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アーサーには敵わない  作者: 空木鉄也
1.英雄だからこそ
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第三話『開戦前の余談』

「――というわけなんだルエル。どうしよう」


「なにが、というわけなんですか。何もわからないんですが……」


 日時はフュザーと戦ったその日の放課後。

 またしてもアーサーは教室に一人残り、ノートPCを介してルエルとチャットをしていた。


「いや、だから明日に地方サーバー対戦があるだろ」


「そうですね」


「そこで会うことになったんだよ」


「誰とですか?」


「名も知らぬ女の子と」


「妄想に浸るなら一人でやってください」


「妄想じゃねぇよ!」


 ばっさりと切り捨てられるその言葉にアーサーは嘆く。

 家族もそうだったが、どうして自分は女子が絡んだ話になると信じてもらえないのだろう。と、そんなことを思いながら彼は話を続ける。


「まぁいいや。信じるかどうかは当日嫌でも信じるはめになるだろうからいいとして本題に入ろう」


「どこからそんな自信がくるんですかね。……で、本題とは?」


「……『ルーキーランカー』。この言葉ってなにか知ってるか?」


 アーサーが実際のところルエルとのチャットで話したかったことはこれだった。

 今日の0時に戦ったフェアリー・フュザー。

 あの時の観客席のチャット内で彼女は確かにこう呼ばれていたのだ。――ルーキーランカーNo4と。


「『ルーキーランカー』ですか……」


「そう、その言葉について聞きたいんだ」


 アーサーはその言葉の意味はおおよそ予想はできている。そのままの言葉の意味なのだろうと。

 新しく入ってきた者たちの中でも、トップに君臨する者たち。その者たちの呼称。

 ならば、その呼称はどこまでの意味合いを持つものなのかということだ。

 今日手合わせをしたフュザーは、アーサーから見れば実力は確かなものだった。

 なのに、それを「トップランカー」と「ルーキーランカー」で分けているのは何故なのか。

 アーサーはそれが知りたいのだ。

 もちろん、ルエルが知っているとも限らないのだが。


「……一応は知っています」


 ルエルのその言葉に、アーサーは少しばかり期待が膨らむ。


「でも、僕が知ってるのはあくまでその言葉の意味だけです。 アーサーさんが求めているその答えは残念ながら知りませんよ。むしろ僕が知りたいくらいですね」


「まじかぁ……」


 膨らんだ期待は彼の中から消える。

 しかし、ルエルのその話しぶりから『ルーキーランカー』という言葉はもうそれなりに大きく知られているようだった。

 アーサーはそれが知れただけでも良しとしてルエルに礼を言い、明日の待ち合わせを確認してからチャットを終えた。



     ■ ■ ■



 そして、翌日。

 朝はいつも家族の誰かに起こされるアーサーだったが、今日は珍しく自分で起きた日だった。

 それも朝食を取りに向かったリビングで、「休日に早く起きないでよ」と母からの一言がなければ彼自身素直に喜べたのだが。


「確かに正論だよなぁ……」


 アーサーはため息をこぼしながらも、ルエルと待ち合わせをした駅に到着する。

 まだ、ルエルは来ていないようだった。

 アーサーがルエルの住む地方と自分の住む地方が同じであることを知ったのは昨日のチャットでのこと。

 最初は、彼は交通費などをどうするつもりなのだろうと思っていたのだが、なるほど、ああも簡単に一緒に参加したいと言ってたのはそういうことだったのかと納得。

 そんなことを思い返していると、アーサーの携帯にメッセージが入る。昨日連絡先を交換していたルエルからだった。


『今どこにいますか?』


「今どこって言われても……」


 アーサーは目印になるようなものを探すが見つからない。


(もう少しわかりやすいところに移動するか)


 そう思って、動こうとした時だった。

 後ろから声をかけられる。


「あの、もしかしてあなたがアーサーさんですか?」


「え? ああ、そうだけど。もしかしてルエ――」


 なにか男性の割には綺麗な声だなぁ、とアーサーは思った。

 日ごろ溜まるストレスが一瞬で解消されるような声。

 ――そんな声がなんで男性から?

 そして、その違和感はそのまま彼の視界に飛び込んできた。


「は?――え? どいうことだ?」


「あぁ……やっぱり。……そういう反応すると思いましたよ」


 額に手を置いて、あからさまに落胆する様子を見せるその子は思いっきり女の子だった。

 身長は低めで、150半ばぐらいといったところだろうか。

 可愛らしい似合ったキャップをしており、その隙間から降りる栗色の髪は肩ぐらいまで伸びている。

 服装は全体的にだぼっとしたストリート系でまとまっていた。お洒落だなぁ、とアーサーは自分との不釣り合いを感じる。


「ていうか、男とか全然嘘じゃんかっ。なんでわざわざばれるような嘘なんてついたんだよ」


「勝手に嘘だってことにしないでくださいよ」


「いやいや、しらばっくれなくてもいいよ」


「本当のことなんですが」


「またまた、恥ずかしがらなくてもいいのに――て、本当に男なの?」


「はい、そうですよ」


 アーサーはまじまじとルエルのその容姿を観察する。

 そして確信を突くように言う。


「どっからどう見ても、女の子の服装じゃん」


「え、ええ、そうですねっ」


「……」


「な、なんですかっ」


「……なんで焦ったんだよ」


 なにかとてつもなく嫌な予感がして、アーサーの顔は歪む。


「そ、それは……」


「それは……なんだよ?」


「笑わないですかね?」


 なにか恥ずかしそうにしながら顔を俯かせるルエルを見て、アーサーは自分の嫌な予感が的中したのだと確信した。

 そして、できればその後を聞きたくなかったのだが、ルエルの決意する表情を見てそんなことはできなかった。


「実は僕――女装趣味があるんですよ」


「……」


 アーサーは何も言えなかった。


「なんで黙るんですか」


 少し悲しげにルエルの顔が沈む。

 確かにその顔を見れば可愛いのだが、アーサーの心はもうときめかない。


「お前の方がソッチ系の人なんじゃねぇか?」


「失礼な! そんなわけありませんよ!」


 いつぞやの仕返しにとアーサーは言うが、ルエルはそれに全力で否定をしにくる。


「そこまで必至だと余計怪しいぞ」


「うっ……絶対に違いますから勘違いしないでください」


「いまいち説得力に欠けるが……わかったよ。さ、時間ないし会場に向かおうぜ」


「アーサーさんに恋心抱いてるとか絶対ないですから安心してください」


「まだ続けるのかよ! てか、その言葉余計怖くなるからやめろ!」


 そんな感じにアーサーとルエルの初めての顔合わせは無事迎えられたのであった。



     ■ ■ ■



 アーサーたちが会場に着くと、そこは大いに賑わっていた。


「結構人いますね」


「まぁ一応都会ではあるからな」


 アーサーとルエルが待ち合わせた駅から徒歩15分の場所にその会場はあった。

 そこは元々はスポーツなんかで扱われるドームなのだが、そこを貸し切りの状態で会場は設営されていた。


「地方サーバー対戦にリアルで見に来るのは初めてです」


「そうなのか? お前みたいに情報屋やってるとこういうの調べに来てたりとか勝手に想像してたんだけど」


「今の時代ネットでいくらでもこういうのは見れちゃいますからね。外に出る必要があまりないんですよ」


 ルエルはそう言ってどこか楽しそうにさくさくと進んでいく。

 アーサーはというと、本来であれば案内する側であるのにその後に続いていくしかなかった。


「へぇ……こういう形で設置されてるんですね」


 目の前に映る光景に、ルエルは歓喜していた。

 複数のPCとモニターが列ごとに観客席に並んでいる。その中心には四方に展開された大型モニター。

 そのモニターで試合を見ながらPCを使ってチャットに歓声を書き込んでいくのだろう。

 そして、奥にあるPCたちはどうやら地方サーバー対戦に出場する人達用のものらしい。

 ソーブレインのタイトルがでかく印刷されたテントの下に設置されていた。

 とりあえず、そこでアーサーとルエルは出場者と観客としてエントリーを済ませる。

 後は対戦が始まるのを待つのみとなった。


「さて、余った時間どうしましょうか」


「そうだな……正直どうするかあんまり考えてなかったからなぁ」


「そういえば、昨日言ってた女の子とはいつ会うんですか?」


「いや、それはもうちょい後……て、なんだそのあからさまな笑みは」


「いえいえ、本当だったのかどうなのかと確認してみただけですよ」


「まだ信じてなかったのかよ……」


「まぁ嘘は言ってないようですし、信じてあげましょう」


「何故に上から目線」


 話しながら歩いていると、気づけば二人はグッズコーナーの場所に来たようだった。

 ソーブレイン内で見たアイテムのキーホルダーやステッカーが多く並んでいる。

 よく見れば、限定デザインのコントローラーなんかもあった。


「へぇ、意外と豊富なんだな。グッズとかにしにくいだろうと思ってたんだけど」


「そうですね。――あ、見てくださいアーサーさん」


「ん?」


「こんなのもありますよ」


 そう言って、ルエルが手にしたものはトップランカーたちのアバターが印刷されたクリアファイルだった。

 具体的に言えば、アーサーのアバターが印刷されたクリアファイルだった。


「うをおおおおおおっ! やめろおおお! はずい! 恥ずかしい!!」


「いやぁ、僕これ買いましょうかね?」


「やめろっ! ほんとにやめろ!」


 笑うルエルの手からそれをひったくり、元の場所に戻す。


(くそ……公式め! 公開処刑とはなんてことをしてくれる!)


 こんなことをやられても、当の本人であるアーサーは少しも嬉しくない。

 同じく他のトップランカーたちもなにも嬉しくなんかないだろう。

 とりあえず、この場から少しでも遠ざかろうとアーサーはルエルの背中を押して歩き出す。


「あのまま、アーサーさんのがどれだけ売れるか見ていかないんですか?」


「それを見るのが一番怖いんだよ! 色んな意味で!」


 そんな感じの会話をしていると、ふとアーサーの視界に見覚えのある姿が見えた。

 薄い橙色に二つのおさげ。そしてこれでもかというように目立つネズミ耳パーカー。


(げ……性悪女。なぜこんなところにっ!)


 そんなアーサーの心の声を聴いたかのように彼女も彼の方に気づく。

 目が合った瞬間、お互いに嫌そうな顔をした。

 大勢の人に流されるように二人の距離は縮まっていく。

 そして、すれ違い様に――。


「キモっ……」


「またかよ!」


 先日と同じようなやり取りをしたのだった。



     ■ ■ ■



 場所は、アーサーとルエルが先程まで居たグッズコーナー。

 そこで、ネズミ耳パーカーの少女は一つの商品を前に悩んでいた。

 まさかこんな商品があるとは思わなかったのだろう。

 少女は眉間にしわを寄せながら考え込む。

 その商品たちは、言っては悪いが先ほどからあまり手に取られてはいない。

 実際こうして目の前で立っているのも彼女一人だけだ。


「うん……よしっ」


 少女は少しだけ周りを気にしながら、素早くその商品を取る。

 そして、少しだけ歩調を弾ませながら一言。


「ふふっ、アーサー喜ぶかなぁ」


 その手には、当の本人が恥ずかしがっていたクリアファイルがあった。



     ■ ■ ■



「あ、アーサーさん。ツブヤイターで公式からつぶやかれてますよ」


「ん? なにが?」


「『現役トップランカーたちの限定クリアファイル絶賛販売しています! よかったら買ってね!』って」


「うをおおおおおおっ! ほんとやめてくれよ! しかも、その文言ってあからさまに売れ残ってるてことじゃんか!」


 アーサーは一人だけちゃんと買ってくれたことをまだ知らない。





 そして――地方サーバー対戦が始まる。

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