なぬっ!? 消えた!?」


 カイザーの狙いを定めた場所に、アーサーの姿はなかったのだ。

 どこに消えたのか、急いで首を回すカイザー。

 しかし、それも遅すぎた。


「こっちだ!」


 突如、背後からアーサーの声が聞こえカイザーは振り返る。

 火縄銃を構える暇すらない。

 アーサーの大剣「ドレイグ」がカイザーを軽々と吹き飛ばす。


「ぬおぉっ!?」


 開始約一分ほどで完全にアーサーに間合いを掌握されていた。

 カイザーは成す術もなく、そのまま宙を浮かされる。


「さっそくケリ……つけさせてもらうぜ」


 アーサーはそう告げて、勢いよく右足をリングの地面に叩きつけた。


 ――直後、轟音がリング上に響く。


 カイザー、レフリー、実況者、観客。

 その全員が瞬きをした時には、すでにアーサーはカイザーへ向けて大剣を振り下ろしていた。


 加算アビリティ――『超加速』。


 そのアビリティは、一回の一直線上のみアバターの速度を極度に底上げするアビリティ。

 アーサーはそれを利用して、直線上に吹き飛ばしたカイザーに向かって跳躍したのだ。


「き、貴様にそのアビリティは卑怯だろぉおおおおお!」


 カイザーのその一言に、「悪いな」とアーサーは軽く告げる。

 そして――



 空中で身動きの取れなくなった相手に、連撃を叩き込むのは簡単だった。


 今日の大会最速で勝敗が決まった。



     ■ ■ ■



 そうして、第一回戦はあっという間に終わってしまった。

 これで万太郎に対してアーサーは六勝〇敗。

 隣で万太郎がガックシと力尽きているのが、そっちを見なくてもアーサーにはわかってしまう。

 それだけ、万太郎が今回の戦いのために色々と準備をしてきていたことを戦いの最中で気づいていたからだ。

 前回の戦いでは、リロードの遅さで万太郎はアーサーに負けていた。

 それを克服するために、彼はリロード速度を上げるアビリティを取得するため、努めてきたのだろう。

 だから、最初の初撃のあとの第二発目にはアーサーは驚いた。そのまま距離を詰めるつもりでいたからだ。


「けど、それだけじゃ足りなかったな。リロード速度を上げたとしても、それに合わせてこっちは間合いを測ればいい。相手のリズムを崩せば、いくらリロードが早くても意味を無くすからな」


「ぐぬぅ……なにも言い返せぬ……」


 アーサーのその言葉に万太郎は悔しそうにして握りこぶしを作り、上を見上げる。

 よく見れば、その握りこぶしは小刻みに震えていた。

 少し言い過ぎたかとアーサーは思う。だが、その後の彼の言葉を聞いて、そんな考えを抱いた自分を恥ずかしく思った。


「次は負けぬぞ」


「え――」


「次は負けぬぞ、と言ったのだ!」


「お、おう……」


「フッ……覚えておけ! この屈辱、次に会った時には必ず晴らしてもらうぞ! 貴様の敗北という結果でな!」


 そう言って万太郎はマフラーをバサァッ……となびかせて、席を立つ。

 突然のその行為に、周りに居たスタッフたちはびくっと驚いていたが、彼は構うことなく背中だけを見せて去っていった。


「……」


 スタッフたちが動揺してざわめく中、アーサーはその背中を見送りながら、


「いつでも待ってるぜ、ライバル」


 感情を隠しきれず、ニヤニヤしながらその場を去るのだった。



     ■ ■ ■



 あれからアーサーは順調に第二回戦、第三回戦と勝ち上がっていた。

 特に苦戦ということはなかったが、やはり回戦が上がっていくごとに相手のレベルは上がってくるというのがアーサーの個人的な感想だ。

 てっきり、フュザーも参加しているのだろうと彼は思っていたのだが、その姿はなかった。

 エントリー名簿に名前が載っていないことからして、今日の大会には出ていないのだろう。

 それが少し残念でならない。


(また、戦えると思ったんだけどな……)


 アーサーはそんなことを思いながら、まぁ後でその辺の理由も聞けるか、と出場者用のテントを後にする。

 今は丁度お昼休憩に差し掛かったところだ。

 テントの傍で待機してくれていたルエルの元に向かい合流する。

 

「お疲れ様でした」


「おう、サンキュー」


 ルエルから渡されたスポーツドリンクをアーサーは一気に飲み干す。

 体に染み渡る水分を感じながら、持ってきていたタオルで汗をぬぐった。


「まぁ、今回もいつもと変わらず順調そうですね」


「そうだなぁ」


 アーサーは空になったペットボトルを捨て、会場をルエルと一旦出る。

 今日待ち合わせをしていたフュザーと合流するためだ。

 外の空気が、熱くなっていたアーサーの体には心地いい。


「いいんですか? 会場を出てしまって」


「ああ、大丈夫だ。どうせ待ち合わせてるの入口付近だし」


「ちなみに待ち合わせてる子って誰なのか聞いてもいいですかね?」


「別にいいけど……」


 と、そんな時だった。

 アーサーの携帯に一件のメッセージが入る。

 昨晩連絡先を交換していたフュザーからだった。


「まさか、俺の携帯に一気に二人も連絡先が加わるなんてなぁ」


 そんなことを言いながらメッセージを確認する。

 そこには「着きました」という一言だけがそえられていた。

 周囲を見渡しながら、それらしき人物を探す。


「相手の子、着いた感じですか?」


「そうなんだけど……外見を見たことがないから誰が誰か……」


 フュザーがパーカーを着ていくと言っていたことを思い出しながらアーサーは探す。

 それなりに目立つパーカーだとも言っていたような、などと考えながらふと気づいた。


(……それなりに目立つパーカー?)


 一瞬、薄い橙色のツインテイルを思い出す。

 そしてフュザーのアバターもツインテイルにネズミ耳だったことも思い出す。

 何か嫌な予感がした。そして――。


「あ――」


「――、」


 すごく不機嫌そうな顔でこちらを見る、そのツインテイル少女と目が合った。

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