表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/7

③義兄さん、その名刺は何ですか!?

 思い出しましたよ。ええ、全てね。


 確かに俺がやった事は、許されない行為だったかもしれません。

 でもね、刑事さん。

 俺だって人間だ。完璧じゃぁ、ない。

 誰しもが弱い部分を自覚して、それを隠しながら生きている。


 そうだろう?


 あの日、俺は行きつけのバーで酒を飲んでいたんだ。


 ツケ?


 いやいや。ちゃんと支払ったさ、その日は。


 今までの分も、ね。

 なぜって?


 バーの主人が俺の太客の一人と通じててね。

 入金のタイミングが文字通り筒抜けだったんだ。

 ずるいと思いませんか?


 あの主人、常連のヤクザに依頼までして、俺を捕まえに来たんだ。

 そこで――。


「義兄さん、早く話を進めてください」

「だから何で地の文が読めるんだよ!?」


 冷たい視線と共にまだ飲みかけのココアが下げられた。


 要約すると、ツケの支払いに行った先で出会った女がいた。

 その女には部下がおり、ストーカーに悩んでいるのだという。

 それの部下というのが目の前に居る、御田村 雪奈。


「――という事でしたね?」


 そういうと雪奈は小さなバックから、上司の名刺を取り出し、オキトに手渡す。


「確か、これを渡してくれれば割引してくれる、でしたっけ?」

「ふふ。書かれる字の通り、しっかりしていらっしゃる」


 余裕の表情で、雪奈から名刺を受け取り、名刺ケースにしまう。

 オキトの、無駄に高いゲスIQで計算された罠がここに帰結した瞬間だった。

 バーで相談に乗っていたオキトは、女を口説きつつ、万が一――。

 このまま酒で女の事を忘れてしまった時の保険として、「貴女の名刺で割り引きますよ」と伝えていた。

 そして、同時に事務所の鍵を手渡す。

 こうすれば必ず返却しに「依頼人」が現れるからだ。

 ちょうど今の時間にかち合うように細やかに時間を計算して。

 昨日の俺ぐっじょぶー! と頭の中で紙吹雪が舞う。

 そんな軽薄さを微塵も出さずに、誠実な振りをする。


「本来であれば、この価格なんですが」


 そう言ってラミネート加工されたプラン表を差し出す。

 比較的高額で設定されてはいるものの、ぎりぎり出せない料金ではない。


「後払い、なんですね?」

「まぁ、成功報酬として、認識してください」


 雪奈が価格表に目を通した瞬間、


「あの方の紹介という形になりますからね、その価格から三割引きとなります」

「……まぁ」


 ここで依頼人が試算する。

 安すぎると信用がない。

 だが、信頼が無いところに割高な料金は支払えない。

 そこで割引という言葉が突き刺さる。

 強制とは言え、形としては自らの意志でここに来た事になる。

 道すがら、鍵の返却という動機の強制力は無くなり、臨界状態の精神は早く解決したいという気持ちへとスライドしていく。

 その顔色を窺いながら、オキトが釘を刺す。


「最初に一つ、訂正させていただきます」

「え?」


 その言葉にオキトの顔を見る。


「まず、映画や漫画のように、探偵は解決をしません」

「……な、なら、なぜ?」

 困惑の声に、オキトは静かに目を閉じる。


「最終的に解決をするのは、公的機関、だからです。警察や、霊安といった、ね」

「で、でも。警察は全然取り合ってくれなくて……」

「証拠がないから、でしょう?」

「はい」

「そこで、探偵なんですよ」


 下を向く雪奈に手を差し伸べるように語る。


「逆を言うなら、証拠があれば公的機関で解決の為に動く事ができます」

「証拠が、あれば……」

「私の仕事はね、貴女のような方々を助ける為の橋渡し、なんですよ」


 追い詰められた雪奈の心に差し込んだ光のような、声。


「ですから、どうか、聴かせていただけませんか。貴方の、お困りごとを」

「……はい。分かりました」


 心の中でガッツポーズ。

 字や割引の約束を覚えたいた事を褒め。

 次に実務の話で気持ちを落とす。

 最後に落ちたところに手を差し伸べる。

 オキト以外に誰も気づかないマッチポンプが完成した瞬間だった。


 そこに赤ん坊の泣き声が響き渡る。

 不慣れなトモエの、慌てる声に振り返える。

「あ、申し訳ございません。今静かにさせますから」


「大丈夫ですよ。えっと、奥様、ですか?」

「――えっ?」


 奥様と言われ、頬を赤らめて言葉を失う。

 雪奈からの不意打ちに対応する言葉を持ち合わせていなかった。


「……あ、いや、えーと」


「妹です。ほら、同じ髪でしょ。その子は姪です」


 息を吸うように、嘘を吐く。

 軽薄男の真骨頂に、トモエが声を失い唖然(あぜん)とする。


「道理で。三人とも珍しい白髪なので。アルビノっていう訳でもないんですよね」


「お詳しいですね。まぁ遺伝的なものですね。まぁ、一族の中では私と義妹だけなんですけどね」

 アルビノにしては肌の色が定着しすぎている。

 また、目もこげ茶に近い。

 これはメラニンがしっかりと体内で生成されている証左。

 そういった特徴からアルビノを否定したらしい。


「うちは、古い祓い師の家系なんですよ。私も妹も、おそらくこの子も生まれつき霊が強い」


 そう言ってユウリの小さい頭を優しく撫でる。

 まだ芯が通っていない、産毛の髪の手触りに表情が綻ぶ。

 オキトに撫でられた瞬間、ピタリと泣き止むユウリ。

 顔を涙で濡らしながら、オキトへ身体を捻り、手を伸ばした。


「え」


 戸惑いの声がオキトから洩れる。

 暴れるユウリを抑えきれなくなったトモエがオキトに手渡すと、大人しく腕の中に納まった。


「……まるで親子みたいですね。それにしても、お母さんよりも叔父さんが好きな子って珍しいかも」


 雪奈の背後から、オキトに突き刺さるトモエの白い視線。

 笑顔とは裏腹に、背中で汗を掻く。


「ん?」


 何か臭う。

 というより、一つしか思い当たらない。

 パンツの裾から主張する香しいアレ。


「と、トモ! ユウリが、……う、うんちしちゃった!」

「え、あ!」


 当然二人ともおむつの交換などやった事はない。

 だが、依頼人の前でボロを出すわけにもいかず、パーティションの裏でトモエが一人で奮闘する。

 あー、これは依頼人が帰った瞬間に激おこだろうなと思いながら、良い案を考える。

 そこで一つの妙案が浮かび、平然とした顔で仕事の話へと切り替える。

 ソファに深く腰掛け、上目遣いで雪奈の顔を見る。


「とりあえず、改めて状況をお聞かせください」


 その真剣な顔に少しだけドキリとした雪奈は、迷うような視線の後、飲みかけのココアを手に取る。

 まだ少し暖かいココアで心を落ち着け、意を決したような目でオキトを見る。

 そこから語られたのは、本当に人間の仕業なのだろうかという話だった。


 ■case:1 鏡の中の追跡者

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ