能力
入学式を終えた後、担任の先生がいくらか話して昨日は解散。明日は学校の施設案内と特殊授業の説明をする、と最後に言っていたので楽しみにしていた。最初はプリントを配ったり学校の説明を受けたりする。ロッカーの使い方とか、時間割の話とかそういう説明を長々と聞いているとだんだんと眠気が近づいてきた
「そして次、この学校には特殊授業がある」
半分寝かけてた意識が覚醒する。わざわざ住み慣れた土地を離れた理由の1つで、学校選びの上で最も自分の中で優先した条件。それが特殊授業で、単純に能力や魔術の扱い方や魔物との戦い方みたいな戦闘のことだけじゃなくて、索敵の方法や危険地帯における休憩の取り方などの道中のことも教えていたりする。他にも特殊授業のある学校は少ないながらもあったが、どこも戦闘のことしか教えていなかったから選ばなかった
「まず、特殊授業とは……」
――長いので割愛
あの先生、説明が苦手なのかと思ってたが、おしゃべりが好きなだけのようだ。脱線しすぎて話を戻して、を繰り返してるせいで内容を理解しきれた者は、クラスの半分も居ないようにさえ思える。そしてきっと私の幼馴染もその理解できていない半分に含まれるだろう
「ね、ねぇどういうこと?」
「……まず、この学校の特殊授業は、主に『攻撃』と『防御』に分かれて進められる。授業方法は座学で理論を学んだら、次の授業で実践してみるって方式」
隣から幼馴染がすぐに困り顔で助けを求めてきた事に予想通りすぎて思わずため息。簡単に行動予測が的中するなんて将来が心配になるよ、なんて嫌味は飲み込んで簡単に説明を始める
シンプルイズベストって言葉が有るように、単純明快が王道で最善だと思う。ざっくり話して理解してもらえなかったところとか重要なところを補足説明すればいいだけの話なのに
「一応言っとくけど、この世界には自然の力を司る『能力』に、人の心を媒体とする『魔術』がある。『魔術』の中でも、人を癒やすものを特に『治癒術』、政府に禁じ手とされたものは『呪術』。わかってるよね?」
「そこはわかってるよ! 大丈夫!」
これが入試の特別試験で真っ先に問われた問題だ。この程度は社会に生きる人としての一般常識とも言える範囲だから、これさえわからないような奴はこのクラスにはいられないだろう。さっきの先生の話で混乱していない限りは、だけど
「じゃあ続けるよ。『攻撃』は、能力、魔術、武器などの種類や扱い方、敵との立ち回り方とか。そして『防御』は身の守り方、治癒術、応急処置とかを勉強する」
自分の話を反芻して伝え漏らしが無いのを確認する。私の説明が終わったことを察知した彩がお礼を述べた。今まで気がつかなかったが、クラスのみんながこちらを向いて私の説明に耳を傾けていた。私の説明では理解できたのか、ポカンとしていたり眉間にしわを寄せていた人たちが一様に目を輝かせながら口を開く。理解できていたであろう他のクラスメイトも自分の理解が正しいと確信を持てて、嬉々としているような気がする
先生の話が終わった後には困惑と期待の混ざり合った微妙な雰囲気だったのにも関わらず、今は期待に溢れてクラス中がざわめき、浮き足立っていた。何となく説明が分かりにくい自覚があったんだろう先生は、オブラートに包むことを知らなさそうな誰かの言葉に、しばしガックリと項垂れたあとプリントを配り始めた
「……今からアンケートを取る。特殊授業での振り分けに関わるから丁寧にやれよ」
配られたアンケートに更に騒がしくなったクラスと反比例するように、先生の声のトーンが今までで一番低かったのは、言うまでもない
さて、そのアンケートだが。まず1個目、能力、魔術、武器の使用。全部……じゃないな、その他以外にチェックをつける
「なっちゃん、その他は何があるの?」
「妖術とか幻術じゃない? 私も詳しくは知らない」
2個目、能力を使う人は何を使えるか、具体的に。風の能力で、刀に纏わせて振るったり、空飛んだり受け身とるのに使ってる、っと。風は見えないから攻撃手段としては結構良いんだけどね、形がない分扱いにくくて苦労する。動物化みたいな分かりやすいやつが良かったなあ
3個目、魔術を使う人は何を使うか。魔術のみだから治癒術と呪術は空欄のままで。これどうやって具体的に書くんだろ。魔力を能力値に変換したり、戦闘の時にサポートで使ったりしてる、でいっかな
4個目、武器を使用している人は何を使うか。さして特筆することのない普通の刀……ああ、錆びたり切れ味落ちないように魔術掛けてるって3個目に書き足しとこ、忘れてた
「みんなそろそろいいか? できたら教卓に提出して廊下に並んでくれ。この後は学校を軽く見て回るぞー」
書き漏れの確認をしていると先生が手を打ち注目を集めた。1年の教室のある2階には2年の教室もあるということくらいで特別な教室はなかった。朝の時間にトイレに行ったという生徒が、友人にヤバいという言葉を連呼していた。築20年ちょっとの校舎だからね、歴史あるうちの中学とは比べものになんないだろうな
まず行ったのは3階、3年の教室が半分と特別教室が半分。化学室と物理室、被服室、調理室とありがちな教室が並んでいた。3年の教室と特別教室の間には多目的室があったが、1年の特殊授業で使うのはここじゃないから間違えんなよ、と言われた
東階段から更に上がって最上階の4階。目の前には多目的室2があるがこれは2年生が使う教室らしい。自分たちの多目的室は向こう側、西階段側から上がった先にあるらしい。その手前には図書室が2つ、普通のやつと魔術書用のやつ。あと音楽室とか美術室とかあんまり来なさそうな特別教室が並んでいる
先生を筆頭にした列がぞろぞろと多目的室3と書かれたところに入っていく。ここが特殊授業の時に使うところだからなーといい、直ぐに出ていった。普通の教室よりは何倍か大きいくらいで特筆することも無い白い教室だった
「次1階に降りるぞー。間違ってはぐれんなよー」
西階段から1階に降りて正面、職員室。両サイドは会議室と保健室になっている。右手側には廊下が続いていて、先生がそっちは体育館だから行かなくて良いだろと声を掛けた。クラス全員がついてきているのを確認して、左に曲がる。右側には生徒玄関、左手には購買があった。中学の時は給食だったから新鮮な感じがする
「なっちゃん、今度購買でお昼買おうね」
「うん、そうしたいと思ってた」
そのまま進むと用具室とか準備室が立ち並んでいて、先生方の許可無しに入れないところらしい。ちなみに毎年無許可で忍び込む奴がいて、仕置き部屋に1週間入れられるのだとか。なに仕置き部屋って、幼稚園でもあるまいし。入試の時に入らせてもらった武器庫は東階段の正面にあったはずだ
「……もう1回入りたかったんだけどなあ」
許可をもらうための正当な理由が思いつかないし、そもそも許可取りに行くのも面倒くさいし、だからって忍び込みたくはない。入りたいがそんな簡単にはいかないだろうし、大人しく我慢しとこう
次は4クラス揃ってグラウンドの方を見て回るらしい。まだまだ肌寒いから上着を取って来るよう言われる。靴を履いて外に待機している担任の先生方の下へ近寄る。見て回るほどグラウンドが多いのと彩が呟くので、朝横通って通学してきてるじゃん、と返しながら、中学の何倍もの広さの土地を思い出していた
校舎側向かって左が普通のグラウンドで野球部とかソフト部とかが使うらしい。その奥には人工芝の生えたグラウンドがあり、授業では使わないそう。校舎側向かって右は荒れ放題で凸凹したグラウンド、という印象を受ける、特殊授業専用グラウンド。その奥はテニスコートが広がっているように見えた
「よし、これから体育館へ行くぞー」
4クラス集まるのに要した時間との方が説明よりも長かったくらいには、意外とあっさり終わる説明。体育館は入学式のとき行ったから別に良い気もするけど……まあ体育館の奥に格技場とかあるらしいからその説明かな。再び靴をはき直して先生について行くと、先生はそのまま体育館の扉をがらりと開けた
ワッと押し寄せる音の発生源は吹奏楽部の演奏。黄色と緑のリボンネクタイをしている人々から降る拍手喝采。ステージには色とりどりに飾られた新入生歓迎会の文字が躍る看板、その下には生徒会の腕章をつけている先輩方が並んでいる。真ん中にたっていた生徒会長がマイクを構えて手を振り上げた
「新入生の皆さん!! ようこそ北区第五高等学校へ!」