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演劇は俳優を交代しても役を演じきれば問題はない

作者: パンター

某アニメでネタにされているタイムパラドックスものです。

ですが同じような視点では面白く無いので少しだけ捻ってあります。

直球勝負ではありませんので、そこを期待された方はご容赦ください。

 親殺しのパラドックスである。

 過去に戻り、若き日の自分の親の命を奪うまたは結婚出産を阻止した場合、果たして未来から来た自分はどうなるのか、というものである。

 それを試せる機会がやって来た。

 タイムマシンを発明したのだ。発明を企画してから既に十数年の歳月が費やしてついに完成したのだ。

 まず基礎理論から構築し、それを元に必要な機能を発揮する装置を考案していった。その過程で幾つかの画期的な発明をしては特許を取り、それを求める企業から特許使用料を頂きさらなる研究費に当てた。

 約十年後、プロトタイプが完成した。

 それからは実際に過去へ戻った場合のタイムマシンの挙動を観察するために、短時間の時間移動で実験を繰り返した。そこで発生する人体に影響があるものから問題を解消していった。

 やがて実用可能なレベルに達したプロトタイプを基にして実機を創り上げていった。

 一見解決不可能な問題と遭遇したとき時には、何度止めてしまいたいと思ったことか。

 だがその度に本来の自身の内にある動機を思い返して意欲を失わないようにし続けた。

 タイムマシン製作は科学的興味のみで始められたものではなかったのだ。ただの興味本位のみだったらここまでやることはなかっただろう。過去へ戻ることは可能なのかを追求したいのではなく、過去へ何がなんでも戻りたかったのである。タイムマシーンはその強い欲望を満たすための道具に過ぎなかったのだ。

 そしてついに完成した。

 十数年の努力が報われたのである。それはまた二度と戻ることのない片道切符ワンウェイ・チケットの旅立ちを意味していた。だがその覚悟はできている。その為だけに生きてきたのだ。

 タイムマシン完成の二日後、私は過去へと旅立った。

 父親が母親と出会う前の青春期を過ごした場所はしっかりとリサーチ済みだった。

 ある出来事が発生する唯一の機会にめぐり逢う日時と場所も、である。

 事象が発生するのは後一時間後のはずだった。本人談によるものなので概ね正確だと思うが誤差は織り込み済みだ。

 時間的には午後の夕暮れ前。学校が今日の授業を終えて帰宅部の生徒が校門を出てくる時刻である。

 高校生だった父親はまさに帰宅部員で、もうすぐ校門から出てくるはずだった。

 彼はすぐに見つかった。明らかに判別できる生存不適格ボトムライフナーだった。この時代ではヤンキーと呼ばれている人間の一般的な着こなしをしていた。

 髪の毛を明らかな校則違反の金髪に染め、異様にずり下げられたズボンの腰のあたりにシルバーチェーンが揺れていた。さらに何と戦っているのか分からないが、周囲に敵意むき出しの視線を歩道を歩く人々に向けて威嚇していた。未来では自己矯正しない限り政府から食料供給を止められ、それに従わなければ非社会適応者として収容所送りのレッテルを貼られるレベルの人格として扱われていた。

 予定通り彼を尾行することにした。自らかの事象発生点へ向かっているのである。

 この後彼はある事故に巻き込まれるのだ。そのまま巻き込まれていれば死亡していたはずである。その時幸運が重なり九死に一生を得たのである。

 だがその幸運は取り除かせてもらう。回避プロセスを失えば彼はその事故と直接遭遇するはずだった。そうなれば彼は事故死する。間違いなく。

 そのポイントには頭上に自動車専用道路の急カーブがある。よくある魔のカーブと呼ばれるものだ。

 彼がその真下に来た時、上の道路を走るトラックから振り落とされた荷物が下の歩道へ落ちてくる。

 ほんの数十センチのずれでその落下物が頭部と衝突し即死していたのだ。

 彼の生死を分けたのは、足元の十円玉だった、らしい。父親は少し笑みを浮かべお道化た仕草をしてこの部分を語っていた。

「そん時よ、足元に茶色い丸いもんを見つけたわけよ。よく見たら十円玉だったわけ。

 おっ、ラッキーと思ったわけさ。

 それを拾ってよく見たら、ズドーン!とスゲエ音がしたわけさ。ズドーン!だぜ。

 全くわけ解らないんで、固まっちまったんだけど、それが上の道路から落ちてきたものだったわけ。

 マジでビビったぜ」

 それを拾わなければその物体(結局それがなんだったのか聞き出せなかった。というより忘れているようだ)は彼の頭上に命中する可能性が高く、致命傷になったはずである。

 これを使って自ら手を汚すことは避けることにした。いかなる理由があるにしても親殺しは今の文明社会では禁忌の一つであるし、もし自らの手にかけてしまえば一生後悔してしまうのではないかと思ったのだ。直接的でなく、あくまでも偶発的な事故による事故死であることが絶対事項であった。

 行先は分かっているので先回りすることにした。先に十円玉を拾っておけば、その場所で立ち止まらずに落下ポイントまで歩を進めるはずであった。さらに結果を確定するためもうひと工夫するつもりだった。

 十数分後、彼がやって来た。何が意味があるのか、左右や下をやたら見回している。彼には地上のあらゆる場所に敵がいるのだろう。実際足元の空き缶にさえ喧嘩を売りボコボコにしないと気が済まない癇癪持ちであった。そんなイカれた男に母と自分は日常怯えて暮らしていたのだ。

 ある時、暴君な夫から逃げ出すために家出した母と自分は、母の実家で父親に発見され母は匿った祖父母と共に全治三ヶ月の怪我を負った。自分は隣の家に隠れていたので助かったのだ。

 この傷害事件で懲役刑を受け(既に他の事件で前科持ちであった)、弁護士の活躍もあり離婚が成立した。

 しかし、父親はこの離婚に全く納得していなかった。必ず復讐しに来るに違いない。刑務所から出てきた時の事を恐れて母と自分は身寄りのない他県に移り住んだ。しかし母の父親に対する恐怖は消えることなく時折悲鳴を上げて目覚めることがあった。何の夢を見たのかは言うまでもない。

 リセットしか母を救う手立てはなかった。自分が考えうる方法としては最もベターだと思われた。腕力に自信もないただ頭が良いだけの自分に何が出来るのか?それを武器にするしかないのだ。

 自分は人を待っているような様子で歩道に立っていた。もちろん彼は通り過ぎざまガンを飛ばしていった。

 自分が立っている位置から約三メートル。そこで自分は彼に声を掛けた。

「あのーすいません」彼を呼び止めた。

「はーあ。何だよ」彼は立ち止まり、上半身のみ回転して顔の半分のみこちらに向け、面倒くさそうに返事した。

 と、その時だった。

 クレーン車のフックが彼の頭に命中した。

 ゴン。アスファルトの上に落ちたそれはいかにも重量物であることを示す様に鈍い音をさせた。

 その側に頭半分が窪んだ血まみれの彼が倒れていた。白目を剥き口から泡を噴いた青白い顔を見て即死だと確信し、その場から全力で逃走した。ここで警察に事情聴取されるわけにはいかなかったのだ。

 未来から復讐のためにやって来ました、とは言ってどうなる?この時間座標点では自分の戸籍はまだないのだ。不審人物として拘留されたら長い間出られなくなるかもしれない。下手をすれば、身分を偽って日本に密入国したアジア人として公安警察に引き渡されるかもしれないのだ。

 兎に角、タイムマシンにたどり着きここから脱出するのが最良の選択だった。

 既に歩道を歩いていた幾人かには目撃されていた。しかし他人の顔は正確には覚えきれないものだ。それも走っている人間の一瞬の顔つきなど記憶できる訳がなかった。

 呼吸をするのも苦しいほど全力で三十分程走り切り、タイムマシンのある場所にやってきた。

 これで帰ると、未来は果たしてどうなっているだろうか?

 操縦席に座り、レバーを引き倒す。既に時間座標点はセット済みだ。

 あとは反作用タキオン波に乗って未来に流されるだけだ。その発生ボタンを押した。

「これで終わる。自分の因果律は失われるが、母は少なくともあのロクデナシとは出会わない。これでいい」

 思わず独り言をつぶやいて確認したかった。

 スイッチオン。


「あれ?」

 固有時間振動が起こらない。全身マッサージされるような揺れがいっこうに起こらないのだ。なぜだ?

 時間移動が起こらないということを示していた。

 もう一度、スイッチオン。


 あれ、本当に起動しないぞ。どういう事なんだ?



 まさか帰れなくなったということなのか?未来へ。






 結局自分は未来へ戻れなかった。しかし、タイムマシンの故障では無かったのだ。

 この事象についてここに残った自分は研究を続けている。

 過去に取り残されてしまった自分は、生きるために一生一代の小芝居を演じて切り抜けた。

 記憶喪失の身元不明者を演じて警察にわざと捕まる。一瞬例の事件と関連付けられるのを恐れたが、目撃者に正確な記憶力を持つ者はいなかったらしい。

 病院に送られて、唯一の記憶が名前のみという哀れな男を演じ続けた。

 過去の記憶以外は正常に生活できることを証明し、さらに専門的な科学的教養の高さを示して数年後再び大学の研究室に帰ってきた。元の大学ではなかったが、それでもそこに漂う空気感は同じだった。

 新たに戸籍を作り直し、この時間座標系の住人になった。

 そして、さらに数年後結婚した。自分は両親のような家庭にするつもりはなかった。妻を愛し、子供を愛した。良き夫を演じてきた。

 しかし、驚かされる事が幾つか起こった。これが自分が未来に帰れなくなった理由なのかもしれない。

 子供の名前は妻の両親が姓名判断を使って付けたのだが、それはかつての父親の名前だった。偶然なのかもしれなかったが、驚かずにいられなかった。

 さらに、子供の顔がかつて見た父親の子供の頃の写真の顔にそっくりだったのだ。これも偶然なのか?

 そうなのかもしれない。これは偶然だ。そうに違いない。だが。

 そうでないかもしれない疑念を妻の口から発せられることになろうとは。

 彼女は演劇好きで、よく友人と贔屓の役者の公演には必ず観に行っていた。

 その彼女が好きな俳優のインタビュー記事が女性誌に掲載されていたので早速買ってきて、ソファーに座りくつろいでいる自分の隣に腰掛けて読み始めたのだ。

 その俳優は急病で先月の公演を降板したのだが、その代役を彼の息子が見事演じきったらしい。その俳優は既に復帰したのだが、インタビューでその事について答えているようだ。さっきから妻が身動きひとつせず熟読していた。

 そして五分後。妻はふう、と息を吐いた。

「いいわね。うちの子もこれぐらい親思いだと育てがいがあるのに」

「おいおい。子供に過剰な期待をするなよ」

「親が倒れた時に子供がその埋め合わせが出来てこそ親孝行です、って。すごいわね。さすがこの親にしてこの子あり、ということかしら」

「特殊な家庭だよ。芸能人なんだから」

「そうよね。親である彼も息子を一人の俳優として軽く突き離しているもんね」

「クールだな。本当に芸能人の家庭のお手本だよ。テレビドラマみたいだ」

「そうよね。でも本当は評価しているのよ。ツンデレだけど」

「ツンデレって。何処で覚えた言葉だよ」

「演劇は何らかの理由で俳優が交代しても、その代役が見事に演じきれば問題はない。むしろ良い結果をもたらすこともある。今回は上手くいったと思う。だって」

「うん。役割の交代、か。父親と、子どもが交代すると…」

「どうかしたの?」

「いいや、何でもない。気にしないでくれ」

 まさかな。そんな無茶な事象の変更が行われたというのか。

 証拠はない。証明もできない。もう自分にはタイムマシンに乗って検証できないのだ。

 だが、心に残る。その妄想。

「結果良ければ良しとする、か」

「一体何独り言つぶやいているの?」

「ああ。今は自分が父親なのだからな。今度はちゃんと自分が子供に夢を見せてやる」

「さっきから、あなた変よ。大丈夫?」

「もう大丈夫。後悔はない。罪は償うさ。彼の未来に対して」

 妻は首を左右に振りながら部屋を出て行った。頭が変になったとでも思われたかな。

 そういえば、子供はどこに行ったのかな?

 自分もソファから立ち上がり子供部屋に向かった。



  



 

 

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