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アーサーには敵わない  作者: 空木鉄也
1.英雄だからこそ
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第一話『挑戦者』

 ソーシャント・ブレイブ・インフィニティ。


 これは巷で流行っているPCオンラインゲームであり、自身のアバターを作り、そのアバター同士で戦い合うというもの。

 世界観はファンタジーとサイバー的なものを合わせた形のもので、アバターは鎧や西洋甲冑などがモチーフになっている。

 そのアバターは自分の好きなように自由にカスタマイズでき、近距離戦に特化させる者もいれば、遠距離戦に特化させる者もいる。

 自分好みのアバターを創り上げ、そのアバターを用いて上を目指して戦い抜いていくというのがこのゲームのゲーム性だ。


 また、このゲームにはランキングシステムなどがあり、トップランカーなどになると公式で大きく取り上げられ、全世界へのプレイヤーへと知れ渡る。

 すると、ならば自分が超えて見せようと多くの人がそのランカーへと挑戦をしていく。それをランカーは阻止し続けなければならない。

 ある種、スポーツの類にも見えてきそうなこのシステムだが、この熱さが熱狂的なファンを増やし続けている理由でもある。


 というわけで、今世界ではソーシャント・ブレイブ・インフィニティ――略して、ソーブレインが大々的に流行っているのだ。

 そして、このゲームの熱にやられた一人も彼、「アーサー」なのであった。



 そして、今は時間が進み、放課後の教室。

 夕暮れの光が差し込む中、アーサーはある人物とノートパソコン越しに交渉していた。


「どうだルエル。5万でその情報を売ってくれないか」


「むむむ……悩みどころですね」


「マネーイベントが発生していない今、通貨は希少価値が高いと思うがな」


「確かに武器のレベル上げには果てしないほどのマネーがいるのですが、それほど強化を急いでいるわけでもないですし」


「早めに強化しておかないと、いつ誰にポイントがむしり取られるかわからないぞ」


「そうですねぇ……楽に相手を倒せる確率が上がるなら……仕方なしですか……」


「よしっ! 決まりだな!」


 交渉成立。と言わんばかりにアーサーはにっこりと笑う”マーク”を送る。

 その顔を見せられたらもう後には引けなかったのだろう、ルエルも苦笑しながら”画面の契約書”にサインをしてくれた。

 ピコンッ、という可愛い音が鳴り契約の成立が完了する。


 今、アーサーとルエルが行っているのは、ソーブレイン内でのチャット。

 そこでアーサーはある情報が欲しくて、五万マネーというゲーム内通貨でルエルに交渉を持ちかけたのだった。


「じゃあ、今日帰った後にマネーは送るぜ。早速情報を教えてもらおうか」


「わかりましたよ……。そんなに焦らないでください」


「焦るに決まってる。なんといっても限定賞品のアーマーだからな」


 アーサーが取引をもちかけた原因は、彼が住むこの地方だけで行われる対戦イベント大会「地方サーバ対戦」で優勝した者のみが得られる秘密の限定賞品が原因だった。


 彼は基本はあまり課金しないユーザーだ。体力回復を早める時間短縮アイテムや、マイページを色飾るアイテムなどにお金をかけるだけで、基本身に着ける武器や防具は無課金で手に入るものばかりなのだ。


 ただし、その武器や防具たちは対戦イベント大会や限定対戦の勝者でしか得られない限定物。

 普通にプレイしているだけでは絶対に手に入らないもの。

 ちなみに、ネット上では対戦イベント大会が行われるたびに「アーサーのための大会」などと言われるほどである。


「今回の限定賞品は『龍の波動:イドル古龍式』ですね。ただしあくまで伝手の情報なんで本当かどうかはわかりませんよ」


「そんなこと言って、毎回当ててるだろ」


「まぁ情報に自信はありますし、否定はしませんけど。……とりあえず続けて、防御値は76。耐久値は99……カンストですね」


「さすが『龍の波動』シリーズだ。近距離特化のアーマーはいつ聞いてもその数値に痺れるぜ」


「遠距離の僕には程遠い感性ですね……」


 アーサーは身をよじり体をうねらせるが、ルエルは逆に遠い目をしながら乾いた笑みを浮かべていそうだった。

 誰もいない教室。そこで一人体をうねらせる光景は他者から見ればまさにホラー。

 客観視できて、ようやくアーサーはその奇妙な動きを止め、再び”画面”へと向き直る。


「加算アビリティとかはどうだ? 今回はノーマル?」


「いえ、聖のアビリティがついてますね。名前は――「英霊」? 初めて聞く名前です」


「今回からの追加新アビリティか! 余計に胸が高鳴るな!」


「……僕も少し気になりますね。よかったら今回の対戦イベント一緒に参加させてもらえませんか?」


「お、まじか……。どうしよう」


「だめですかね?」


「いや、そういうわけじゃないんだけど。……ちなみに聞くけど、お前って男と女どっち?」


「? 男ですけど……」


「なら、よし! いいぜ!」


「……もしかしてアーサーさんってソッチ系の人ですか?」


「ちげぇよ! 女の人が苦手なだけの思春期男子高校生だよ!」


「うわ……ありがちな設定」


「設定とかいうな!」


 とにもかくにも交渉は成立し、アーサーは無事に情報を手に入れることができた。

 ならば残されたことはだだ一つ。


「地方サーバー対戦で優勝あるのみ!」


 アーサーは誰もいない教室で一人こぶしを突き上げた。


 そして恥ずかしくなり、ルエルとのチャットを切って学校を後にしたのだった。



     ■ ■ ■



 実はアーサーはルエルとは一度も現実で顔を合わせたことがない。

 さっきもノートPCを介して、ソーブレイン内のチャットで会話をしていただけである。

 実際にお互いの声も聴いたことがないのだから、男であろうが会うことに少しばかり緊張するアーサー。

 明後日に少し高揚感を抱きながらも、外面はクールにしながら家路を歩く。

 すると、交差点の横断歩道の向こう側にでかいネズミ耳のついたパーカーを着た少女に目が付いた。

 柔らかく薄い橙色の髪を二つの真っ赤なリボンで結んだツインテイル。

 凛としていながらも、どこか幼さがのぞく顔立ちに水色の綺麗な瞳。


(可愛い子だなぁ……)


 そんな少女につい見惚れていると、少女はその視線に気づいたのか、同じくアーサーの方を見る。

 これはひょっとして、なんかと勘違いを起こしてしまいそうなほど、その少女の目はひどく魅力的だった。

 そして――。


「ん?」


「…………」


 少女がなにやら口をパクパクさせていることにアーサーは気づく。


「なんだ?」


「…………」


 アーサーは頑張ってその口パクを読み上げる。


「こ、っ、ち、み、る、な」


「……(プイっ)」


 読み上げた文面と、そのあとのむくれっ面で顔をそむけるという行為からアーサーは納得した。

 なるほど……彼女は自分と同類のタイプであるということに。

 すると、丁度信号が青になる。

 一瞬ときめいた心をしまい込み、アーサーは嫌な顔をしながら横断歩道を渡る。

 同じく顔をそらしながら、ツインテイルの子も向かってくる。

 そしてすれ違い様に――。


「キモっ……」


「なっ!?」


 そう言い捨てて、さっさと去っていった。


「……なんなんだあの女」


 アーサーは苛立ちを覚えながら、すぐに忘れようと再び歩き始める。

 でも、いくら忘れようとしても苛立ちは収まらないし、忘れられない。

 というより、普通に彼女が可愛かったので忘れることはできなかった。理不尽だ、と彼はそう思った。


「くそっ……やっぱリアルは糞だな……」


 そう吐き捨てると同時に、アーサーは我が家に帰ってきたのだった。



     ■ ■ ■



 アーサーは家に帰り、自室のPC前。

 チャリンという音とともに、ルエルに約束したマネーを渡し終える。

 一応、ソーブレイン内での『交渉』のやり取りはゲームの枠という範囲で神聖であるものだ。

 支払うといったものはしっかりと支払らわなければ、公式からペナルティを受けてしまう。

 そうなってしまったら、今まで積み上げたものがすべて無くなってしまうのだ。


「ちゃんと5万送ったし、大丈夫だろう。さて……」


 アーサーは一通のメッセージに悩まされていた。

 家に帰り、パソコンを起動させソーブレインにログインすると同時にメッセージが届いていたのだ。

 その内容が――。


『私と戦いなさい』


 そのたったの一言と同時に『挑戦状』が送りつけられていた。

 指定された日時は今日の深夜0時。ちょうどゲーム熱が上がってきやすい時間帯。

 相手もそれを知ってのことなのだろう、一番のベストコンディションで戦い合おうということだ。

 アーサーには今までにもこいう形で挑戦状を送りつけてくる者たちもいたが、それらは大半が面白半分でのことだった。

 しかし、このたったの一文からにじみ出る自信のオーラがそれらとはまるで違う。

 絶対に勝ってみせる。その言葉がその一文の後ろに続くように。


「面白いじゃねぇか」


 そう言って、アーサーはその挑戦状に「YES」の返答を送った。

 これでもう逃げることはできない。



     ■ ■ ■



 ソーブレイン内では、現実の地方ごとにゲーム内でワールド化されている。


 例えば、アーサーがいるこの地方では『銀聖地:ラグナシティ』という実際に都会であるこの地方を再現したソーブレイン内での都会のようなワールドになっている。

 他の地方のワールドに比べるとプレイヤーも多く、ゲーム内アイテムを扱う店や、対戦を楽しむドームや闘技場も多い。

 中にはアバターでそこを歩き回り、ワールド事態を楽しむというような感じの者もいるほど、しっかりとそれぞれ作りこまれているのだ。


 ちなみに、現実の世界で上の地方から順に『白聖地:ホワイトダウン』、『森聖地:リーズグリーン』、『銅聖地:グリムンウォール』、『銀聖地:ラグナシティ』、『雷聖地:アルカディア』、『火聖地:エンデヴォ』、『水聖地:ミルクンウェア』となっている。


 それぞれのワールドにはそれぞれにあった外観をしており、観光といって別のワールドに行ってくるというプレイヤーも多い。

 こういう形で現実に近い楽しみを得られるのもソーブレインの魅力となっている。


「コントローラーよし。眠気なし。PC異常なし。エネルギーよし」


 そして時刻は深夜0時近く。

 夕食を食べ終え、エナジードリンクを飲み、クーラーの電源を入れ、準備は万全のアーサーはソーブレイン内にログインし挑戦状を送り付けてきた者が指定した場所に来るのを待っていた。


 アーサーがいるのはラグナシティのとある闘技場。

 プロレスのような形のリングがあり、それを囲むようなだらかに上がっていく観客席という形状をしている。

 そして、夜間にしか開かれない少し”大人なアレ”感を醸し出していた。


 あまり有名な場ではないが、コアなプレイヤーは少なからずチェックしにくるだろうというところだ。

 すでにアーサーがここで戦うという情報を得てきたのか、観客席は満員。それなりにチャットはザワザワとしていた。


『アーサーが出るってまじだったんだな』


『なんだよお前、ガセだと思って来たのか?』


『アーサー様、まじ素敵!』


『どんな戦いを見せてくれるか、楽しみでごわすな』


『アーサーここで潰れねぇかなぁ』


『↑お前こそ潰れろ』


『アーサーの防具は、色んな意味で見てて神々しい』


『アーサーのお手並み拝見』

 

 ……などなど。

 観客たちは止まることなく膨大に書き込んでいく。

 途中までそれを読んでいたアーサーもついに追いつかなくなり、読むのをあきらめる。

 ただ、自分が出場するというだけでこんなにも盛り上がってくれるのは少し嬉しい気持ちである彼だった。


「さて、そろそろ指定の時間だが……」


 アーサーはすでにリングの上に立っている。

 しかし、挑戦状を送り付けてきた者は未だ現れない。

 

「残り一分。このまま逃げるつもりじゃないだろうな……」


 あまり俺をがっかりさせないでくれ。

 つい調子に乗ってそんなことを思った時だった。

 リング上に変化が現れる。


 ビュオオオオオ――ッ!! と、轟音を立てながら猛烈な竜巻が出現した。


 観客がざわめく。一体なんなのだと。一体なにが起こるのだろうと。

 アーサーは胸が熱くなった。こんな演出までして、どれだけ自分の中の期待値を上げてくれるのだろうと。

 そして――。


「――あなたが、アーサーね」


 竜巻の中に、女性アバターらしき影が現れる。

 その影はゆっくりとアーサーの方へと歩んできた。

 影が一歩一歩と踏み込むたびに、竜巻の力は弱まっていく。そして、アーサーの三歩前で止まる頃には完全に竜巻は消えていた。

 ネズミ耳にツインテイルをモチーフにした兜をしており、スレンダーで少し子供っぽさが残る体系ディティールには軽装備のアーマー。腰には湾曲した双剣。

 全体的に白と橙を取り入れたカラーリングにポイントで金が入っていた。

 その姿が影の姿。アーサーに挑戦状を送り付けた者のアバター。


『まじかよ……』


『今回のアーサーの相手ってあの子かよ!』


『これは録画しないとさすがに職務放棄っしょ』


 観客のチャット内がその姿を見てざわめく。

 否、すでに巨大な竜巻が現れてからちらほらと騒ぎ始めていた。

 それだけ、その影の正体が有名だということだった。


『ルーキーランカーNo4.フェアリー・フュザー』


 チャット内の誰かがそうつぶやいた。

 その有名な人物の名が確定された瞬間、観客はさらに盛り上がりを見せた。

 声に声が重なり、闘技場に大きく観客の声が響き渡る。

 多くの歓声がざわめく中、影――フェアリー・フュザーは言う。


「もう一度言うわ。あなたがアーサーね」


「ああ」


「そう。なら手短に伝えるわ」


 フュザーはアーサーと間を取り、挑発するように左指を向けて――。


「アナタを倒しにきたわ、アーサー。……いいえ――


 トップランカーNo3”竜王”アーサー!」 

 

「ああ、望むところだ!」


 かくして、”ルーキーランカーNo4”と”トップランカーNo3”の戦いが幕を上げる。

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