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無気力少女の成長譚  作者: 月鳥 風花
4/4

見学


 新入生歓迎会は終わり、体育館を後にする。この後は特に授業も説明もなく、帰りのHRで担任から部活は原則所属だと告げられたくらいで、何事もなく解散した。原則所属なのは知っていたが、何が良いかと具体的に考えようとするとよく分からない



「彩はどっか行きたいって言ってたよね、吹奏楽だっけ?」

「うん、あと茶道部かな」


 茶道部か、いいな。作法を学び自身を律しながら、東菓子と御抹茶の完璧なハーモニーを楽しむ、素晴らしい。ここ北区は東区ほどではないが季節がハッキリしている方だから、季節感ある菓子が出てくるだろう


「ちょっと見に行こうか」





 ということで2人で茶道部にやってきた。楽にして待っていてくださいと言われて、彩はその通り足を崩して座る。私は正座のまま御抹茶を準備している人の手元を凝視する。まばらに人が来る中、茶道部の先輩方がお菓子をもって来たついでに見学の人に世間話を振っている。こちらにお菓子を持ってきた先輩に見られながらゆったりとお菓子を食む


「やっぱり東菓子が至高だよね」

「ええっ、中央菓子が究極のお菓子に決まってるじゃん!?」


 確かに中央菓子もいいけど。あのフワッフワなスポンジ生地、滑らかなホイップクリームやカスタード、とろけるチョコレート。それらと共にいただく香り豊かな紅茶やコーヒー。……良いけれど至高究極とまではいかない


 なんせ東菓子の素晴らしさは味覚だけでなく視覚にもあるのだから。この季節、春なら桜を初めとした色とりどりのモチーフの花が絶妙な色合いで美しく調和する。かなり甘く作られたお菓子に少し苦めの御抹茶の組み合わせは、中央菓子にはないハーモニーを生むのだ



 お菓子論争がヒートアップしてきた頃に、気づいたら目の前からいなくなっていた先輩が二人分の御抹茶を持ってやってきた。論争の途中だったが口を噤み、居直ってお辞儀をする


「いただきます」

「はい、ゆっくりとお楽しみください。それにしても、2人ともお菓子大好きなのね」

「ええ。東菓子はよく食べますし、中央菓子はよく作りますし」

「私はどっちもよく食べます!」


 あの白熱したお菓子論争をずっと聞いていたのか、クスクスと上品に笑う。今日のお菓子はどうだった? と小首をかしげるので、素直に美味しかったですと一言。しかし何か言いたげに先輩がこちらをジッと見つめるので、感想を二言三言つけたす


「あとお菓子なら東区の胡蝶蘭ってお店のが美味しいと思いますよ」

「詳しいのね。ありがとう、調べてみるわ」

「まあ、出身なんで」






 彩がこのまま吹奏楽にも行こうと言うので、後をついてまわった。最初に空いていたホルンのコーナーに行く。金属で出来たカタツムリみたいだと呟くと先輩方は笑っていた。実際に触ってみると、彩は難なく吹いてみせただけでなく、先輩から音階を教わって楽しそうにしている。私はまず音が出せず四苦八苦していた


「なんか、息吐きながら唇ブルブルーってできる?」


軽くやってみせる、これ変な顔してそう。そうすると上手、と褒められたあと、震わせたまま楽器に口付けて吹いてみて、と言われる。ぷぁ、と情けない音だがようやく音が出せた。息吐くだけじゃ楽器って吹けないんだと知って、彩が難しいことを簡単そうにやっていることに気づいた



「彩凄いね。私じゃ無理だ」

「これは慣れだよ。なっちゃんも慣れたらできるって」




 次はクラリネットのところ。さっきのホルンは金管でこれは木管、吹き方がさっきとは違うのだとか。こっちは唇を震わせながら吹き入れる必要はなく、リコーダーみたいに吹けばいいらしい。ただ、リコーダー以上に肺活量が必要な感覚だった


「あ、こっちはちゃんと音出る」

「金管は苦手?」

「なんか音出すのに精一杯でした」


 わかるー、と言った女の先輩がニコニコしながら自身の体験を語ってくれた。先輩の話に共感しながら、先ほどと同様に音階を教わっている彩を見ていた。吹奏楽は大変そうだなあ




 最後に彩のお目当て、フルート。金管だと思っていたが木管楽器らしい。クラリネットと同様に息を吹き込むだけで音は出せる。綺麗な音になるかは別として。ホルンやクラリネットと違って横に持つため、手元が見えにくそうだ


「……難しそう」

「皆そう言うけど慣れれば平気だよー」


 もはや楽器を試さなくなって手持ち無沙汰な私に、彩を指導していた先輩が振り向いた。やってみるかい? と楽器を持ってこようとした先輩を引き留める。吹奏楽と茶道部なら茶道部がいいなあ。でも身体動かしたい様な気もするからもうちょっと考えよう


 私の幼馴染は、それこそ少女漫画のヒロインとかRPGのお姫様みたいに完璧でかわいらしい。何が言いたいかって、フルートを吹いている様が素晴らしく絵になることだ。綺麗な風景に浸っていると彩が先輩にお礼を言って片付けを始めた


「早いね。もういいの?」

「なっちゃん飽きちゃったでしょ。一番触りたかったのはフルートだし、もういいよ」



 下校時刻まであと30分ほど。新たな部活にはいけないが、新たな楽器を見ることならできる残り時間だが帰ることになった。道中、彩は吹奏楽に入ると決めたらしいことを悟った






「なっちゃんはどこ行きたい?」


 次の日の放課後。彩が私の部活選びを手伝ってくれるというので、とりあえず玄関ホールの掲示板を一緒に見に行った。運動部の勧誘ポスターが15前後、文化部のが10前後、大きな掲示板に連ねられていた



「とりあえず身体動かしたい。あとチームより個人戦ができるとこがいい」

「なら陸上、ラケット競技、武道かな?」


 学校の勉強がおろそかにならない程度の練習量だったらどれでもいい、と返すとそれはその部活を真剣にやっている人に失礼じゃない? と怒られた。武道は作法とか道着とか面倒、陸上は上下関係厳しいらしいから嫌かなと別の理由を言うと納得したのかラケット競技に絞られた


「ソフトテニス、硬式テニス、バドミントン、卓球。結構絞られたから全部行ってみようか」




 まずはテニスコートだね、と先を歩き始めた彩が言った。ジャージとかないけどいいのかと不安になったが、勧誘ポスターには何も書かれていなかったため気にせず向かうことにした


 4面あるうちの左半分の2面がソフトテニス、もう右半分が硬式テニスの場所になっていた。ソフトテニスの方が空いていたのでそっちを先に案内された。硬式テニスの世界大会で活躍した選手がいるせいで今年は結構向こうに人取られた、と案内してくれた先輩が愚痴っていた


「ちょっとやってみる? 振り方まねしてみて」

「はい……あ、ラケット軽い」


 先輩から投げられたボールを、ふんわりとネットの向こうへ返す。ポヨンと跳ねていったそれは向かい側にいた彩が打とうとしたが失敗。空ぶった体勢でポカンとしてる幼馴染が可笑しかった



 しばらくラリーで遊んでいたら、他の見学の人が来たらしいので場所を明け渡した。硬式の方も行くかどうか尋ねられたが、わざわざ人が多いところには行きたくないと思ったので断って校舎へと戻ってきた。迷わないように校舎まで送ってくれる優しい先輩がいるし、ここに決めてもいいかもしれない






 体育館に行くとちょうど手前側半分がバドミントン、ステージ側ではバスケをやっていた。バスケは好きだけど体育でやるくらいの、緩いルールが好きだな。ちゃんとしたバスケはルールが多いというか厳しく感じる


「これ、ホントに体験入部なの……?」

「彩、止めよう。一旦廊下出るよ」


 初心者歓迎とかポスターに書いてあったが嘘でしょ。スパンと空気を切るようなスマッシュの応酬に気後れしてUターンした。きっと体験入部ってバドミントンを体験しようって意味じゃなくて、普段の部活を体験しようって意味じゃない?


「なにが初心者歓迎なのかききたい。ガチ勢歓迎にした方がいいよあれは」


「本当その通りだね。後行ってないのは卓球部だけど、どこでやってるんだっけ?」

「体育ホールとかそういう名前だったと思う」



 体育館で活動じゃないことに不信感を覚える。ソフトテニス部に好印象を抱いている以上無理に行かなくてもいいかと結論を出して帰ろうとしたとき、玄関とは逆に伸びる廊下の先から女性が二人現れた


「あっ、もしかして佐々木優奈ちゃん?」

「え、はい、そうですけど……」


 話しかけてきた女性のリボンは黄色、3年生。隣に立っている女性は緑のリボンだから2年生だ。2人とも人の好い笑顔をしている。しかし知り合いの先輩がここに進学したとは聞いてないんだけど、誰だろう



「これ見たらわかるかな?」


 彼女が見せてきたのは生徒会の腕章だった。意識の靄が晴れ、見たことあるような気がするという認識から、入学式の時にお世話になった生徒会長さんだという確信が湧いてくる



「生徒会長の、中村凛さん?」

「正解! こっちは部活の後輩の――」

「2年の小林海緒(こばやしみお)! よろしくね優奈ちゃん!」


 知り合いの知り合いって人と仲良くするかはおいといて、求められた握手に一先ず応える。てっきり生徒会が1つの部活のような扱いを受けているのかと思っていたが、他の部活に所属しているらしい


「中村さんは何の部活に所属してるんですか?」

「卓球部よ。この先の体育ホールで活動してるんだけど、来る?」


 行こうかどうか悩んでいた卓球部所属なんて偶然もいいところだ。中学の時の卓球部はオタクが多かった印象だから、生徒会長がいるというのが意外に感じる。体育ホールってこの先にあったのか、と廊下の奥を見る。ドアが5つ、体育ホールと格技場に入るための扉2つずつと、外に出るための扉がある



「陽大! 新しい子連れてきたからよろしく! 海緒はまた一緒に勧誘行こうか」


「今勧誘しに出てったばっかだろ!? 凄えな!」

「任せてください!」


 陽大と呼ばれた大柄で筋肉質な男性が振り返る。会話の雰囲気から彼が3年生で部長か何かだろう。その周りにはジャージ姿の男性1人と、制服姿の男性3人。制服姿の人たちは皆赤ネクタイだから1年だ



「じゃあ私はまた勧誘と生徒会行ってくるからお願いね」


 中村さんたちは踵を返して体育ホールの外へ消えていった。男性陣に向き直ると彩が先輩に自己紹介している。その様子を眺めていると私へと視線を向け続ける人がいることに気づいた


「……ご縁があるようで」

「ああ、そうらしいな」


 入試の時の騒動、そして同じクラスでの邂逅。3度目の正直でようやく言葉を交わした。美しい瑠璃色の瞳が私の鈍い紅を射止めるように見る


「佐々木優奈です。入試の時はありがとう」

「吉田律己。当然のことをしただけだ」


 知らぬ間に先輩と話し終えた彩がこちらに寄ってきていたらしく、入試の時に何があったの、と詰め寄ってくる。なんだったっけねえと誤魔化して他の1年に話を振ることにした


「そっちの2人は? おんなじクラスだったっけ?」

「俺4組。関口樹(せきぐちいつき)ッス」

「3組、岡本志音(おかもとしおん)


 違うんだ、と雑に返答する。だがこれだけじゃ彩の意識は流石に逸れてはくれなかったらしいので、帰ったら詰問されることだろう。どうにか体験入部に夢中になって忘れることを願うのみだ


「よぉし体験入部始めるぞ!」


 部長と思わしき人が号令を掛けると、どこでスタンバイしていたのか小柄な先輩が人数分のラケットを1人1人に手渡し始めた。テニスのラケットを握った後に持つととても重く感じる


 ラケットやボールに慣れようという企画で、リフティング大会が開催された。ラケットを水平に向けて上下に振る。白や黄色のボールがコン、コンとぶつかる甲高い音が不規則に鳴り響く


「周りに気をつけろよー! 間隔開けないとぶつかるぞー!」


 部長さんの声に周りを意識するも、これが思った以上に難しい。気を抜くと水平じゃなくなったラケットの上をボールがバウンドし、あらぬ方向へと飛んでいく。何度やっても20前後で追いつけなくなってしまう。彩に至っては10回にすら満たない回数でボールが床に落ちてしまう




 ふと、ラケットを渡してくれた先輩のところに人が集まっているのに気がついた。背の高い男子たちが壁になって見えにくいため、能力を使って壁の上からのぞき込むように見る



「あっ、なっちゃんずるい! 私も見たい!」


 彩の声に振り向いた彼らが振り返ると、気づいていなかったのか宙に浮く私を見て驚愕の声をあげる。ワンテンポ遅れてからハッとして彩を最前列へと案内した。前に来るか? と律己が気遣ってくれたが、別に苦でもないしと断った


 さて、先輩が何をやっているのかというと私たちのようにリフティングだ。しかし私たちのように表だけで行うのではなく、裏表をスイッチしたり、側面の細い部分を使ったりしている。何よりも私たちのものよりも規則的で安定した音が響いている


「すごいねぇ、なっちゃん何回できた?」

「いくらでもできるよ、能力さえ使えばね」


「そりゃできるだろうけど……誤魔化さないでよ!」


 綺麗な手が今も揺れるボールを器用に操っている。コツを聞いたり、先輩の様子を見ながらするうちに少しは上達した。50回前後まで続くようになった。新記録を目指してもう一度、と落ちたボールを拾ったそのとき、5時半、タイムリミットのチャイムが鳴り響いた


「うわもう終わりか。悠希、片付け頼むな。一年生、しゅーごー!」



 リフティング上手の先輩がラケットとボールを集めているなか、部長さんが1年生に何回できたとか面白かったかとか聞いて回りながら飲み物を手渡していた。先輩のリフティングに皆が見入っている間見当たらないなとは思っていたが飲み物をわざわざ買いに行っていたのか


「お疲れさん! 君は上達すんの早かったよなー、何回ぐらいできた?」


「お疲れ様です。確か60いかないくらいですね」

「お疲れ様です! やっぱり多いんじゃん、さっきなんで誤魔化したの!?」


 彩に絡まれて視線をあさっての方向へ向ける私を見て、部長さんが彩に何回できたかの問いとともにスポーツドリンクを手渡した。20回くらいです、と変わった話題に即座に乗っていた。話を聞いているとどうやら明日からはキチンと部活の説明などをするらしい


「じゃあ明日も来ますね。彩はどうするの」

「ええっ!? んー、そう、だね、明日も来よう」


 結果は私が1位で、僅差でさっきの樹?って人が2位。3位が確か志音って人で、4位が律己、ビリが彩となった。明日も来てくれるヤツー、と手を挙げる部長さんに倣って右手を頭くらいまで持ち上げた。隣に立っている彩は優等生のようにピン、と肩から指先まで綺麗に伸ばしていた。樹って人だけが手を挙げていないが、幼馴染に声を掛けてみると言っていた




 私たちの反応に喜んで太陽のような笑顔を見せる部長さんに見送られて帰路につく。さっきの反応は部長さんに失礼だったんじゃないの、と溜息と一緒に吐き出した。彩は私が自分から部活の内容に興味を持って返事をしたことに驚いたらしかった。言われてみれば、普段の私なら考えるの面倒だからと、もう話を聞いたソフトテニスの方で良いかなとか考えてそうなものだ


「助けてくれた律己君に運命、感じちゃった?」

「感じてないよ運命なんて。それに、律己と話したいなら教室で話しかければいいだけじゃない」


 ニヤニヤと笑って脇をつついてくる彼女のつむじをグリッと押す。こうなった彩の相手は本当に面倒だ。これなら入試で何があったのかと詰め寄られた方がよっぽどマシに感じる。彩の語るキラキラした理想的な恋愛論は、少女漫画でしかなり得ないだろう机上の空論でうんざりだ



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