プロローグ
夕暮れの日差しが、放課後の校舎を照らす。
教室に取り付けられた窓からは、赤い夕陽の色が差し込んでいた。
「……早く家に戻ってやりたいことあるのに」
その教室の中で、一人の少女は自分の机の中を漁って、忘れたノートを探していた。
つい先ほど、下校のチャイムと共に学校を出たのはいいものの、帰る途中で今日の課題で使うノートを忘れたことを思い出して急いで戻ってきたのだ。
ごそごそと一つ一つ、これか? これかな? と確認していると、ようやくお目当てのノートが見つかる。
そのことにほっと胸を撫でおろし、その少女はカバンにノートをしまうと教室を出た。
薄っすらと橙色に染め上げられた廊下に、その少女の姿は映し出される。
若干茶色味のかかった黒髪のロング。前髪はおでこを少し見せるようにしてヘアピンで止められている。
あどけなさを覗かせる綺麗な顔立ちには、エメラルドのような綺麗な瞳が前を向いていた。
身長は少し低めなのか、手に持つ学校指定のカバンが少しだけ大きく見える。
(昨日はじめたあのゲーム、意外と面白かったなぁ……)
そんな彼女は、嬉しそうに微笑みながらそう内心でつぶやく。
はじめたゲームとは、昨日の夜に弟に勧められて始めたネットゲームだった。
確か名前は、「ソーシャント・ブレイブ・インフィニティ」だったようなと彼女は思い出す。
最初はあまり気乗りがしなかったが、どうしてもと弟が進めるものだから始めることにした。
弟の目的は、どうやら誰かを招待することでもらえる特典が欲しいようだったので、登録だけしてすぐにやめようと思っていたのだが、意外とチュートリアルを進めていくと面白くて、久しぶりにゲームに熱中してしまった訳だった。
おかげで、今朝の彼女は寝不足で大変な目にあったのだが。
(でも、明日からは休日っ。今日はめいっぱい楽しんじゃおうっと)
そんか感じで、ウキウキした気分で彼女は廊下を歩いていると、ふと突然、ガラガラと教室から誰かが出てきて、その誰かとぶつかってしまう。
「きゃっ」
「おわっ……す、すまんっ、大丈夫かっ」
そう言ってぶつかったその人物は、倒れそうになった体を肩を持って支えてくれる。
声と肩を持つ手から、少女はその人物が男子だということに気づく。
「こ、こっちこそ、ごめん。大丈夫だった?」
下げていた顔を上げてその男子の顔を見上げると、彼はすぐに恥ずかしそうにして視線をそらしてしまった。
「あ、いや大丈夫だ。そっちはなにもなかったか?」
「う、うん……あ、体支えてくれてありがとね」
「え? ――っお、わ、悪い! 気安く触っちゃって!」
少女の言った言葉に、彼はオーバーなリアクションで肩に置いていた手を放すと、また恥ずかしそうにして視線を逸らす。
そんな様子がどこか中学生の弟と重なってしまい、少女は思わずクスリと笑みがこぼれてしまった。
「え? なんで笑ったんだ? ――というより、ほんとにどこもぶつけてないよな?」
「うん。大丈夫だよ。ありがとね」
「そうか、ならいいや。まぁ、今後これを機にお互い気をつけようぜ。それじゃ」
「うんっ、それじゃ」
そう言って、彼は去っていく。
やたらと重そうなカバンを片手に急ぎ足で昇降口へと向かって行った。
「……」
少しだけ子供っぽいところもあったけど、優しい人でよかったと少女は安堵する。
ほっと胸を撫でおろし、自分も今度から気をつけようと思って歩き出そうとした――その時だった。
ふと、足元に何かが落ちていることに気づく。
なんだろう、と思ってそれを拾い上げると、なにやらそれは一枚のカードのようだった。
そのカードはひどく見覚えのあるものだった。
つい最近にどこかで見たことのあるような、と考えたところで、はっ、と思い出す。
そう、これは昨日弟が持っていたカードだった。
それも、ソーブレインの招待で使用するために必要なカード。
確か、弟はこれをソーブレインの地方イベントで貰って来たと言っていた。
なにやら、配布の際に重複されないよう、カードにはユーザーの名前が記名されたらしいのだが……
「えっと……アーサーでいいのかな?」
気が引けながらも、思わず、そのユーザー名が記入されているところを見てしまう。
ローマ字で書かれたそれは、確かに「アーサー」と読めた。
「でも、どうしてこれがこんなところに……」
そう疑問をもったところで少女は気づいた。
先程ぶつかった男子が、落としていったものなんじゃないかと。
「あの人も、やってる……のかな?」
少女はそのカードと、先ほどの男子が去っていった方を交互に見ながら考える。
もし、彼がやっているのなら、「ソーシャント・ブレイブ・インフィニティ」について色々聞きたいな、と思う。
昨日、チュートリアルでどういうゲームかまでは判断したものの、その後が意外と難しくて困っている訳だった。
意外とやさしそうな人だったので、聞けば教えてくれかもしれないと少しばかり期待が浮かんでしまう。
少女は、どうしようか、と悩むも今はどうもできないか、と結論付けてカードをしまい、昇降口へと向かった。
「どうせ、これ返す時に合うんだし、その時に聞けばいいよね……」
そう言って、少女――朝鈴日向も先ほどの彼に見習って、早歩きで帰るのだった。
少しでも早く「ソーシャント・ブレイブ・インフィニティ」をプレイするために。
『アーサーには敵わない』第二章となる「2.始まりからの道のり」、スタートです!
何卒、よろしくお願い致します。




