第二話『英雄の威厳』
「両者準備はいいかい? それではレディーファイト!!」
レフリーらしきアバターが大きく手を振り下ろす。
同時に戦いの始まりを告げるゴングが闘技場に鳴り響く。
アーサーはコントローラーが震えるのを感じた。
決してゲームにそのようなシステムがある訳ではない。武者震いのようなものだ。
対戦相手はどうやら有名な人物らしかった。
チャットに一瞬映った『ルーキーランカー』という単語。
それがそのままの意味なのか、どこまで通用するものなのかはわからない。
しかし、相手であるフェアリー・フュザーがそれなりの手練れだということはわかった。
そして、あの挑戦状も面白半分でのことでなかったということも。
「十分だ」
一言。そうアーサーが呟いた時、
彼はすでにフュザーの前まで距離を詰めていた。
その手には先ほどまで抜かれてさえいなかった大剣「ドレイグ」がいつの間にか握られている。
「っ!?」
フュザーは咄嗟にアーサーの斬撃を交わし、再び間合いを取る。
そしてジロリとアーサーを見て警戒の色を強くしていた。
だが、アーサーは警戒して準備に転ずる時間を与えない。
再びフュザーとの距離を詰め、相手を打ち上げる形で剣を振り上げる。
「――なめないで」
凛とする声が聞こえた。
いや正確にはアバターの声。
だけど、この勝負の場にその声はしっかりと存在していた。
ガギィィッ!! と、剣と剣がぶつかり合う音。
アーサーがそこを見れば、自身の大剣とそれを受け止める双剣があった。
湾曲したその双剣は白銀。
まるで傷つけることすら躊躇われるようなほど、美しく綺麗に研ぎ澄まされたそれは一瞬にして視界から消える。
そして――。
「あ――ぶねぇっ!」
腹部に斬撃が入る寸前、アーサーはそれをギリギリで緊急回避した。
しかし、それでも双剣は攻撃の手を止めない。斬撃がアーサーを追ってくる。
一つ一つ受け流しながら、徐々に後ろへと下がっていくアーサー。
その光景を見てか、観客席が盛り上がる。
なんといっても、ルーキーであるフュザーがトップランカーであるアーサーを押しているのだから。
だけど、実際に手を合わせている彼女には分かっていた。
■ ■ ■
(――まだ、遊ばれているっ!)
フュザーはそのことに怒りを隠せない。
挑戦状を送り、それにYESと帰ってきたなら正々堂々と全力で戦うものではないのか。
少なくとも、今まで見てきたアーサーの試合では、彼自身決して手を抜いているような片鱗は一切見えなかった。なのに――。
「どうして本気で戦わないのっ!」
フュザーは生半可に受け流し続ける彼の大剣に重い斬撃を乗せる。
それが咄嗟に来たものだからか、アーサーは受けきれずに弾き飛ばされ、リングのふちに立たされる。
「……」
「黙ってないでなんとか言ったら」
何もしゃべらない彼にフュザーは言う。
それでも、何もしゃべらない。
「……いいわ。いつまでもそうやって私のことをなめていればいい」
「……」
「そうして、アナタは私に負けるのよ。長年勝ち取ってきたその栄光に自惚れてね」
フュザーの雰囲気が一瞬にして変わる。
彼女の持つ双剣から不気味なオーラが現れる。それはアーサーにしか見えない確かな闘志。
アーサーに手を抜かれ、それでもなお決して折れることのない彼女の誇り。
「……」
「終わりね。ここまで言ってもまだ自惚れ続けている。正直がっかりだったわ、”竜王”アーサー」
フュザーの冷めた声音は変わらなかった。
だけど、最後まで彼に……アーサーに敬意を表していた。
「そうやって、またあなたたちは消えていくのね……」
その言葉を誰にも聞こえない”自室”に零しながら。
そして、フュザーは闘志を纏う双剣を思いっきり振り下ろした。
――直後。リングは白い閃光と強風に包まれた。
■ ■ ■
『これはアーサーの負けか!?』
『必殺技をもろに食らってた気がするし、その線はわりとあり得るかも』
『まじかよ。あのアーサーが』
『アーサー思ったよりも弱かったな。初めて戦ってるとこ見たけど』
『いつものアーサーとはなにか違ってた』
『↑そんなんたただのお前の幻想』
『アーサー敗北かぁ』
観客席のチャットが当初の盛り上がりとは別の形で盛り上がる。
それだけアーサーが負けたという結果が予想外だったのだろう。
悲しみ、怒り、落胆、そのような類の言葉が多く書かれていく。
そして、それだけ期待されていたのだろうということも、それを追うだけでわかった。
「なのに……」
フュザーは肩を震わせる。
それは明確な怒りだ。
しかし、その怒りを抑える。ここで爆発させても意味がない。
だから代わりに、煙の向こうに横たわっているであろうかつての”英雄”に向けて、
「あなたはその期待をすべて自分の手で壊した」
そう吐き捨てた。
■ ■ ■
「まだ、その剣をしまうのは早いんじゃないか?」
■ ■ ■
フュザーは勝利を確信したはずだった。
確信して両手に持つ剣を鞘に戻そうとしていた。
だけど、そこで声が聞こえた。
(一体誰の……?)
答えはすぐにわかった。
今までリングを包んでいた煙が消える。
いや、正確には斬撃によって吹き飛ばされた。
「なっ……!」
こんなことをできるのは一人しかいない。
リングに立ち、先ほどまでフュザーと剣を交えていた者。
「結構本気で焦ったぜ……思った以上に削られたからな」
アーサーただ一人。
「そんなっ……なんでっ! ゲージは消えてるはず――」
フュザーは声を上げながらアーサーの体力ゲージを見て驚愕する。
たったの1。
それだけが残っていたのだ。
「う、そ……」
ソーブレインでは体力ゲージが先に無くなった方が敗北する。
よってゲージが消えれば、相手は負けたと判断できる。
しかし、場合によってはこのような形で1だけ残り、ゲージが消えたように見間違えることがあるのだ。
だけどそれらは偶発的に起きることであって……。
それが今回たまたま起きたというのだろうか。
「そんなのありえない……というより、そもそもあなたがそんな運に頼るなんて」
「運頼みだったわけじゃねぇよ」
「なっ……じゃあどうしてっ」
「当たり判定を上手く利用すればできないことじゃない」
「――は?」
一瞬アーサーがなにを言ったのか本気でわからなかった。
聞こえたはずの言葉なのに、脳が理解することを一時的に拒否する。
もし、その言葉の言う通りだというならばそれは……。
「自分で調整してやったって言うの……」
「まぁ、そんなとこだな」
あっけらかんとしたその返事に、フュザーは何も言い返せない。
彼、アーサーがやったことは常人ができるようなことではない。
このゲームをひたすらに鍛え上げてきた人であるからこそできる領域。
「……」
しかし、そのことが余計にフュザーに”怒りを覚えさせる”。
確かにそれをやってのけるアーサーはすごい。
彼女自身手を伸ばしてもすぐに手にできるものではない。
さすがはトップランカーNo3というべきだろう。
だが――いや、だからこそ許せない。
「まだ……そうやって斜に構えて戦うのね……」
そう、つまりそれはハンデというやつなのだろう。
トップランカーがルーキーに与えるハンデ。
ここまで体力を削った。だから、残りもそのまま削ってみろ。
そう言いたいのだろう。
「もう限界よ……アナタへの失望もいいところだわ……」
フュザーは鞘にしまった双剣を再び引き抜く。
「今度こそ、仕留める」
そう言って、彼女はアーサーの懐に飛び込んだ。
何も迷う必要はない。
相手は一撃でも食らえば敗北してしまう。
それならば、小細工なんて必要ないのだ。ちまちましたやり方より大きく。
一撃さえ当てられれば、それで勝利なのだから。
フュザーの双剣がアーサーの胴へと斜めに入る。
(もらった!)
今度こそ、勝利を確信しようとした時。
「あまいぜ」
その声が聞こえると同時に、フュザーは自分の攻撃がギリギリでかわされた事を知る。
一歩後ろに下がり、アーサーはかわしたのだ。
「……訂正、させてもらう」
「なにをっ!」
フュザーは攻撃の手を止めない。
再びアーサーの胴を狙い、横なぎに双剣を振るう。
しかし、それはアーサーの持つ大剣によって弾かれる。
「俺は、なにもお前をなめて戦いに挑んでいたわけじゃない」
「っ! 今更何を言おうが――っ!」
「加算アビリティ――『逆境』」
「――ッ」
その言葉を聞いた瞬間、フュザーはある一つの可能性に気づく。
「そして、お前はどうやら体の周りにシールドを張っているようだしな」
「――まさか」
そして、その可能性は正解へと導かれる。
「『女神の天衣』……まさに最上位のシールドだな。俺の攻撃力を注視してのことだったんだろうが」
「そのために――」
加算アビリティ『逆境』は、体力が0に近づくほど、己の攻撃力を増幅させるアビリティ。
ならば答えは明白。
「今の俺の攻撃力は、――通常の10倍だ!」
聞き取れないほどに、何かが砕け散る甲高い音が闘技場を包む。
「ぐっ――!!」
フュザーが体の周りに張っていたシールド『女神の天衣』が崩壊する。
あまりにも膨大すぎるアーサーのその一撃に、本来の力を発揮できずに無残にも砕け散る。
そして壊れてしまった『女神の天衣』のペナルティがフュザーに降りかかる。
2秒間のスタン。
それは一瞬であろう。
しかし、その一瞬をアーサーは無駄にしなかった。
「最初から見抜いて……」
「悪く思うなよ。これが俺の――全力の扱い方だ」
直後、轟音と同時に闘いの終了を告げるゴングが鳴り響いた。
■ ■ ■
「どうして『女神の天衣』を張っていると気づいたの……」
戦いが終わり、その場に立ち続けるアーサーにフュザーは見上げてそう尋ねてきた。
「長くやってきた勘ってやつだ」
「勘?」
「俺に挑む割には防御力を度外視した軽装備だったし、その双剣だけはやたらと攻撃力は高そうだったしな」
「それだけで、どうやって」
「そもそも防御をするつもりがない。高い攻撃力での速攻戦。それを狙ってるんじゃないかと思ったら、自然とその答えにたどり着いただけだ」
「……」
一瞬フュザーが黙ってしまったものだから、アーサーは変に語りすぎたなと不安になる。
しかし、間をおいてから笑うマークがチャットに表示されたものだからその不安は薄れた。
「ほとんど看破されてて、なにも言い返せないわね」
フュザーが肩をすくめるモーションをする。
実際の彼女は皮肉気に笑っているのだろうか、などと考えながらアーサーは続ける。
「加算アビリティほとんど攻撃力に振ってただろ? まさかあそこまで一途に底上げしてるとは思わなくて、あの必殺技を食らった時は本気で焦ったぜ。だからまぁ、あそこは本当に偶然だった。悪かったな」
「その偶然だったら、何も怒ったりしないわよ。……ただ、あのアーサーに偶然を生ませたのならそれは少し誇りね」
「買いかぶりすぎだな」
現実のアーサーもチャットに打った同じ言葉を口にしていた。
それほどに彼女――フェアリー・フュザーとの闘いは久々に熱くなれた気がした。
今までも決して手を抜いて戦ってきていたわけではなかったが、彼女との戦いは忘れた何かを取り戻してくれるぐらいに何かがあったのだ。
その何かが、彼にはまだわからないのであるが。
「とにもかくにも、いい闘いだったぜ。今日はありがとな」
「いいえ、こちらこそ」
アーサーが礼を言うと、フュザーもようやく立ち上がる。
観客もぞろぞろと帰り始めている。
二人ももう終わりの時間だ。
「私こそ突然挑戦状を送り付けてしまって申し訳なかったわ。本当にありがとう」
「いや、またの挑戦状待ってるぜ。アンタみたいな人だったらいつでもウェルカム。……あ、でも、そういやなんで挑戦状を送ってきたんだ?」
「ああ……そのことなのだけど……」
とチャットに来た言葉から彼女の返答はない。
何か言いにくかったのだろうか。
あまり深くは聞かない方がいいだろうと思い、アーサーが話を終わらせる文を打とうとした時だった。
闘技場の方ではなく、アーサーとフュザーの個別チャット。
そこに、ただ一文。
先ほどの話の続きがあった。
「明日の地方サーバー対戦。そこで、私とリアルで会ってくれないかしら?」
「――は?」
アーサーは手にしていたコントローラを自分の足に落とし、現実では戦いに負けたのだった。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます!