Last Stage
慣れない短編書いてみました。
ぜひご一読ください。
あゝ眩しい……
今まで何度、飲み込まれそうな洪水の光を浴びてきたことだろう。
行かなければ。行きたいんだ。行かせてくれ!あの光の下に。
ーさん、……MASAさん、MASAさん!
呼ばれハッとした。
「もー大丈夫ですか?ちゃんと寝てます?」
「ああ、大丈夫だよ。それより、山瀬くん?アイツからはまだ?」
山瀬と呼ばれた30を少し超えた男は気まずそうに目線を逸らし頬を指でカリカリし答えた。
「あー……まだです、ね……」
「ったく、アイツは毎度毎度なんでこうなんだ。いい、いい、俺が直接言っとく」
山瀬はすみません……と肩を落とした。少し落ち込んだ山瀬を見てMASAは山瀬の肩にポンと手を置いた。顔を上げた山瀬と目があって、ニコリと微笑んだ。MASAの様子に安心した山瀬は両腕に抱えていた大量の音楽誌とファッション誌をドサッとテーブルに置いた。
「アルバムの発売に合わせて取材のオファーが来てます。今回も全部受けるっていう方針で良いですか?」
「うん。そうして。よろしく」
山瀬の心配そうな目に気付いたMASAは積み上げられた一番上の雑誌を手に取りペラペラめくりながら言った。
「大丈夫だよ。レコーディングでちょっとつかれてるだけだから」
「無理はしないでくださいね」
山瀬はそれだけ言うとスタジオを後にした。
MASAはレコーディングの間は缶詰めになるからと座り心地にこだわって特別に作らせた1人がけのソファに腰掛け低い天井を見上げた。
ー考えたくはなかったが。
年かな、俺も。
最近疲れた、と思うことが増えた気がする。
30代の頃までは、それこそステージでギターを弾いて歌えればそれだけで幸せだった。3ヶ月以上続くツアーも達成感しか感じないくらいだったがー。
60代ともなればそうはいかないのが当然だ。
最近は大好きな音楽を創っている時でさえ、疲れを感じていることもあるくらいだった。
だがそんなことは世間が認めてくれない。
ヒット曲を出し、派手な衣装に身を包み、広いステージの真ん中でギターをかき鳴らし、声高らかに歌う。それが、世間に認知されているMASAだった。
ー今日はレジェンドロックミュージシャンのMASAさんにお越しいただいてます。
いつ拝見しても素敵ですよね。60代にはとても見えないです!若さの秘訣は?
ーアルバム制作では毎回時間ギリギリまでこだわり抜くそうですが……
ー今回のアルバムはAIを使って制作されたそうですが……
ー若手のアーティストからはレジェンドと呼ばれ、尊敬の眼差しを向けられているMASAさんですが、プライベートで会っても全く変わらないと評判なんですよね。今、私の目の前にいるMASAさんが素のMASAさんということで間違いないですか?
「そうなんですか?でも、確かに不器用なんで、自分を作ったりとかはできないですね、僕は」
控室に戻り、ドサっと力尽きたようにソファになだれこんだ。フーッと長く息を吐き、額に手を当てると、自嘲気味な笑いが込み上げてきた。
「ハハ……素の俺がコレだって?」
ーイライラする。期限に間に合わせないアレンジャーも、くだらない質問をしてくるインタビュアーも、俺のプライベートである部分を勝手に話す後輩も。表に出ている俺が全てだと思っている世間も。
知らないくせに。何も。本当の俺のことなんて。
ーあぁ。疲れた。
ー……コン、コンコン。
「MASAさん?次の取材です。いけますか?」
雑誌の取材が3本、ラジオの収録が2本。もうずっとアルバムやシングルが出るたびこんな過密スケジュールを過ごしている。今日はあと4つー。
自分を呼ぶマネージャーをいつもの笑顔で迎え、MASAは次の取材に向かった。この疲れはスケジュールのせいだと言い聞かせてー。
アルバム制作も一息つき、全国ツアーの準備が始まる頃、若手のミュージシャンに、ツアー前に飲みに連れて行ってください!と言われていたのを思い出したMASAは息抜きも兼ねて親しい後輩3人に声をかけたのだった。
ーツアーのチケットってもうほとんど完売なんすよね?
うん。そうだね。
ーやっぱりカッコ良いっすよ!MASAさん!俺たちなんて全国ツアーって言っても各地方の主要都市の小さいハコ埋めるのが精一杯ですもん。それを47全部周るなんて。
ーほんとそうっすよ。やっぱり生まれながらのレジェンドはやることデカいっすよね!
ーMASAさんて俺らが子どものころからずっとテレビ出てますもんねー。
後輩たちの言葉に引っかかるものを感じてハハと苦笑いをしながらも出てきたのは、自分でも驚くほどMASAらしい言葉だった。
「おいおい、そんな年寄り扱いしないでくれよ」
帰宅し、その日1日を振り返る。いつの頃からかこれがMASAの日課だった。第一線で活躍し続けるためには世間に嫌われてはいけない。求められるMASAを、ファンの理想のMASAを追求し、完璧に演じる。あたかもそれが“素”であるかのようにー。
別にMASAであることが苦痛なわけじゃない。MASAもちゃんと自分の一部なのだから。
ーなのに、ふいにどうしようもない孤独感に襲われることがある。
誰も本当の俺を知らない。認められ、光の道を歩いているのはMASA。
俺じゃない、いや、俺だ。
そんな自問自答をもう何十年も続けてきた。でもきっと、ステージに立つ限り何度でも自分に問いかけ続けるのだろう。答えは永遠に出なくてもー。
ならば俺は孤独で良い。孤独が良い。光を浴びるために必要ならば孤独でさえも甘んじて受け入れよう。
それが、誰も気づくことのない、MASAの覚悟だった。
MASAのツアーの初日はいつも決まって晴れになる。
雨の予報でもなぜか晴れることはファンの間でも有名な話だった。そしてそのことがレジェンドの証しとも言われていた。
今日も雲一つない青空が広がっていた。
開演時間が近づくにつれ、初日の独特な緊張感と熱気、みたことのない演出への期待感で、酔いそうなほどの激しく強い感情が会場を支配し、今にもはち切れそうだった。
そしてそれは、開演5分前を告げるブザーが鳴った瞬間、爆発した。
打ち上げ花火のような拍手と床が揺れるほどの歓声、何千、何万の人が自分だけを呼ぶ声。無数のライトがただ一人の人間が現れる一点を照らし出す。会場全体がMASAだけを待っている。
ー言葉にならない高揚感だった。
行ってくるよ。
山瀬に告げて楽屋を後にした。
ステージの袖で、会場の歓声と熱気を浴びながら、目を閉じて精神統一をし、集中力を高める。最高潮に達した時、スタッフが開演を告げた。
ーGO!
ーさあ、時間だ
ギタリスト・MASA 華々しく迎えたツアー初日!
3ヶ月にも及ぶ全国行脚!
全国ツアー初日!感動の渦に包まれる!
翌日の新聞やワイドショーのトップはツアー初日の成功を知らせる記事でMASA一色
まさしく日本が誇るレジェンドだ!並ぶものなし!
ーーと、なるはずだった……。
MASAは真っ白な部屋でベッドに横たわり、スタジオより少しばかり高い天井を見ていた。
あの時、スタッフの掛け声と同時に、いつも通りステージに駆け出して行くはずだった。
でも、なぜか足が動かなかった。会場の風景は見えているのに。身体だけがその場所にいなかった。スタッフが駆け寄ってくる中、MASAは膝から崩れ落ちていた。
翌日の新聞とワイドショーではツアーの全日程の中止が報道された。あるワイドショーではトップニュースで、ある新聞では文化面の隅にMASAの名前とツアー中止の文字が並んだ。
翌日の続報では、体調不良と療養も伝えられた。
自分のことを伝える報道を、テレビでよくみる芸能人のゴシップでも見るかのような、さして興味もなければ必要性も感じていないというふうに一瞬目で捉え、すぐに逸らした。
初めて見るMASAの様子に山瀬はMASAの身の回りのことはしながらも声をかけることはできなかった。ーーなんと呼べば良いのか分からなかった。目の前にいるのはMASAではなかった。そして、山瀬はその時初めて気がついた。もう10年以上一番近くにいたのに、一度も本名で呼んだことがなかったことにーー。目の前にいるこの人がMASAそのものだと信じて疑わなかった。だが、その日初めて会った医者ですら、言っていた。
「少しお疲れのようです。身体でなく、心が」
山瀬は自分を恥じて、恥じて、恥じて、悔いた。自分が気づくべきだった。気づかなければいけなかった。
なのにー。
「すみませんでした……」
山瀬はベッドに身体を預け外の景色を見ているMASAに謝った。
「すみません。俺……」
一度言葉に出すと、今度は涙まで出てきて立っていられなくなった。ベッドの傍らで跪き、マネージャーなのに、とかあの時無理にでも休みを入れてれば、とか後悔と罪悪感が溢れて止まらなかった。
「どうして君が謝るの?」
聞き慣れた声に恐る恐る顔をあげると、穏やかで柔らかい笑顔のMASAが山瀬に優しい目を向けていた。
「悪いのは俺だよ。でも、そうだな。頼みがあるんだ、マネージャー」
山瀬は涙でぐちゃぐちゃの顔を服でゴシゴシ擦ってなんとか涙をおさめた。
「はい」
「俺まだ大丈夫かな?」
「え……」
「立ちたいんだ。もう一度。あのステージに。たとえ、お前なんかもういらないって言われても。手伝ってくれる?」
ーああ、MASAだ。
山瀬は再び目に涙を溜めて言った。
「もちろんです!MASAさんがもう嫌だって言うまでステージに立ってもらいますから!その最後の一本までお手伝いします……」
「ふふ……ありがとう」
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