表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無気力少女の成長譚  作者: 月鳥 風花
2/4

入学

 柔らかな空色の下、桜色の並木道を2人で歩く。真新しいキャラメル色のジャケットに2人揃って身を包み、彩は時折私を全身上から順にながめたり、自分のスカートやリボンを触って確認してははにかんでいる

 彩の向こう側には新しめで傷のない塀が伸びていた。広大なグラウンドの向こうには大きな校舎がぼんやりと見える。西口と書かれた塀の間を通ろうとすると、幼馴染に袖を引かれたので止まり振り返る


「正門から行こうよ」


 キラキラと無邪気に光る眼差しから逃れるように視線をずらすと、たまたま正門から入ったであろう生徒が歩いているが、誇張無しに豆粒に見える。嘘でしょどんだけ遠いのアレ、と考えていると顔を顰めていたのか、彩の頬が限界まで餌をため込むリスの頬のように膨らむ。ここで拗ねられるのも正門まで歩くのも、どっちもめんどくさいな


「おいで彩。……“飛翔”」


 おいでという言葉に反射的に私の手を取る彩を抱えて、桜の花びらを巻き上げながら上空へ飛び立つ。眼下に広がるグラウンドと林を飛び越えて、木々の隙間に見えるご立派な門の前へ降り立った。周りにいた数人は一様に驚いてこちらを見つめているが、気にするだけ無駄だろう。……しまった今スカートだった、タイツ穿いてるとはいえ男子の前で降りるべきじゃなかったな。まあ彩は抱えられてて見えないだろうしいいや


「……歩きたかったのに!」

「それじゃ遅刻するよ、ただでさえ彩が髪で遊んでたからギリギリなのに」


 ぽかんとした顔から、一気にキッと目つきが鋭くなり口が大きく開かれる。その口から不満が零れてもしれっとした顔を続ける。ああだこうだ独り言を言いながら、私の髪に何度もアレンジを加えていたが結局上手くいかずに、そのままのなっちゃんがいいよ! なんて言うもんだから出発が遅くなってしまったのを指摘すると黙ってうつむく。対して物の入っていない鞄を奪い取り声を掛けた


「ほら、いくよ」






 改めて。入学式、それは新しい出会いに心躍らせ、新生活を不安に思いながら参加する行事。事前に通達された自分たちのクラスが、同じ1年1組であることを思い出しながら下駄箱を探す

 制服の胸ポケットに造花をつけてもらいながら周囲を見回す。一面桜色の廊下を進むと紅白で彩られる体育館へと続くのだろう。玄関で待つ先輩方や先生方の顔は満開の花のようだし、周りの同級生も緊張で顔がこわばってはいるが面持ちは明るい


 新学期独特のふわふわとした、いつ感じても慣れない雰囲気の中私たちの教室へと歩を進めた


「なっちゃん! 席! 隣だね!!」

「うん、よかった近い」


 黒板に貼られた席順を見に近寄る。横5列縦6列の計30名のクラス、私の席はど真ん中、彩は廊下側の隣の席。一番後ろとか窓側とかうらやましいな、あの角の席とか最高じゃん、とその席を見ると、既にそこには男子生徒が座っていた

 目を奪われる深海の髪をすらりと伸びた指が払う。その指は眼鏡にのび、落ち着かなさそうに眼鏡の汚れを拭き取る。眼鏡を掛け直して前を向いたその人の、サファイヤにもラピスラズリにも劣らない瞳がこちらを向いた


「あれ……」

「どうしたの?」


 入試の時に不正を報告して助けてくれたひとじゃん、って続けそうになって。彩に言ったらヤバいと慌てて口を紡ぐ。彩のいないときにお礼でも言いに行くかと思いながら、咄嗟に教室の後ろを指さしてみせる。その先にはクラスの人数分ある大きめの鍵付きロッカー


「置き弁できたら楽だよね」

「もう、初日からそんなこと気にしてるの?」


 彩は苦笑いしながら席に着いた。苦しい言い訳だったけどどうにかなった、良かった。ただ目があったのに黙って反らす羽目になってしまったのは申し訳ない。挨拶まではいけなくとも会釈くらいは少なくともなあ

 その後はクラスの様子をチラチラ見ながら、式までの時間潰しに彩と話した。少なくともこのクラスには嫌がらせ女どもはいないらしい。さすがに不正しても受かるような学校ではないだろうが、この疑い深い性分で損したことはないからね


「えっと、佐々城優奈ちゃん、いるかな?」


 席は全部埋まったか、という頃合いに前の扉からひょこっと顔を出した女性に名前を呼ばれる。リボンの色が黄色、ということは先輩か。悪い意味じゃなく、心当たりのある私は鞄からファイルを取り出し、もう何かしたの!? と慌てる彩を放って席を立った。ホントこの幼馴染には良い意味でも悪い意味でも信頼されている


「佐々城優奈です。新入生代表挨拶の話ですか?」

「どうも、生徒会長の中村凜(なかむらりん)です。うん、話早くて助かるよ!」


 聡明だねと息をするように褒められて調子が狂う。ワンテンポ遅れながらもファイルをあさり、達筆な字の書かれた立派な羊皮紙を取る。会長さんは挨拶の紙を持ってきているかを確認した後、名前の呼ばれるタイミングや壇上への行き方帰り方を確認してクラスへ戻っていった。先生方でさえあんまり聞いてないから、緊張しなくても大丈夫だというアドバイスを去り際に残して


「変な人……」


 胡散臭いとか悪巧みしてそうなニコニコ顔じゃなくて、ホントに純粋に笑って褒めてアドバイスしてった気がする。むず痒さを覚えて首の裏を軽くひっかきながら席に戻ることになった。戻ってすぐ彩にいきなり呼び出しなんて……って言われたから、新入生代表挨拶の話なんだけどって笑ったら、早く言ってよって怒られた






「なんで新入生代表挨拶なんてあるの? しかも何でそれが私なの?」


 入学式直前。桜色の廊下に整列し、体育館に入場するまでひたすら待つという、拷問みたいな時間にひとり愚痴る。あいにくいつも応えてくれる幼馴染は、列の前方にいて私の声を拾うことはなかった


 思わず挨拶文の書かれた紙を持つ手に力が入り、ぐしゃぐしゃにしそうになる。力を緩めてそのまま紙を開く。挨拶をすんなり終われるように何度も読む。扉が開き、人々がざわつく声や拍手、楽器の音が大きく聞こえたので、溜息をつきつつ紙をたたむ


 ボーッと式を過ごす内に自分が喋らなければならない時間となってしまった。今日、この時ばかりは普段猫のように丸まる背筋を伸ばし、重力に従いがちな目を不自然じゃない程度に丸く開く必要がある。普段と違う姿勢、集まる視線、見定められるような雰囲気、全てにゾワリと肌が粟立つ。ああ本当に逃げ出したいほど面倒くさい


「――柔らかく暖かな風に舞う桜とともに、私たちは今日、この北区第五高等学校の門をくぐりました」


 マイクのスイッチと高さを確認し、力の入っていない手でゆっくり紙を開く。1つ深呼吸をして、文頭から字を追っていくなか、冷や汗がツウっと背を伝っていくのを感じる。顔に不快感を出さないように気を付けながら続けていると、頑張れ、大丈夫、と私にだけ聞こえるような声がステージ脇から聞こえた。それに気をとられて一瞬言葉に詰まったので、1呼吸おいてまた文字を追い始める


「――新入生代表、佐々城優奈」


一通り終わり壇上から去ろうとしたとき、1人の女性が目についた。先ほどの声の主で、1つ前にこの壇上でスピーチを行っていた会長さんが、ニッコリと笑ってこちらにグッドサインを示していた。軽く会釈したあと作法通りに壇から降りて自分の席に戻る


 緊張から解放され席に着いたまま意識が暗くなる。気づくともう式も終盤になっており、先生方からバレない程度にグッと体を伸ばす。シャキッとした態度で退場することに成功した。自分のクラスに戻り席に着くと、眉尻を下げて幼馴染がこちらを見ていた


「おかえり! お疲れ様、優奈」

「ただいま、彩」


 緊張してたね、と言われた。顔に出てた? と聞き返すと、スカートしわしわになるほど握りしめてたでしょ、優奈の癖だよと笑われた。そんな癖があったのか、と確かに両サイドしわができたスカートを見つめた。さっきの表情は心配だったのかと納得する


 少したってから十数名の親が入室し、教室が一層静かになる。それを見計らってか、スーツの似合わない大柄な先生が咳払いを1つして、入学おめでとうなどの決まり文句を並べていく。眠気はないからいいものの、あまり話すのが得意ではないらしいこの先生のありがたいお話は、頭に入ることなく抜けていくばかりだった


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ