間もなく正午をお知らせします
山、谷、山、谷、山、谷。
奇妙な地形だと思う。
山というより山脈と言うべきかもしれない。交互に山と谷が並んでいる様子は三本の川のようにも見える。水はたまっていないが。山と谷の高低差は数百メートルある。谷の幅もまた一、二キロにも及ぶ。
俺たちは二の山、と呼ばれる真ん中の山にいた。山頂に近い。俺たちの背後には一の谷、目の前には二の谷がある。二の谷の向こうには三の山、そして三の谷がある。
「なぁ、三の谷の向こうはどうなってるんだろうな」
ミキヒサが言った。三の谷の向こうは雲がかかっていて、ここからだとよく見えない。
「四の山があるんじゃないか?」
俺は適当に返事をする。ミキヒサは苦笑した。
「どこまでも続いてるってのか。四の谷、五の山、五の谷……」
「かもしれない。誰も行ったことが無いんだから、わからんさ」
三の谷より向こうは道が険しすぎて登れないのだ。三の谷にだって人は住んでいない。いや、住めない。人が住んでいるのは二の谷までだ。
「こうして見ると、二の谷も発展したもんだな」
「まあ、前の災害から六十年経ってるわけだからな」
俺とミキヒサは一の谷に住んでいる。今日は学校をさぼってこの二の山に登ってきた。
「この町が……今日、壊滅するってのか。信じられんな」
「だが、六十年前には確かに壊滅したんだ。「黒い嵐」でな」
黒い嵐。それが今日起きる現象の名前だ。
その正体がなんなのか、よくわかってはいない。竜巻の一種だと言われているが、あんな黒いものがただの風だなんて信じられない。天まで届くかのような巨大な竜巻で、真っ黒だ。竜巻の直径も、谷の端から端まで届くような巨大なものだ。その様は天までそびえ立つ塔のようにさえ見える。
その塔が、通り過ぎるのだ。谷を。そしてすべてをなぎ倒していく。後には何も残らない。本当に、何も。たった一日で、谷のすべてが瓦礫の山と化し、人間を含めた動物は死滅し、植物もすべて根こそぎ無くなる。全てが無くなる。
二の谷は六十年前にそれで壊滅したと言われている。
「黒い嵐か……。見たことあるか?」
「ある」
俺もミキヒサも、いや、たぶんほとんどの人間が、黒い嵐を見たことがある。といっても、六十年前の悲劇を体験したわけじゃない。三の谷でそれを見たのだ。
二の谷の向こう、三の山を越えた先にある三の谷。
三の谷には、六十年どころではない。毎年来るのだ。その黒い嵐が。
毎年同じ日に、通り過ぎていく。それが今日だ。三の谷ではそのたびに、一年でわずかに伸びた草木も住み着いた虫達も、そこにあるすべてがなぎ倒される。
だから三の谷には誰も住んでいないし、この日には三の谷には足を踏み入れない。毎年決まって同じ日なので、逆にそれを避ければ被害にあうこともない。
だからこの日に三の山に登れば、黒い嵐をわりと近くで見ることもできる。近づきすぎなければ巻き込まれることはないが、もちろんかなりの強風の中の観測になるからそれなりに危険ではある。親や先生からは行くなと言われている。だが誰でも一回くらいはこっそり見に行った経験はあるものだ。
「最初に見たのは小三の時だったな」
「早いな。俺は中一の時が最初だ」
ミキヒサはマジメだからな。こいつは科学マニアで、この谷の不思議な現象、黒い嵐について色々調べているらしい。
「もうすぐかな、ミキヒサ」
「古い文献によると、二の谷に嵐が来る時は……一の谷に来る黒い嵐と同じ時刻に来るらしいぞ」
「じゃあ、正午か」
「だろうな」
「そろって来るのか。やれやれだな」
そう。俺たちが今日三の山でなく二の山に来たのは、今年、二の谷に黒い嵐が来るからだ。
六十年周期で来るのだそうで、ちょうど今年が前回から六十年後にあたる。さすがに二個前のやつを体験した世代は生きちゃいないが、前回のやつを体験した年寄りたちは「あの時のことを忘れちゃいかん」と口うるさい。
まあ、忘れなかったからその教訓を活かせるわけで、二の谷の住人たちは、黒い嵐に備えて、昨日から全員一の谷に避難している。黒い嵐が来ることのない安全な一の谷は、二の谷三の谷と違い栄えていて、役所などの公共機関は全て一の谷にある。二の谷の住人はそもそも数十人くらいしかいないから、全員避難させるのもたいして難しくはなかった。
「しかし、避難した人間はいいとしても、動物や植物は巻き込まれちまうな」
「……仕方ないだろう、それが自然の摂理ってもんだ」
「自然の摂理か……。しばらく平和に見せかけておいて、油断したころに襲いかかって来る。まるで罠だな」
「だが生き物だって無策じゃないぜ。人間という知恵を持った生き物は、あっちの六十年周期という法則を見破った。だから自然のしかけたその罠を避けることができるんだ」
ミキヒサは、自然を敵視しているところがある。
「とはいえ……。また二の谷に人が住めなくなるんだな。向こう何年かは」
「まあ人の住んでたあたりの瓦礫を片づけるだけならすぐだろう。田畑はまあ……もとに戻るには長くかかるだろうが」
俺には、六十年周期で壊滅するとわかっている土地に、どうして好き好んで住んでいるのかわからない。まあ、六十年と言えば案外長い。長く住むつもりのない出稼ぎ者や若者が安く暮らすために二の谷を一世代限りの住まいとして選ぶという話はよく聞く。そういう連中がいれば、それを相手にする店もできる。六十年限りの期限付きだがちゃんと町ができるのだ。これもミキヒサの言うように罠を見破って賢くそれを避けて生活しているのだと言えるのかもしれない。
「しかし、きっちり六十年周期か。……おもしろいな」
俺がそうつぶやくと、ミキヒサは目を輝かせた。
「だろう!? いやー、マサヒトならわかると思ってたぜ。そうなんだよ。こんな日付に正確な気象現象はなかなかない。そういうのって、月の満ち欠けや、日食や月食とか、夏至冬至とかみたいな、天体の運動に関連してるに決まってるんだ。毎年同じ日なんだからな。これはつまり地球が同じ位置に……」
「わ、わかった。わかった」
「色々調べたんだ。一の谷図書館にも、かなり古い文献が残ってる。だいたい七百年前くらいからあるみたいだな。それを見ると、周期はかなり正確だ。地震の周期みたいにだいたいじゃない。きっちりだ」
ミキヒサは熱が入ると話が止まらなくなる。
「だから地震と違って、地表の現象じゃないと思うんだ。竜巻に見えるけど、俺はあの黒い嵐は空の上から伸びてきてるんじゃないかと思う。巨大な一本の円柱のようなものが空から伸びていて、地球の表面をなでていくんだ。毎年一回。思うに、この現象によって大地がえぐれた後が、三の谷になったんだろうな」
「誰だ、空の上でそんなもの振り回してるのは」
俺は軽口を叩く。
「振り回す……?」
ミキヒサが、なにげなく言った俺の言葉に食いついた。
「なるほど、回転してるのか。それは考えつかなかった。確かにこの黒い嵐、通り過ぎるのはこのへん一帯だけらしいからな。空の上のほうに嵐の根っこがあって、そこから円を描くように回転してるんだとすると、説明がつくな。その先端が地表に届くのがちょうどこのへんなんだな」
ぶつぶつと考え始めた。俺は話が続かなくなったので、目の前の谷を端から端へと眺める。
「……この南北に長い谷の先……南のほうから黒い嵐が来るんだよな」
南のほうを見る。三本の谷の続く先のほう……ほどなくして海になるが、その海上から嵐がやってくる。
「ああ。今年は、ダブルだ。三の谷と二の谷に二本来るわけだ。興奮するよな」
「お前、何嬉しそうにしてんだ。喜ぶようなことじゃねえ」
だが、興奮するやつらは他にもいるのか、俺と同じように単なる野次馬か、周りを見るとポツポツと山の尾根に俺達と同じような見物人が来ているのがわかる。危険だとか不謹慎だとか言われようと、見たいものは見たいのだ。
「人が多いのはやっぱ一番高いところか。石碑のあるあたりか」
「石碑か……。そういや、三の山に行った時にも、あれがあったな」
「ん?」
「同じような石碑だよ」
ミキヒサが指さした。この二の山の頂、人がたくさんいるあたりに一つの石碑がある。石碑と言っても表面だけ平らにした無骨な岩で、相当昔からあるものだ。
「今まで気にしてなかったけど、何が書いてあるんだ? あの石碑」
「ん? ああ、数字だよ。数字の60って書いてある。数字と言っても昔の文字だけどな」
さすがにミキヒサはそういうところはちゃんと知っている。
「60か……へえ。偶然とも思えんな。二の谷に来る嵐の周期か」
「どうかな。三の山にも同じような石碑があってな、そっちも同じだ。60って書いてあるんだよ。だから関係ないと思うぜ」
「なるほど。あっちは一年周期だもんな。じゃあ関係ないのか」
「それに、一の山にもあるんだ。そっちの数字は60じゃなくて12。昔の番地か何かを表してるだけじゃないか」
「60,60,12……?」
俺はふと、さっきミキヒサが言ったことを思い出した。
「なあ、三の谷は毎年の黒い嵐によって抉られてできた、と言ったよな」
「仮説だけどな」
「てことは二の谷も、同じだよな。六十年に一回とはいえ、何世紀もそれが繰り返されて谷になった」
「ん? ああ、そうかもしれないな」
……俺は嫌な予感が次第に高まっていくのを感じる。
「なあミキヒサ、一の谷図書館の古い文献て、何年前のまで記録があると言ってたっけ」
「ん? 一番古い記録で、七百二十年前だな」
「それより前の記録はないのか」
「まったくないよ。郷土史みたいなの見ても、その頃までは色々情報があるのに、それ以前となると急にフワッとした記述になる。どうもこの地域にはそんなに古い資料が残ってないらしいんだよ」
「……」
俺は、背中を嫌な汗が流れ落ちたのを感じた。
「720……。60×12だ……」
「ん?」
「こ、今年か……」
「何が」
「くそっ。ああ、なんてこった。あの黒い嵐は……針だったのか」
「針?」
「なんでお前は気づかないんだよ! 今年だ! 今年なんだよ!」
俺は怒鳴っていた。
ミキヒサは、何を言っているんだ、という顔で見ている。
「急いで皆に知らせるぞ!! まだ避難間に合うかも……」
そこまで怒鳴って、ミキヒサの向こうの景色を眺めて、絶句した。
「おいマサヒト、何をそんなに慌てて……」
ミキヒサも絶句した。
俺たちが見たものは、迫りくる黒い嵐だった。だが、俺たちが予想していたのと違い、天から伸びる黒い柱は……二本ではなかった。
静まり返る山の上の観客達の頭上で、能天気なアナウンスが流れた。
「間もなく正午をお知らせします」




