第八話 「新・人類」
第八話「新・人類」
人類が「新・人類」に支配されて十数年。
それまで、普段と変わらぬ生活を営んでいた人類。
しかし、現在、人類が平穏に生活を営む様子を人工衛星からでは確認されていない。
新・人類の高い技術力を用いた軍事力で世界の大国を一年で無力化にし、人類の自由や権利を掌握したからだ。
万里の長城よりも塀が高く、全長よりも長い収容所に人類は一か所にして集められた。第二次世界大戦の時に起きたホロコーストを思い出させるような息苦しさが漂う収容所だった。
収容所での生活は身分や国籍、性別、年齢も関係なく、過酷な労働を強いられ、最低限の食糧を与えられた。
もしも、新・人類に反抗したり、身体が使えなくなった者には無残な死が約束されている。
人類がこれまで発明してきた処刑の方法を新・人類が採用し、人類を処刑し続けた。
これはきっと、彼らなりの人類への当てつけのようなものなのだろう。もはや血の通った人間ではない、まるで別の生き物のようだ。
当然のことながら、年端もいかない子供やお年寄り、身体が不自由な者たちは真っ先に無慈悲な死が待ち受けている。
信仰している宗教の自由も禁止された。どうやら、新・人類は無神論者のようで、神を信じる者には厳しい罰や信仰を捨てさせるような仕打ちをした。
この世界に人類を救う救世主はいるのだろうか?
だが、新・人類の手によって難なく身を逃れられた者はいまい。いたとしてもこうなった以上、何もできないだろう。
そう、手をこまねいて、ただじっと見ているしかない。
人類バンクという「人類抹殺バンク」に照らし合わせてみて、登録されていない未登録者たちがこの世界には存在していた。
それは秘密結社「だるまん」と呼ばれるメンバーたちである。
だるまんは「国際だるま落とし協会」から派生してできた秘密結社で、規模は小さな町内会の集まり程度なもので、メンバーも十人も満たない。
だるま落としを唯一の絶対神とみなし、だるま落としをこよなく愛する人たちが秘密倶楽部と称して布教活動をしている。
そもそも、なぜ彼らがバンクに載っていないのか?
それは彼らが全員、「独身」だからである。
「愛のあるシンパシー」、それは世界的に有名なあるアーティストの曲名で、その曲を聴くと、好意を抱く人に恋をしてしまう魔法のような音楽だった。
恋に臆病で奥手な者たちも、この曲を聴けば、どこからか自信が湧いてきて、恋に積極的になれる。
また、相手に対する恋心さえあれば、シンパシーとして想いを伝えることができる。「愛のあるシンパシー」は様々な恋を生み出していった。
ありえない話なのかもしれないが、ローマ法王が二十歳も歳が離れている信者の女性と結婚した。
それに伴ってキリスト教のカトリックの神父たちは結婚を許されることになったという。
「愛のあるシンパシー」の効力は少子化が進んでいた時代の中で生まれた奇跡の御業であった。
ところが「愛のあるシンパシー」の歌声は突如として、永遠に葬られてしまう。新・人類の手によって暗殺されてしまったのだ。
新・人類は「愛のあるシンパシー」の熱狂的なファンだった。
彼らの永遠のバイブルと言っても過言ではないくらいに深く傾向していた。
初めの頃はとても愛に満ちていた生活を送っていたらしい。「愛のあるシンパシー」のおかげで、未だかつてないロマンチックな恋や結婚を手にすることができたのだから。
でも、代わりに今まで手に入れていたものが水のように手からこぼれていった。それは仕事への熱意や充実感である。
そして、本来の自分。恋に夢中になったばかりに仕事に身が乗らず、失業するケースが増えてしまったのだ。
すると、次第に開放的に自分をさらけ出したい情欲や異性への性欲が日に日に激しくなっていった。自分の意志ではもうどうすることもできなかった。
悪魔が囁くドラッグのようである。
その果てに得たものは変質者、性犯罪者、孤高の天才だった。そうなった者とその家族の関係はすぐに崩壊した。
「愛のあるシンパシー」によって人生を壊された者は「新・人類」と名乗り、恋や結婚に成功した人類を敵視し、密かに人類征服の期を伺っていた。
この頃、作られたのが「バンク」こと「人類抹殺バンク」である。
一方、新・人類が人類と対抗してきた時期に自称、「現代の天草四郎」はだるまんメンバーを率いて、超巨大なだるま落としの建造計画を実施した。
だるまんメンバーの多くは町工場に働くエンジニア。まさに精鋭部隊である。
その超巨大だるま落としは「だるまん聖人」という名の愛称でメンバーの間で呼ばれている。ノアが作った箱舟を直立させても、だるまん聖人の方がやや高いかもしれない。
人類の危機に立ち向かう時にだるまん聖人を起動させること。「現代の天草四郎」がメンバーたちに残していった遺言であった。
「現代の天草四郎」はだるまん聖人の完成を見ることなく、過労死で亡くなってしまった。
奇しくも「愛のあるシンパシー」を歌った歌手と同じ二十九という若さであった。
そして、「現代の天草四郎」の意思を受け継いだメンバーたちは収容所に向けてだるまん聖人を今、起動した。
だるまん聖人の台座はある一点に力を込めて叩かなければ決して落ちない。まさにほぼ無敵の防御力を持つ。
当初の予定では、新人類が攻めてきた時のために作られた守りの要塞だった。食糧はだるまの体内に溜め込んであり、三年は持つことが証明されている。
でも、それがいまや新人類の決戦兵器となっている。
すると、メンバーたちは人類を救い出すためにだるまん聖人の頂点に位置するコックピットに乗り込んだ……
収容所に続くフェンスや検問を次々に突破し、収容所の前まで無事にたどり着いた。ここまででメンバーの欠員はない。
敵襲を待ち受けていた新人類はだるまん聖人の周りをすぐさま囲んでいく。
手には見たこともない武器を持ち、静かに戦闘の合図を待つ。そして、反撃ののろしが今、上がった。
だるまん聖人のコックピットは雲よりもずっと高いところにある。
地上からだるまん聖人の全容を見ようとすると、そびえ立つ巨大な壁のようでしか見えないため、その全容は分からない。
だるまん聖人を敵にする新人類。果たしてこれがだるま落としだと気付く者はいるのだろうか? いや、おそらくいないだろう。
むしろ、思わぬ伏兵がまだ地上に残っていた事実に驚いたはずだ。
新人類は四方八方から人類を苦しめた破壊力のあるレーザー光線や画期的な人型ロボットでだるまん聖人の足元を崩したり、地面に倒そうと試みた。
しかし、抜群の安定力を誇るだるまん聖人には効かなかった。
結果的にだるまん聖人にしがみついている敵のロボットたちの動きを封じることになる。
だるまんメンバーはだるまん聖人を操作して、その場で回転させながら主砲を発射した。
だるまん聖人を同一円上にして周囲3kmに渡る攻撃はロボットたちをことごとく破壊した。
収容所にはまだ人々がいるので、収容所には当たらないよう、細心の注意を払いながらの放射であった。
すると、今度は空からUFOのような浮遊物体が飛んできた。
UFOのような浮遊物体は特殊な液体が入った鉄砲をだるまん聖人のコックピットに目がけて放つ。
その液体はどんなモノでも溶かす超強酸性の液体だった。
しかし、コックピットに被害はない。コックピットには細心の注意を払って作られたからではない。
それこそがだるまん聖人の特殊効果の効力。
特殊効果として、だるまん聖人の台座をすべて取り除くことが出来ない限り、コックピットへの攻撃は「どんなものでもバリアー」によって無効化してしまう。
だるま落としのルールにだるまを最初に叩くことはしない。
もし、ルールに沿わなければ、だるまん聖人が咥えている尺八で収容所の塀に音を共振させて破壊する装置が自動的に働くように設定されてあった。
今は亡きリーダーのアイデアである。
塀を崩された収容所から人々が助けを求める声や手を大きく振っている様子が見えた。
メンバーたちはその合図を待っていたかのように、コックピットから下の台座へと移動し始める。
アルファベットが割り振られている台座に乗り移ったメンバーたちは戦闘機が空母から離陸するように、だるまん聖人から台座が次々に離れていった。
台座は地面に触れると、戦闘ロボットへと変形して塀の中にいる人々を救出しに行った。
新人類のロボットよりもはるかにデザイン性と機能性が高いロボットだった。
戦闘ロボットが収容所に向かう。その後ろ姿を見守るように、残ったメンバーからの支援攻撃は怠ることはなかった。
処刑場の近くには死を待つ保健所の犬のように人々が身を震え上がらせていた。
味方であると説明した時には、仏様または救世主のように崇められた。
様々な人種が混在している収容所の中でインド人が多くいる収容所では「愛のあるシンパシー」を大音量で流している一人のインド人女性を見かけた。
新人類に見つからないように隠し持っていたのだろう。
女性の傍らには過労状態にあった女性の夫とみられる男が床に倒れ込んでいた……
「生まれ持った本能」というものがそうさせたのか、だるまんメンバーの青年はインド人女性としばらく見つめ合った。
両者ともギラギラとした情熱的な瞳を帯びている。「愛のあるシンパシー」を聴くうちに青年が抱くだるま落としへの愛が離れていった証拠だった。
そう、青年は人妻に恋をしてしまったのである……
一方、その頃、収容所の外では激しい戦闘が続いていた。
しかし、だるまん聖人に無意味な攻撃は無駄玉を打つようなものだった。
その何事にも動じない佇まいに恐れをなした新人類の攻撃に陰りが見えてきた。
人類がだるまん聖人の勝利を信じた時であった。でも、その攻撃の矛先は無抵抗の人々に向けられてしまうのだった……
塀をよじ登って外へと脱出を試みている人々をだるまん聖人の中に避難させる一方で、メンバーたちが自己犠牲の死を遂げていく。
新人類は無抵抗の人類に襲い掛かる。戦闘ロボットは人々を守るために体を張って人々の盾となった。
しかし、無残にも助けられない命は多々あった。
「雨だれ石を穿つ」ということわざがあるように、度重なる衝撃は中に乗っている人の命をおびやかす。
その衝撃に耐えきれなくなった者はショック死してしまうのだった。
無傷で地面に倒れていく戦闘ロボットを目にしただるまんメンバーは仲間の死に奮い立ち健闘した。
しかし、圧倒的な兵力で勝る新人類に勝利するのはもはや困難に思えた。
この状況を打開させる唯一の方法はコックピットを自爆させることだった。
その破壊力は人類を収める収容所一帯を火の海にするほどであった。
ただ、自爆の瞬間まで操縦手はコックピットにいなければ、自爆できないという問題があった。
その装置は密かにリーダーが改変したものだった。リーダーが身を犠牲にして、人類を救済しようと思ったからだろう。
それに気付いたのはコックピットにいる者たちのみであった。
その中には人妻に恋をしてしまった青年もいる。敗北の色が見えた時にリーダーが起爆装置を押すために作られた自爆装置が招いた事態。
残されたメンバーのほとんどがまだ三十歳になったばかりの若い男たち。
コックピットの中で自分の死と多くの生を天秤にかけていた。
誰だって死にたくはない。でも、それで大勢の人が救われるなら……
ベンサムが提唱した最大幸福の幸せを実践する者。コックピットに残っていた一人の青年は決意する。
そう、人妻に恋をしてしまった青年である。
だるま落としへの愛を失った男にメンバーを名乗る資格はないのかもしれない。それでも愛する人のために死んでいく。
青年は自ら志願をしてコックピットに一人残った。彼の名は永遠に語り継がれるだろう。だるまん聖人として!
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