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short_short  作者: ビックアロー
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第四話 「転校の瀬戸際」

 第四話 「転校の瀬戸際」


 武家屋敷の一室で静かに正座をしていた一人の少年がいた。

 少年の肌は色白で肌のきめが細かく、背がすらっとしていて、正座の姿勢から気品さえもうかがえる。

 ただ、長髪のせいかパッと見、女の子に見えた。


 少年の名は狗神琥珀いぬがみこはくと呼ぶ。

 学校では、「琥珀くん」という愛称で呼ばれている。

 太もものふくらはぎが痺れたのか、時折、正座をする足を組み直していた。琥珀くんは下座に控え、誰かを待っていた。すると、ふすまに黒い人影が見え、居間に琥珀くんの父親が現れた。

 上座に座った琥珀くんの父親は一呼吸置いてからこう言った。


「琥珀、お前は女の子みたいだねって言われないか?」


 それはとりとめのない一言だった。


「えっ?」


「琥珀はしっかりとした男の子だから、女々しいことはしていないし、琥珀は女の子。なんてことを女の子から言われたことは生まれてこの方、一度もないと思うのだが……」


「ええ、一度もないです!」


「でもだ。もし、琥珀が女々しいことをしていたり、琥珀は女の子みたいって言われたら、父の言いたいことは分かるよね?」


「もし、俺が女々しいことをしたり、琥珀くんって女の子みたいって言われたら、どうなるんですか?」


「そんなことも分からないのかい?」


「すいません」


「転校だ」


「……は!?」


「琥珀、明日からこれを付けて、学校に登校しなさい」


 琥珀くんの父親は唐草模様の風呂敷で包んだ小包を手渡した。

 琥珀くんはそれを大事そうに受け取ると、静かに風呂敷の紐を解いた。そこには……


「こ、これは小型カメラ……ってそこまでしますか普通!」


「故意にカメラを壊したり、勝手に許可なく取ったりしたら転校だからな!」


 今、琥珀くんが父親に反論でも一言言ったら、すぐにでも転校させる勢いだった。

 もうすでに琥珀くんの取るべき道は決まっていた。


「……わ、分かりました」


「いい返事だ、父さんは期待しているぞ。琥珀も立派な大人になるのだから……」 


 代々、狗神家は『男』という性を大切にしてきた。

 狗神家の「男」としてこの世の生を受けると、立派な男になるための教育を受けることになる。

 過酷な試練の連続だったが、琥珀くんは今まで堪えてきた。


 そして、その夜、琥珀くんは思った。女の子だと言われたら、転校させられてしまう……もし、転校したら? そんなシナリオを思い描いた。


「どうして転校したんだ?」


「……えっと、女の子みたいって言われた、から?」


 それを聞いた転校先のクラスメートたちからの爆笑。転校初日から琥珀くんは「変人」だと思われてしまう。夢が終わり、現実に戻ると、琥珀くんの顔が一瞬のうちに蒼白した。


 そして、朝。学校の登校日。琥珀くんはいつもの通学路で夢の中で起きた出来事を今一度、確認していた。夢を思い返すと、今一度、気分が悪くなる。琥珀くんは「大丈夫、大丈夫」と自分に言い聞かせたが、逆に不安が募るばかりだった。


「おはよう」


 その声に琥珀くんは後ろを振り返った。後ろを振り返った先にはクラスメートのめぐみちゃんがいた。


「や、やぁ、めぐみちゃん」


「琥珀くんってさ……」


「なに?」


「女の子みたいだね。可愛い」


「………」


 さっきのは間違いであって欲しいと琥珀くんは天にいる狗神家のご先祖様に必死に祈った。


「何やってるの?」


「あー。さっきの言葉、自動車のエンジン音で聞こえなかったから、もう一度言ってくれるかな?」


「だから、琥珀くんって女の子みたいって言ったの」


 めぐみちゃんに朝一番に会ったことを後悔した。これでもう転校は免れない。

 琥珀くんは学校の玄関口とは逆方向に向かって歩みを進めた。一歩一歩が悲しげな歩みだった。


「ちょっと! 琥珀くん。どこ行くの? 学校は?」


 琥珀くんはめぐみちゃんの問いかけを無視。しばし、一人になりたいと思った琥珀くんは近所の児童公園へと向かった。

 そして、陽が傾きかけていた頃、自宅の前に空しく立っていた琥珀くんはこの先、どうすべきか真剣に悩んでいた。琥珀くんは朝、めぐみちゃんに言われたあの一言を思い返してみた。

 すると、地面に転がっていた適当な大きさの石ころを拾い、何もできない石ころに同情した。

 

 夜が近くなった頃、表玄関から入ると、そこには誰もいなかった。

 誰か一人や二人、使用人たちが出迎えてくれるはずの玄関。

 すっかり飽きられたのだと思い、居間に上がって一人、座禅を組もうと思った。そう、これからのために……


「琥珀?」


「……すぅ」


「聞いているのか。琥珀!」


「は、はい!」


 琥珀くんはお父さんの一言で目が覚めた。


「琥珀は狗神家の面汚しなのかい?」


「す、すいませんでした!」


 さっきまで座禅を組んでいた琥珀くんはすぐさま土下座をした。もう陽は落ち、夜になっていた。


「外ではえらく違うようじゃないか!」


「………」


 ししおどしが静寂の夜に一線の音を響かせた。


「言ったよな。女の子みたいと言われたら転校だと」


「はい……」


 結局、琥珀くんは転校させられることになった。

 慣れ親しんだ学校を去るのはいささか辛いものがある。琥珀くんの転校間近になると、クラスのみんなから琥珀くんに寄せ書きをくれた。


「転校しても元気でね」、「琥珀君のことは忘れないよ」などの励ましや嬉しいことが書いてある中、端の寄せ書きに「女の子みたいって言ってごめんなさい」と書いてあった。琥珀くんは一目でこれを書いたのはめぐみちゃんだと気づいた。


「なになに、十円玉でここをこすって見てください? な、何だろう?」

 

 琥珀くんは試しに十円玉を用意して、白い修正器の箇所をこすってみた。すると、「乙女らぶりーはーと」という文字が現れた。


「俺って乙女だったんだな……そうか。ってふざけるなっ!」


 琥珀くんは勢い余ってクラスメートたちから貰った寄せ書きを叩き折ると、もう手遅れのような顔をした。ふすま越しに人影が見えたからだ。

読了ありがとうございます。

感想やコメントをいただけると幸いです。

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