残された一ヶ月
会議室の空気は、重く沈んでいた。
窓はすべて閉め切られ、外の音は一切入ってこない。
照明は明るいはずなのに、どこか薄暗く感じられる。
長机の周囲には、警視、警視正、警視長――
階級章の並びだけで、ここに集められた人間の立場が分かる。
その正面に、超越対策課の面々が立っていた。
シエラ、りん、拓磨、みゆき。
一歩引いた位置に、村崎警視長が無言で立っている。
誰も口を開かない。
資料をめくる紙の音だけが、やけに大きく響いていた。
沈黙を破ったのは、机を叩く乾いた音だった。
「……またお前らか」
抑えた声だったが、怒りは隠れていない。
警視の一人が、超越対策課を睨む。
「この事件どう説明してくれるんだ!」
その一言で、会議室の空気がさらに重く沈んだ。
別の警視が、無言でリモコンを操作する。
壁のモニターが点灯した。
映し出されたのは、新宿中央署の正面。
影の王を馬乗りで押さえつけるシエラ。
手錠をかけようとした、その瞬間――
男の身体が、内側から光を放つ。
次の瞬間、
シエラの紫のオーラが二人を包み込んだ。
黒い球体。
数秒の沈黙のあと、球体が消える。
そこに立っているのは、無傷のシエラ。
足元には、爆死した影の王の遺体。
映像が、そこで止まった。
止めた警視は、怒鳴らない。
淡々と、事実だけを告げる。
「これが、今SNSで拡散されている映像だ」
誰かが短く息を吐く。
「編集はされていない」
「切り取られてはいるが、偽物でもない」
視線が、再び超越対策課へ向けられる。
「――これを、どう説明する」
シエラが、口を開いた。
声は強くない。
だが、はっきりとしていた。
「あのままだと、一般人が爆発に巻き込まれる」
会議室が、わずかにざわつく。
「だから、抑えた。
球体で、爆発を封じた。そんなこともわからないなんて、あんたバカなの?」
椅子が鳴る音。
一人の警視が、身を乗り出す。
「なんだと!」
声が、会議室に叩きつけられる。
「それを説明して、
一般人が理解できるとでも思っているのか!」
その言葉に――
シエラの喉が、わずかに詰まった。
ぐっ、と息を飲む。
沈黙を破るように、
別の警視が鼻で笑う。
「……これだから、超越対策課は」
呆れたような声。
責めるというより、切り捨てる響きだった。
その瞬間、
みゆきが一歩、前に出かける。
だが――
村崎警視長の手が、静かにそれを制した。
みゆきは歯を噛みしめ、足を止める。
代わりに、村崎が前へ出た。
会議室の中央。
全員の視線が、自然とそこに集まる。
「――シエラは」
低い声だった。
だが、よく通る。
「一般の人間が爆発に巻き込まれる可能性がある状況で、
それを防ぐ判断を下した」
視線は、警視たちから逸れない。
「もし、あの場で何もしなければ、
被害は確実に出ていた」
短く、言い切る。
「どんな形であれ、
その判断が誤りだったとは、私は思わない」
一瞬の沈黙。
「責任は、私が取る」
その言葉に、ざわめきが走る。
「本件――
天文字事件については、
引き続き、超越対策課に任せていただきたい」
会議室が、静まり返る。
その沈黙の奥で、
警視監が、じっと村崎を見ていた。
感情は見えない。
評価しているのか、計っているのかも分からない。
やがて、ゆっくりと口を開く。
「……そこまで言うか」
視線が、超越対策課へと移る。
「いいだろう」
「やってみろ」
だが、すぐに続く。
「ただし――期限を設ける」
空気が、張り詰める。
「一ヶ月だ」
淡々とした声。
「一ヶ月以内に、
この天文字事件を解決してみせろ」
「それが出来なければ、
次は――分かっているな」
村崎は、一瞬だけ目を伏せ、
すぐに顔を上げた。
「承知しました」
その言葉が落ちた瞬間、
会議室の空気が、はっきりと変わった。
◆
超越対策課のオフィスは、珍しく静かだった。
外の喧騒が嘘みたいに、空調の音だけが規則正しく響いている。
いつもなら誰かしらが騒いでいるはずの空間で、
今は全員が、それぞれの席に落ち着かない様子でいた。
沈黙を破ったのは、シエラだった。
「……ごめん」
短い一言。
全員の視線が、自然と彼女に向く。
「あたしのせいでさ……」
「超越対策課まで、悪者みたいになって」
言い終わる前に、りんが顔を上げた。
「は? 気にしなくていいでしょ」
即答だった。
「それにさ、あの人たち何なの?」
「偉いのか何なのか知らないけど、ぐちぐち言いすぎ!」
一気に吐き出す。
次の瞬間――
コツン、と軽い音。
「いって!」
りんが頭を押さえて振り向く。
拓磨が、何事もなかったような顔で手を引っ込めていた。
「りん、言いすぎ」
「ちょっと!痛いんだけど!これ以上背が縮んだらどうしてくれるのよ!」
文句を言うりんを横目に、拓磨は肩をすくめる。
「……まあ、でも」
「状況が悪いのは確かだな」
そう言って、手元のスマートフォンを操作する。
「SNS見てるとさ」
画面を見つめながら、淡々と続ける。
「『この女、実は人殺したんじゃね?』とか」
「『警官が人殺しとか終わってる』とか」
空気が、わずかに重くなる。
「あと、組織側を擁護してる人も結構いる」
「『危険分子は排除して当然』とかね」
シエラが、無言で身を乗り出す。
拓磨の肩越しに、スマートフォンを覗き込んだ。
画面には、拡散された投稿が並んでいる。
《祈音様は世界の救世主》
《悪をすべて排除してください》
《この人、危ないから殺していいと思う》
名前付きの投稿もあった。
りんが画面を覗き込み、顔をしかめた。
「うわ……マジで書いてる」
「引くんだけど」
拓磨は、スマートフォンから目を離さず、短く息を吐いた。
「……正直さ」
画面をスクロールしながら、淡々と言う。
「今の日本、
神代祈音が支配してるって言っても過言じゃないな」
りんが眉をひそめる。
「支配って……」
「空気の話だよ」
拓磨は言う。
「何が正義で、
誰が悪で、
何を信じるか」
「それを決めてるのが、あの人になってる」
その時。
――プルルル。
オフィスに、内線の音が鳴った。
みゆきが反射的に受話器を取る。
「超越対策課です」
短く相槌を打ち、
一度だけ視線を伏せる。
「……分かりました」
「映像、こちらで確認します」
受話器を置く。
全員の視線が、みゆきに集まった。
「次の事件が発生したわ」
「現場に、“天の文字”が書かれてる」
空気が、変わる。
「犯人の顔は、もう割れてるそうよ」
「防犯カメラの映像を送るから、見てほしいって」
みゆきの声が止まり、
オフィスに沈黙だけが残った。
◆
中央の大型モニター前に、
全員が席につき、視線を向けていた。
照明は落とされ、
部屋の明るさが一段下がる。
キーボードを叩く音。
接続確認の電子音。
「……準備、できました」
みゆきの声が、静かに響く。
そのタイミングで、
オフィスの扉が開いた。
村崎警視長が、データ端末を手に入ってくる。
視線が、一斉に集まる。
「映像を預かってきた」
短く、それだけ言うと、
端末を接続する。
画面に、停止した映像が表示された。
街角。
防犯カメラの視点。
村崎が、モニターを見据えたまま、口を開く。
「……全員、見てもらう」
「じゃあ、つけるぞ」
その言葉と同時に、
再生ボタンが押された。
続く
今回は、シエラが置かれている立場と、
超越対策課という組織の危うさを描きました。
一ヶ月という時間で、彼女たちは神代祈音にたどり着くことができるのか…
次回も楽しみください




