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①義兄さん、その子は誰の子ですか!?

 ――倲京(とうきょう)


 もし、この世界に不浄なる存在がいなければ。

 そう誰もが一度は想像する魔都。


 夜を斬り裂く摩天楼の頂上で、白髪の男が広大な街の明かりを見下ろしていた。

 ネオン光を歪め、そこから黒く大きな獣の手が現れる。

 明らかな敵意を持ったそれは、ネオンを斬り裂き、同時に悲鳴が木霊する。

 声が風に乗り、男の下へとたどり着く。

 突風が男の髪を逆撫でる。


「なあ、知ってるか? 「倲」って、おろかな様子を指す言葉らしいぜ」


 男の独り言がビル風に消えていく。

「まぁ不浄との闘いに敗れた人間たちに当てられた言葉だもんな」

 眼下では這い出た黒い獣のような異形から逃げ惑う人々の悲鳴。

 それを無関係そうに高台から眺める。

 ふとビル風の合間に違う風が入り混じる。


「――貴方が言いますか?」


 どこからともなく聞こえた声。

 それににやりと口角を上げ、煙草を取り出す。

 コンと木槌を叩いたような音が薄く響き渡る。

 空間が波打ち、そこから女の白い手が現れ、人差し指から火を灯す。


「あれ、久々に大きいね。十五メートルくらいはあるかな」

「おそらく」


 風に揺れない火に煙草を押し付け、点火。

 肺を温めるように、ゆっくりと紫煙を含む。


「あー、仕事前の一服は最高だ」

「そうですね。仕事を始めましょう、オキト様」


 その言葉に「はいよ」と軽く返事をして、高所から迷うことなく身を投げる。


 狐の窓。

 両手で狐の頭を象り、崩して窓へと転ずる。


「――来い」


 その命令に、狐の面を付けた黒髪の女が姿を現す。

 落下している男を抱え、空中に足先を付けて跳躍。

 満月に巫女姿の女の影が重なる。


 低いビルの屋上に到着。

 虎のような黒い不浄の正面に立つ。

 巫女姿の狐面の女が刀を取り出すと、黒い不浄もそれに気付いた。


「――お揚げは?」


 女の問いに男が答える。


「二枚」

「いえ、五枚はいただきます」

「あの程度で? まぁいいだろう」


 面の奥で女の目が金色に光る。

 圧倒的な殺意を放つ女を前に、虎の不浄が全身を逆立たせ、威嚇をする。

 風が止まり、静寂。


「やれ」


 男が短く呟くと、女の姿が眼前から消えた。

 視線を虎の不浄へと移す。

 そこには、鮮やかに首を切断された虎の不浄。

 離れた首と胴。

 その間を木の葉が舞う。

 両足で地面に着地。

 虎の頭がボロボロと崩れ、風に流されていく。

 だが、胴体が実体を保っている事に遅れて気付く。


「くっ!?」


 咄嗟に反応して身を翻すも、鋭い爪が巫女装束を斬り裂いた。

 半拍。

 一瞬の躊躇が剣先を遅らせ、続く尾の一撃で後方へと吹き飛ばされる。


 男が溜息と共に煙草の煙を吐き出す。


「油断しすぎだ、ばーか」


 人差し指と中指で銃を象り、霊を込める。

 男の白い髪が僅かに青い光を宿す。

 男が練る霊に反応して、周囲の風が逆巻く。

 指先の標的に、狙いを。


「ばん!」


 静かなる引き金。

 青白い光が、頭を失った胴体の中心を真っすぐに貫く。

 その光は女のすぐ横を穿っていた。

 風が再び流れ出す。


「これで依頼完了っと。あとは振込を待つだけだな」


 スマホを取り出し、「依頼主」へ報告を送信する。

 遅れて巫女装束の女が、白髪の男の背後に着地。


「面目在りません」

「……お揚げは一枚だな」

「どうか、六枚に」

「増えてるじゃねーか」


 木の葉が夜空を舞い、渦を巻く。

 月明かりのビルの屋上には、既に二人の姿は無かった。



 ――と思ったが、二人の姿は裏路地にある古いうどん屋にあった。

 古びた店内にカツオの香りが食欲をそそる。


「へい、お待ち」

「ふーぅ。待ったぜぇ」


 二人の前に熱々のうどんが出され、冷えた手でそれを受け取る。


「いただきます」


 同時に合掌。

 女は面の半分を取り外し、美味そうにうどんを啜った。

 お揚げは三枚。

 男はポケットからマイ七味を取り出し、キャップを外して、全てを投入。

 真っ赤なうどんを無表情で啜る。


「ありがとうございます、オキト様。次こそ頑張りますね」

「次ヘマったら、お揚げは無しだからな」

 無表情でうどんを啜るオキトの視線は卓上のテレビへ。

「また不浄が出たらしいな。物騒な世の中になっちまったなぁ」

「へー」


 店主のぼやきを気にすることもなく、真っ赤なスープにマイ一味を投入。

 美味そうに飲み始める。


「うわっ……。それってうどんに対する冒涜ですね」

「七味の香りで食し、一味の辛さで飲み干す。むしろ敬意の表れだ」


 言っている事に理解が追いつかない。

 それを女は、口を半開きにしたまま、汚物でも見るような目で見ていた。


「今回の出動は「霊安」が出たってよ。何でもA級の不浄だったらしいぞ」

「ふーん」


 地獄の一丁目のような赤い汁を飲み干すと、スマホが震えた。

 楊枝を加えながらスマホを確認する。

 おそらく振込完了のlimeだろうと思い、何気なしに開く。

 だが、そこにあったのは義妹の名。

 金の話じゃないなら後で良いと判断し、既読スルーを決めた。


「あ、おやじさん! お土産でお稲荷さんをお願いします!」

「おい!」

 口元が緩んでいる女を諫めるが、それ以上の追求はせずに、

 卓上のリモコンを操作し、チャンネルを回す。

 カチカチを回していると古いドラマの再放送が開始していた。

 一通り回して観たい番組も無い為、それに固定する。

 内容は、冴えないサラリーマンの主人公の下に、

 ある日見知らぬ赤ん坊が部屋の前に置かれていた。

 そこには赤ん坊の名前と自分の子供であるという置き手紙のみ。


 土産が出来上がるのを待っている間、何となくそのドラマを二人で視聴する。


「バカだねぇ、この男も。さっさと警察に相談しちゃえばいいのにさ」

「でも自分の子供って書かれてるんですよ?」

「んなの、知らねーよ。そんな紙、ごみ箱にポイだ」

「……うわぁ。最低ですね」


 そんなやり取りをしている間にお土産が完成し、受け取って代金を支払う。


 店を出た瞬間足を止める。


「わぁ、オキト様! 雪ですよ!」

「どーりで寒いわけだ」

「それじゃぁ、私は寒いので異界に帰りますねー。お土産ありがとうございました」

「あ、おい!」


 コンと木槌のような音がして、空間に波紋が広がる。

 お土産を大事そうに抱えた女が、たわむ空間にひょいと逃げ込んだ。


「ったく、碌に働きもしねーで、報酬だけはいっちょ前かよ」


 溜息が横に流れる。

 風が強くなってきた。

 先ほどから義妹からのlimeの連投が、開くのが怖いくらいに止まらない。

 嫌な予感を抱えつつ、オキトは自分の事務所へと踵を返す。

 義妹には、その時間は寝ていたと弁明する事に決めた。


 鈴村探偵事務所。

 年中壊れているエレベーターが特徴の、古い雑居ビル。


「いつになったら直るんだよ?」


 乗り場の呼び出しボタンを押しても階床表示(インジケーター)すら点灯しない。

 仕方がないので、三階まで足を使って上がる事にした。

 溜息と共に、三階に到着。

 やれやれと頭を上げると着物を着た白髪の美少女が一人。

 見知った顔が、鬼の形相で待ち構えていた。


「――義兄さん!」

「ひぃ!?」


 既読スルーを決めた送り主、義妹のトモエが大きな荷物をもって事務所の前に居た。


「んな、何でお前がここにいるんだ!?」


 トモエの紫色の瞳の圧力に、たじろぐ。


「本家からの手紙を読んでいないんですか?」

「あー……。それ今日だったか? めんどくせ」

「何ですか?」

「いやいや、単なる悪口だから気にしないで」

「……余計に気になるんですけど」


 逃げようと考えた矢先に事務所の前にゆりかごが置かれているのが見えた。


「それよりも義兄さん、これは一体どういう事ですか?」

「これって?」


 トモエが指さすゆりかごを覗き見る。

 そこには、自分と同じ白い髪の赤ん坊がスヤスヤと眠っていた。


「……へ?」


 間抜けな声が無意識に出た。

 茶封筒を拾い、中の手紙を見る。


『この子の名前はユウリ。貴方の娘です』


「あ、あれー? 何これぇ。デジャブかな……?」

「義兄さん。……この子に心当たりは?」


 詰め寄るトモエに、後ずさる。


「心当たりがー……、あり、ありすぎて。これ、どういう状況、……ですか?」


 逃避したくなる感情。

 先ほどのうどん屋での会話がリフレインする。


「どういう状況かは、私が聞きたいです!」


 先ほどとは別の汗が頬を伝う。

 隙間風が二人の間にチラシを運ぶ。

『どんなお悩みも即解決! 鈴村探偵事務所! 何でもご相談ください!』


 この場合、俺の相談は、誰が乗ってくれますかね?

 オキトはそう思った。

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