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第三の事件

今回は、派手な展開はありません。

ですが、物語としては大きく動く回です。


天文字事件・第三の事件。

その始まりを描いています。


本編をお楽しみください。

【新宿区・某高層マンション前】


午後二時。


アスファルトの照り返しが強く、

じっとしているだけで、肌にじわりと汗が浮かんだ。


六月後半。

梅雨の合間の、妙に晴れた日だった。


規制線の内側では、警官たちが忙しなく動いている。

地面に残された痕跡を撮影し、

周囲の状況を一つずつ確認していく。


その中を縫うように、りんが歩み寄った。


「ご苦労さまです」


声をかけられ、

現場写真を撮っていた警官が振り返る。


「あ、西園寺さん。お疲れさまです」


軽く敬礼し、すぐに端末を下ろす。


「状況、教えてください」


りんは、手帳を開きながら言った。


警官は一度、周囲を見回し――

静かに口を開く。


「被害者は、十五歳の少年です」


りんのペンが、ぴたりと止まる。


「このマンションの……屋上から、飛び降りたと見られています」


そう言って、警官は上を指さした。


りんも、つられて視線を上げる。


――高い。


思わず、口から零れた。


「……高いわね」


見上げるだけで、首が痛くなるほどの高さ。

青空を切り取るように、

ビルの輪郭が、まっすぐ空へ伸びている。


「屋上への立ち入り記録は?」


「あります」


即答だった。


「エントランス、防犯カメラ、

 非常階段の映像まで確認できています」


りんが、わずかに視線を戻す。


「……様子は?」


警官は、一瞬だけ言葉を選んだ。


「途中から、行動が変わります」


りんの眉が、わずかに動く。


「非常階段を使っています。

 走っていました」


短く、しかしはっきりと。


「……何かから、逃げているように見えました」


りんは、それ以上追及しなかった。


「後で、映像を見せてください」


「はい」


そのやり取りの直後。


ふと、視界の端に違和感が引っかかる。


りんは、ゆっくりと歩み寄り、

ビルの外壁へ視線を向けた。


――そこに。


コンクリートの壁面に、

はっきりと刻まれた一文字。


『天』


……同じだ。


だが。


りんの眉が、わずかに寄る。


(イバラの痕跡が……ない)


磔にされた形跡もない。

棘も、生成物も見当たらない。


爆死でもない。

外傷は、落下によるものだけ。


「……また、違う」


りんは、低く呟いた。


その横で、

シエラがじっと地面を見つめていた。


「……りん」


小さく、名前を呼ぶ。


「魔力、探ってみたんだけど」


顔を上げる。


「イバラの犯人じゃないよ、これ」


りんは、即座にシエラを見る。


「……断言できる?」


「うん」


シエラは、迷いなく頷いた。


「タイプが、全然違う」


りんの思考が、一気に回り出す。


(模倣犯……?

 それとも、別系統の能力者……?)


一瞬、迷ってから――

りんは、静かに口を開いた。


「……シエラ」


「なに?」


「当時の状況、見られる?」


シエラは、少しだけ目を瞬かせてから、

にっと軽く笑った。


「うん。見れるよ」


「……見せて」


短く、はっきり。


「分かった」


その瞬間。


シエラが、りんの手首にそっと触れた。


――視界が、白く弾ける。



――非常階段。


コンクリートの壁。

蛍光灯の白い光が、断続的に流れていく。


少年が、走っている。


息が荒い。

足音が、階段に叩きつけられるように響く。


「や……やめて……!」


声が、掠れていた。


少年は、何度もつまずきそうになりながら、

必死に階段を駆け上がる。


「分かった……分かったから……!」


肩をすくめ、

背中を丸めるようにしながら。


「反省する……!」


声が震える。


「ごめんなさい……ごめんなさい……!」


誰に向けた言葉なのか、分からない。


「……もう、しません……!」


その言葉と同時に、

階段の出口が見えた。


――屋上。


少年は、扉を押し開ける。


強い日差し。

一気に視界が開ける。


少年は、数歩進んでから――

急に、立ち止まった。


ゆっくりと、振り返る。


そこには、何もいない。


それでも。


少年の顔は、はっきりと怯えていた。


「……やめて……」


後ずさる。


「来ないで……」


足が、無意識に下がる。


「……くるな……」


声が、裏返る。


「来るな、来るな……!!」


両腕を振り回す。


空を殴るように。

何かを追い払うように。


「来るな!!」


背中が、硬い感触にぶつかった。


――フェンス。


少年は、息を詰める。


振り返り、

反射的にフェンスに手をかける。


視線は、

最後まで“何か”から離れない。


次の瞬間――


少年の体が、

フェンスの向こうへ傾いた。


 


――そこで。


景色が、崩れた。


白が、視界を覆い尽くす。


音が、消える。


 


「――っ!」


りんの意識が、現実へ引き戻される。


視界が、元に戻った。



「……っ」


りんが、短く息を吐いた。


無意識のうちに、肩で呼吸している。


「……いつ見ても、これ……」


こめかみを押さえ、苦く笑う。


「結構、精神的にくるわね」


その横で、シエラがすぐに顔を覗き込んだ。


「りん、大丈夫?」


心配そうな声。


りんは一度だけ、目を閉じてから――

小さく頷いた。


「うん。大丈夫」


深く息を吸い、吐く。



少し離れた位置で待っていた警官の一人が、

タイミングを見計らって口を開く。


「西園寺さん」


りんが振り向く。


「被害者の身元、確認できました」


警官は、手元の資料に目を落としたまま続ける。


田崎たざき りく。十五歳」


りんの表情が、わずかに硬くなる。


「……補足があります」


一瞬、間を置く。


「彼は、同じ学年の生徒――

 中野なかの 俊一しゅんいち君に対する

 いじめの主犯格でした」


シエラの指先が、ぴくりと動いた。


警官は、淡々と続ける。


「複数人による長期間のいじめで、

 中野君は精神的に追い込まれ、

 結果として……自殺しています」


空気が、重く沈む。


りんは、何も言わなかった。


ただ、

先ほど見た“屋上の光景”が、

頭の中で静かに重なっていた。


逃げていた少年。

謝り続けていた声。


――反省する。

――ごめんなさい。

――もうしません。


りんは、ゆっくりと息を吐く。


「……なるほど」


感情を、表に出さない声だった


【移動中・捜査車両内】


エンジン音が、一定のリズムで続いている。


ハンドルを握っているのは、一般の警官。

フロントガラス越しに、昼の街が流れていく。


後部座席で、

りんは窓の外を見たまま、黙り込んでいた。


シエラが、ちらりと横を見る。


「……りん?」


返事がない。


「どうしたの?」


りんは、少し遅れて視線を戻した。


「……考え事」


短く答える。


シエラは、無理に明るくせず、そのまま聞いた。


「今回の事件、引っかかるところある?」


りんは、ほんの少し間を置いてから頷く。


「ある」


一呼吸を入れて、


「シエラ……」


横を見る。


「イバラの事件と、今回の事件」


シエラが、首を傾げる。


「うん」


「やり方は、全然違う」


りんは、言葉を選ぶように続けた。


「でも……動機は、似てない?」


シエラが、しばらく考え込む。


「うーん……」


指先を、膝の上で組む。


「……天罰、みたいな?」


その一言に、

りんが、はっと顔を上げた。


「そう。それ」


前の座席越しに、声を抑えて続ける。


「それなのよ」


シエラを見る。


「殺し方も、能力も違うのに」


「“裁いてる”感じだけが、同じ」


シエラが、ゆっくり頷く。


「犯人は違うけど……」


言葉を探しながら。


「考え方は、一緒ってこと?」


りんは、すぐには答えなかった。


少しだけ、視線を落とす。


「……断定はできない」


そして、はっきりと言う。


「でも、そうだと思ってる」


車内に、短い沈黙が落ちる。


外の景色だけが、流れていく。


「だから」


りんは、息を吐いた。


「田崎陸の家族や、近隣住民の話を聞いて」


「その上で、整理しないといけない」


シエラは、素直に頷いた。


「……そうだね」


小さく、だが確かな声だった。



【新宿・某アパート周辺】


築年数の経ったアパートが、

路地沿いにいくつも並んでいる。


洗濯物が風に揺れ、

どこかからテレビの音が漏れていた。


りんとシエラは、

手分けして近隣住民に声をかけていく。


「失礼します。

 少し、お話を伺ってもよろしいでしょうか」


りんは、できるだけ柔らかい声を意識していた。


最初は、警戒した視線。


だが、「警察です」と身分を明かすと、

ぽつぽつと、話が出てくる。


「田崎くん?

 うーん……まあ、やんちゃな子だったよね」


「夜に友達と騒いでたりはしてたけどさ」


「悪いことは……

 うん、まあ、中学生って感じ?」


口々に、そんな言葉。


「悪ガキってほどじゃないよ」


「背伸びしてるだけっていうか」


「この辺、ああいう子は珍しくないしね」


りんは、メモを取りながら頷く。


「トラブルとかは?」


「警察呼ぶほどのは、なかったかな」


「注意されたら、逃げるタイプ」


誰も、声を荒げない。

誰も、決定的なことは言わない。


――それが、逆に重かった。


最後に声をかけたのは、

買い物袋を提げた年配の女性だった。


「田崎くんねぇ」


少し考えてから、

にこっと笑う。


「元気な子だったわよ」


「うるさい時もあったけど」


肩をすくめる。


「まあ、子どもだもの」


りんは、丁寧に頭を下げた。


「ご協力、ありがとうございました」


すると、その女性は

りんの顔をじっと見つめてから、

ふっと表情を崩した。


「……警察ごっこ?」


一瞬、空気が止まる。


「頑張ってるわねぇ」


そう言って、

バッグを探り始める。


「あめちゃん、いる?」


りんの眉が、ぴくりと動いた。


「……ごっこじゃないわよ!!」


思わず、声が裏返る。


「れっきとした警察官です!!」


勢いよく言い切る。


女性は、目を丸くする。


「あらっ」


「ごめんなさいねぇ」


悪びれた様子もなく、

笑いながら言う。


そして、りんの頭のてっぺんから足先までをもう一度見て――

にこやかに付け足す。


「でも、頑張ってるのは偉いわよ」


その言い方。


完全に――

“ごっこ”のままだった。


りんは、その場で固まる。


(……頑張ってね、じゃないわよ……)


胸の奥で、むっとしたものが湧く。


(あたし、子供じゃないのに……)


分かってはいる。

身長は低いし、童顔だし……。


……無理は、ないけど。


りんは、ぐっと唇を噛んだ。


「……ありがとうございました」


なんとかそれだけ言って、頭を下げる。


女性は手を振りながら去っていった。


一人になった瞬間、

りんは小さくため息をつく。


「……はぁ……」


気を取り直し、周囲を見回す。


「……シエラ?」


返事はない。


少し歩いて、

近くの公園に目を向ける。


――いた。


ブランコの横。

小さな広場。


子供たちの輪の中で、

シエラが全力で走っていた。


「いけー!」


「パスパス!」


――サッカーだった。


りんのこめかみに、青筋が浮かぶ。


「……ちょっと!!」


大きな声を出す。


シエラが、はっと振り向く。


「あっりん!!」


「あっりん……じゃないわよ!何やってるのよ」


シエラがボールをひょいと持って、

「さっかー?……って奴」


「いや……そうじゃなくて……」


シエラは、一瞬きょとんとしたあと、

ぱっと表情を明るくした。


「あっ!でもでも!」


指を立てて言う。


「ちゃんと聞いてきたよ!」


りんが、足を止める。


「……は?」


シエラは、子供たちの方をちらっと見る。


「この子たち、田崎君と結構遊んでたみたい」


「一緒に悪さもしてたって言ってたけど」


少し言葉を選んでから、続けた。


「小さい子たちとも分け隔てなく遊んでたみたいだよ。」


りんは、言葉を失ったまま、

公園の子供たちを見る。


笑っている顔。

走り回る姿。


さっきまで、

“悪ガキ”“やんちゃ”と聞いていた少年の、

別の輪郭。


りんは、小さく息を吐いた。


「……そう」


シエラは、にっと笑う。


「ね?」


「単純に悪い子、って感じじゃなかったみたいだよ。」


りんは、しばらく黙っていた。


そして、ぽつりと呟く。


「……余計、ややこしいわね」


シエラは、何も言わなかった。


ただ、

りんの隣に立ったまま、

同じ景色を見ていた。


          続く

逃げていた少年は、

本当に「悪」だったのでしょうか。


第三の事件は、

その問いを突きつけてきます。


次回は、彼を取り巻いていた世界を掘り下げていきます。

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