Chapter ±0 あんたの攻撃、ヌルいよ。
初めまして!の方も、お久!な方も、誰あんた?って方も!
お会いできて光栄です、作者のRen@です。
さて、これから始まるのは、ちょっぴり甘酸っぱい青春ストーリー!(笑)
えー、まえがきはどうやら「読者への警告」らしいですのでひとつ警告をしとくとすると、少しスパイスの強い小説となっています。それが辛いのかすっぱいのか、はたまた甘いのかはあなた次第。
あらすじを読んで苦手を感じたらお引き取りください。
この小説を読んで楽しんでいただけたら幸いです。
それでは、始まります!
この世は、負の感情で溢れている。
恨み、嫉妬、悲しみ、怒り、不満、…それらの個人の感情は、時とともに心に芽生え、成長し、膨大なエネルギーを放つ。
最後には肉体を食らい、実体化してしまう。
それが、ウイルス。
ウイルスは、今や世界中に散らばった‘縄張り’に身を隠し、人に感染しようと待ち構えている。
誰かが言った。
この世に異常な病があるのなら、それを治す医者も必要ではないか—―と。
これは、そんなウイルスと闘う、少年少女達のお話—―
「…まって!」
「……、だま……て…………!」
「何も君が命を懸けることじゃないんだって!」
「早まっちゃ駄目だ!」
「何処……い……いっ…そ………る……!」
「絶対に!…が…………!」
「約束する!」
「裏切ったりしない。嘘も言ってないよ。」
「だから……」
目覚まし時計の音が、騒々しく朝の始まりを告げる。少女は静かに目覚める。
この時彼女は思うのだ。
ああ、また同じ夢を見ていたのだ――と。
そうして彼女は、口元をわずかに歪ませ、‘笑顔’をつくる。
それが希望による微笑みなのか、それとも絶望による嘲笑なのか。
それはまだ、だれも知らない。
Crisis
これは、彼女の再生の物語。
AM8:45 唐草学園中等部3年2組
桜の季節だった。
「今日は皆さんに大事なお知らせがあります。」
担任が静かに出席簿を教卓の上に置く。
その音と空気で、なんとなく全員解っていたのだと思う。
決して良い知らせではないと。
だが、
それは、あまりに突然で。
運命を大きく変えるような、事実だった。
「梶本ちあきさんが、先日、亡くなられました。」
教師が重そうにその言葉を吐き出すと、教室内でざわめきが起こった。
顔を顰めて隣の席の人と話す者、動揺を隠しきれず顔が青ざめていく者。
そして、泣き出す者…。
黒鋼蓮も、その中の一人だった。
「(嘘…でしょ…梶本さんが…?そんな…。)」
黒鋼、蓮っていうの…?
へぇ、面白い名前だね
その、良かったら、友達にならない?
彼女の言葉が、脳裏に再生される。
こんな時に思い出したくないのに、それは綺麗で、自棄にはっきりとしていたのだった。
「ううッ……」
そんな…急すぎるよ…!
周りの動揺した空気がすべてを飲み込む。彼女の嗚咽さえも。
眼を閉じると、堪えきれなくなった涙が机の上に静かに落ちていく。
彼女との思い出が、さらに胸に棘を刺してくる。
それは、あまりに儚くて、切なくて。
少しだけ、自分の日常が、奪われていった気がした。
放課後。
気付けば、もうそんな時間帯だった。
立ち直れないまま一日が過ぎていったのだ。
キーンコーンカーンコーン
校内に、終わりを告げるチャイムが鳴り響いていく。
「今日も一緒に帰ろー?」
「うん!」
「じゃあな!」
「また明日ねー」
教室から出ていく生徒たちはみんな、いつも通り。
どうしてみんな、いつも通りで居られるのだろうか
この教室が、少しだけ欠けちゃったこと、どうでもいいのかな
みんな、梶本さんの事、どう思ってるんだろう
ため息を吐いた。
通学鞄に、荷物を押し込む。
今の気持ちも、こう心の片隅に押し込めておきたかった。
「れーん!」
突然後ろから、声を掛けられた。
「あ…なっちゃん…。」
蓮の幼馴染、椿夏海だった。
クラスは違うが、よく来てくれる仲だ。
「今日も部活、一緒に行かない?」
明るい声。そして黒鋼蓮は彼女もいつも通りである事実を知る。
「……今日はちょっと病院いかなきゃなんだ。御免…。」
「あーえっと。記憶喪失なんだっけ?…大変だねぇ。」
「うん。まだ、思い出せなくて。」
そう、蓮はここ数か月間と、幼少期の時の記憶が抜けていて、どうしても思い出せない。
気が付いていたら病室のベットの上だったのだ。
両親もなぜかいないので、親戚から支えを受けながら一人で暮らしている。
「そっか、早く記憶、戻るといいな。」
少し愛想笑いを濁らせる夏海は、蓮の陰った瞳に気付いた。
すくなくともその言葉は、蓮の心をさらに重い物にしたのだった。
「うん。」
数秒遅れて返ってくる言葉に、それまでのぬくもりはない。
静かに手を振る夏海に背を向け、逃げるように駆け出した。
歯を食いしばって走る蓮の横顔が見えた。
「蓮……。」
5分後 大砂通り一丁目 裏砂町
「(記憶なんて…戻んないよ…。)」
足取りが重い。視線を下にして歩く所為か、時折電柱にぶつかりそうになる。
いつもより軽い通学鞄が冷たい。
風に煽られてすぐに吹き飛んでしまいそうだった。
サラリーマンや学生であふれた裏通りは、やはりいつもと変わらないというのに。
いつもはにぎやかに感じるその人の声も、今日は耳の周りを飛び回って鬱陶しい。
蓮は数日前、医者から「あきらめた方が良い」という言葉を聴いていたのだった。
唯一覚えていることも、もやもやとしていた。夢なのかさえ区別がつかない。
目の前にぼやけた人が立っていて、自分と何か、とても大事な約束をするという記憶。
その人は少年か少女といった風で、ちょうど…同い年くらいなのだ。
そもそもあの場所はどこ
誰だろうあの人は
私はいったい何をしていたのだろうか
あの記憶のすべてに、答えが出せない。
それは彼女の足枷となり、孤独の檻へと誘う。
「(私、もうどうすればいいのか、解んないよ……。)」
心も体も疲れ切っていた。
溢れそうな涙をそっと堪える。…と、その時だった。
―解るよ…。その気持ち。
声がした。背後からだった。
「誰っ!??」
驚いて振り返る。目の前には、声の主らしきものはなく、かわりに……。
「何、これ…。」
‘鍵穴’のような黒い物体が、宙に浮いていた。
商店街を背景に、瘴気のような黒い煙を撒いては、その存在を主張する。
それは平面でありながら、確かに立体の空間に存在していた。
触ると水のような感覚に、驚いて手を引っ込める。
誰かに訊こうと周囲を見渡すが、誰もいない。
先程まで人であふれた裏路地から、人という人がいなくなっていた。
「どうして……うっ!?」
急に‘鍵穴’が閃光のように輝きだした。
思わず腕で光を遮ろうとするも、目に当たった僅かな光でさえ痛く、ろくな抵抗が出来ない。
蓮は全身を水で覆われたかのような、異様な感覚を覚えた。
whiteout
気が付くと、辺りには何もない空間が広がっていた。
そう、辺りは真っ白で、何も…。
「ここ、どこ?」
立ち上がると通学鞄もなくなっていることに気付いた。
床と壁の区別すらつかないような場所に、自分が立っている。この部屋はどのくらいの広さがあるのか、そもそもここは部屋なのか、などと考えていると、背後で音がした。
ピチョーン
水の波紋を連想させるそれの方を向くと。
「何、あれ…。気持ち悪…。」
見たことない生物だった。宙に浮いている。身体には大きな目玉一つしかなく、蛾の触角を連想させるような4枚の羽根は見るだけで鳥肌が立った。さらに体の下には黒い触手のような棘が何本か生えていた。
「グギュエエエエエエエ!!」
鳴き声まで気味が悪い。と、蓮は思わず耳を塞いだ。
刹那、身体の横を何かが掠める。
「うぇぇぇぇええ?!」
伸びた黒い触手が、蓮を突き刺そうと襲いかかってきたのだ。
怯むが、慌てて逃げる蓮。
「なんなんだコイツ!」
距離を取ろうと走ると、宙に浮いたまま静かに追いかけてくる。
何度も夢だと現実逃避をしようと試みるも、風を切る感覚がそれを許さない。
不気味すぎて口元がゆがんだ。
「今日私…ほんとについてな……いッッ!??」
横を掠める触手を間一髪躱したが、振り返ると複数の触手が構えられている。
「どわっ!!ひぃっ!!ぬおっ!!」
捕まると命は無いという予感が蓮に回避能力を与えたのか、ぎりぎりだが綺麗に躱していく。
勿論本人にそのような余裕はない。
走っているうちに、当り前だが体力も減っていく。
「と、とりあえず、こっから出ないと……。」
パニックになった蓮の脳が出した解決策はあまりに単純で、希望の見えないものだった。
全て真っ白なこの空間に、出口など存在しない。
「…うっ!」
突然足を滑らせ、派手に転ぶ蓮。
「…っこんなときに…!」
転んだ拍子に足を捻ってしまったようで、足が動かない。
目の前に黒い影が見えた。
刹那、全身に響く痛みが彼女を襲う。
「ゴギュウエッエッ」
ツタのように締め付ける触手が、彼女の身体を持ち上げる。
「…ッ!!離せ!離せって言ってんでしょうがッ!!」
じたばたと暴れる蓮に警告をするかのように、その首筋に別の触手が立てられた。
身体が硬直する。体温が下がっていく。
恐怖が蓮を支配していった。
「(ちょっと待ってよ。)」
やがてその触手は距離を取ると、弓矢を思わせるかの勢いで標的へと襲いかかった。
「(こんな死に方なんてしたく…ないよ…!)」
思わず目を瞑る。小さな希望さえも塵のように哀れに吹き飛ばされるかと思われた。
だがなかなか次の攻撃が来ない。
変に思い、目を開けた瞬間。
「!!」
風を切る音と、切り刻まれる触手が飛び込んできた。
「まったく。見てられねぇっての。」
聞き覚えのある声は、自らと同じほどの剣を手に、この場に希望という風をもたらした。
束縛から解放された蓮は、ふわりと地面に落ちる。
その人物を見上げて確信した。
「なっ、ちゃん……?」
ただし今の彼女は過去のそれと違い、全身緑を基調とした‘いかにも魔法少女といった風’な服を纏っていた。
腰あたりから伸びるマントは風もないのに柔らかくなびいている。
左腕には包帯とプロテクトらしきもの、右腕にはリストバンド。
おまけに左耳の辺りには薄い花弁のような飾りがついている。
「なっちゃん、御前にコスプレという趣味があったなんて…。」
「コスプレじゃねーよ馬鹿かあんたは!」
立ち上がった蓮はケラケラと笑った。
刹那その頬に‘右ストレート’がかまされたのは言うまでもない。
「痛いよ、なっちゃん!」
「命の恩人に向かって変な口をたたいたあんたが悪いんだよ」
命の恩人、という言葉に、自分の立たされた現状を思い出す。
白い空間は依然として元の景色に戻ろうとしない。
「なっちゃん、何でここへ…?」
「それはこっちの台詞だ」
「え?」
「何で一般人でも迷い込まないようなとこにいる訳?!」
「えっと…?私にもよく解んないんだけど…つか、あれ、何?グロいんだけど。」
蓮は後方で「グオオオオオオオオオッッ!」などとうめき声をあげながら苦しんでいる生命物体を指さした。
先程の攻撃で自分の触手を切られたのがよほど痛いらしい。
ゆらゆらと波打つように動く触手が何とも言えず、見ている者すべてに不快な感情を与えるだろう。
しかし夏海は特に気味悪がることもなく、むしろ奴を舐めるように見つめながら軽く答えた。
「ああ、ウイルスだよ。」
夏海の方を振り返り、「ウイルス?」と首を傾げた。
「人の‘負の感情’が強いと生まれる生命体で、人間に感染する。感染者を食って、ウイルスはどんどんでっかくなる。力も身体もな。普段は‘テリトリー’ってとこに隠れてるんだけど、ほっとけば風船みたいにぶくぶく大きくなっていくからほんと厄介なんだよ。」
「ふーん……。ってことは、ここはやつの‘テリトリー’ってこと…?」
「そういう事。おっ、奴、回復してやがるぞ」
まるでおもちゃを見て笑う子供の様に笑みを浮かべる夏海。
「嘘ッ!??ヤバいじゃん!」
叫びながら後ろを向くと、何やら緑色の光がウイルスを包み込んでいる。
「まあ、ぶっちゃけあれは‘雑魚’だな。」
「えええっ!??」
「にしてもあんた、感染もしてないんだ…ほんとに運いいんだな。普通は触られただけで感染するんだぞ。」
「そ、そうなの…!?」
「うん。……うちの経験から言えることなんだけどね。」
振り返り、蓮に余裕の笑みを見せる夏海。
その背後に迫るものに、彼女は気づかなかった。
「なっちゃん!!後ろッ!!!」
「…!」
すぐそこまで迫った触手に気付いた蓮が叫ぶ。
しかし振り向いたときすぐ後ろに黒い影が迫っていた。
顔が蒼くなる。しかし夏海は動かない。
「なっちゃん後ろ!何やってんの、躱し…て…」
刹那、彼女の顔から笑みがこぼれた。
「あんたの攻撃、ヌルいって。」
「!!」
すると彼女の右手から青い光が出てきた。
よく見ると鍵の形をしたそれは、輝きを増しながら形を変える。
夏海は大剣と化したそれを一気に振り回した。
光が消え、夏海が動きを静止させる。
背後に迫っていた触手も動きを止めた。
何もない筈の空間に、静かに風が舞う。
それまで形を成していた触手は一気にバラバラに切り裂かれた。
「グギュエエエエエエエエエエ!!!!!」
身体を割かれ、憤怒したウイルスは悪足掻きか、それでも夏海に向かって反撃をしようとする。
しかしその体は夏海に届く前に3分割された。
ドオン!!
剣を収める夏海の背後で、爆発が起きた。
ウイルスが消滅したのだ。
「……!!」
その華麗な動きに息をのむ蓮。
主を失ったテリトリーは静かに消え、もとの風景が戻った。
同時に夏海の変身が解ける。
「なっちゃん、御前は…一体…?」
「はは、あ、忘れるところだった。拾っとかないと。」
夏海は急にしゃがみ込むと、‘鍵穴’があったところに堕ちている宝石のようなものを拾う。
うす紫色をしたそれには、奥に先程のウイルスを連想させるマークが描いてあった。
「綺麗……。これ、一体何なの…?」
「ん?教えない。」
「えー!?何それ!?教えてくれたっていいじゃん!」
すると、急に、夏海の鞄から音楽が流れ始めた。
「あ、電話だ」と呟いてポケットから携帯をとる。
「もしもし?あ、会長!」
「(か、会長!??)」
「あ、そう、今から?うん。了解!!」
短い会話でテンポよく通話を終了すると、すがすがしい顔で彼女は言った。
「よし!じゃあ、行きますか!」
「う、うえっ?!!」
同時に蓮の腕をがしりとつかむ。
そのまま勢いよく夏海は走り出した。
「わ、私も行くの?!!」
「当たり前でしょ、それとさっきの宝石の事とか教えてあげるから」
「ど、何処行くの?!」
「うちらの秘密基地…」
「なでしこ連合基地だよ!!」
■予告
蓮は病院をサボるみたいです