第五話 「亡者の声」
第五話 「亡者の声」
右耳がある日を境に調子が変になった。それは前触れもなく突如として聞こえるようになった。
何が聴こえるって? 亡者の声さ。
亡者の声が聞こえるようになったのは、昼寝をしていた時だった。昼寝の時は床に右耳を当てながら横になって寝ていた。
それって亡者の声なんかじゃなく、下の階にいる住人の声だって?
いいや、あれは確かに亡者の声だった。壁は薄かったけどさ……そもそも下の階に住人なんていなかったよ。築五十年以上経った安アパートだからね。
で、亡者の声が聞こえたんだけど、最初から亡者の声が聞こえた訳じゃなくて、それは泡がたくさん出るやつ。えっと、何だっけ?
そうそう。「炭酸」の泡が一度にたくさん弾けた感じの音が最初に聞こえてさ。聞いた途端、ビックリしちゃったよ。
それから、亡者の声が聞こえた訳だけど、亡者の言っている言葉の内容が上手く聞き取れなかったから、もう一度、お願いしますだとか、パードゥン? って何度もお願いした。
パードゥンが変だって? だってさ、亡者が「外人」っていうパターンもあるわけじゃん。まぁ、自分、英語は無理っす。
まぁ、亡者が外人だったら、日本語ゴリ押しで会話しようかなって試みる感じではあったけどね。
それで聞いてくれよ。実は驚いたことがあって、亡者の声が変で口が曲がっているような声だったんだ。それであまり言葉が聞き取れなかったんだよね。
その後、亡者が言っていたんだけど、生前は名の売れたマジシャンだったらしい。テレビ出演の予定もあったんだって。
でも、それは無理だったらしい。その前にマジックの練習の最中、トラに食らわれて死んだらしいから。
唇も食われて相当、悲惨な最期だったらしい。
そのことを聞いて同情してさ。つい聞いてしまったんだよ。
「最後に何がやりたかった?」って? そしたらさ、バナナが食べたかったってさ。
それも市販のスーパーで売っているフィリピン産のバナナじゃない。台湾バナナ。
えっ、何で? って一番にそう思ったね。
試しに台湾バナナをググってみたら、品質が良いからフィリピン産バナナよりも価格が高いってことが分かった。
昭和三十年ころまでバナナが「高級品」だったなんて知らなかったよ。
亡者の子供の時はバナナの価格が高くて食べられなかったって言っていたな。
で、台湾バナナ買って来た。そして、床に寝たら、右耳から亡者の声が聞こえてきて、すると、亡者が涙ながらに感謝されたよ。
いやぁ、人から感謝されたことがあまりなかったから、素直に嬉しかったのを覚えているな。
だんだん、亡者との距離が近くなったなって思った時、僕は将来のことをふと考え始めていた。
でも、特にやることがなかったから、ノリで亡者に弟子入りしたんだけど、普通にOKもらえたからそれもビックリした。
それで今、マジシャン見習いって訳。分かった?
でも、今ちょっと、マジシャン辞めたい気持ち。だって、亡者の指導があまりにも厳し過ぎるし、お互い喧嘩したら、一心同体みたいな感じだから、すごく気まずいし、自分の思っていることがすぐにバレる。
それで思ったことがあるんだけど、亡者ってどうやったら成仏するのかな?
塩とか撒けば、天国行ったりするのかな? なんてことを考えてた。
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